北海道釧路出身の作家、桜木紫乃(1965~)の直木賞受賞作「ホテル・ローヤル」が映画化された。監督は「百円の恋」「嘘八百」「銃」などの映画、あるいはNetflixで作られた「全裸監督」で知られた武正晴。脚本は朝ドラ「エール」の清水友佳子が連作短編の原作をうまく一つの物語にまとめている。作家本人が反映されている主人公・田中雅代は波瑠が演じている。

今日見たのは、歯医者の時間に間に合う映画を探したらこれしかなかったからだ。例年だと紅葉目当ての散歩をしている時期だけど、マスクしながら歩き回るのも嫌で、ほとんど出掛けてない。錦糸町の映画館で見て、浅草へバスで行った。ま、そういう事情はともかく、映画の出来は中ぐらいかなと思うが原作が気になるので見たかったのである。「ホテル・ローヤル」というのは、釧路湿原を望む町外れに実際にあった「ラブホテル」である。それは桜木紫乃の父親が経営していて、映画の田中雅代と同じく桜木紫乃も「ラブホの娘」と呼ばれて嫌な思いをしていた。
(映画のために作られた「ホテル・ローヤル」外観)
冒頭ではすでに「廃墟」となっているラブホテル。それはかつて人々が「秘密の時間」を共有する場所だった。経営者夫婦(安田顕・夏川結衣)の娘、雅代はそんな環境が嫌で、高校卒業後は札幌の美大に進みたかったが不合格。やむなくホテルを手伝っているうちに、母がいなくなってしまい、なんとなく「女将」になるハメに。そして従業員(余貴美子と原扶貴子)やアダルトグッズ販売業(えっち屋)の宮川(松山ケンイチ)らと日々の暮らしが続いてゆくが…。雅代は「セックス業界」の裏を見て育ち、いつも醒めた感じで周りを見ている。そんな感じを波瑠がうまく演じている。
(ラブホの客室)
普通のホテルが舞台だと、有名な「グランドホテル」形式、つまり多くの客や従業員のドラマが絡み合って進行する物語になることが多い。しかし、「ラブホテル」だと客どうしが食堂に集ったりしないし、個々の客にドラマがあるからエピソードの並列になりやすい。原作も確かそんな感じの「連作短編」だったと思う。廣木隆一監督、染谷将太、前田敦子主演の「さよなら歌舞伎町」もラブホが舞台だったが、何しろ新宿歌舞伎町だからもっと大きいホテルだし、ドラマも派手だった。「ホテル・ローヤル」に来る客はもっと地味。
(雅代の部屋から見える風景)
映画はほぼ雅代をめぐる物語に整理し直して、ストレートな進行が判りやすい。原作にある「高校教師と女子高生」のエピソード後にドラマチックに展開する。桜木紫乃の原作では「起終点駅 ターミナル」が2015年に篠原哲雄監督によって映画化されている。これも釧路を舞台にしていて、どっちも釧路でロケされた。(「ホテル・ローヤル」はホテル内部のシーンが多いから、札幌のスタジオ撮影が中心。)映画「起終点駅」はあるきっかけから裁判官を辞めて国選弁護しかしなくなった佐藤浩市の話で、覚醒剤事件の被告として登場する本田翼が実に素晴らしかった。
釧路を舞台にした映画は多い。大合併で釧路市の形はとんでもないことになっていて、先に書いた「アイヌモシリ」の舞台、阿寒湖も今や釧路市である。また「僕等がいた」「ハナミズキ」という僕が見てない映画も釧路が舞台だという。しかし、やっぱり一番有名なのは、原田康子原作の「挽歌」だろう。桜木紫乃も原作に出会って作家を目指したという。
「挽歌」は2回映画化されていて、1976年の川崎義祐監督、秋吉久美子版を最近見た。いやあ、70年代の秋吉久美子、仲代達矢と草笛光子では、北国のロマンは難しいなと思った。57年の五所平之助監督、久我美子版の方が傑作だろう。男は森雅之、その妻は高峰三枝子で、「小娘が夢中になる」感じはやはり森雅之である。雪の町で素人劇団が活動するなんていうのも50年代の方がふさわしい。大人ぶって年上の男と「火遊び」する若い娘、雪の降る街、芸術好きが集まる喫茶店…。そんな趣向にロマンを感じられたのは50年代までだろう。
以前北海道に何度も行っていた時代に、釧路も何度か訪れている。釧路湿原も見たけれど、夏の寒さは印象的だ。20度に届かない日も多く、暑い夏を逃れて釧路に何週間もステイする旅行プランも出ている。海から寒い風が吹いて濃霧になる日も多く、幻想的な風景が広がる。幹線を外れて海辺をドライブしていると、霧の中に時々エゾシカしか見ない。ところどころに家があるが、一体どんな暮らしをしているのか気になってしまう。あるときは飛行機で帰る予定が、濃霧のため欠航になってしまい、もう一日泊まることになった思い出もある。そんな時に、啄木のいう「さいはて」感に何となく通じるものを感じた。

今日見たのは、歯医者の時間に間に合う映画を探したらこれしかなかったからだ。例年だと紅葉目当ての散歩をしている時期だけど、マスクしながら歩き回るのも嫌で、ほとんど出掛けてない。錦糸町の映画館で見て、浅草へバスで行った。ま、そういう事情はともかく、映画の出来は中ぐらいかなと思うが原作が気になるので見たかったのである。「ホテル・ローヤル」というのは、釧路湿原を望む町外れに実際にあった「ラブホテル」である。それは桜木紫乃の父親が経営していて、映画の田中雅代と同じく桜木紫乃も「ラブホの娘」と呼ばれて嫌な思いをしていた。

冒頭ではすでに「廃墟」となっているラブホテル。それはかつて人々が「秘密の時間」を共有する場所だった。経営者夫婦(安田顕・夏川結衣)の娘、雅代はそんな環境が嫌で、高校卒業後は札幌の美大に進みたかったが不合格。やむなくホテルを手伝っているうちに、母がいなくなってしまい、なんとなく「女将」になるハメに。そして従業員(余貴美子と原扶貴子)やアダルトグッズ販売業(えっち屋)の宮川(松山ケンイチ)らと日々の暮らしが続いてゆくが…。雅代は「セックス業界」の裏を見て育ち、いつも醒めた感じで周りを見ている。そんな感じを波瑠がうまく演じている。

普通のホテルが舞台だと、有名な「グランドホテル」形式、つまり多くの客や従業員のドラマが絡み合って進行する物語になることが多い。しかし、「ラブホテル」だと客どうしが食堂に集ったりしないし、個々の客にドラマがあるからエピソードの並列になりやすい。原作も確かそんな感じの「連作短編」だったと思う。廣木隆一監督、染谷将太、前田敦子主演の「さよなら歌舞伎町」もラブホが舞台だったが、何しろ新宿歌舞伎町だからもっと大きいホテルだし、ドラマも派手だった。「ホテル・ローヤル」に来る客はもっと地味。

映画はほぼ雅代をめぐる物語に整理し直して、ストレートな進行が判りやすい。原作にある「高校教師と女子高生」のエピソード後にドラマチックに展開する。桜木紫乃の原作では「起終点駅 ターミナル」が2015年に篠原哲雄監督によって映画化されている。これも釧路を舞台にしていて、どっちも釧路でロケされた。(「ホテル・ローヤル」はホテル内部のシーンが多いから、札幌のスタジオ撮影が中心。)映画「起終点駅」はあるきっかけから裁判官を辞めて国選弁護しかしなくなった佐藤浩市の話で、覚醒剤事件の被告として登場する本田翼が実に素晴らしかった。
釧路を舞台にした映画は多い。大合併で釧路市の形はとんでもないことになっていて、先に書いた「アイヌモシリ」の舞台、阿寒湖も今や釧路市である。また「僕等がいた」「ハナミズキ」という僕が見てない映画も釧路が舞台だという。しかし、やっぱり一番有名なのは、原田康子原作の「挽歌」だろう。桜木紫乃も原作に出会って作家を目指したという。
「挽歌」は2回映画化されていて、1976年の川崎義祐監督、秋吉久美子版を最近見た。いやあ、70年代の秋吉久美子、仲代達矢と草笛光子では、北国のロマンは難しいなと思った。57年の五所平之助監督、久我美子版の方が傑作だろう。男は森雅之、その妻は高峰三枝子で、「小娘が夢中になる」感じはやはり森雅之である。雪の町で素人劇団が活動するなんていうのも50年代の方がふさわしい。大人ぶって年上の男と「火遊び」する若い娘、雪の降る街、芸術好きが集まる喫茶店…。そんな趣向にロマンを感じられたのは50年代までだろう。
以前北海道に何度も行っていた時代に、釧路も何度か訪れている。釧路湿原も見たけれど、夏の寒さは印象的だ。20度に届かない日も多く、暑い夏を逃れて釧路に何週間もステイする旅行プランも出ている。海から寒い風が吹いて濃霧になる日も多く、幻想的な風景が広がる。幹線を外れて海辺をドライブしていると、霧の中に時々エゾシカしか見ない。ところどころに家があるが、一体どんな暮らしをしているのか気になってしまう。あるときは飛行機で帰る予定が、濃霧のため欠航になってしまい、もう一日泊まることになった思い出もある。そんな時に、啄木のいう「さいはて」感に何となく通じるものを感じた。