尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

内幕とやりなおしー日本史本の世界①

2018年03月23日 23時54分32秒 |  〃 (歴史・地理)
 磯田道史「日本史の内幕」(中公新書)は人気の著者らしく新書部門のベストセラーになっているらしい。同じく本郷和人「日本史のツボ」(文春新書)も人気を呼んでいる。正直言って、そういう本はあまり読まないんだけど、野澤道生「やりなおし高校日本史」(ちくま新書)という本もあるから、まとめて読んでみた。個別テーマの歴史本と違って、一般向け概説みたいな本は敬遠することが多いけれど。

 磯田道史さんの「日本史の内幕」は、この中では一番読みやすくて面白い。磯田氏は映画になった「武士の家計簿」「殿、利息でござる」(原作「無私の日本人」)の原作者である。歴史ノンフィクションが映画化されるだけで珍しい。ほとんどが読売新聞に連載されたエッセイで、読みやすいのはそういう事情もある。この本を読むと、磯田氏がほんとに古文書が好きなんだなあとよく判る。

 歴史、特に日本史に関しては何かしら人に語りたいと思う人は多いだろう。今も司馬遼太郎で済ませている社長も多いだろうが、実はもうだいぶ古くなっている。でも新書レベルでも、今はずいぶん難しい。やさしくて面白くて、「訓話」とか「授業」にすぐ使えるエピソードがいっぱい。そういう需要に答えたような本だが、題名は期待外れ。「日本史の内幕」というほどの秘密情報はあまりなくて「秀吉は秀頼の実父か」の章ぐらい。それより「磯田道史の内幕」の方が多いし、ずっと面白い。

 この本は「古文書の楽しみ」あたりが正しい書名だろう。本当に古文書オタクみたいな話が満載だ。必然的に「近世」が多く、ちょっと広く取って戦国から明治初期ぐらいの話が多い。だから古代史や近代史の重要な話がない。それはもうやむを得ないので、エッセイ集なんだから「話のタネ」と思って読むのが正しい。もう少し日本の歴史を系統的に考えたいという人には、「やりなおし高校日本史」がお勧め。著者の野澤氏は愛媛県の日本史教師で、教科書やセンター入試なども使いながらいくつかのポイントを語っている。僕はこの本が一番面白かった。

 「やりなおし高校日本史」というけど、「日本史B」が対象だろう。Bというのは、週4時間を基本とする科目で、大学入試は大体こっち。職業高校や定時制高校は大体「日本史A」だと思う。ペリー来航以後の近現代を中心に扱うが、「やりなおし高校日本史」では最後の方の2章、明治14年の政変と昭和初期の2大政党の話である。それだけ。昔から「歴史の授業が戦争の前で終わってしまったから、戦争を知らない」なんて言われる。やってないから「やりなおし」の対象にならないのかと言いたくなる。高校日本史をやりなおそうというんだったら、今じゃ入試にもよく出る戦後史まで扱わないといけない。

 それはともかく、この本では桓武天皇じゃなくて嵯峨天皇、源頼朝じゃなくて後白河法皇など、人物の選び方に工夫している。さらに執権北条氏は将軍になれなかったの?ならなかったの?とか、生類憐みの令の評価など、この本に書かれている「日本史の内幕」が面白い。最初の方は判っている話ばかりだなあなんて思ったけど、だんだん語り口のうまさを楽しめるようになった。話自体は日本史に関心がある人には、珍しくはない。でも教材やエピソードなどの取り上げ方に工夫があって、読みごたえがある。ちょっと難しいかなという感じもするけど、イマドキちくま新書を読んでみようという人なら、このレベルでいいのかなと思う。

 ところで著者の野澤氏は愛媛県の中高一貫校で教えているとある。ということは育鵬社を使ってる(使わせられている)ということだ。愛媛と言えば、加計学園問題で出てきた加戸知事がいたとこで、石原都知事がいた東京と並んで、一番最初に扶桑社の中学歴史教科書を採択したところ。「歴史修正主義先進県」である。著者はさりげなく「アジア太平洋戦争」なんて書いているけど、「大東亜戦争」と書かれている教科書を使うことをどう考えているのか。書けない、書かないのかもしれないけど、僕は「今の日本人にとって歴史を学ぶとはどういうことか」こそ語って欲しいと思ったりもした。まあ、とにかく日本史をちゃんと考えるためには読んでみる価値がある。(「日本史のツボ」は次回に。)
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「素敵なダイナマイトスキャンダル」が面白い

2018年03月23日 21時21分28秒 | 映画 (新作日本映画)
 富永昌敬(まさのり、1975~)監督の「素敵なダイナマイトスキャンダル」はとても面白かった。これは伝説的編集者の末井昭の自伝の映画化で、60年代末から80年代にかけての「昭和」が持っていた熱とやるせなさが存分に表されている。この題名は「母親が隣家の若い男とダイナマイト心中! という、まるで噓のような実体験をもつ稀代の雑誌編集者」という末井昭の書いた書名。

 1947年生まれの末井の時代は、まだ貧困や結核という前時代の影を背負って生きていた。都会の工場に憧れるが、大阪の工場は軍隊並み。川崎の父のもとに逃げ込むが、うっとうしい父を逃れて下宿し、そこで「出会い」があった。それからキャバレーなど底辺労働を続けながら、やがて小出版社でエロ雑誌を手掛け、写真家の荒木経惟とコラボしながら、「NEW self」「ウイークエンド・スーパー」「写真時代」と警察の摘発とイタチごっこながら、新感覚の雑誌を作ってゆく。

 これらの雑誌では、エロ写真さえあればいいだろうという感じで、南伸坊、赤瀬川原平、嵐山光三郎、田中小実昌、秋山祐徳太子、平岡正明らが執筆していた。そういうところが「伝説」でもあるんだろうが、でも僕はこれらの雑誌を読んでたわけじゃない。ほとんど知らないと言った方がいい。70年代にはいろんな面白い雑誌があったけど、「エロ写真雑誌」は買う範囲に入ってなかった。だから、面白いのである。知らない世界を知るというか、へえ、そうなんだという面白さである。

 編集長・末井の私生活もバクロされるが、「糟糠の妻」(前田敦子が好演)はほったらかしで、不倫相手と泥沼になってゆく。奥さん大事にしなよと思っちゃうけど、それでも奈落に落ち込むのが人間の性(さが)ではある。母親(尾野真千子)が不倫相手と爆発しちゃったという過去が、当然そこにも影響しているだろう。誰にも信用されないほどの出来事だが、母の事件は新聞にも載ったらしい。事実だと知ると、今度は周りの人間は「死んだ母親を利用している」と非難する。
  
 末井の人生を一言で表すと、「芸術は爆発だったりすることもあるのだが、僕の場合、お母さんが爆発だった」という卓抜過ぎるキャッチコピーとなる。とにかく度はずれた人物たちが繰り広げたムチャクチャの日々。30数年ほど前の話だが、ちょっと前の時代がこんなだったか。ケータイもスマホもなく、人は雑誌を買っていた。「コンプライアンス」なんて言葉はまだ知らず、ずいぶんいい加減が許されていた。それはセクハラ、パワハラが今よりももっと多かった時代でもあるだろうが、好き勝手に生きられる隙間が今より広かった感じもする。

 末井を演じるのは、柄本祐で素晴らしい存在感だった。もちろん安藤サクラの夫、というか柄本明と角筈和枝の子ども。脚本、監督の富永昌敬はけっこう見ている。2017年末の「南瓜とマヨネーズ」、太宰治原作の「パンドラの匣」(川上未映子が良かった)、ベストテン10位に入ったダメ教師もの「ローリング」など、それぞれ面白かったんだけど、いずれも今一つパンチに欠けた感がした。今度の作品が一番いいと思う。若手監督作品を多数手がけている月永雄太の撮影も良かった。
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