藤沢修平「本所しぐれ町物語」
大活字シリーズ2004年11月20に発行
低本、新潮文庫、社会福祉法人・埼玉福祉会
久しぶりの更新になりました。
いろいろ溜まっていましたが面倒になったのでボツにしました。
言い古されたコピーですが「読書の秋」ですね。
8月の終わりに「爺の夏休み読書感想文」で予告した本から、
藤沢周平「本所しぐれ町物語」の読書メモを整理しました。
例によって大活字本ですから、
初版発行からは何年も過ぎてから知った本です。
舞台は江戸の下町「本所しぐれ町」の自身番の目を通して、
「表店・裏店」の主や奉公人の日常を物語に仕立てたものです。
「自身番」とは町内をまとめる役所・番屋です。
今でいえば市役所の出張所みたいものでしょう。
大家の清兵衛と番人の善六、書記係の万平が役所方です。
雇い主は、名主の市村正三郎で「丸藤」の主でもある。
しぐれ町と隣り町にまたがる広い地所と、
表店、裏店あわせて十軒あまりの家作を持つ地主。
本業は神田鍛冶町にある「藍玉問屋」を経営しています。
物語は12編の連作短編で構成されています。
鼬の道|猫|朧夜|ふたたび猫|日盛り|秋|約束|春の雲|
みたび猫|乳房|おしまいの猫|秋色しぐれ町|
猫が4篇に登場しています。
二丁目の小間物屋「紅屋」の息子栄之助は親父さんから、
店の経営を任せられ、おりつを女房にしていますが、
どうも商売に身が入りません。
愛想をつかして、おりつは実家に帰ってしまう。
迎えに行ったが会わしてももらえず帰る羽目になる。
帰り道、一匹の猫に関わってしまう。
根付師の妾の、おもんと浮気をして、怖いけど、
色香にひかれて、引きずっている。
猫はおもんの飼い猫で栄之助に懐いてしまう。
各篇に登場するのは一丁目の角にある茶漬け茶屋「福助」。
女将のおりき、女中のおとき、など、女たちを巡って、
表店、裏店の主や奉公人の暮らしが、おかしさと哀歓に満ちて描かれれる。
なかでも、爺にとって身につまされたのは「秋」の篇でした。
油やの佐野屋政右衛門、女房おたかといびきのことで喧嘩になる。
面白くない、欠点をつつき合う、言い合いになる。
種油を買いに来た少女のおきちを見て、かすかに思い出す女の風貌があった。
子どもの頃のおふさ、を思い出した。一緒に遊んだ幼馴染で、
ぜひ夫婦になりたいと思いつめた女だった。
そう思っただけで、二人はそれぞれ違った道を歩んできた。
久ぶりに、おふさに会いたい思いにとりつかれるようになった。
福助のおりきに仲介を頼む。
今では未亡人になっていて、とても若く見えるという。
おふさと会い、酒を飲み肴も食べて一刻(2時間)近い時を過ごすが、
二人の間にある距離は縮まるどころか、広がる一方のような気分になってくる。
政右衛門の想いだけが空回りするだけで、おふさは想いで話には関心がない。
政右衛門は、おふさの顔を見た。
おふさの目尻には無数の小じわが出ていた。
政右衛門の知らない歳月とおふさの人生の顔をのぞかせていた。
結局は、女房との喧嘩しながらこのまま行くしかない。
そう思うとやりきれない気もしたが、
どこか気心の知れたほっとした思いがあるのも否めなかった。
何かこの件は最近、
爺が「くるめる想い」に50年ぶりに電話した顛末と似る想いがしました。
声を聴いただけでしたが、歳月の隔てる確かさを感じることは否めなかった。
吐息が冷える秋ですね。