裏日記「B面」

工房しはんが日々、ふと感じたり、しみじみとふけったり、ぴんとひらめいたり、つくづくと考えたりしてること。

ぼくって宇宙

2011年10月26日 09時02分35秒 | サイエンス・ガクジュツ的な
阿部や坂本が支えてる今のジャイアンツは、長嶋さんや王さんが活躍してた頃のジャイアンツとは、メンバーがすっかり入れ替わってますよね。
だけど、「ジャイアンツ」というアイデンティティーは変わることなく生き続けてて、つまり、長嶋さんの頃の古き良きジャイアンツも、今季まさにペナントレースを戦ってるジャイアンツも、同じジャイアンツといえます。
「ジャイアンツは永久に不滅です」みたいなことを長嶋さんは言ったけど、それはジャイアンツというチームが、というよりは、観念(それをそれたらしめてる根幹のとこ)が、永遠だと言いたかったんだと思います。
なんの話?って、つまり、動的平衡の問題です。(今、凝ってるやつ)
ちょっと頭を切り替えて。
人間ひとりを、いっこのチームと仮定します。
そのからだは、いろんなもので構成されてます。
「ぼく」は監督で、指揮系統を司ってはいるけど実体がなくて、その命令によって、いろんな物質が担当してる各部署に働いてもらってるの。
つまり、ぼくはぼくだけど、ぼくのからだは借り物なのです。
世界っつか、宇宙から物質をお預かりして、かりそめの肉体を形成してるに過ぎないの。
一年前にぼくの血肉を構成してた物質たちは、すでにいっこ残らず役割を終えてからだの外に散らばっちゃってて、今ぼくを構成してるのは、ここ数ヶ月のうちに生まれた新参たち。
つまり、一年前とは、ぼくはまったく違ったぼくに変わり果ててます。
チームの構成員が、根こそぎ入れ替わっちゃってるわけです。
ぼく自身も知らない間に、ぼくはまったく別のぼくになっちゃったの。
こんな不思議なことってあります?
じゃ、ほんとのぼくはどこにいるかというと、遺伝子の中に情報として存在してるに過ぎないのです。
その遺伝子(の情報が書かれた細胞片)すら、一年前とはすっかり入れ替わっちゃってるんで、ぼくという一個人は、ほんとに観念としてしかこの世に存在してないのですよ、わかります?
この世には、遺伝子情報というオバケみたいなものがたゆたってるのみで、それが周囲の物質を集めて「姿形」となり、その肉塊の操作が生物学的な「営み」を生み、その営みはなんのためになされてるのかっつーと、つまるところ、遺伝子情報を連綿と後世に伝達してくため、という、まあなんと言いますか、「遺伝子は永久に不滅です」的な構造にですね、この生物界はなってるわけです。
ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
輪廻転生。
色即是空、空即是色。
いろんな言葉で言われてますが、ぼくって存在は、宇宙そのものなんですねえ。

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レッドゾーン

2011年10月22日 00時03分06秒 | Weblog
92歳になるばあちゃんの耳が遠くなったとかで、実家の母ちゃんが困ってるらしい。
なにに困ってるかっつーと、テレビの音量を「レベル70」で聴いてるんだと、うひーっ!。
70ったら、町内中にとどろきわたってしまうくらいの大音響でないの。
ちょっとセクシーなシーンとか、気まずくね?
それにしても70かあ・・・すげえな。
ちなみに今、わが家自慢のアクオスで試してみたけど、フルボリュームでも60どまりだった。(普段は12~14で聴いてます)
それでもカタツムリ官がじんじんするような音量だよ。
ばあちゃん、それでなに観てんだろ?
サスペンスとかだったら、こえーよなあ。
じゃじゃーん、ぎゃ、あ、あ・・・とか。
でも、きっと観てるよな。
ボリュームいじるより、補聴器買え。

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コアのとこ

2011年10月21日 08時43分59秒 | Weblog
ここんとこ一、二年の間に読んでる本たち。



以前にね、週刊誌でマンガをかいてたんですよ、オレ。
その頃は、クソ面白くもないプロ野球のデータとか、サッカーのルールとか、戦術とか、エピソードとか、そんな知識を詰め込むためにいろんな専門誌(ワールドサッカーダイジェストとか、ボクシングマガジンとか、陸上競技マガジンまで)を「無理やりに」読んでたんだけど、くびきを断ち切った今は、なんでも好きなものを読めるのさ。
好きなものってのは、実は数学や物理学だったんだなあ。
結局、自分の知識欲の求める先は、物事の根本原理なんだとわかったよ。
現象や結果じゃなく、「なぜ?」にこそ関心がある。
オレは「~なので」「~だから」というのが口ぐせらしいんだけど、これは、問題のより深い部分を議論の俎上に載せよう、深く納得してもらおう、ってアプローチから発生してるんだ。
掘り下げたいんだ、世界を。
最近いちばん興味があるのは、哲学だなあ。
まだそこに足を突っ込んではいないけど。(ムツカシイし)
でも、思考法はその作法を十分に踏んでる気がするんだ。
オレはきっと、悟りをひらきたいんだと思う。
その一歩目の足をひょいと上げたとこなんだ、きっと、と思ってる。

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ロウソクの美しさ

2011年10月20日 10時15分08秒 | サイエンス・ガクジュツ的な
「ロウソクは美しい」と言った物理学者がいるよ。
炎を揺らめかすその風情が美しいんじゃなく、物理的な効率と循環が美しい、というんだ。
最初の炎がロウを融かす。
すると本体にカップができて、そこに液体となったロウが湖のようにたまる。
たまったロウは、毛細管現象によって芯に吸い上げられて燃料となり、安定した炎をつくる。
ストックされたロウがなくなると、炎の位置は押し下げられる。
それに従って、本体のカップの周囲は融け、ロウのチャージが行われる。
ロウの揮発と芯の耗滅が同時に進行するため、少しのロスもなく、また炎は同じ大きさ・形をキープしたまま、ロウソクのボディは短くなっていく。
まるで整った円のように美しい「現象の循環」でないの。
・・・という本ばっか読んでる今日この頃。

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10、18

2011年10月19日 09時05分51秒 | Weblog
双方とも「忘れてた」まんま、結婚記念日が過ぎ去った。
これはこれで平和というよりほかない。
めでたし。

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勝負

2011年10月18日 20時12分18秒 | Weblog
勝つか負けるか、よりも、勝ち方にこそこだわんなきゃいけないんだよ。
負け方にこそ、価値があるんだよ。
羽生さんも言ってたよ。
勝ち負けを度外視しても打たなきゃいけないその創造的な一手がある、って。
それがサムライってもんだろ?
汚い手で勝って大喜びするもんじゃないよ。
・・・誰に対して言ってるわけでもないけどさ。

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健忘(権謀?)のヒトビト

2011年10月17日 21時42分22秒 | Weblog
「み、南三陸の海岸に、い、い、一千体の遺体が打ち上げられているという情報ですっ」
「速報ですっ。福島第一原発の原子炉で、燃料棒がっ、ぜ、全露出しているもようですっ」
NHKの9時ニュースで、青山アナが声をうわずらせて読んでたニュース原稿だよ。
あの頃ぼくらは、シリアスに、自分が命を失うことを覚悟したんだ。
それをね、忘れちゃいけないと思うんだよね。
被災地よりも先に自分のふところをあっためようとしてるやつ、しれっと原発を再稼働させようとしてる連中、アタマ大丈夫なのかな?

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ネット通販

2011年10月16日 07時52分41秒 | Weblog
アマゾンは恐いな。
ちがうっ、ワニがいるから、とかじゃなく、ネット通販のアマゾンだよ、もうっ。
最近のこざかしいぼくは、パソコンの画面上で本を探すわけなんだけど、欲しい本のことごとくがそこに、ある。
「フィボナッチ数列」や「不確定性原理」なんてジャンルの本を、英林堂(街の本屋さん)で手に入れようと思ってもむつかしそうだけど、アマゾンで探すと、50種類くらいリストアップしてくれる。
驚くべき多様さ。
えらび放題のそこから垂涎のものをチョイスして、ポンとキーを叩けば、晴れてその本がわが家のポストまで送られてくる、って仕儀。
驚くべき利便性。
どんどん欲しくなり、どんどんキーを叩いてしまう。
先日も、4冊で計一万円なり、みたいな買い物をしてしまった。
感性がおかしくなってくのも恐いし、街の本屋さんがこれでやっていけるのか?ってのも恐い。
WAVEやタワレコなどのCDショップが次々とつぶれてて、ぼくはもうネットで音楽を手に入れるしかないんだけど、こっちを覚えると、もうショップなんかに足を運ぶのがバカバカしくなっちゃって、結果、淘汰が加速する。
こんなんでいいのかなあ?と憂いつつ、このずぶずぶからはもう抜け出すことができなくなってるんであった。

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タイムマシーン

2011年10月13日 10時14分32秒 | サイエンス・ガクジュツ的な
光よりも早くかっ飛ぶニュートリノが発見された、ってことで科学界が盛り上がってますが。
ニュートリノに質量がある、ってことは、例の小柴さんの実験で証明されてるんで、それがほんとなら、すごいことだよ。
なにがすごいって、実はオレ、22の頃に「時空越え(すなわち、タイムマシーン)」を完全に立証できるロジックを見つけてたのさ。
これは誰にでも理解できるシンプルな形式に要約できるんで、いつか発表してやろうと思ってんだけど(ほんとはすでに、以前のブログで発表してんだけど)、ところがそれは、アインシュタインの相対性理論があるとまずいことになって、つまり実現不可能な机上論だったの。
だけどその相対性理論に疑義が示されれば、つまり光よりも早い物質が存在しうるとすれば、オレの理論は正鵠を射てることになる。
タイムマシーンは、実現可能なんだよ。
オレの理論によると、人類は「未来を見る」ことができるんだ。
最近のサイエンスでは、宇宙空間の大半は暗黒エネルギーで満たされてる、とか、時空は10次元まで存在する、とか、人間の実感としては理解できないようなことばっかわかってるんだ。
だったら、光よりも早い物質があったっていいんじゃねっか、と思うんだ。
そんなものはね、人類のオツムが足りてないだけで、宇宙のどこかではやすやすと存在できてると思うんだ。
ああ、考えれば考えるほど面白いよ、物理学。
時間を忘れるさー。

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ボラ紀行・番外編/盛岡

2011年10月11日 21時12分41秒 | 被災地ルポルタージュ
台風が列島に近づく中、岩手の盛岡にたどり着いた。
被災地でまともな仕事ができなかったんで、例によって「地元に金を落とす」経済活動にいそしむことにする。
陸前高田から出る早朝のバスに乗ったんで、盛岡着は午前11時ってとこ。
雨の中、宿を探すが、お決まりの「東横イン」に部屋を取ると、「チェックインは3時」という、当然の応対。
巨大な荷物だけは預かってもらい、街に出るとする。
4時間もの空き時間をつぶすため、まずは床屋(ヘアサロン、っつの?)に入った。
実はこの日のために、髪をぼーぼーに伸ばしてきたのだ。
オレは大学の頃からモヒカン or 丸ボーズだったんで、ずっと自分でバリカンを使って処理してきた。
こないだ同窓会のために(色気を出して)十何年かぶりに床屋に入ったけど、なかなかよいね。
つわけで、ホテルからいちばん近いサロンにひょいと飛び込んでみる。
「かっこいい海兵隊カットにしてくれ。ああ、そうだ、天頂部にハンバーグを乗っけたように髪を残し、刈り上げた下半分から徐々にグラデーションにするタイプのやつだ」 と説明したのだが、できあがったものを見て思わず「これじゃ、こぶ平じゃねーか」とつぶやいたところ、「襲名後は、正蔵師匠になりましたよ」と、切ってくれたワカモノに諭される。
師匠か、ならまあよい。
店を出るが、まだまだ時間があるので、昼飯にする。
盛岡にきたら、なんといっても冷麺を食べなければならないので、名店「盛楼閣」を攻める。
・・・まあまあだった。(江古田の「焼き肉ハウス」の方がうまい)
ついでに別の店で、盛岡名物というじゃじゃ麺なるものを食べるが、まったく感心しなかった。(どこがうまいんだろ?)
その後、駅ビルの土産コーナーをさんざんひやかし、やっと午後3時となって、ホテルに投宿。
疲れ果ててたんで、そのままひと寝入り。
目覚めると、すでに夜だったんで、いよいよ、という気合いで街に繰り出した。
いろいろと入る店を検討したが、「散財」が目的なので、ちょっと敷居の高そうな「割烹料亭・扇屋」さんに足を踏み入れてみる。
やっぱし、旅先ではそれなりのものを食べなきゃ意味がないし。
店内には、カウンターにひとりだけのお客さん。
そのスキンヘッドの外人さんの、いっこトビの隣に腰掛けてみる。
50がらみの大男は、こちらと目を会わせてにっこりと微笑み、「ヨロシク」と声をかけてきた。
オレ「はじめまして」
外人さん「サミュエルだ、ヨロシク」
オレ「サムさんと呼んでいいかい?」
外人さん「ディックでいい」
フランクでなめらかな会話だ、すばらしい。
オレは、カウンターで隣り合わせた外人さんとは必ずコミュニケーションをとることにしてるのだ。
立派だよなあ。
↓以下、ディックとの和英ごちゃまぜの会話。
オレ「どこからきたんだい?」
外人さん「アメリカの東北さ」(←なかなか粋な言い回しでないの)
オレ「東北ってことは・・・ニューヨークのあたりだな?」
外人さん「ボストンさ」
聞けば、彼は先生で、そこでポリティカル・サイエンスを教えてるのだ、という。
オレ「政治学か、すげえな。まさか、あの大学じゃねーだろうな?」
外人さん「ビンゴ。M.I.T.さ。知ってるのか?」
オレ「オレはロバート・B・パーカーを読むんだ」
外人さん「マジか?うれしいぜ。オレの娘は『スペンサーシリーズ』が大好きで、愛犬にスペンスという名前を付けたくらいなんだ」
オレ「それはすばらしい。あの探偵は、いつもオランダのアムステルを飲んで、いつもあんたのマサチューセッツ工科大学の周りを走ってるんだ」
こんな会話ができるから、オレはほんとにすごいよなあ。
明日は市長と被災地を回るんだ、といって、サミュエル氏は帰ってった。
しかしかえりみるに、あの会話は全部ブラフだったのかもね。(ほんとだと思うけど)
とにかく、実に愉快で充実した時間だった。
さて、若きご店主。
このひとも何度も被災地に足を運び、復興の手助けになれば、とその地域(三陸)から素材を仕入れ、立派な仕事に仕立ててるという人物。
とにかく、東北のどこにいっても、身内や友だちの誰かしらが被害を受けてるんで、その一体感には感じ入らされるものがある。
東京や、それ以西のひとたちも、他人事だから、と忘れ去らないでほしいな。
なにかしよう、なんて思わなくていいんだよ。
ただ、忘れないでほしいのだった。
さて、ホテル泊をし、翌日には「ぴょんぴょん舎」の冷麺にチャレンジ。
こちらはさすがに日本一、おいしかった。
前日に下調べをしてたので、目をつけた土産物屋にふたたび足を運ぶ。
巨大な荷を背負うオレを見て、せんべい屋のおかみさんが「ボランティア」と気づき、深々と頭を下げてくれた。
「ありがとうございます。被災者になり代わり」と。
それが本当に深い礼なんで、つくづくと恐縮する。
それに見合う仕事を東京でも、と意を固めた。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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