昨日の記事からの続きですが、大阪城東内堀の東、大阪城梅園から本丸方向を見ると、月見櫓の北側に高い石垣が続いています。

江戸時代には、この石垣の上に漆喰塗りの城壁があり、その写真が宮内庁に残っています。

宮内庁の写真と比較しやすいよう、石垣部分を拡大したものです。

さて、天守閣のある本丸の北東隅には、糒(ほしい)櫓の石垣があり、そこから北は一段低くなった山里曲輪です。

その糒(ほしい)櫓の姿も宮内庁に保存されていましたので、少しピントが甘いですが、隅石垣の配置を確認してみてください。

本丸北にある山里曲輪の東北隅には菱型をした菱櫓があり、その石垣だけが現在残っています。

二階建ての菱櫓の古写真です、間違い無いか石垣の配置を上の写真と比較してみてください。

さて、内堀の北側を掘りに沿って西に廻り、北中仕切門の手前からOBPのビル群をみてみましょう。

この場所からは、大阪城の天守閣が良く見えますが、中央から右側に続く石垣は、隠し曲輪です。
宮内庁の古写真には、隠し曲輪の城壁と、その先に姫門枡形の櫓が写っていて、幕末には天守閣が無かったことが判ります。

大阪府に80億円で売却されたWTCコスモタワーの建設費(1193億円)の一部があれば、大阪城城壁の再建はすべて完成、世界に誇る観光資源となったのではないでしょうか。
つづく
参考文献:城郭古写真資料集成 西ケ谷恭弘編著
2010年6月25日のWTCビルの雲霧に霞む写真が心に残ってまして、このビルの有耶無耶な運命をよく映し出されいると感じていました。建てる時に関わった人々の顔を公表してもらいたいものだとかねがね思って居ります。建設に到るまで議論は充分なされたのであろうか?さて今後も。
政治哲学者マイケル・サンデルさんが「正義とは何か語り合おう、希望ある社会へ日常での議論が大切」と言ってます。
ROSSさん 問題提起もっとして下さい。教えて下さい。
市民一人ひとりが自らの道徳に照らして考え、語ること。それが混迷する社会を希望に導くとサンデル氏は語る。という新聞記事を見まして、そうなのだ!と思う次第であります。ペコリ(お辞儀)
こんばんは
「市民一人ひとりが自らの道徳に照らして考え、語ること。それが混迷する社会を希望に導く」とのマイケル・サンデルさんの言葉、その通りですね。
すばらしい写真をアップしていただき、ありがとうございます。
長期間かかったとしても、その再建ができれば、素晴らしい歴史遺産となり、大阪の活性化につながると思います。
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