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ROSSさんの大阪ハクナマタタ



東寺の講堂の西には東寺(教王護国寺)の本坊(事務所)があり、そこを左に見ながらさらに北に歩くと食堂(じきどう)が見えてくる。



食堂(じきどう)は空海没後、9世紀末から10世紀初めにかけて完成した建物であったが、惜しいことに1930年の火災で焼失したので現在の建物はその後の再建である。



本尊の千手観音立像はその火災で焼損したが、1960年代に修理され、現在は寺内の宝物館に安置されている。

その食堂の前に東寺の拝観受付があり、500円の拝観料を支払って柵で囲われた庭園の中に入ってゆくと、左に桜の大木が植えてあった。

この桜は不二桜といい、樹齢120年、樹高13mの古木である。

もとは岩手県盛岡の旧家にあったものを、秋田、三重と渡って今年ここに移植されたらしい。

4月には八重紅枝垂桜の銘木として、見事な花を咲かせるというので、来年はぜひ桜の季節に訪れたいものである。

庭園の奥に歩いてゆくと、正面に有名な五重塔が見えてきた。



国宝の五重塔は高さが54,8メートルもあり、木造塔としては日本一の高さを誇っている。

創建は空海没後の9世紀末であったが、現在の塔は5代目で、1644年、徳川家光の寄進で建てられたというが、五重塔の北にある瓢箪池に写る五重塔が綺麗であった。



庭園の東側には1198年に再建された簡素な東大門があったが、この門には重要文化財不開門と書いてある。

1336年、新田義貞が東寺に篭城した足利尊氏を攻めたときに、尊氏側がこの門を閉めて危機を脱したことから不開門と呼ばれるようになったという。



門には新田方の攻めた跡が670年後の今も残っているのかもしれない。

有名な五重塔は近くで見るとその巨大さが良く判り、建築後362年も経った塔とは思えないくらいにしっかりとした造りであった。



塔の裏側には、スプリンクラーの配管が目立たないように塔の中に伸びており、万一の火災に備えてあった。

五重塔の写真を撮って庭園を散策し、拝観入り口から外に出ると、堀に囲まれた宝蔵がある。



この宝蔵は東寺最古のの建造物といわれ平安後期の校倉(あぜくら)造倉庫として重要文化財に指定されている。

宝蔵の周囲の堀にはハスの群生があり、ピンクのハスの花がチラホラ咲いて綺麗である。



拝観受付で聞いた通り、境内東側の慶賀門から外に出て、京都駅まで歩いて戻ることにしたが、7月末の京都の街はさすがに暑い。




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