たにしのアブク 風綴り

86歳・たにしの爺。独り徘徊と追慕の日々は永い。

葉室麟「潮鳴り」--「落ちた花」が再び咲くとき

2018-09-27 21:48:10 | 本・読書

大活字本で読む葉室麟さんの時代小説。
5冊目は「潮鳴り」になりました。
これまで「冬姫」「川あかり」「蛍草」の読みレポを書いてきました。
映画にもなった名作「蜩の記」は先送りになっています。

「潮鳴り」は「蜩の記」と同じ豊後(大分県の南部)・羽根藩ものです。
伊吹櫂蔵は羽根藩の武士で俊英と謳われ、
剣術の腕も立って「出来る男」であった。
しかし、周囲になじまない性格ゆえに、
勘定方のお役目御免になってしまった。



父の後妻にきた厳格な継母の染子とも折り合いが合わず、
異母弟の新五郎に家督を譲って、家を出てしまう。
わずかな仕送りを無心しながら、怠惰な日々を過ごしている。
海辺の漁師小屋で無頼放蕩の生活を送るようになった。

周囲から「襤褸蔵(ぼろぞう)」と呼ばれている。
「落ちるところまで堕ちていく」自分にさえ、愛想が尽きていた。

そんなある日、家督を継いでいる新五郎が
目ぼしい家財を処分したから、その一部だといって、
櫂蔵に3両を置いていった。
櫂蔵はその3両を一晩で散在してしまう。



その翌日、弟新五郎が切腹し果てたことを知らされる。
遺書から借銀を巡る藩の裏切りが原因だと知る。
3両置いていった義弟の苦悩も聞かず、追い返した櫂蔵は
「己の浅はかさ」に悔やむ日々に変わった。

旬日が過ぎて、そんな櫂蔵に藩から出仕の話が来る。
「弟と同じ新田開発奉行並として」仕えよという。
義母・染子は「行ってはならぬ。新五郎と同じ羽目になる」という。



義弟の無念をなんとしても晴らしてやりたい。
「落ちた花」でも、義弟のために咲かせたい。
櫂蔵は、再び城に戻ることを決意するのだった。

伊吹家に戻る櫂蔵は、三組の同行者を伴った。
酒と喧嘩の怠惰な生活の中で知己を得た者だ。

一人は元武家娘のお芳。
好意を寄せた藩の井形清四郎に弄ばれて転落した。
酌婦から身を娼婦にまで「落ちた花」だった。
櫂蔵は義母に「いずれ妻にしたい」という。

一人は江戸の大店の大番頭だった咲庵。
人生を見直し放浪の旅に出た俳諧師となっていた。
そして、かつて父・帆右衛門に仕えてい宗平と娘の千代。



城に入り「部署に着いた」櫂蔵の周りには、
謀り事に満ちた「深い闇」が支配していた、
切腹した新五郎の足跡を追っていくと、
大商人と結託した藩ぐるみの不正が見えてきた。
中心にいるのは、かつてお芳を弄んだ井形清四郎だ。

下働きとして伊吹家に入ったお芳に染子は冷たかった。
あることから染子は、厳しいながらも
「武家の嫁」としての修行を課するようになった。
そんなある日、清四郎からお芳に呼び出しがかかった‥‥



「落ちた花」は再び咲かすことが出来るのか。
地獄を見た者たちに「潮鳴り」が響きあった。

櫂蔵らは、不正に染まりきった藩を正していく。
「悪徳」は滅びるのはお決まりであっても、
やはり正しき者が陽の目を見るのは、時代小説の醍醐味ですね。

2014年3月31日、大活字文化普及協会発行
定本、祥伝社「潮鳴り」



葉室麟原作「散り椿」28日から上映です。

2 コメント

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面白そうですね (雨曇子)
2018-09-28 10:32:24
谷氏に刺激され、図書館で「春風伝」を借りました。
数ページ読んで文体のスピード感と言いますか、小気味よく読者をぐいぐいと引っ張っていくように思いました。
最近、どの小説も長編は敬遠し、短編や随筆に向かっていますが、これは読めそうです。
でも、気を取られることが多々あってなかなか読書に正対できません。

これだけの感想文をものにされる谷氏に敬意を表します。
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大型活字本 (谷氏)
2018-09-29 13:10:39
雨曇子さま。
谷氏は高齢者になってから時代小説にハマっています。
それも大型活字で読むとストーリーの展開の速さと、
活字を追う速さがマッチして、ストレスになりません。
時代小説の武家物は清冽感があっていいです。
藤沢周平、葉室麟、辻堂塊(風の市兵衛シリーズ)にハマっています。
テレビも時代劇を選んでみています。
雲切仁左衛門、NHKの時代劇のつくりは、
品があって、緊迫感があって、いいです。
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