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サイエンス――感性的経験から派生する世界認識の一形式。
人間社会が累積させた知と創発のいとなみのエッセンスを学びながら、
可疑性および可謬性に開かれた精神の柔軟性をもう一つの資源として、
自明化した世界認識の方法の底に沈んだ前提を洗い出し、新たな知の原理を探索する。
日常(政治ゲーム)から独立した思考のフロンティアを担うことが本質的なミッションであり、
その誠実な遂行において世界認識の方法と一般像を拡張していくという点に、
人間社会がサイエンスに与える信任の本質的で普遍的な根拠がある。
探索対象は絶対の真実ではなく、修正されうる集合的な〝合意〟であるという認識を手放すことなく、
「科学的思考の風土では、未発見の事実と絶えざる変化が勝利者なのである」(Planyi)という格律において、
〝意味〟の創発=思考のフロンティアを切り開くミッションと、人類史的な貢献の要件を満たす。
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アート――感性的経験から派生する世界認識の一形式。
すぐれたアートは、いつも「これはメタファーである」というメタ・メッセージをたずさえている。
これは詩だ絵だ音楽だ小説だ映画だ、「虚構の中の出来事だ」というメッセージを同伴させることで、
アートには日常の文法、自明化した世界認識の前提を侵犯する権利が与えられている。
このメタ・メッセージには、かならず日常に帰還するルートを確保しているという含意がある。
このメタ・メッセージを取り払うと、アートはただちに〝異常〟とされる世界に変質する可能性をもつ。
この危うさの中でいとなまれる創造の作法に、アートの自由の本質があり、
自明性を侵犯して新たな世界体験のルートと位相を切り拓く根拠が存在している。
すぐれたアート=作品は、それを体験した人間に、日常のフレームの再編=〝意味〟の創発、
あるいは世界体験の拡張あるいは修正、すなわち新たな「生のエロス」の享受を可能にする。
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「自明性とは何を指すのでしょう?」
「大地のゆるぎなさのようなものと云えます」
「いま大地は激しくゆらいでいます」
「はい」
「起こりえないことが起きてしまった」
「自明性の崩壊は無意識深く波及します」
「出来事の規模はシステムの理解力をはるかに超えています」
「非反省的に前提にされたものが想像を絶する規模で破壊されました」
「どんな感情でもカバーできない出来事かもない」
「日常の自明性が砕け散った場所にいるともいえる」
「いまどんな教訓が引き出せるのかな?」
「絶対安全という神話があります」
「恣意的なフィクションだった」
「あらゆるシステムの駆動は、一定の自明性を起点にします」
「それが根拠のあやしい信憑にすぎなくても?」
「そう。閉鎖系では必ず自己完結できる価値命題が設定されます」
「その理由は?」
「システムを回すには、意味論的なボーダー形成が必須だからです」
「内と外をわけて、フレームワークを形成する?」
「そこからホリスティックな統一、各要素の配置と機能的連携へ進みます」
「迷信や思い込みであってもいい?」
「真偽以上に外部を遮断できる機能が重要ともいえる」
「あくまでもシステム自身にとって?」
「そう。それが閉鎖系であるゆえんでもあり、それが目的化するともいえる」
「運用効率を上げるにはノイズは可能なかぎり排除したい」
「つまり、パフォーマンスコストを低減する」
「そこには外部要因の無視や見切りがあります」
「しかし永久運動システムは永久に不可能」
「システムの駆動は時限装置ですが、個別の生命のオーダーがそこに収まればいい」
「エゴに染まった運営主体はつねに存在する」
「閉鎖系の宿命ともいえます」
「迷信か否かより、自己完結的システムの維持と存続が優先される」
「そこに関係項としての客観、すなわち自明性成立のカラクリがあります」
「カラクリ?」
「価値命題はつねに共同的な信憑にもとづくということです」
「単なる信憑にすぎない?」
「そこにエージェント問題があります」
「偉い人がそういっているから大丈夫って?」
「そう」
「疑えない真理というものはありえない?」
「信憑成立が客観として自明化することがポイント」
「要するにセルフィッシュな歪曲だけがある?」
「問題は少し複雑です」
「どういうこと?」
「あるシステムにフィットする信憑を単独で支えることはできない」
「そこにはつねに共同性、集合的な信憑構造がある?」
「客観の成立は独我論的なものではなく、いつも相互信憑のカタチをとるということです」
「仲間の共同性があるわけか。信じてるのはオレだけじゃないということかな」
「信憑は他者の信憑と反照し合うことで、客観性の強度を獲得します」
「それが客観性の僭称にも行きつく」
「そう。客観性が成立する構造とはそういうものです」
「ということは、どこまでいっても絶対の真理というものはあえない?」
「可疑性は排除できない。しかし、システムはいつも不可疑性の地平を生きることも確かです」
「客観性はいつも反証可能性のもとにある」
「しかし生きられる地平では反証可能性はいつも事後的に訪れる」
「ということは真実は手遅れのまま告げられるしかない?」
「自明性は時限装置でも、限界が顕在化するまでのタイムラグのなかにシステムの駆動がある」
「自明性を脅かすものには徹底的な排除のチカラが働く」
「それがシステムのもつ必然的なメカニズムであることは明らかです」
「閉鎖系において、自明性は絶対化します」
「それがシステムの駆動条件をつくる」
「そう。それを内部からどう打ち破るかはとても難しい問題」
「単に構造を明らかにするだけではすまない」
「それぞれシステムの選択にはぎりぎりのサバイバルが賭けられています」
「形式合理性の根拠が崩れると、おまんまの食い上げになるという現実は動かしがたい」
「はい。システムへの帰属の全面化から帰結する問題です」
「単に客観の相対性をメタ的に論証するだけではダメであると?」
「そのことだけは明らかです」
「なぜでしょう?」
「不毛な相対化合戦しか帰結しないからです」
「どんな解決策が考えられるのでしょう?」
「一つは外部の力によって自明性を破る」
「それがいま?」
「かもしれない。閉鎖系が開放系に転じる契機になればいい」
「でも?」
「でも、閉鎖系はいったん自明性が破られても、外部の力が去れば回帰する」
「元の黙阿弥。ほかには?」
「新たなファンタジーを立ち上げる」
「!?」
「別のファンタジーを見せつけること」
「どういうこと?」
「閉鎖系では享受できない、圧倒的に楽しいゲームを立ち上げる」
「説得してもムダ、ということ?」
「そう。あれかこれか、どっちが正しいか、右か左かと問えば、両者をわける境界線は太くなるだけ。
それは閉鎖系の内部でゲームピッチのラインを引き直しているだけにすぎない。
そうした対立的な図式を書き換える動機はどちら側に立とうと閉鎖系では生成しない。原理的に」
「そうかな」
「本質的な変化は、新たな〝享受可能性のエロス〟の発見から起こる」
「それがファンタジー?」
「この〝世界〟とのかかわり方、関係のゲームが根本的に書き換わらないかぎり無理」
「たとえば?」
「
「でも、ファンタジー同士の対立というものもある」
「対立的なものすべてをさらっていくような、どちらも包摂する圧倒的なファンタジー」
「無理でしょ」
「以外にかんたんかもしれない。百年以上か、もっとかかるかもしれないけれど」
「どうすれば?」
「まずは、ほんとうに絶望しきること。下手な希望をもたないでね」
「絶望?」
「絶望にもいろいろあるけどさ」
「どんな?」
「大事なのは恨みつらみ、ルサンチマンに染まったような絶望ではだめ。
一切をゼロに戻すような、ほんとうにピュアな絶望が必要だ」
「なんのために?」
「あらゆる関係項の本質が明らかになる。つまり、その生成性がね」
「それでファンタジーが立ち上がるの?」
「イエス。自明性に溺れない感受性が生まれる。
比喩的にいえば、そのとき人間はすべてアーティストになるともいえるかもしれない」
「ムリだな」
「あるいはサイエンティストになる」