14・量子場の彼、って
せっかく途中までわかりやすくて面白かったのに、また難しいこと言い出してよーう・・・と読者は感じてることだろう。
だけど、ここはとてもとても重要な部分だから、ちゃんとしておきたいんだ。
だって、「彼」はここに至るまで、本当に量子場の世界に住んでたんだから。
彼の周囲には波動しかなく、彼もまた波動で構成され、波動の力で駆動してたんだから。
彼は、ぼくらのような世界を持ってなかった。
ぼくらとはまったく違う次元を生きてた。
想像してみてほしいんだ。
目もなく、耳も鼻もなく、手も足もなく、感覚も意思も記憶もなく、要するに意識がなく、ただ与えられた手順に従って機械的に歯車を動かし、「生きる」という最低限の営みをこなしつつ、満期になると分裂することのみを繰り返す・・・その内にある、心象風景を。
彼の日常は、自分を構成する量子が相互作用でくっついたり、離れたり、影響を及ぼし合ったりするだけの日々なんであって、それは無味無臭で、手応えもなければ、気持ちの抑揚もない。
それどころか、意識を持たない彼の周囲に、世界は存在しない。
目がないから真っ暗なのはもちろんだけど、それとは別の意味で、周囲に時空感がないことに依拠する、真の暗闇が彼の居場所だ。
いや、闇もまた感じることによって生み出されるんだから、闇さえないと言っていい。
彼は外膜・・・と解釈しうる他者との結界を持ってるものの、感じることのできない身には、その中身もなければ、外もない。
そんな観念自体がないんだから。
彼は食べ、活動し、増える・・・という見方は、次元の外から俯瞰してる観測者(つまりぼくら)による説明だ。
彼は、ぼくらの(あるいは、彼がいずれ築き上げることになる)世界にいない。
0次元という量子場で、素粒子の相互作用だけを自律的に起こし、反応の結果に生かされてるに過ぎない。
それを彼の外にいるぼくらは、彼の中の分子が結合し、分解し、電離し、pHに偏りができて、酸化した、還元した、化学反応と通電が彼を動かした・・・そんなふうに解釈する。
より具象でもってデッサンすると、食べた、戦った、増えて勝ち残った、なんてことだ。
だけど彼自身は違うんだ。
世界を持たない彼は本当に、自分は量子場の波動にすぎない、と感覚器を持ってさえいれば自覚してるはずだ。
ところがまったく逆説的だけど、彼の感覚器が目を覚まそうとしてる今このタイミングで、はじめて彼は自分を取り巻く世界の存在に気づくことになるんだ。
量子場の裏側に存在する、この幻影みたいなつくりものの世界に。
つづく
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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