裏日記「B面」

工房しはんが日々、ふと感じたり、しみじみとふけったり、ぴんとひらめいたり、つくづくと考えたりしてること。

ツマを教育する

2022年02月05日 12時25分46秒 | Weblog

夫には、ツマを教育する責任がある。
結婚以来・・・いや、出会って以来、ツマを厳しく指導してきたつもりだ。
つき合いはじめた当初、デートの待ち合わせ場所で、お口をポカーンと空け、まるで郵便ポストのように呆けている彼女に「少し顔に力を入れておいた方がいい」と指摘したのが手はじめだった。
ひとを待っているとは思えないその佇まいもすごかった。
脱力しきって、背を丸め、へそを突き出し、まるで4部休符のような立ち姿なのだ。

これでお口ポカーンでは、いよいよまずい。
ここまで力を抜ききることができるとは、ある種の才能だが、とにかくこの子を人さらいに狙われないようにしつける必要がある。
歩き方もなんだかおかしい。
どんがらがったった〜、と、手ぶらなのに、あたかも小太鼓を叩いてるかのように歩くのだ。
とても見ていられるものではないため、手は肩幅くらいに振りましょうね、足もまっすぐに出すといいよ、と事細かく指導した。
「お口に入れたものは、ちゃんと噛もうね」と指導したのは、彼女がツマとなってずいぶんとたってからのことだ。
そばやうどんなどを丸呑みしては、ゲホゲホとむせ返り、鼻から出すのを不思議に感じたのだった。
どうやら、これらの食品を飲みものと考えていたようだ。
「とろろごはんは飲んでいいんだよね?」「お豆腐は?」「茶碗蒸しは噛むの?」と、本気で聞いてくる。
ツマは、これらの柔らかいもののみならず、肉や魚までまともに噛むことなく飲み下そうとしてしまうので、すぐにのどに詰まらせる。
「うっ」「んがっ」などと言っては、箸をのど深くにねじ込み、食道の奥から信じ難いほど大きな骨や肉片を(自由自在に)取り出してみせたりする。
まるで奇術のようで、それを目の当たりにさせられるこちらはそのたびに「おおっ」と息を呑んでしまう。
が、これではいつか死んでしまうので、お口に入れたものはとりあえず30回噛む、というルールを設けた(ごく最近のことだ)。
料理の指導には困難を極めた。
「おかずを三品つくってみて」という夫のリクエストに応じ、「ニンジン炒め」と「ピーマン炒め」と「ちくわ炒め」を出すようなツマだ(一緒に炒めろやっ!)。
またあるときは、「今夜は豆料理ですよ」と宣言し、茹で枝豆と、茹でそら豆と、茹でえんどう豆を出してきたことがある(一緒に茹でたらええやろがえ〜っ!)。
それでも今では、エビチリとトマトタコ煮込みとニンジンしりしりの三種類をマスターするまでの腕前になってきている。
教育もまんざら無駄ではなかったようだ。
が、「熱いよ」と言ってグラタンを出すと、スプーンいっぱいのやつをやっぱり熱いままお口に放り込んで、皮をベロベロに火傷させる。
「フーフーしてからね」と何度教えてもわからない。
これから先も、ツマをオレ好みの女にするには、相当の歳月が必要なようだ。

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いちばんきくワクチン

2020年05月30日 06時22分59秒 | Weblog
世界がコロナと同居することによって、消費生活が変化するらしいよ。
だけどオレは常々、資本主義社会下における消費活動はどうかしてる、と感じてた者なんで、この災厄を機会に、人間が常識的な振る舞いを取り戻すチャンスを与えられたことを歓迎したい。
資本主義経済ってのは要するに、めちゃくちゃにつくりまくって、宣伝で購買意欲をあおり立て、必要かどうかを考えさせないままに買わせ、型落ちのものは捨てさせ、じゃんじゃんと需給を回していこう、って思想だ。
いるかどうかも関係なしにまずはつくってしまって、つくったから売るしかなくて、売ってるから買うしかなくて、買うから捨てるしかなくて・・・この回転が止まったら、破綻だ。
だけど、こんな社会構造を、閉じた系たる地球環境が許してくれるわけがない。
資源に限りがあることを完全に無視してるし、元素の収支が合わなくて系にストレスをかけることは明らか。
たかが100年なんて短い時期しか生きられない人類は、101年後のことに思いを至すことができなほどのアホ生物だ。
幾何級数計算を理解しながら、その先を見ようとしない。
卑怯な態度だし、それ以前に、緩慢に自殺してることにさえ気づかないんだね。
いや、気づいていながら無頓着なんで、救いがない。
考えてみてよ、これは単純な話なんだよ。
車を3年おきに買い替えましょう、なんてどう考えてもおかしいでしょ。
テレビは新技術が開発されるたびに総取っ替えしなきゃならない(無理やりに買わせるための開発なのだが)。
服だって、流行を追っかけて一ヶ月に3着も5着も新しく必要なわけがない。
どれだけ欲しがるんだ、そしてつくり倒すつもりなんだ。
そこで、今回のコロナだよ。
消費活動を止めてみて、あら、意外と平気だわ、と思ってるひと、多いんじゃないの?
お金なんてそう多くはいらないものね、と。
買うために働かなければならず、働かなければならないために仕事を創出するしかないインチキに、ついに気がついたわけだ。
買うことをやめてみたら、そう働く必要はなく、仕事も賃金もそう多くはいらなかったわけ。
少し頭を冷やして、常識的に考えるべきだ。
・・・と、地球が立ち止まらせたんじゃないかな、コロナの力で。
経済は冷え込んでる、と言うけど、買わなきゃならないものなんて食材くらいのもので、その他に深刻に困窮するものってある?
最小の購買で足りてしまうんじゃないの?
まさしく「足るを知る」的な。
今後の人類の消費活動は、停滞という表現の普通さを取り戻して、適切な経済ボリュームに合わせた新しいパラダイムを構築していくにちがいない。
資本主義はすでにコロナ以前から滅形しかけてたけど(若年層が、格差から生じた乏しい資金力から、欲しいものを厳選して買うしかない、という身の丈の経済活動を強いられたため)、いよいよ世界経済は収縮し始める。
これは当たり前のことだし、愚かな夢から覚めることを意味する。
地球環境を顧みれば、人類にそれ以外の道は残されてなかったわけで、グレタさんあたりはまさにこのことを叫んでたわけだ。
コロナのおかげでそれが実現するのは、神さまの差配と考えていい。
自然界はたびたび、人類を滅ぼそうと、あれやこれやと手の込んだ毒素(細菌、ウイルス)を送り込んでくる。
だけどそれは、昔から賢者が繰り返しに口にするセリフだけど、要するに、「自然環境に最もひどい悪影響を及ぼす人類という凶悪ウイルスに対する善玉ワクチン」なんだった。

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アベノマスク

2020年05月11日 22時25分44秒 | Weblog
アベノマスクだけど、やっぱ気色悪いから捨てようと思う。
寄付するのもなんだか、相手が気持ち悪がる気がするし、自分が気持ち悪いものを差し上げるってのも気持ち悪いものなあ・・・
まあとにかく、あれを装着して街に出るのには、相当な勇気がいる。

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あるべきところにもどっていく

2020年03月04日 08時41分14秒 | Weblog
仕事三昧の毎日を過ごしてきたよめはんが、去年末に会社を早期退職した。
朝から終電まで働き、週末は眠ることしかできない・・・という生活で、仕事を辞めるときは死ぬか狂うかしたときだろうと思ってたんで、無事に健康体のまま離脱できたことはまことによろこばしい。
それからというもの、彼女の自由三昧の日々がはじまった。
大好きなイギリスを二週間めぐり、帰国したと思ったら、友だちと毎夜飲み歩き、映画と音楽三昧。
そうでありながら、これまでダンナまかせだった家事一切を引き受け、しかもちゃんとこなしてくれる。
仕事を辞めてみれば、料理も、片付けも、スケジューリングも、なんでもできるスーパー主婦だったことがわかり、うれしい再発見となった。
これまで見せてきたあのポンコツっぷりはなんだったんだろうなあ・・・?
ダンナの家事モチベーションを引き出すための芝居だったとしか思えない。
朝ドラを見ながら、今まで食べたこともなかった朝食まで支度しはじめ、そのブリティッシュなティー文化は、わが家の食文化を根本から変革するほどのものだ。
なかなか立派な専業主婦・・・というか、有閑な奥様といえる。
思えば彼女は、これまでの25年間、普通の生活というものをしたことがなかったのだなあ・・・
大いに楽しんでるに違いない。
どんよりと曇ってた瞳が生き生きと輝きだし、お肌もつやつやに生気がみなぎって、「ああ、人生ってすばらしい!」感を発散する姿は、まぶしいばかりだ。
夫婦仲も、結婚生活を通して最高テンション。
まるで新婚生活のように豊かで平和でむつまじい毎日で、まさに蜜月期がやってきたんであった。
ああ、なんてたのしい三ヶ月間であることか!
そんな矢先・・・よめはんが、また今月から働きはじめた。
大企業のエース格だった前回とは違い、今度は小さな会社のいちデザイナーさんというポジションのようだ。
だけどそれは、日本の大切な文化を守るという尊い仕事でもある。
大企業からも引きがあったのだが、そっちをソデにしてこっちを選んだ判断は・・・なんというか、実に彼女らしく、まったく楽のできないソンな選択に思えるんだけど・・・困った人々を助け、文化の下支えで汗をかきたいという志は立派というほかない。
自分が納得できるまで、がんばりすぎないように、がんばってみればいい。
まったく、えらいひとだ。
家事一切の作業が手元に戻ってきたダンナは、心からそう思うのだ。

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コロナウィルス

2020年02月27日 08時37分57秒 | Weblog
コロナウィルス、怖いなあ・・・
いや、怖くないけど、気持ち悪い・・・
この災厄は、ただの練習なのだ。
かつて、かかれば必ず死ぬ!みたいなのが、何度も何度も世界を覆い尽くしたことがあったんだなあ。
それに比べたら、この大騒ぎはのんきなものかもしれない。
だけど、その日は必ずくる。
かかったら必ず死ぬ!なんてのが大発生する日は、ほんとにくる。
そのために今、学んどけ、世界よ。
それにしても、人類がこうまで無策とはなあ・・・
大発生したエボラ出血熱が西アフリカで食い止められたのは、ただただあの地が高度な社会から隔絶されてた、ってありがたき理由に尽きるわけだ。
だけど、今回はそうはいかないぜ。
オリンピックはおそらく開けないでしょ。
これからもっともっと大騒ぎになるもの。
だいたい、日本政府発表の数字、低すぎるよ。
よりによって教師や官公庁、医者なんてところからウィルスが検出されてるのは、そのセクションだけが検査を受けさせてもらってるから、ってだけの理由。
無作為抽出したら同じだけの割り合いで罹患が明らかになるわけだから、日本国内にはすでに患者が数十万単位で蔓延していることは間違いない。
そのことを隠すために検査をしないんだとしたら、これはもう人災だよ。
それにしても、ワクチンも治療薬もなんでとっとと開発できないのかなあ・・・?
ゴルゴ13なんて、罹患したその場で血清をつくって自分で治してたよ。
がんばれよ、日本の医療化学〜、すでにその技術も失われたか?政府が金よこさねえからなあこの国ときたら。
取り返しがつかない事態に至るまでは経済最優先!って姿勢は、温暖化対策と構図がまったく一緒だ。
ただただ間抜けだよ、日本政府。

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おっと、おんなじ

2020年01月27日 10時06分30秒 | Weblog

まず、これをご覧くださいな。
セイコーさんが発売した、クイーンのギタリスト「ブライアン・メイ」モデルのダイバーズウォッチですわ。


なかなかえー話がありまして(写真はブライアン・メイのインスタから拝借、ごめん)、つまりクイーンは世界に認められる前にまず日本で人気が爆発したんで、フレディはじめクイーンメンバーは日本に特別な思いがあるのですな。
んでその世界に羽ばたくきっかけになった初日本公演で購入したセイコーのダイバーズウォッチを、ブライアンは後生大切に使ってるわけなんですと。
それが、本人がしてるこのモデルなわけですが・・・


しはんが中学生時代にばあちゃんに初めて買ってもらって、それきり使い続けてる腕時計とおんなじでしたわ。
ま、それだけなんですが。

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辺野古移設の料金

2019年12月26日 09時47分09秒 | Weblog
「国民のみなさん、お金を集めまーす」
と、国は言うわけだ。
「ひとりにつき9000円を払ってください。赤ちゃんも、死にかけのじいちゃんばあちゃんも全員、ひとりにつき9000円でーす」
そうアナウンスする菅官房長官には、容赦がない。
「夫婦なら18000円ね。はい、出して」
あ、うちのことか。
うちも支払わねばならんのだなあ。
「家族五人なら45000円。まからないよ、ちゃんと4万と5千円出してね、はいはいー」
弟んちはこれだけの額か、子だくさんな家は大変だ。
ま、出すしかないが、これっぽっちの金で、ちゃんと辺野古に飛行場はつくれるのか?
厳しいひとの試算によれば、この軟弱地盤に100メートルの杭を七万七千本打ち込むのに2兆円かかる、って話もある。
「そうなったらまた徴収しまーす」
と、安倍さんは言うのだろう。
なにしろ、税金を湯水のように使ってくれるひとだ。
あ、いやいや、その頃にはすっかりと政権は変わってるのだろうが。
「総額でひとり2万円は用意しといてくださいね。七人家族なら、14万円ね。大丈夫、全部辺野古に使いますから」
そういうことだなあ。
いやあ、金がかかるもんだなあ、米軍移設とは。

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玩物喪志

2019年12月24日 22時08分06秒 | Weblog
読んだ本を大事に取っておくなんてもったいない、と思うのだ。
ん?
もう一度言うよ。
読んだ本を捨てないなんてもったいない、と思うのだ。
空間が。
本<空間、の価値観。
本とは、背表紙を書棚にため込むものではなく、内容を頭の中にため込むものだろう。
その本が300円としたところで、その本が占めるスペースにもまた300円分の価値がある。
そこで考える。
自由に使える部屋内の空っぽの容積(300円分の価値を持つ空間)に、300円だった本の体積を占有させるべきか、否か。
本に綴られてた300円分の価値は、すでに自分の脳内に移ったのだ。
だとしたら、その本の抜け殻に、300円の空間を占有させる価値が残ってるだろうか?
ここは考えどころだろうが、オレは空間を大切にしたいんで、本の方を捨てる。
本を大切にしたければ、空間を捨てるのも悪くない。
だけど、「せっかく買った本なんだから念のために(あるいは記念に、別の言い方をすれば自慢のために)取っておく」という考え方は、オロカに思える。
なぜなら、刻々と増えるそれらと相対的に、自分の使える空間がむしばまれていくんだから。
オレは、一度読んだ本は片っ端から捨てていく。
自由空間の方が断然大事!
必ず読み返すにちがいない大好きな本や、資料として価値のあるものだけは残すけど、それも30センチ立方の棚に収まるだけ!と決めてる。
なので、新しく収蔵したい一冊が現れれば、しばらく読むことのなかった一冊とはバイバイとなる。
ベンチ入りメンバーの選抜争いは、熾烈極まる。
かわいそうだが、このタガを外すと、スペースは際限なく侵されることになるのだ。
生活空間を脅かすほどに本を積み上げたとして、それらのおびただしい本をいつ読み返すというのか?
一冊の体積が、わが自由空間の容積300円分を侵すとして、部屋の一面を本が覆ったとしたら、その空間分の損失は数十万から数百万ってところになる。
その逸失利益は半永久的であり、しかも増大しつづけるものと考えるべきだ。
本を捨てないなんて、もったいない。
それは、体を伸ばせる場所を捨ててしまうようなものだ。
どれもこれも、捨ててしまおうではないか。
楽になろうではないか。
と思うのだ、捨てられないよめはんを見てると。
だけど、CDな・・・
これだけは、オレの部屋にも際限なく増えてくんだよなあ・・・
ダウンロードにすればいいと思う?
でもね、やり方が今だにわかんねーんだわ、サムライなんで・・・
そしてオレは、CDと、CDチェンジの時間を愛してるのだあ!
すまんが、これだけは残させてくれ。

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フリーランスふたり

2019年12月19日 10時41分52秒 | Weblog
会社を辞めてロンドンに逃避行してたよめはんが、ついに帰ってきた。
帰ってきてしまった。
束の間のシングルライフよ、さようなら・・・
きゅうくつな・・・いやいや、たのしいふたり暮らしよ、こんにちは。
生活が劇的に変わりそう。
これまでは、ひとり暮らしのオレん家に多忙のよめはんが居候するスタイルで、すべての家内の仕事と経済運営をオレがまわしてきた。
よめはんはただパラサイトとしてお世話をしてもらっていれば、衣食住が確保できた。
しかし、以降はそれらの仕事を完全によめはんに移譲することになる。
大丈夫なのか・・・
実家暮らしをしてた22の頃からずっと終電まで働き続けたよめはんは、家事一切がおぼつかない。
そんな仕事ニンゲンが、突如としてフリーの身になってしまったのだ。
こわい・・・
定年退職を迎えた旦那を日中の家に迎え入れる古女房の苦悩がわかる気がする。
しかし、やらねばならんのだ。
今後、食事の支度にも後片付けにも買い物にも洗濯にも掃除にもゴミ出しにも、オレは一切手を出さない決意でいる。
これを、やつはやらねばならない。
これを身につけねば、真っ当な人間とはなれないのだから(ま、フツー一般によめはんがやるべき仕事だけど)。
たのむぞまじで。
ああ、今まで通りにお酒が飲めるかなあ・・・
それがいちばん心配。

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汗をかくハイテクノロジー

2019年12月13日 22時52分13秒 | Weblog
ホームページをネット上に出してると、ちょくちょくと「ヒット数を上げませんか」とか「検索ランキングを上位に」とか「露出を高めますよ」的な電話がかかってきて、要するに彼らは「月ナンボかで客数を増やしますよ」と誘惑してくる。
だけどうちには十分に会員さんがいてむしろ飽和状態に近いし、ひとに頼らねばならんほどHPをいじる技術がないわけじゃないし、そもそも脅威に感じるライバル教室が周辺地域にないんで、これ以上の広告費投入の必要性を感じない。
というよりもオレは、駅前で配るチラシの効果を信じきってるので、会員さんが減れば現場に出て立ち働こう、という考えなんだった。
チラシ配りはいいよ、楽しいし、なんたって結果が裏切らない。
さてそんな折りに、また電話がかかってきたのだ。
受話器の向こうの相手は、「グーグルです」とでかい名前を出してくる。
さてはサギか、と感じたが、相手は声高にその表看板を掲げてるし、話もそれに添う内容になってる上に、金銭のやり取りが発生するわけでもない、という。
「おたくのサイトはこのままじゃまずいので、一度うかがって説明させてもらいたい」のだと。
ほう面白い、だったら勉強させてもらおうではないの、と工房まで足を運んでもらった。
待ち受けるオレの両隣には、パソコンのプログラミングの先生に、ウエブプロデューサーという布陣で(たまたまそこにいた)、ネット知識に抜かりはない。
現れた若造は、どうやら本当にグーグル(の枝葉会社)の社員らしい。
この人物がありがたいことに、わがHPを示しつつ、「こうだからだめだ」「こうすればよい」とお節介を焼いてくださる。
「トップ取んなきゃ意味ないっす」と、なんだかケンカ番長みたいな勢いだ。
しかしそもそも、練馬区で陶芸教室を検索してみたところで、ヒットするのはわずか数件なので、オレとしてはこの位置(三番目ってとこ)でかまわない。
なのに「いやいやいや、もっと上の方がいいですよ」となかなかしつこい。
このお定まりの口上の後に、さて営業、ということになるのだろうが、金の話は一切してはならぬ、と電話であらかじめ釘を刺しておいたので、新米め、カードの切りどころに逡巡があるようだ。
そんな頃合いだよ。
こちらが、「うちは地域密着型で、チラシ配りで対応してるんで」と発言すると、ここぞ!と思ったか、攻めに転じてきた。
「おっと、お待ちください」というわけだ。
「ネットの力を甘く見ないほうがいいですよ。チラシなんかよりすごいですよ」などとのたまいはじめる。
「絶大なのです!」と、全能の彼は言うのだった。
はて。
だとしたら、きみのやってることって・・・?
ターゲットのサイトを片っ端から調べ上げ、飛び込み営業でアプローチの電話をかけまくったのではないかと、オレは想像するのだが・・・?
さらにうちが反応を示したと見るや、あらんかぎりの言葉を尽くしてアポイントを取り、わざわざ時間を割いて現場まで足を運んでくださる。
この営業方法って、きみが言うところの「無駄骨」なんでないの・・・?
たしかきみのさっきの説によると、ネット上にその旨を示し、検索順位を上げ、じっと待ってさえいれば、顧客はあちらからじゃんじゃんとやってくるはず・・・
きみはきみが軽んじる古典的作法(電話・チラシ勧誘)を捨て、きみが自信を持って説くところの方法論(ネット集客)に殉ずる覚悟で、顧客を増やすべきなのでは・・・?
矛盾に満ちた彼は、おびただしい原始的努力と言葉数を乱費したにも関わらず、なんの契約を得ることもなく帰っていった。
彼の行動はどこかがおかしい・・・と違和感を感じてたのだが、今ふと気づき、書き出してみた。
グーグルも、けっこう現場主義で汗を流してるのだなあ。
しかしこれでは、なるほど説得力がない。

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