マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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佐倉のコイノボリ柱跡

2014年10月10日 08時32分18秒 | 宇陀市(旧菟田野町)へ
市内小林町に住むS婦人の出里は宇陀市菟田野の佐倉。

嫁入りまではここで暮らしていた。

氏神さんを祀る神社は桜実神社。

八ツ房の大杉が有名である。

当時のことだが、と前置きされて語った村の行事に「ジンムサン」があった。

毎年の4月3日に行われていたというから「ジンムサン」は「神武さん」のことである。

神社から山道を登った奥の山。

そこで弁当を広げて食べていた。

村の人たちが集まって食べていた。

話しの様相から「神武さん」の日に弁当を食べる、いわゆる「神武レンゾ」に違いない。

その場はどこであろうか。

探し求めてやってきた佐倉の地。

奥の山を目指してひたすら歩いた。

急な坂道を登る。

あまりの急坂にときおり休む。

それほどの急坂なのだ。

ふっと目に入った案内看板は「神武ゆかりの地 小字 天ノ王」とある。

ここがそうなのかと上がってみても頂上の山ではない。

その場から見下ろせば数軒の家屋が建っていた。

クワを持つ婦人の姿をみて下った。

探していた「ジンムサン」を尋ねた結果は、あるである。

あるにはあるが3日でなく、その日に近い日曜日に移ったと云う。

昔はS婦人から聞いていた奥の山に出かけた。

ゴザを敷いて弁当を食べていたというD婦人。

明日香の飛鳥寺辺りが出里だった婦人は佐倉に嫁入りしたと話す。

それ以前のことは知らないが、ゴクマキもあったと云う。

その様相はS婦人も話していた。

「ジンムサン」こと神武レンゾはいつしか奥の山に出かけることなく桜実神社の行事と合体したようだ。

婦人はクワを持ちだしていたのは畑の耕作。

ジャガイモのタネを植えたり、雑草除けにマルチもしていたと話す。

紅梅や黄色いサンシュユの花が咲くこの日は風も吹かない穏やかさ。



手前に立っていた木の柱が気になった。

もしやと思って尋ねた結果は鯉幟の柱。

孫も大きくなったので土台部分を残して伐ったそうだ。

男の子が生まれたその年に立てた木の柱には葉があった。

2年目は葉を落として羽根車に取り替えたそうだ。

ここら辺りはどこもそうしていたが、今では見ることもない鯉幟の柱の在り方だ。

写真に納めて残しておきたいと申し出て撮らせてもらった婦人の家は旧家。

近年に於いて建て替えたそうだ。

大工が「チョンナハジメ」もしてくれたと云う儀式。

「チョンナハジメ」を充てる漢字は「手斧始」。

建築を始めるにあたって工事の無事を願って安全を祈る。

大工は手斧を材木に当てる真似ごとをする儀礼である。

棟上げの際に納めた棟木の材料はミズキの木。

火事にならないように「水」に願いをかけたミズキの木だそうだ。

(H26. 4. 3 EOS40D撮影)