ハマグリなんかの二枚貝は、背中側とおなか側の殻を均等に発達させてきた。
丁寧に等角らせんをつくりつづけさえすれば、どれだけ成長しても、合わせ目はぴったりフィットする、って計算だ。
敵に「つけ入るスキ」を与えないですむし、さびしくなったら貝柱に力を入れてすき間をあんぐりと開けば、外界を180度(・・・いや、もう少しワイドか?)見渡せる。
一方、サザやんは、背中側の殻のみを発達させてきた。
「おなか側の殻はどうした?」と訊けば、「ここに持ってるよ」と、例のコインのようなフタを見せてくれるだろう。
彼女は、背中側はバベルの塔のようにかっこよく天に突き上げてつくり込んだが、片やおなか側は、いちじるしい手抜きのやっつけ仕事で、鍋ぶたのように退化させたんだった(だけどこのフタもまた、正確な等角の成長らせんを刻んでるのだよ)。
文豪・開高健は、「凶暴な刀や矢の前で、背中も胸も強度としては大して変わらないのに、つい背中側に信頼を置いてしまうのはなんでなんだろう?」と、防御時にうずくまる本能を不思議がってるが、サザやんもまた試行錯誤しつつ、なおも背中の硬さを信頼し、その思想を展開してきたんだろう。
そうして、背中側は殻に守らせ、おなか側は地球に守らせる、という結論に至った。
鉄壁のディフェンスだ。
ところがこのプランは、トラブルが発生して上下ひっくり返っちゃったときなんかには、絶望的悲劇となる。
カウンターで酒を飲むオレの前の水槽で、ひとりのサザやんが、今まさにそんな状況に落ち入ってる。
ガラス面と、少々のコケむした石ころ、そしてその水底を埋める三角すいの仲間たちの山脈・・・それが、水槽内の環境一切だ。
その仲間たちの上に、ひとりきり、仰向けのサザやん。
すいとすいとでできたくぼみにカッチリと逆立ちの形ではさまって、もがいてももがいても、触れるものなし。
波も立たず、浮遊物とてなく、さりとて下の仲間たちも動いてくださる気配なし。
サザやんはすぐに抵抗をあきらめ、やがて腹蓋をぴたりと閉じて、諦念の境地に引きこもるんだった。
こんなことの繰り返しなんだろうな、サザやんの一生・・・
まだ書けそう、つづく。
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
丁寧に等角らせんをつくりつづけさえすれば、どれだけ成長しても、合わせ目はぴったりフィットする、って計算だ。
敵に「つけ入るスキ」を与えないですむし、さびしくなったら貝柱に力を入れてすき間をあんぐりと開けば、外界を180度(・・・いや、もう少しワイドか?)見渡せる。
一方、サザやんは、背中側の殻のみを発達させてきた。
「おなか側の殻はどうした?」と訊けば、「ここに持ってるよ」と、例のコインのようなフタを見せてくれるだろう。
彼女は、背中側はバベルの塔のようにかっこよく天に突き上げてつくり込んだが、片やおなか側は、いちじるしい手抜きのやっつけ仕事で、鍋ぶたのように退化させたんだった(だけどこのフタもまた、正確な等角の成長らせんを刻んでるのだよ)。
文豪・開高健は、「凶暴な刀や矢の前で、背中も胸も強度としては大して変わらないのに、つい背中側に信頼を置いてしまうのはなんでなんだろう?」と、防御時にうずくまる本能を不思議がってるが、サザやんもまた試行錯誤しつつ、なおも背中の硬さを信頼し、その思想を展開してきたんだろう。
そうして、背中側は殻に守らせ、おなか側は地球に守らせる、という結論に至った。
鉄壁のディフェンスだ。
ところがこのプランは、トラブルが発生して上下ひっくり返っちゃったときなんかには、絶望的悲劇となる。
カウンターで酒を飲むオレの前の水槽で、ひとりのサザやんが、今まさにそんな状況に落ち入ってる。
ガラス面と、少々のコケむした石ころ、そしてその水底を埋める三角すいの仲間たちの山脈・・・それが、水槽内の環境一切だ。
その仲間たちの上に、ひとりきり、仰向けのサザやん。
すいとすいとでできたくぼみにカッチリと逆立ちの形ではさまって、もがいてももがいても、触れるものなし。
波も立たず、浮遊物とてなく、さりとて下の仲間たちも動いてくださる気配なし。
サザやんはすぐに抵抗をあきらめ、やがて腹蓋をぴたりと閉じて、諦念の境地に引きこもるんだった。
こんなことの繰り返しなんだろうな、サザやんの一生・・・
まだ書けそう、つづく。
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やっぱり面白すぎます
も少しつづく。