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鼎子堂(Teishi-Do)

三毛猫堂 改め 『鼎子堂(ていしどう)』に屋号を変更しました。

34年前・・・の今日。

2024-11-04 23:54:34 | Weblog

朝方は気温10度を割込むものの日中は、爽やかな秋晴れ。

ついこの間迄、夏だったけれど・・・。

 

・・・34年前の今日。土砂降りの雨だった父の葬儀の日。

父は、63歳で亡くなったので、会社関係の参列者の方が多かった。

土砂降りの中の自宅での葬儀。

家の庭には、テントが張られ、兄が同じ会社に勤めていたこともあって、会社関係のひとが、一切を仕切ってくれていた。

葬儀の雨は、涙雨・・・というけれど、本当に涙を流したのは、姉と兄だけだったのではないか・・・と思っている。

私は、父には疎まれていたけれど、父の晩年、肺ガンと脳腫瘍へ転移、通院やら食事やら・・・父が一番、疎んじた娘が世話をしたのは、なんの皮肉だろうか。

父が一番かわいがった兄は、父が無くなって数年は、父が生きているような気がしていた・・・と言っていたけれど。そしてその兄も、父と同じ間質性肺炎から肺ガンになって去年亡くなった。

親子間、兄弟間でもやはり、相性というものがあるんだろうなと思う。

後妻に入った母が、義理の子供より、自分が生んだ娘(私)をネコっ可愛がりしたものだから、自分の先妻の子である姉と兄が、不憫だったようでそれで、その怒りを私に向けていた。その圏外に居たのは、同父母から生まれた弟で、父が年をとってから生まれた男の子だったから、兄に次いで、可愛がられていた。

あの日は、大雨だったな・・・今日は、晴れた・・・。

午後2時には、もう夕方のように陽が傾くのを障子越しに眺めながら、そんなことを考えた。

 

あれから34年も経っているのに、私は当時とちっとも変っていない。

そりゃあ、外見はすっかり老けたけれど。

今は、ガンになっても、昔ほど、不治の病という感じはしないし、姉は、大腸ガンを患ったけれど、たぶん・・・私より元気だ(と思う)。

母の私への偏愛によって、姉は、私のことが、大嫌いなんだろうし、実姉(私)よりも、異母姉と気があう愚弟とちょくちょく会っているところをみると、私の悪口で、盛大に盛り上がってんだろうなぁ・・・と思う。

まあ、別にいいけれど・・・。

父も母も・・・最期は、私が世話をしたんだけれどな。

母は、最期迄、自立してなんとか動けたし、認知症にもならずに、食事、薬、病院への送り迎えくらいで済んだのは、今となってはありがたかった。

父は・・・まだ63歳だったけれども、亡くなる直前は、もう100歳近い老人の風体になっていた。

脳腫瘍の手術をしてから、言動もおかしくなって、今思えば、認知症のような症状を呈していた(ような気がする)。

隣町の大学病院に、入退院を繰り返していて、退院して自宅にいるとき、母と私は、地獄だった。

入院できる期間が3カ月(だったと思う)で、3カ月たつと一度退院して、また数カ月後に、入院・・・といったパターンを繰り返していた。

父が入院しているときは、本当に天国だった。

父の退院が決まると、もう憂鬱で、気が変になりそうだった。

母と私だけが、父の介護の苦労をしているのに、姉・兄・弟は、全く関与していなかった。

同じ兄弟でも、何故、私だけに負荷が来るのか・・・納得できなかった。

でも、誰かが引かねばならない貧乏クジ。いつもそれを引かされる思いだ。

 

気に入らないことがあると、私にだけ

『さっさと家を出ていけ。』

といった暴言を吐き、ちょっと言い返すと、母に当たり散らす・・・毎日。毎日。毎日。

父の亡くなる前の数年間・・・本当に、地獄だった・・・。

私も私で、精神的に幼かった。サラリと受け流して、ご機嫌を取っていればよかったんだ・・・と今更ながらに思ったりもする。

けれども、人並み外れて臆病なエンパス気質の私には、なかなかできないことだった。メンタル面で、かなり追い詰められていたことは、間違いなかった・・・母も私も。

この父とそっくりなのが、愚弟で、それでもまあ、コイツは、嫁にはアタマが上がらず、逆らえないくらいの借り?があるようなので、まあいいか・・・もうどうでも。遠く(もないけれど、近くもないので)離れているのだから、お互い干渉しないのが一番いい方法なのだ。

もし父が生きていれば、今年で、97歳か・・・。

もう34年も経つのに、こんなこと書いているあたり・・・いつまでたっても、精神が成熟しないのだな。

(しょーもない愚痴ばかり。お目汚しで、申し訳ありません)

 


静かに暮らせるといいのに・・・。

2024-11-03 23:44:46 | Weblog

文化の日。晴れの特異日。

昨日の荒天から一転の秋晴れ。台風崩れの温帯低気圧の影響か、午前中は、強風。

11月だというのに、最高気温25度の夏日に迫る暑さ・・・。

まだ夏の居残り???

寒くないのはうれしいけれど・・・。

 

立冬迄、あと4日か・・・。

それでも、日中は、随分と過ごしやすい。

空気も乾いているし、年末に向けて、大掃除の下準備、冬支度には、よい時期かもしれない。

ここに引っ越ししてきて、間もなく1年になるけれども、そこかしこ・・・埃がたまっていたり、汚れが目立ってきたり。

この家で、浴室が一番陽当たりが良くて、カビが発生していないのは、有難い。

ずっと静かに暮らしていけたらいいのだけれど・・・。

 

近隣のリフォーム工事の予告?みたいなご挨拶の紙が、ポストに投函されていた。

また騒音か・・・と思うと、ウンザリする・・・(今年の6月から現在迄、地獄のような騒音だった)。

この家を買ったときには、例の流行り病の最中だったから、静かだったけれど(建築資材の高騰とか、半導体不足で、オオモノ家電の入荷が遅かったり、品不足だったりした)。

物価が上がり、これ以上、値上がりせぬうちに、マイホームの新築とか始めるひとも多いのかもしれない???

このへんは、ヒトも家も老朽化しているので、これから頻繁なんだろうなぁ・・・拙宅もそうだけれど、周辺の家は、もっと古いみたいだし・・・次は、ナナメ前のお宅3軒かも・・・とか???

古い住宅地だからなぁ・・・転居先の選択を間違ったのかも・・・???

 


父の命日/ゴジラ-1.0/猫の夢

2024-11-02 22:58:58 | Weblog

終日の雨の連休初日。

父35回目の命日。

35年前の今日・・・(たぶん金曜日だったような記憶がある)。

父とは、きちんと話をしたことが一度もなかったな・・・。ずいぶんと、希薄な親子関係だったように思う。

書けることもあまりない・・・というか・・・。

 

雨で暗かったから、お昼近くまで、眠ってしまった。

それから、午後になって、昨日の夜オンエアされた『ゴジラ-1.0』の録画を見た。

映画館で見るのとは、やはり違うかな。大きなスクリーンで見るとやはり感動も違うかな。

マイ坊(マイナス1.0なので、略称:マイゴジ?)恐い。熱線を放射するときに、セビレが、一個づつ水色に光るのが、怖い。

シンさん(シン・ゴジラの略称)は、成長によってカタチが変わって、カマタくんは、ちょっとキモかわいかったが、成体になると恐怖しかない・・・。

基本、ゴジラは、怖いもんだで。

マイ坊は、深海深く沈められも生きているみたいだし、シンさんは、東京駅の前で、凍結されているし。

次のゴジラは、どの監督さんが作るんだろう???

 

夕食にキャベツ焼(お好み焼のキャベツ増し増し)など拵え、レモンチューハイなど飲んだら、とたんに眠くなってしまった。

昔、家に居た三毛猫の夢をみた。

旧居宅に帰る夢。

父が亡くなる前に、私が住んでいた部屋(現在はリフォームして、浴室と洗面所になった)に来ていて、猫を現居住地の雷都へ連れて行けない・・・という夢であった。

雑木林や庭で自由きままに遊んでいた猫だから、雷都のこの家で、外に出さずに飼うのは難しいよな・・・などと、目が覚めてから、考えたりした。

猫は15年前に居なくなったのに、夢の中では、若い?ままの猫で、あの柔らかな毛皮を撫で撫でしていた。

雷都に来て、まもなく1年になろうというのに、母と猫の居た家に、帰りたい気がする。

でも、もうあの家には、私の居場所はないし、夢の中の今は存在しない部屋には、たくさんの遺物を残してきていて、それも、間もなく捨てられてしまうような状態だった。

あの遺物は、私の捨てられない記憶の山を具象化したモノだったんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


霜月始まる/秋の会津若松へ・・・

2024-11-01 22:52:32 | Weblog

午前中は晴れていたけれど、午後になって、薄雲がひろがるも穏やかな小春日和の霜月初日。

宵になって雨降りだす。明日は台風崩れの温帯低気圧の移動で、大雨の予報。

 

やっと秋らしくなってきて(それでもまだ高温状態は続いているようで)、紅葉のたよりもちらほら・・・。

日光・中禅寺湖畔では、今見ごろだとか・・・。

今年の紅葉狩りは何処行きましょうかね?

 

相方、いきなり・・・。

『そうだ!会津へ行こう!』

ということになり、神無月最終日(10月31日)早朝から、会津へ。

高速道路を北上。お天気も、上々。

東北道から磐越道に入り、西へ・・・。

磐梯山が見えてきた。

 

会津市内に入ったのが、午前11時過ぎ。

郷土料理のわっぱ飯で、ランチ。なんだか、久々に由緒正しい日本の食事をした気がした。

鮭・カニ・玉子焼き・山菜の乗った蒸したご飯。美味しい・・・。冷たいお蕎麦もついていた。長ネギ1本まるごと薬味。ネギ高いのに・・・。

食事のあとは、周辺を探索。

この割烹にたどり着く迄、狭い路地を曲がって、曲がって・・・ナビの指示通り、曲がって、曲がって・・・。

そう・・・ここは、城下町。鶴ヶ城を目の当たりにして、迷路のような狭いクランクで、外敵の侵入を防いている城下町。

途中で、和菓子と餡ドーナッツを購入。

次は、鶴ヶ城。

平日だというのに、観光客でいっぱい。

公孫樹(いちょう)の黄葉が始まっているけれど、やはり今年の夏の暑さなのか・・・楓は、まだ濃い緑色であった。

市街地を離れて、山裾に向かう。

白虎隊自刃の地である飯盛山へ。

当初の目的は、螺旋構造の『さざえ堂』を見るためだったのだけれど、飯盛山の中腹にあることを、行ってから知る・・・。

遠く猪苗代湖から引いている豊かな水量の疎水の音など聞きながら・・・。

階段を上って、『さざえ堂』へ。

山の中腹は、幾分、山もみじの葉が、赤く色付いていた。

さざえ堂から続く山の路を上って、飯盛山白虎隊の墓標へ。

今でいう中学生から高校生の少年達が、自刃したのは、戊辰戦争。今の世をみたら、どう思うのだろう。

そういえば・・・映画『侍タイムスリッパー』の高坂新左衛門は、かの誇り高き会津藩士であったなぁ・・・。官軍となった長州藩士と対決中に、落雷にあって、現代へ飛ばされたのだった・・・。

山道を登り降りし、疲れ果てて、駐車場へ。

パークした車の中、会津若松市内で仕入れた甘味で、休憩。

時刻は、既に16時を回っていて、秋の日のつるべ落とし、もう夕方の色一色に・・・。盆地の夕暮れはさらに早い・・・。

まだまだ見てみたい城下町、武家屋敷。

会津はどのお店のひとも、穏やかで、温かい対応をしてくれた。東北のひとは、温かく義理堅いと、母がよく言っていた。

 

往復400キロ爆走?の会津路。

 

 

 

往路を戻りつつ、再びの高速道路。

東に戻り、ひたすら南下して、雷都に戻る・・・。

 

紅葉は殆ど見られなかった会津の秋景色。

あと1週間もすれば、短い秋とそして・・・東北の長い冬の訪れが・・・。

 

 

 


反動

2024-10-11 22:33:44 | Weblog

正しい秋の晴天。

朝方の気温15度を割り込む。

夕刻夜間から朝方にかけては、秋だけれど、日中は、夏日。

今年の夏は、最低気温25度以上の日が、150日を超える予想で、6カ月弱・・・夏だったってことになるらしく、1年の半分が夏なんかい???

そして、春と秋が消えていく・・・。

のこり半年は、たぶん・・・冬。

1年のうちで、冷暖房が要らない時期って、5月と10月で、ボーナス月って感じかも。光熱費が少ないのは、ありがたいことで。

自動車保険の期限切れが近づいてきて、同じ保障で、2000円近く値上がりしていて、使っていない保険なのに、値上がり・・・って。

なんだか・・・凄すぎ。

 

昨日の隣家新築再開で、騒音振動で、イライラした反動なのか?今日は、こんなによい天気なのに、何もする気になれず。

今日は、業者さんの出入りもなくて、お休み?らしい。

たぶん・・・モルタルで固めると思われるので、まだ騒音振動の日々が始まるのだろうなぁ・・・。

 

こんな静かな日は、静かに過ごそう。静かな日は有難い・・・。通路も塞がれおらず、自由に行き来でき、トイレも音を気にせず使えるのは、有難い。

ほんと・・・隣家敷地と隣接の拙宅のトイレ横(1メートルくらい?)、すぐそばで、一日中作業されているので、気を遣う・・・自分の家のトイレなのに・・・と幾分の理不尽さ。

自分の家が新しくなる訳でもないのに、騒音振動、通路使用にも気を遣うなんて・・・なんだか、本当に不条理だな・・・とか。

損得で考えれば・・・たぶん、ものすごく損をしているんだと思う。私自身が、家を建てたことはないし(現居宅は、リフォームなどで、近隣に迷惑をかけたかもしれないけれど)、愚弟が増築したときも、本当に迷惑だったな。

家を建てるのはホント・・・タイヘン。

考えてみれば、ココを買ったとき、数件先でも新築工事をしていた。そのお隣さんと前後のお宅は、今度も、騒音振動で、大変だっただろうなと思ったりで。

古い住宅街だから、たぶん、これから数年おきに、取り壊しやリフォームやら・・・なんだろうな。

隣家を更地にするのは、2日くらいで終わったらしいけれど。

今や、莫大な空き家税がかかるようで、これから増加していくのだろう。

静かに暮らすのも、難しい・・・。

 

 


うんざり・・・。

2024-10-10 22:02:20 | Weblog

くもりがち。最高気温20度を超えてきたけれど、寒い・・・。

 

新築工事が2カ月ちかく、止まっていた隣家が、工事再開。外廻りの工事が始まった。

騒音振動で、一日中イライラ。

しかも拙宅玄関前に、特にお断りもなく???軽トラックを駐車。(最も、玄関をピンポン鳴らされてご挨拶されても迷惑なハナシだけれど)。

拙宅前の通路は、この通路を囲むようにして立っている6軒で所有している私有地なんですけれどね(1/6だけれど固定資産税もお支払いしてんのよね。一応)。

工務店が三流なのかもね???(よく知らんけど)。工事が止まっていたのも、いろいろと事情があるのかも・・・だけれど。迷惑はハナシだ。

新築ベランダから、拙宅のベランダの位置が、ジャストミートで、丸見えの設計。目隠しつけなくてはならないし。

また暫く煩いのか・・・梅雨時に始まり、いつまでも夏が終わらない秋になって・・・再びの騒音振動無断駐車か・・・あぁ~なんだかなぁ・・・である。

日中の車の出し入れにも気を遣うし、拙宅のお手洗いのすぐ隣で作業しているので、トイレに行くにも気を遣う有様で・・・。

なんだかとてつもなく憂鬱になってきた・・・。やっと涼しい季節になってきたというのに・・・。ウンザリ・・・である。

 

 


四十四回目の月命日

2024-10-07 22:28:04 | Weblog

曇りがちながらも晴れ間も。最高気温28度。夏日。

夜から雨。この雨を境に明日は、気温低下。冷たい雨の一日になり、一気に秋が加速するという天気予報。

暦の上では、寒露。

 

母の四十四回目の月命日。

珈琲とお彼岸の御供にいただいた焼き菓子を仏前に供する。

このところ、墓所参りも足が遠のく。

川沿いの崖っぷちにある墓所で、やぶ蚊なども多いので、気温の高い日や風の強い日は、結構、大変。

もう少し涼しくなったら・・・と思っているのだけれど。

物理的に、母のお骨は、あの寺のあの墓の中にあるのだけれど、未だに、母がお骨になってしまった感は、全くなくて、実家に戻れば、母が居るのような気がするし、それだから、この雷都の家は、なんだか、仮の住まいのような気がしてならない。自分の居場所ではなくて、これからあと何年ココにいるのかはわからないけれど・・・そんな感じがする。まだまだこの地には、馴染めないでいる。

空気、水、土、気温、湿度・・・なにより、旧居住地は、木々に囲まれていたから、静かだったし(もっとも、ここ十年くらいは、道路や住宅などが出来て、多少はうるさくなったけれど、現居住地とは比較にならぬ静かさだ)、キジバトもヒトを見れば、逃げていくのに、街中のキジバトは人馴れしていて、人間の居住空間にまで、入り込んでくるのには閉口した。

住宅密集地でもあるので、隣家からの聞こえてくる些細な音にも、心が休まらない。

いっそのこと、全窓を二重サッシにしたいところだけれど、先立つモノ(money)も心細い。

そんなこんなしているうちに、来月で、雷都移転1周年だし・・・。

もう一年も経つというのに、相変わらず、ダンボールの箱に囲まれて暮らしている。

とにかく、この部屋の間取りが、かなりレイアウトしずらいので、未だに、大型のラック購入など二の足を踏んでしまっていて、片付かなさにイライラする。

それでも・・・。

ここに住むことに決めたのだから・・・。

毎日思うけれど、母に会いたい。そして、最後のお別れをちゃんと言いたいし、恨み言もいいたいと思っている。

そんなかなわぬ願いをしつこく思い続けているあたり、相変わらず、進歩のない馬鹿脳だしな・・・と嗤うしかない。

 


金木犀の開花/フィッシュ&チップス

2024-10-02 23:10:23 | Weblog

真夏日。

久々に朝から快晴で、真夏の暑さ。

毛布・羽根布団などのオオモノの洗濯。

ベランダに出ると、ふわり・・・金木犀。

お向かいの金木犀の大木が花をつけていた。開花確認(今年は、2024年9月30日に開花開始と思われる)。

 

昼前に、拙宅より徒歩3分の場所にある地方銀行へ。

旧居宅で使っていた銀行は、市内にもあるにはあるのだけれど、私鉄駅前の混雑した場所の立地で、車で行くのがちょっと難しい・・・ので、徒歩3分の地銀に口座と作ることにしたのが、2年前。

拙宅より徒歩3分の地銀の旧居宅にある支店で作った10年以上休眠中である口座を解約しないと、新規に口座は、作れないという・・・休眠状態が長かったので、いろいろとシバリがあるらしい・・・。そのとき、旧居住地の口座は解約した。そのまま放置状態で、現在に至っているので、ここらで、銀行変えとくか・・・と思いなおし、とりあえず、口座だけ作りに行った。

現在、口座新規作成のお客様には、紙の通帳は発行しておらず、すべてが、WEB通帳になります・・・とのこと(ホンマかいな?)。もらったパンフレットには、紙の通帳作成に1100円、年間保管料550円掛かるらしい・・・(ホンマかいな?バブルのときとか、ヒトのカネを右から左に動かすだけで、ボロ儲けした銀行も、口座管理手数料をぼったくるようになった訳ね?)

ちょっとトシをイッタ女性行員さんは、

『全て、WEB通帳での管理となりますが、大丈夫ですか?』

と聞いてきた(・・・どうも、スマホは扱えぬ高齢者かも?と思われたようだった)。

実は、ほかに5つのネット銀行口座持ってるんだけどね・・・(そろそろリストラして数減らすか)。

いやね・・・すぐ近くの銀行で、すぐ現金化できるのがよいので・・・っていうか、紙の通帳の方が、信用できるわけ、昭和生まれにはさ・・・。

まあいいか・・・。

スマホ変更(とか故障)のときが、面倒なのかもしれない。WEB通帳ってさ・・・で、口座番号は、1時間後に発行されますので、1時間後にご来行ください・・・???はぁ???

いやさ・・・家はスグそこだから、いいんだけどさ。

口座ひとつ作るのも面倒になったよなぁ・・・。

 

1時間後・・・炎天下の正午過ぎ・・・トコトコ徒歩3分往復6分で、口座番号、WEB通帳のダウンロードその他の説明書をもらい、帰宅。少々休憩。

 

それから、食料調達。

お魚屋さんのお惣菜コーナーで、『フィッシュ&チップス』を発見。

コレ・・・今を去ること数十年前の新宿歌舞伎町のファーストフード店(名前は思いだせない。有楽町か日比谷にも支店があったような気がする)で、ひとりで食べたことを思い出した。今頃の季節だったのかもしれない。

フィッシュ&チップスは、それまで食べたことがなくて、何故、ハンバーガーではなくて、英国料理のフィッシュ&チップスを注文したのか・・・思い出せない。

プラスチックの楕円形の笊?(バスケット)状の容器に敷かれたクッキングシートのような紙の上に、揚げたての鱈とフライドボテトとタルタルソース。

また来ることがあったら、リピートだと思っていたけれど、それ以降、食べる機会がなかった。

午前中の歌舞伎町は、人通りもまばらでだった(最も、この眠は、眠らない街で、夜の方が混雑している・・・というのも何十年後かに知った。それくらい縁のない街だった)。

何故、午前中に歌舞伎町に居たのかも、思い出せない。

 

・・・で、今日、偶然、転居先の雷都の生協スーパーで、出会ってしまったフィッシュ&チップス・・・こりゃあ、もう買いだわな・・・。あと黒ビールとライ麦パンも買って、今日は、ジャンキーな夕飯だわね。買い飯ついでに、カボチャのサラダも買ってこ。

ジャンキーな食事は身体に悪いけれど、時々、こういうモノが食べたくなる。

作らなくていいのはラクだしね。

 

食材と今日の夕食をゲットして、家に戻り、洗濯モノなど取り込み、キッチン、洗面所などの水回り清掃、階段の拭き掃除、1階フロアの掃除・・・などなど・・・。

暫く、使っていなかったけれど、室温32度に迫る居室をエアコンで冷やして、湯浴み。

オーブントースターで、フィッシュとチップスを温め、玉子を茹でて、胡瓜の酢漬けを切って・・・。

キンキンに冷えたビールとちょうどよく冷えた居室。夏場なら、まだまだ明るいのに、夕暮れは早い。

 

暗くなってきた居室の障子にオレンジ色の夕日の残りがほんの少し・・・。

少し・・・酔ったかも・・・?

昔を思い出し、昔の味を懐かしむ・・・。

 

 


長月最終日(2024)

2024-09-30 20:07:05 | Weblog

終日の曇り空。

半袖だと肌寒く、長袖だと暑い・・・?

午前中、ベランダに出ると、ふわり・・・かすかに金木犀の香り???咲始めたのか・・・或いはどこかのお宅の芳香剤とか柔軟剤なのか・・・?

9月も終わりなのに、今年は、まだ金木犀の開花が確認できない。

今年は、一度しか咲かないかも。

母が亡くなった年には、ひと秋に3回程、開花した。

旧居宅には、金木犀の木があって、そこから一枝切って仏壇に供えた。

猫が居た頃、春には沈丁花、秋には金木犀の花の香りをさせてご帰還のときがあって、沈丁花が、低木だから、木の間を抜けてきたのかな?と思ったけれど、金木犀は、木に登ったのかな。

この三毛猫が、時々、姿をくらまして、半日くらい戻ってこないときがあって、そういうときは、もう帰ってこない・・・所詮、野良猫だもの・・・とさっさと諦めて、最悪を想定して、ダメージを受けないように、心の中にウレタンマットを敷いて、バンジージャンプ?するような覚悟?だったのだけれど、ある時は、少し隙間の空いた押入れの中に潜り込んで、知らずに完全に襖を閉められ半日間籠城されられ、探しまくった挙句、押入れの中から、

『にゃあ・・・』とか細い声で、気が付いてレスキュー?したこともあったり・・・したけれど、何処を探しても居ないときは、本当に、諦めていたら、頭上から、にゃあ・・・と声がして、見上げてみれば、二階屋より高いブナの木の上に居て、どうも降りられなくなったらしい。

なんで、あんな高いところまで、登ったんだろうか・・・イヌにでも追われたのか・・・。

助けたくとも、助けられないではないか・・・。

少なくとも・・・木の上で、半日くらいは、過ごしたようで、母が、地上から猫に声をかけた。

『頑張って降りておいで。』

その声の意味が分かったのか、決心がついたのか、覚悟をきめたのか・・・。

前脚を恐る恐る木に引っ掛けながら、猫は、頑張った。そして、降りるのは一瞬で、なんとか怪我もなく、着地できた。

そんなこともあったので、金木犀や梅の木などの低木などには、簡単の上り下りできたのだろう。

そんなことを思い出した長月最終日の月曜日。

 

 


宵散歩

2024-09-29 21:51:21 | Weblog

終日曇りがちの日曜日。

先週から、気温が乱高下して、夏なんだか、秋なんだか・・・と時候の挨拶に悩みつつ、礼状を書いては、破り・・・を繰り返し、やっとのこと礼状2通、見舞葉書1通をしたためる。

葉書の手書きは、超苦手で、文章を作るものの長すぎたりして、紙面に収まらなかったりで、下書きを書いては修正し・・・なんてことで、なかなか進まずにいた。

猛暑続き、残暑治まらず・・・などと文面を作っていけば、翌日は、急激に気温が下がったり、肌寒くなってきました・・・と書けば、翌日は猛暑日だったり・・・。

書いていて、ふと気が付いた・・・葉書(に限らず)の書き出しには、『前略』という便利な頭語があるではないか・・・法事関係のお礼状だから、前略と書き出して、御礼を述べて、時節柄体調管理云々・・・で結べば、それで葉書の文面は完成する・・・。

いつまでも、時候の挨拶に頭を悩ませることはなかったのだった。

そんなこんなで、いざ清書・・・となれば、進みゆく老眼で、ピントが合わず、ぼやけてくる。

老眼鏡買わんとな・・・。

母は、筆まめで、小さな綺麗な字で、葉書を書いていた。

亡くなる直前迄。流石に、その頃は、まっすぐに書けなくなったと言っていたけれど、老眼でも、書いていた。

あと数年、生きていたら、認知症の症状が出てきたかもしれないけれど。

 

昨日、なんとか、3通書き上げて、今日は、葉書の投函に・・・と考えていたのだけれど、なんだか、面倒になって、明日でいいか・・・と日延べすることにして、日中はダラダラしていた。

考えてみれば、二日後の10月1日には、郵便料金の値上げもあって、葉書は、現行の63円から、いきなりの85円になるようで、そうなれば、不足分22円分の切手を調達せねばならぬし・・・面倒だな。

明日30日迄に、郵便ポストに投函すれば、63円でOKなのか・・・深夜0時を過ぎて投函すると85円になるのか・・・ポストから回収した時間で、料金が違ってくるのか・・・そのへんがよくわからないし、料金不足で、戻ってきたらイヤだしな・・・などと、みみっちいことを考えたりして、夕方を過ぎて、あたりが暗くなってきてから、郵便局前のポスト迄、徒歩5分の道のりを歩いてみた。

宵散歩・・・。

吹いてくる風は、完全に秋だ。

少し冷たいけれど、半袖でちょうどいい・・・このくらいの気温が一番いいかも・・・(20度前後)

郵便局迄は、片側二車線の県道沿いを歩くので、明るいし、周囲のファミリーレストランには、食事をするお客さんが入店している。

ああ、風が気持ちいい・・・。

やはり夏より秋がいい・・・。