旅路(ON A JOURNEY)

風に吹かれて此処彼処。
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カール・ヤスパースの戦争責任論

2008年01月29日 23時18分43秒 | Weblog

ヤスパースは各人が負っているであろう罪責の内容をはっきりさせるために、
①刑法上の罪 
ニュルンベルクの国際軍事裁判で裁かれる罪
②政治上の罪 
ナチス国家を支持してきたという罪
③道徳上の罪 
自らの内面において良心の呵責を感じる作為に対応する罪
④形而上学的な罪 
同じ人間としてこの世に生きていながら、知らないところで苦しんでいるひとたちに対して何もしてあげられない罪
の4つの罪概念を区別して、ドイツ国民の戦争責任をめぐる議論の先駆けになった。

仲正昌樹著「日本とドイツ 二つの戦後思想」より抜粋改竄


カール・ヤスパース - Wikipedia

来歴
早い頃から哲学に関心を抱いていたものの、父が法曹に身を置いていたため、ヤスパースは大学で法学を学びはじめる。まもなく1901年には医学の道へ転向。1909年に医学部を卒業した後はハイデルベルクの精神病院で医師として働く。そこで当時の医学界の精神病に対する姿勢に疑問を抱き、精神医学の方法論の改良を目指すようになる。1913年にはハイデルベルク大学で精神医学を教え始め、以後、臨床に戻ることはなかった。しかし彼自身の精神医学に対する関心は終生変わることはなく、処女作『精神病理学総論』の分量を大幅に増やし、改訂版第4版として公刊したのは第二次世界大戦後である。

精神医学から哲学に転じたヤスパースは1921年から1937年まで同大学哲学教授を務める。この時代にハンナ・アーレントも彼の教えを受けた。ナチス台頭後、妻のゲルトルートがユダヤ人であったことやナチスに対する反抗で大学を追われたものの、妻の強制収容所送致については自宅に2人で立て籠もり、阻止し通す。大戦も末期の頃、ヤスパース夫妻の収容所移送が決定されもはや自殺する以外に打つ手がなくなるところまで追い詰められたが、その移送予定日も残すところ数十日程度に迫った頃に米軍が彼の住むハイデルベルクを占領したため、後年自ら「自国の政府により殺される寸前、敵国の軍隊により命を救われた」と述懐しており、この戦争体験は彼の哲学に対して見逃すことのできない強い影響を与えたと言われている。戦後、ハイデルベルク大学の復興に尽力するも、ドイツの戦争責任問題について執筆した『責罪論』を巡って周囲から心ない非難を浴びせられたため、ドイツの将来に失望して、1948年にスイスのバーゼル大学の哲学教授となった。ドイツに対する裏切り者呼ばわりされ、彼は深く傷ついたという。

しかし彼の多彩な活動はとどまるところを知らず、特に戦争体験を機に彼は政治哲学的著作を数多く執筆し、既述されている『責罪論』もその1つである。また戦後に始まった資本主義と社会主義の二大陣営による東西冷戦が核武装競争と化す過程に対して、核兵器という全人類を絶滅させる恐れのある兵器、及びその破壊力に対する恐れから両陣営ともが気にかける手詰まり状況、このような状況を彼自らの概念である「限界状況」と捉え、政治的な対話を「交わり」と捉えるなど、単なる学問としての哲学にとどまらない積極的な活動を展開していたことも、彼の戦争体験が深く関わっていると考えられる。1959年、エラスムス賞受賞。


思想
限界状況のうちに超越者との遭遇が隠されており自己の存在と超越者を求める努力は、挫折する。しかし挫折を暗号として解読することに超越者の存在が証言されるとした。

彼はキルケゴールの影響を強く受け、特に著作『世界観の心理学』においては、キルケゴールの著作『不安の概念』及び『死に至る病』から多くを引用した「キルケゴール報告」の1章を設けている。そこからヤスパースは、神へと向かう人間存在(実存)についての「心理学的研究」というキルケゴールの方法論を見出し、その際の心的状態が「不安」及び「絶望」である。ヤスパースの主著『哲学』第2巻『実存開明』において、<交わり><限界状況><絶対的意識>の3つが彼の哲学の目標とするところの「存在意識の変革」へと達するための重要な概念である。まず<交わり>とは自己開示であり、各人が自らに閉じこもることなく他者へと向かい、それにより自己自身の存在に対する意識を反省するのである。次に<限界状況>とは誰もが突き当たる壁のようなものであり、それの典型的なものが「自己の死」であるとされ、それに突き当たることによって、各人がそれまで意識していた自己自身の存在に対する確実性の挫折を自覚させられるのである。そして最後の<絶対的意識>とは自己自身の存在確信にして、超越的な存在に面している意識である。<限界状況>により自己存在の有限性は意識させられたが、それはまだ消極的な有限性の意識であり、「無制約的なもの」という超越的存在に面することにより自らの有限的な存在が反省させられ、そのような超越的存在に面している自己自身という存在確信が得られるのである。そしてキルケゴールから得た<不安>とはヤスパースによると「絶対的意識の動因」となる。なぜなら我々は自己存在の確実性をいかなるものからも得られず、このような心的状態が不安であり、他者や財産及び自己自身の肉体のあらゆるものをもってしてもこの不安が解消されないので、そのために人間は「超越的なもの」へと向かって自己存在の確信を得るとともにこの不安を克服する勇気をも得るのである。

精神医学分野では、エトムント・フッサールの唱えた「奥にある本質病理に関する直観的推測」を排し、ひたすら患者の言葉の正確な記述に徹する「記述精神病理学」を試みた。


主な著書
『人間とは何か』 (Was ist der Mensch?)
『教育とは何か』 (Was ist Erziehung?)
『現代の精神的状況』 (Die geistige Situation der Zeit)
『哲学』
『哲学とは何か』 (Was ist Philosophie?)
『哲学入門』 (Einführung in die Philosophie)
『哲学的論理学第1部 真理について』
『理性と実存』
『偉大な哲学者たち』 (Die grossen Philosophen)
『ニーチェ』 (Nietzsche)
『世界観の心理学』 (Psychologie der Weltanschauungen)
『歴史の起源と目標』 (Vom Ursprung und Ziel der Geschichte)
『ヤスパース・アレント往復書簡』
(Briefwechsel 1926-1969, Hannah Arendt, Karl Jaspers)
『ヤスパース・ハイデッガー往復書簡』
(Briefwechsel 1920-1963, Martin Heidegger, Karl Jaspers)

1 コメント

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このヤスパース論はいい (ひろし)
2008-01-31 11:15:55
このヤスパース紹介は見事、かなり難解、情緒的なところもあるヤスパースを的確に読み解いている。
あの放蕩息子にこのような「ヤスパース論」が書けるとは少々驚き。
これは中央公論社の「世界の名著」を読み返さねば。
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