裏日記「B面」

工房しはんが日々、ふと感じたり、しみじみとふけったり、ぴんとひらめいたり、つくづくと考えたりしてること。

ことのは

2019年10月21日 03時39分27秒 | Weblog
言葉って、不思議。
ありがとう、って言うだけで、自分も相手もしあわせになる。
ごめんね、って言うだけで、うそみたいに心が軽くなる。
言葉なんて、ただの観念、記号なのにね。
こんなものをつくるなんて、宇宙って天才。
こだまでしょうか。
いいえ、誰でも。


東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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滅びゆく

2019年10月12日 06時07分51秒 | Weblog
巨大台風の上陸待ち。
世界の終わりとわかってる日を迎える気分だ。
正確には「日本の終わり」の日だけど。
この気分は、前に一度味わったことがある。
「冷却水が蒸発しまくってる」「燃料棒が露出した」と刻々と破裂するのを待つしかなかったあのときだ。
ある学者は、あの災害を「文明災」と言ったけど、台風もまた天災だった時代を終えて、人災に近づいてる。
日本人は学ばない。
世界を見渡しても、こうまで環境に負荷をかけてる国はない。
企業はテクニカルな面でそこそこがんばってるのかもしれないけど、政権のマインドがあまりにも環境保護に冷淡なんで、いつか罰を与えられるとは思ってた。
環境破壊と、神様の振る舞いとは、密接な関係がある。
自分たちがやってきたことの当然の報いを、これから毎年のように受けることになるわけだ。
グレタさんの予言は、すでに当たってるんだった。
祈るしかない・・・
だけど、これを乗り切った翌日には、この国ときたらまた海水温をあっためるべく、大量の石炭を燃やすわけだけど。
誰だ?こんな間抜けな決定をくだしつづけてるのは。
おい政権、いい加減にしろよ。

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人力システム

2019年10月09日 08時59分46秒 | Weblog
恥かきついでに、わが家の朝の光景も開陳する。
よめはんは仕事で疲れ果ててるので、ひとたび眠りに落ちると、朝方に目覚ましが鳴っても起き上がることができない。
なのでダンナは、あっち向きに寝てるよめはんを背中から抱きしめる。
よめはんのからだをホールドしたまま、天井方向に90度回転すると、ちょうどダンナの腹の上によめはんの背中が乗る。
「ゆうたいりだつ〜」のやつを思い出してくれたらいい。
そうしておいてダンナは、自分の上に重なったよめはんの左右の肩甲骨(背中の両サイド)に手を当て、同様に尻に足を当て、おもむろにジャッキアップする。
するとよめはんのからだは、「らん、らんらららんらんらん・・・らん、らんらららん・・・」、王蟲の触覚に持ち上げられたナウシカの状態になるのだ。
背筋が伸びて、気持ちよいらしいぞ。
これで寝起きの悪いよめはんも、一気にお目覚めというわけだ。
しばし空中遊泳をさせたのち、ダンナはよめはんの肩甲骨をさらに持ち上げると同時に、尻を徐々に下げていく。
すると、なんとしたことだろう、よめはんのからだは、ぴたり、シャン、と地に足をつけ、直立不動の状態にスタンダップしてるではないか。
「じゅってん、じゅってん、じゅってん・・・着地成功!」をやって、ついでに「コマネチっ」もやって(やらないが)、訳もわからぬままに立ち上がらされたよめはんはすたすたと歩き出し、その流れの勢いで出勤していくというわけだ。
ちょうど、サンダーバード基地のスコットやゴードンが、こんな装置で現場出動してたっけ。
そういうシステムを採用してるんである、わがしはん家も(人力だが)。
え〜と・・・バカバカしいと思ったら、読まなくていいんだよ、このブログ。

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ある決断

2019年10月07日 03時58分18秒 | Weblog
よめはんが好きだ。
好きすぎる。
顔を合わせてる間じゅう笑い合ってられるし、無限にしゃべりつづけてられる。
一緒に風呂に入って子供みたいにくるぶしから出る垢の量を競ってゲラゲラし合えるかと思えば、不意にサルトルやトルストイの話を振っても即座に応じてもらえる。
もはやセクシャルな感情はないけど、部屋で過ごすときはいつもスプーンみたいにくっつき合ってるし、抱き合ってるし、チューしまくってる。
オレは相手のことを小さなムスメのように思い、相手はオレのことを柴犬のように思ってる、ってのが近いかもしれない。
なのに相手を心から尊敬し、崇拝し合えてる、ってのがいい。
最近はふたつの魂がひとつに溶け込んでんじゃねーか、ってくらいに、行動も思考もシンクロしはじめてる。
人間って不思議。
そんなよめはんが、会社を辞める。
おそらく最も優れた社員だったはずだけど、20年間も深夜まで働いて疲れ果てたうえに、会社の変質に苦しんでもいた。
このひとを辞めさせてしまう会社って、どうかしてるんじゃないかな。
だけど、いい機会だと思う。
働きづめだった20年間で、仕事以外のことがほとんどなにもできなかった。
普通のひとは、会社勤めの後に、友だちと会ったり、ジムにいったり、花を買ったり、なんてことをするわけだけど、毎日が終電帰りでは、そんな生活は夢の話。
帰ってきたら、腹ペコのお腹にメシを詰め込んで、眠るだけ。
風呂にさえ、週末にしか入れない。
そんな暮らしをやめて、彼女は自由になるのだ。
学生時代のように新鮮な気持ちでバイトでもはじめて、社会というものをいちから学んだらいいと思う。
フツーの人間の暮らしとはこうか、と。
好きなことをおやり、と言いたい。
聡明なひとだし、またすぐにやりたいことが見つかるにちがいない。
とりあえず、お疲れさま。

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無限級数の発散

2019年10月02日 00時54分38秒 | サイエンス・ガクジュツ的な
1+2+3+4+5+6・・・という無限につづく計算をしてみる。
その解は、無限、となる。
こんなふうに無限級数の足し算の結果が無限になることを、「発散する」と表現する。
無限に足し合わせるんだから、無限って答えが出ることは、あたりまえに思える。
だけど、次の計算はどうだろう?
1+1/2+1/3+1/4+1/5+1/6・・・
数字がだんだんと減っていく。
最初のふたつを足して1.5、みっつを足して1.8くらい、よっつを足して2.1くらい・・・
遅々として進まないどころか、歩みを進めるごとにますます遅くなっていく。
10の46乗個を足し合わせても、100まで到達できない。
そりゃそうだよ、1/(10の46乗)なんて砂つぶよりも小さな数字をどれだけ積み上げたところで、たいして大きな数になるはずがない。
・・・と思うでしょ。
ところが、こちらの無限級数の足し算も、発散するのだ。
小っちゃな小っちゃな数字が、もっともっと小さくなっていって、限りなく0に近づいていくにも関わらず、それを無限に足し合わせると、無限になる。
なんだか不思議・・・
不思議だけど、あたりまえ・・・
あたりまえだけど、やっぱり不思議・・・

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