裏日記「B面」

工房しはんが日々、ふと感じたり、しみじみとふけったり、ぴんとひらめいたり、つくづくと考えたりしてること。

ジョーの伝説

2009年04月22日 09時09分03秒 | レビュー
辰吉の最新の試合を観ましたが、無惨なものでした。
想像以上に凄惨な画づらだった・・・
世間は、辰吉丈一郎に幻想を抱きすぎてます。
彼が強かったことなど、実は一度もないのです。
「古今無双の豪腕ボクサー」は、マスメディアがつくりあげた偶像でした。
彼は、タイミングが合えば強いパンチを打ち込むことができるボクサーですが、それ以外の技術が稚拙すぎるのです。
ただ、生涯でその「幸運なタイミング」が重なりすぎたために、不幸なことに、英雄に仕立て上げられてしまいました。
そして調子にのっちゃった。
ひどく打たれ弱いくせに、ノーガードで相手をからかったりしては、パンチをもらって沈んだりする。
戦績を見ればわかりますが、あまりに負けすぎです。
強く打ち込む、という以外の技術を磨かなすぎた。
最新の試合では、その強いパンチも鳴りをひそめ、とても見られたものじゃありません。
試合開始から10秒観ただけで、彼が勝つ可能性が皆無であることは、誰の目にも明らかでした。
相手のタイ人ボクサーは若く、精気がみなぎり、勢いだけで戦ってるように見えます。
しかしそのスタイルは、辰吉にとって、若かりし日の自分に生き写しと見えてたに違いありません。
かつて絶頂期に、相手のチャンピオンをノーガードで挑発してた38歳のロートルボクサー(辰吉)は、今、若さあふれる相手にノーガードで挑発され、それでも手も足も出せない。
陰惨な光景です。
ボコボコにされ、記憶が飛んでふらふらになり、自陣コーナーもわからず、セコンドからタオルを投げ込まれた辰吉。
夜、家に帰り着いて、奥さんと顔を合わせます。
その場所に、カメラが入っている。
この夫婦の会話が、辰吉の生き様を如実に表してて、胸に迫ります。

奥さん「無口やん」
辰吉「しゃべりたーない」
奥さん「なんで?」
辰吉「だって、やめさそーとするやろ」

婉曲に、まだつづける、ということを伝えてるわけです。
まだやるんや・・・?
彼の頭の中に、引退するなどという考えはこれっぽっちもない。
網膜剥離、国内ライセンスの失効、コミッションからの引退勧告、衰える肉体・・・
それでも、彼はボクシングをやめないのです。
こんなだから、辰吉はいつまでも愛されつづけるのでした。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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ブルー

2009年04月20日 17時56分06秒 | サイエンス・ガクジュツ的な
抜けるような青空を見てると、「空気は、本当は透明ではなく、青いのでは?」と考えざるを得なくなりますね。
かぎりなく透明に近いブルー。
その層が厚くなることによって青く見えるのだ、と解釈したくなります。
遠くから富士山を見ると、緑じゃなく、青に見えます。
高いところからビル群を見下ろしても、青みがかって見える。
スペースシャトルから見た地球の青は、実はそれを取り巻く空気の色だったりして。
科学者はいろんな理屈を付けて「空が青く見える理由」を説明してくれますが、ここはシンプルに考えるべきです。
ついでに言えば、水だって本当は青いのでは?
コップの水は透明に見えるけど、それは量が少ないだけの話で、もっとたくさんの水がたまれば、徐々に青が濃くなっていきます。
沖縄の海なんて、浅瀬はほのかな水色、深くなるとあざやかなエメラルドブルー、沖のほうにいくと藍から濃紺・・・と実にわかりやすく、しかし複雑に色分けされてます。
群青、って色がありますが、まさしく言葉どおりに、薄い薄いブルーが積み重なって、海の群青色は形成されてるわけです(仮説)。
高密度に濃縮された氷河なんて、実際に青いものね、錯覚でもなんでもなく。
分厚い南極の氷も、うっすらとプルーがかってる。
みっしりと水を圧縮すると、それは青くなるのですよ、きっと。
水素ふたつと酸素ひとつを結合させてできたその最小単位から、青い色素を抽出することができたら、それはたのしいことだろうなあ、と思います。
それとも「青色元素」なるものが交じってるのかもね。
それは、空が青く見える理由として、空気中にも存在するわけだものね。
ヨシ、こいつでノーベル賞を狙ってみます。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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GLOBE

2009年04月07日 09時24分52秒 | サイエンス・ガクジュツ的な
朝日新聞を読んでるんですが。
たまに朝刊の中ほどに、ちょっとパルプ多めっぽい白無垢紙を使った「GLOBE」なる8P分の紙面が織り込まれてるのですよ。
最初は、広告かな?とも思ったんだけど、違うらしい。
硬派系週刊誌テイストの、あるいは文化面で扱うような、そんな記事が多い。
ところがこれが、少し目を通すときちんと取材がなされててけっこう面白いのに、なにしろ読みにくい。
なぜって、原稿がヨコ書きで構成されてるために、ここだけ左から右へと読まなきゃいけない。
一面から右開きに(つまり作法通りに)新聞を読み進めてくオレにとっては、このページにくるといきなり、対向車が逆走してくるような違和感があります。
新聞ってのは、というよりも「日本語」というものは、いにしえよりタテ書きの文章を右から左へと改行していくものであるので、こういうイレギュラーな書き方をされると、実に読みづらいわけです。
情報が脳にダイレクトに入ってこないの。
これは「書」の書き順や、文字から文字への連なりとも関係があるのかもしれません。
だからしんどくてつい読み飛ばしてしまうんだけど、なんとももったいない話です。
たぶん朝日新聞としては、パソコンのヨコ書きで文章を読む世代の台頭に備えて、こんな紙面構成を試行してるんでしょう。
しかしですよ、上から下へとスクロールする事情で、ヨコ書き・左アタマにせざるをえないパソコンと違って、新聞は左右に開く読み物なのです。
ヨコ書きにしたければ、タテ開きのカレンダー方式にしてくれ、と言いたい。
朝日新聞は、日曜版掲載の安野モヨコさん著「オチビサン」でも左アタママンガを試みてます。
この作品は実に風情と含蓄のあるもので、オレも大好きです。
ただ、紙面の構成から流れが完全に浮いてしまってて、周囲との関連性にちぐはぐさが否めません。
このマンガ作法を用いたいのなら、それこそ「GLOBE」面に掲載したらしっくりくるのに。
オレもマンガ家のハシクレですから、ヨコ書きの文章の中に四コママンガを挿入しなきゃならない状況に追い込まれることがあります。
だけど、どうしても据わりが悪い。
フィットしようにない。
だって作法が違うんだから。
セリフをヨコ書きにすれば多少は落ち着くものの、やはり日本人にとって、マンガの展開というものは右から左へ流れていくほうが自然に見えるのです。
キャラクターの顔は、読者から見ると左側に鼻先の向いてるものが圧倒的に多いのも、そのためです。(エイゼンシュタインのモンタージュ理論)
こんなことをくどくどと並べ立てたところで、近い将来にはきっと左開きの本が多くなり、新聞を読む作法もそっち重視に変わっていくのかもしれません。
だけど、なんかタブロイド紙のような安っぽさがやなの。
global=世界標準を目指してるんだろうけど、もっと和文化を大切にして~。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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