裏日記「B面」

工房しはんが日々、ふと感じたり、しみじみとふけったり、ぴんとひらめいたり、つくづくと考えたりしてること。

あかんって

2014年06月29日 12時01分40秒 | Weblog
「集団的自衛権を行使すると、他国の戦争に巻き込まれる」なんて心配してるひとがいるけど、ちょっと解釈を間違えてるかも。
集団的自衛権の行使、ってのは、「わざわざひとの戦争に足を突っ込みにいく」ってことだよ。
のこのこと手を出して、まるきり自国とは関係のない戦争に参加させていただくの。
巻き込まれる、ってのとは根本的にトーンがちがう。
自国と関係のある戦争参加なら、それは個別的自衛権の範疇なんだから。
そしてそれは、専守防衛で処置すればいいんだよ。
ディフェンス戦略。
だけど安倍さんは、戦争がしたくてしょうがないんだね。
攻めにいきたいの、かっこいいもんな、そのほうが。
アメリカのおっちょこちょいな戦争のために命を捧げられれば、ご主人さまにいい子いい子してもらえる、わんわん。
そもそも集団的自衛権は、「自国民の命を守るために戦う」ってことじゃなく、「他国民を守るために自国民の命を差し出す」ってこと。
そのへんのシンプルさをわが国民は理解してるのかな?
オレ、そもそも自民党はキライだけど、今の安倍さんの自民党は知性・理性のなさにおいて歴代で抜きん出てる。
粗雑にして卑怯なその方法論は、さげすむに値する。
党議員の間からまったく異論が出てこないとこも気持ち悪い。
その政権を、わが国民の半分は支持してるんだなあ。
経済さえよろしければ、憲法とか戦争参加とかささいなことには目をつぶれるのかな、国民の半分。
それともこのヒトビトは、我が子を平気で戦争に送ることができるタイプなんだろうか。
たいした腹の据わり方と言える。
だけど「戦わない」と決めたら、限界までその理念を守りきってみようよ、そっちの方が勇気だよ。
やがて世界がその知性に気づいてくれる日がくるってば。
アインシュタインは、「第三次世界大戦ではどんな武器が使用されるか」と質問されて、こう答えたそうだよ。
「それはわかんないけど、第四次世界大戦では、きっと石ころ以上の武器は使わないだろうね」って。
一度こっぴどい目に遭ったら、間違いは二度くり返さないもんだろ。
日本はその経験を経て、達観の境地にたどり着いたんだ。
それをケンカっぱやい世界の国々に教えてあげなきゃ。
このままだと、安倍さんに向けたのと同質の軽蔑が、世界から日本に浴びせられることになる。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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終戦の日

2014年06月25日 09時11分05秒 | Weblog
よくがんばった、お疲れさま、残念。
ぶっちゃけ、サッカーの日本代表にはついぞときめかせてもらった経験がないんで、あまりシンパシーを感じることができないんだけど、とりあえず4年に一度だし応援しとこう、という市井のほとんどのヒトビトと同じ感覚でW杯を観てるとこ。
それにしても、優勝、を公言してたこのチームの真の実力たるや・・・
いくらなんでも「優勝できる!」なんてファンタジーを本気で信じてたのは、サッカーを知らないロマンチストか、おまじないとしてそのセンテンスを気に入ってるひとだけのはず。
日本代表の中心人物もこのおまじないを日々口にし、報道もそれを拡散しまくったおかげで、日本全体がぽわわ~んと夢心地になっちゃった、ってのがW杯前の雰囲気だった。
「実力を出しきれば」というエクスキューズ付きだとしても、日本には「大舞台で実力を出せない」という逆ポテンシャルを計算に入れる必要がある。
そもそも、その実力なるものが、世界に近づいてそうで近づけてないんだった。
ゴール付近でフリーにボールを持ったらやすやすと決める連中がゴロゴロと存在するのがW杯レベルだが、わが日本国でそんな人物は、歴史上においても絶無。
とにかく、優勝なんて口にするのはまだまだおこがましいレベルだった、とあたりまえの事実を終戦後にはたと思い出させられたわけだ。
さて、「優勝」と口にしたいのなら、結果で責任を取る必要がある。
そして結果、このひどい有り様となったのだから、件の人物は帰国後にフルボッコにされてもしょうがない。
逆説すれば、そんな人物たちを「残念だったね」「よくがんばった」で空港で迎えるつもりなら、報道側は今後二度と「優勝」なんて口にしちゃいけない。
さらに逆説すれば、「残念だったね」「よくがんばった」を口にできるひとは、日本代表の本当の実力をよく理解できてると言える。

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つづき

2014年06月16日 09時20分51秒 | Weblog
なんとなれば。
・・・って、下からのつづきでだけど。
考えるに、市井のひとびとも、「ようございましたなあ」「いやはや、哀しゅうございます」などという会話をするために、強迫観念で観てる可能性があるね。
報道が前宣伝であおりたおすし、「盛り上がってまいりましたねえ」って呪文で空気をつくってくんで、お茶の間も「みねば、のりおくれる」って具合に気圧が高くなってくる。
恐怖心からの学習義務。
かくてキラーコンテンツは育てられるんであった。

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たのしむ

2014年06月15日 07時49分35秒 | Weblog
サッカーのワールドカップがはじまったみたい。
だけどなんだか茫洋としてて、心の中で盛り上がってこないんだよね。
画面をながめてるうちに、だんだん燃えてくるのかな?
だけどどうでもいいんだ。
「どうでもいい」ってのはサッカーファシストから叱られそうなセンテンスだけど、誤解しないで。
週刊誌でマンガを描いてるときはさ、興味のないようなことでも無理やりに「勉強」と考えて観てたんだよね。
サッカーも、野球も、F1もゴルフも陸上も剣道もなんでもかんでも。
一切が義務感による「ネタ収集」「情報集積」だった。
そうしなきゃいけない環境だったし、強迫観念で興味を奮い立たせてたなあ。
だけどもうそんな必要はないのさ。
オレはやりたいことだけをし、観たいものだけを観るのさ。
W杯に興味がわけばチャンネルを合わせるし、そうでなきゃ土をこねるか、ピアノを弾いて過ごすだけの話。
それが「たのしむ」ってことなんだな。

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