
最近、こんな本を読みました。
高柳芳夫著「プラハからの道化たち」(大型活字本 上・下)
東欧の自由化運動の引き金になったプラハの春。

第二次大戦後、ソ連の共産主義支配による鉄のカーテンに閉ざされた東欧諸国は、
言論・表現の自由、経済活動まで規制されていました。
経済改革と自由化を求める人々の運動が幾度か起きましたが、
ソ連軍を主力とする「ワルシャワ条約軍」によって鎮圧されていました。

国を挙げて最も、自由化運動に取り組んでいたチェコスロバキア。
共産党第一書記のドブチェクは行詰った経済立て直しと、
「人間の尊厳を認める社会主義」の建設を目指していました。しかし突如、
1968年8月20日、ソ連軍戦車を主力にワルシャワ条約軍は、
首都・プラハに侵攻・制圧しました。チェコ事件が起きました。
ドプチェックら指導者は逮捕されたり、追放されてしまいました。

この事件当時、筆者・高柳芳夫は外交官として、
西ベルリンの日本総領事館に勤務していて、情報収集に奔走していた。
本書は、このチェコ事件を背景に国家の独立と、
自由が蹂躙されていく過程で、倒れていった人間の運命を描いた、
「国際ミステリー」です。

序章はチェコスロバキア共産党中央委員会の建物の会議室から始まる。
典雅で華麗な室内のテーブルには中央委員会幹部会のメンバー、
上席にはドプチェック第一書記が着き、緊張した面持ちで席を占めている。
1968年8月20日の日のことだ。

チェコ自由化のための運動「プラハの春」は、
ソ連にとっては看過できない「反革命」の潮流だった。
幹部会は推進派、反対派に分かれて緊迫していた。
幹部会は対立のまま夜が明けた。

その頃、東ドイツの国境に近いボヘミアの国道を、
一台のフォルクスワーゲンが疾走していた。
運転席には日本人の青年と助手席には金髪の若い女性が座っていた。
ワーゲンは国境の遮断機の前で止められた。
自動小銃を抱えた国境警備兵は言った「国境は閉鎖された」

国境の町に夥しいソ連軍戦車が地響きを立ってて進行してくる。
止められていたワーゲンの日本人が叫けんだ「ソ連の戦車だ」
ワーゲンは国境への道を猛スピードで突き進んでいった。
国境線の遮断機が上がり始めたが、「その車、止めろ」ソ連将校が叫んだ。

ワーゲンは止まることなく走り出した。
銃声が起こりワーゲンに吸い込まれた。
助手席の女が悲鳴を上げて崩れ落ちた。
エンジンから黒煙が上がって青年はドアから転げだした。

東ベルリンの空港を離陸して、チェコの首都プラハに向かう機内に、
東栄物産西ベルリン支店臨時駐在員の川村良平が居た。
この物語の主人公で、作品になかでは「わたし」と一人称で語られる。
チェコと交わしているプラントの進捗状況を確認する出張だった。
隣の席に来たアメリカ人が話しかけてきた。スミスという名の名刺を差し出した。
飛行機は「百塔の都」と呼ばれる東欧の古都・プラハの飛行場に着陸した。
物語はここから一気に動き出します。

「逃亡幇助業者」(フルフトヘルファー)
プラハにはソ連軍侵攻以来、自らの命を犠牲にしてまで、
地下に潜った改革派のリーダーらの国外脱出に奔走する地下組織があった。、
「わたし」の身辺にも地下組織の影が伸びて、引き込まれていく。
「わたし」に近づいてくる男や女は敵なのか。
強大なソ連警察組織の前に救いのない悲劇的な結末が待っていた。

高柳芳夫という作家を初めて知りました。1957年外務省入省。
ドイツ大使館勤務、ベルリン総領事館副総領事等を歴任した外交官。
在任中から推理小説を発表する。そのことで1977年に外務省を退職する。
海外に題材をとった「国際スパイ」小説のジャンルを確立し数多くの作品を発表。
「プラハからの道化たち」は(1979年9月講談社から発刊。1983年7月同社文庫)
1979年に第25回江戸川乱歩賞を受賞、第82回直木賞候補になる。
1990年を最後に小説家を廃業する。

たにしの爺が、なぜ、この本を手に取ることになった理由は、
「プラハ」という題名に惹かれたからです。
モルダウが流れる、憧れの東欧の古都・プラハ。
尖塔が多くあることから「百塔の都」とも呼ばれている。
今年の正月、サントリーホールのニューイヤーコンサートでプラハ響を堪能した。
そんなプラハの歴史物語かと思い借り出しました。
「国際スパイ小説」でした。

推理・スパイ小説としては筋立てが粗く、
ご都合主義的な説明表現で済ましてしまう場面があったり、
「突っ込み」を入れたい箇所がいくつかありますが、それなりに楽しめました。
プラハ市内に関する描写は細かく、良く知る筆者ならではの書き込みはさすがです。

ただ、祖国の自由化に奔走して、チェコ国家秘密警察、ソ連KGBに逮捕され、
あるいは犠牲になった「逃亡幇助業者」「脱国者」を、
「道化」とする表現には違和感を禁じえなかった。
一夜のうちに、全土を外国軍隊に占領され、国家の独立と民族の自由が蹂躙された小国。
列強に囲まれた小国が大国の思惑に翻弄される民族の抵抗の歴史。
そのように読めば、ミステリーとしての粗さは少し容認できる気がします。

筆者が一番、言いたかったことは「世界から圧迫や支配が消失しない限り、
自由のために闘い、死んだという事実の意義」は、
今でも重いという感懐ではないでしょうか。

この小説が書かれた1979年から37年たった今でも、
クリミヤ、ウクライナ、あるいは旧ソ連邦から独立した周辺の小国に、
再びロシアによる圧力が高まってきています。
また、中国による東・南シナ海で続く、力による海洋進出・現状変更など、
ボーダーへの圧力が続いているのが現実です。

ときは、次期米大統領にトランプ氏が当選しました。
他所の国のことより、「自分の国が大事」が世界の潮流になったとき、
日本民族の決意が問われる事態が「なしとしない」時期が来るかもしれない。
(本と花以外の写真は、旅行案内などネットから借用しました)