裏日記「B面」

工房しはんが日々、ふと感じたり、しみじみとふけったり、ぴんとひらめいたり、つくづくと考えたりしてること。

天体の一生

2018年08月08日 09時30分06秒 | Weblog
楽天的に振る舞ってるけど、基本的には、この文明世界に絶望してる。
やはり人間はバカだった・・・って結論がついに自分の中で確定してるのだ。
絶望してみると、けっこう楽観的になれる。
開高健の悲観主義的楽観主義って、こういうものだったのかなあ。
ここ5年で、世界は完全に悲観していいものになった。
資本主義の終焉は誰もが想定内だったんだろうけど、民主主義がこうまでもろいとは、衝撃だ。
この後に待ち受けるのは、声が大きなひとたちの支配する、自分第一の戦闘主義的世界。
人間の浅ましさが、この世界の終末期にきて顕在化したわけだ。
わが日本国までがそこにのっかるって判断に、忸怩たるものを禁じ得ない。
オレは現代日本のことを散々に言いのめす自虐主義者だけど、この民族が持つ本来的なマインドと文化は愛してる。
愛してるからこそ、それを踏みにじる現代のすさんだ日本社会を言いのめすべきだと考えてる。
日本は土俵を下り、恥を知って、没落すべきだ。
それこそが文化的で誇らしい態度と知るべきだろう。
そして、最終的にはその精神が世界を救う、とオレは信じてるのだ。
声の大きなひとたちは、より大きな声を張り合っていがみ合い、欲しいものを奪い合い、膨張しつづけるにちがいない。
だけどその先に破滅が待ってるのは、火を見るよりも明らか。
その自壊の先の先に、ついにわが精神を理解できる日がくる。
すなわち、洗練された美徳と謙譲の。
奪い合いが最高度までエスカレートすると、ついにその価値は逆転し、譲り合いをするしかなくなるのだ。
誰も彼もが譲り合いをしないと生きてはいけない世の中を、奪い合いの極致がつくりだす、というのは興味深い。
要するに、理想世界は、破滅的ディストピアだけが生み出せる。
なかなか愉快ではないの。
愉快だが、そこに至るまでに我々は一度、破滅を経験する必要があるんだった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
コメント
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