goo blog サービス終了のお知らせ 

尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

原尞14年ぶりの新作、「それまでの明日」

2018年03月15日 21時15分02秒 | 〃 (ミステリー)
 「私が殺した少女」で直木賞を受賞したハードボイルド作家の原尞。超寡作で有名で、作家デビュー以後に長編4冊と短編集1冊、それにエッセイ集1冊(文庫は2分冊)しか刊行されていない。2004年に発表された「愚か者死すべし」からもう10年以上経った。1946年12月18日生まれだから、もう事実上引退なのかと思わないでもなかった。それが2018年1月1日、元旦恒例、早川書房の新刊広告を見たら、新作が出ると予告しているではないか。

 うっかり「御乱心」を先に読んでしまったけど、3月1日に出た「それまでの明日」も早速読まなくては。まあ、ミステリーの記事は反応が悪いので、簡単にしたいは思うけど、原尞の新作を待ち望まない読書ファンはいないだろう。西新宿・渡辺探偵事務所探偵沢崎。なんで沢崎が渡辺探偵事務所なのか、渡辺とは何者かということは、今まで読んでいた人には解決済みなので、ここでは省略する。日本にも私立探偵小説は数多いが、沢崎シリーズは間違いなく頂点にある。

 全部書いたら面白くないから、最小限のことを。西新宿のぼろいビル(いつもの懐かしいぼろビルがどうなるかも、一応読みどころなので注意)にある探偵事務所に、似合わぬ風体の紳士が訪れる。いつもの依頼者っぽくないけど、ミレニアム・ファイナンス新宿支店長の望月と名乗り、赤坂の料亭の女将の調査を依頼する。ちょっと調べ始めると、アレレ?っていう事情が出てきて、沢崎は直接ミレニアム・ファイナンス(まあサラ金らしい)に出かけることにする。

 ということで話しが始まるが、ミレニアム・ファイナンスで何と!という出来事が起きる。そして訪ねた目的の望月支店長はどこに行ったの?もう筋書きは書かないことにするが、あれよあれよの展開で沢崎も事件に巻き込まれるが、それは仕組まれたものだったのか。因縁の刑事やヤクザも登場し、いくつもの謎が交錯する。そして、そもそものきっかけの赤坂の料亭は、どう関係するのか? 一応ラストに大体解決するんだけど、何が本筋なのかにもよるが、小説内で一番大きな事件はスッキリしない。だが、それは沢崎の事件じゃないからいいんだろう。

 この小説はどうも犯罪をめぐる謎解きよりも、関係する人物たちの人生をていねいに描くことがテーマなんじゃないかと思う。特に就職氷河期に自分たちの求人ネット会社を立ち上げた海津一樹という若者。今まで読んだことのないような新鮮な人物で、沢崎さんはもしかして僕の父親じゃないですかなんて衝撃的セリフまで口にする。また赤坂の料亭にある肖像画にまつわるエピソードも哀切で心に残る。女優に似てると思ったら、案の定、山田五十鈴、田中絹代、原節子、高峰秀子の4人の想像肖像画しか描かなかった画家。評判を呼んで、4人の女優は実際に料亭に見に来たという。その時の高峰秀子の感想というのが、実にうまく出来てる。

 謎をめぐって一気読みだが、最後まで油断ができない。この小説は中に出てくるニュースから、民主党政権下の2010年秋と時期が特定できる。そうすると、次の年に何が起こった? それを思うと、これは次の物語が書かれなくてはならないと思う。正直言って、原寮は「私が殺した少女」と「さらば長き眠り」が最高じゃないかと思う。「さらば長き眠り」なんて題名、チャンドラーの名作3冊の「いいとこどり」(「さらば愛しき女よ」「長いお別れ」「大いなる眠り」)みたいで、読む前は何だそれと思ったんだけど、読めば全くその題名しかないと得心した。

 ハードボイルドは都市の時代性を反映する。バブル崩壊後20年、就職氷河期時代の東京が活写されている。その後「3・11」と「東京五輪」で東京は大きく変わってゆく。その前の東京を描いたという意味でも興味深い。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする