「中央区を、子育て日本一の区へ」こども元気クリニック・病児保育室  小児科医 小坂和輝のblog

感染を制御しつつ、子ども達の学び・育ちの環境づくりをして行きましょう!病児保育も鋭意実施中。子ども達に健康への気づきを。

被災地の医療再生のために、あるべき医療の形とは?中央社会保険医療協議会8/24

2011-08-24 17:18:21 | 医療
 8/24中央社会保険医療協議会 総会 (第195回)が開催され、被災地医療支援のあり方が話されたようです。
 こちらでも見ておきます。

 特に委員が、現地を訪れ、現地の医療の課題を抽出されていました。
⇒http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001m7pu-att/2r9852000001m7tk.pdf

 議事録は、今後掲載されるのを待って、みていきたいと思います。

*****厚生労働省ホームページより****
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001m7pu.html
中央社会保険医療協議会 総会 (第195回) 議事次第
平成23年8月24日(水)
9時00分~
於 全国都市会館第1会議室(3階)



議題

○ 被災地訪問・意見交換会の報告について

資料(総-1)(PDF:910KB)



○ 医療機器の保険適用について
資料(総-2-1)(PDF:1664KB)

資料(総-2-1-参考)(PDF:916KB)

資料(総-2-2)(PDF:157KB)



○ 臨床検査の保険適用について
資料(総-3)(PDF:420KB)



○ 医療経済実態調査の調査票誤送付等の責任検証に関する
資料(総-4-1)(PDF:79KB)

資料(総-4-2)(PDF:53KB)

資料(総-4-3)(PDF:220KB)



○ その他
資料(総-5)(PDF:298 KB)



*****CB news(2011/08/24)******
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/35338.html

【中医協】被災地特例加算に慎重論

 中央社会保険医療協議会(中医協、会長=森田朗・東大大学院教授)は8月24日に総会を開き、東日本大震災の被災地にある医療機関を対象にした診療報酬の算定要件緩和と、特例加算の創設について議論した。中医協委員が1-3日に行った被災地視察で受けた要望を踏まえ、厚生労働省が提案した。委員からは、算定要件の緩和について異論は出なかったが、特例加算については「国の補助金で対応すべき」などと慎重論が相次いだ。

 総会ではまず、厚労省保険局の鈴木康裕医療課長と森田会長が、岩手、宮城、福島の3県への視察について報告した。算定要件の緩和では、医療従事者の離職や施設の損壊などで人員基準や施設基準を満たせなくなったケースや、後方病床がなくなり在院日数が延びたケースについて特例措置を講じるよう要望されたと説明。項目によっては、次の診療報酬改定を待たずに通知などで対応することも含めて検討するよう提案した。
 また、特例加算については、患者の自己負担や保険者の負担に配慮しながら創設するよう求められたとし、財源を含めて次の報酬改定までに議論することを提案した。

 委員からは、算定要件の緩和について反対意見は出ず、実施することで合意した。支払側の白川修二委員(健康保険組合連合会専務理事)は、▽「被災地」の定義▽緩和する期間―について検討が必要との考えを示した。

 一方、特例加算の創設については、議論することでは合意したものの、慎重論が相次いだ。
 診療側の安達秀樹委員(京都府医師会副会長)は、特例加算を創設しても、患者の自己負担が増えない仕組みにすると、保険者の財政が圧迫されるとの懸念を示した。また、「受診する方が増えなければ、財政支援にはならない」とし、医療提供体制を再構築せずに診療報酬上の加算を創設しても効果は薄いと指摘した。白川委員も患者の自己負担の増加や保険財政の悪化への懸念を示し、診療報酬上の加算ではなく、国の補助金で対応すべきとの認識を示した。

■患者や保険者の負担を公費で補てんも

 こうした議論を受け、この日の総会に出席した大塚耕平厚労副大臣は「大きな方向性は一緒だ」としながらも、「次の(改定からその次の改定までの)2年間は、被災地ではまだ復興対応(の時期)だ」との認識を示し、特例加算について議論を続けるよう求めた。
 その上で、特例加算創設の財源に関して、患者や保険者の負担を公費で補てんする仕組みも考えられると指摘。「特例加算をすると、患者さんの負担が増えるというロジックだけで、議論にフタをしないでいただきたい。中医協のミッションでできない部分については、政府側も努力する」と述べた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

震災遺児の子どもたちをきちんと支援する体制の整備

2011-08-24 15:17:36 | 子育て・子育ち

 震災遺児の子どもたちをきちんと支援していく体制の整備を。

 小児科の研究会でも重要事項としてとりあげられました。

 毎日新聞に数が出されていましたので、こちらでも掲載をしておきます。

*****毎日新聞(2011/6/9)*******

東日本大震災:震災遺児201人に…里親制度利用呼びかけ

 東日本大震災の発生から3カ月で、両親や、一人親が死亡・行方不明になった18歳未満の震災遺児は今月6日現在の厚生労働省の集計で201人になった。ほとんどの子どもたちが親類と生活しており、厚労省は里親制度の利用を呼びかけている。今夏をめどに、おじやおばが里親になった場合でも月額7万2000円の里親手当を支給できるよう省令を改正し、里親のなり手を増やす意向だ。

 201人の内訳は岩手82人、宮城101人、福島18人。このほか、両親のどちらかを亡くした子どもも多い。あしなが育英会の特別一時金の申請状況(7日現在)によると、両親か、一方が死亡・行方不明になった子どもは、大学院生まで含めると1223人。内訳は両親とも死亡・行方不明78人▽父・母のどちらかが死亡・行方不明が1145人。

 厚労省は以前から保護が必要な子どもたちの里親委託の拡大を進めており、おじ、おば、祖父母などの3親等以内の親族は親族里親として認定し、月額で乳児5万4980円、乳児以外4万7680円の生活費と就学状況に応じた教育費を支給してきた。震災を契機に、扶養義務が生じないおじ、おばについては一般の養育里親と同じ扱いとし、生活費とは別に里親手当を支給し経済的な援助を拡大する方針だ。

 一方で孫の扶養義務がある祖父母については里親手当は支給されず、親族里親のままとなる。今後、高齢で資力のない祖父母が引き取る場合への支援上乗せが議論になる可能性もある。【野倉恵、石川隆宣】

毎日新聞 2011年6月9日 21時10分(最終更新 6月9日 21時29分)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

皆様、島田紳助氏引退のニュースで、真に隠したかった事実は何だとお考えでしょうか?

2011-08-24 14:01:09 | 築地を守る、築地市場現在地再整備

 すでに多くの方が、警鐘をならして下さっていますが、あえてここでも書くことをお許し願います。

 「マスコミが、芸能ネタなりスキャンダル事件を連日連夜、執拗に報道している時は注意しなさい。国民に知られたくない事が必ず裏で起きている。そういう時こそ、新聞の隅から隅まで目を凝らし小さな小さな記事の中から真実を探り出しなさい」

 ジャーナリスト竹村健一氏は述べられていらっしゃいました。


 今回の島田紳助氏引退のニュースで、隠したかったこととは、何と皆様は、お考えになられますか?


 酒井法子氏の覚醒剤使用のニュースの時(2009年8月)は、ちょうど民主党が政権交代したときでした。

 私は、2009年8月当時、マスコミが酒井氏を執拗にとりあげ、歴史的な政権交代をした民主党の政策分析がマスコミできちんとなされなかった感を受けています。


 今回の場合、ツイッターであるかたは、「ムーディーズ・インベスターズ・サービスは24日、日本政府の自国通貨建て・外貨建て債務格付けをAa2からAa3に引き下げたと発表した。」http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-22835820110824をあげてられました。

 皆様、おこころあたりのニュースがあれば、教えてください。

 

****皆様からいただいた隠される側のニュース*****

Unknownさん:地上1メートルでの福島市の放射線量。22日より公表始める。

 


******産経新聞(2011/08/24)*****
6年前、山口組幹部に直筆手紙 経営店の高額飲食で謝意メール
2011.8.24 12:25

 人気タレントの島田紳助さん(55)=本名・長谷川公彦=が暴力団関係者との親密交際を認め、芸能活動引退を表明した問題で、この暴力団関係者は指定暴力団山口組の若頭補佐と呼ばれる最高幹部の一人で、大阪府警が平成17年に幹部の自宅などを家宅捜索した際、紳助さんからの直筆の手紙や、幹部の親族らと撮影した写真が見つかっていたことが24日、捜査関係者への取材で分かった。

 幹部は、17年6月に大阪府東大阪市内の自宅建物と土地が差し押さえられたことをめぐる競売入札妨害事件で府警に逮捕された。府警は関係先の捜索で手紙や写真を発見したが、押収はしていないという。

 一方、紳助さんが17年6月から2年間、幹部と携帯メールを交わすのを仲立ちした「友人」は、元ボクシング世界王者の渡辺二郎被告(56)=恐喝未遂罪で実刑判決を受け上告中=だったことも判明。関係者によると、メールの内容は紳助さんと幹部との親密さをうかがわせる内容で、幹部が紳助さんの経営する大阪市内の飲食店に訪れ、高額の飲食をしたことに対する謝意や、幹部が逮捕されたことを心配するような記述があったという。

 メールは、府警が19年に未公開株を巡る恐喝未遂事件で、羽賀研二被告(50)=本名・當真(とうま)美喜男、詐欺罪などで実刑判決を受け上告中=の共犯として渡辺被告を逮捕した際、渡辺被告の携帯電話を押収し、内容が判明したという。

******以上*****

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

9/8 18時~中央区協働事業提案の公開プレゼンテーション

2011-08-23 18:52:42 | NPO・地域力

 区との協働事業の提案の公開プレゼンテーションが9/8行われます。

 こちらでもお知らせいたします。

 地域の課題を、地域の力で解決していく取り組みです。
 どのようなアイデアが出されるか、とても楽しみです。

 採用されれば、来年度区の事業としての位置づけのもと、実現されます。

 *****協働ステーション ホームページより*****
http://www.genki365.com/chuoku/cs-c/cs-c.html

9/8 協働事業提案の公開プレゼンテーションへお越しください。[2011年08月21日(日)]
区では、よりきめ細やかな行政サービスの提供を図るため、社会貢献活動団体(NPO・ボランティア団体など)と区が力を合わせて公共的な課題解決へ取り組む仕組みとして、協働事業の公募を実施しています。
このたび、提案団体による公開プレゼンテーションを事業採択審査の一環として開催します。どなたでも参加できますので、区の協働事業に関心のある方は、ぜひお越しください。

日時;平成23年9月8日(木) 18:00~
場所:協働ステーション中央 会議室 (地図はこちら)
定員:30名(先着順)
申込:当日直接、協働ステーション中央受付でお申込ください。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の築地市場移転問題関連記事:築地市場のど真ん中を横切る環状二号線道路工事に関連して

2011-08-23 18:12:07 | 築地を守る、築地市場現在地再整備

最近の築地市場移転問題に関する記事が書かれていましたので、
こちらでも掲載をいたします。

****Japan Business Press(2011/08/23)******

築地市場の移転を巡る仁義なき戦い
道路工事の再開で推進派と反対派の対立がヒートアップ

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/19464

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

8/27 17時必着 放射性物質食品健康影響評価に関する審議結果へのパブコメ。暫定基準を下げねば!

2011-08-22 23:00:00 | 医療

 食品安全委員会が、放射性物質食品健康影響評価に関する審議結果についてパブリックコメントを募集しています。

 いきなり、審議結果約230ページを読むよりも、まず、ビデオ説明やQ&Aを見ると理解しやすいと思います。

 

 審議結果約230ページ:http://www.fsc.go.jp/iken-bosyu/pc1_risk_radio_230729.pdf

 概要:http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/radio_hyoka_ann_gaiyo.pdf

 Q&A:http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/radio_hyoka_qa.pdf

 ビデオ説明:http://www.fsc.go.jp/osirase/dvd/movie_risk_radi230802.html

   ビデオの場合、http://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20110802ik1 における「事務局説明資料」や「講演資料」を見ながら視聴下さい。

 委員長からのメッセージ:http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/fsc_incho_message_radiorisk.pdf

 

 食品に含まれる放射性物質の日本の今の基準は、高すぎます。

 下げていかねばならないと私は考えます。(今回のパブコメがなされている食品安全委員会審議結果をもとになされる厚労省における検討に期待致します。)

 以下、意見募集の案内です。

 

 皆様の声を内閣府に届けて下さい!!

 

*****内閣府食品安全委員会ホームページより*****
http://www.fsc.go.jp/iken-bosyu/pc1_risk_radio_230729.html


平成23年7月29日
内閣府食品安全委員会事務局


放射性物質の食品健康影響評価
に関する審議結果(案)についての御意見・情報の募集について

 

 標記の件について、別紙のとおり、平成23年7月29日から8月27日までの間、御意見・情報の募集を行いますのでお知らせします。

 

【本件連絡先】
内閣府食品安全委員会事務局
評価課 林、今井、今治
電話:03-6234-1190、1097、1098 

 
--------------------------------------------------------------------------------


(別紙)


放射性物質の食品健康影響評価に関する審議結果(案)についての御意見・情報の募集について


平成23年7月29日
内閣府食品安全委員会事務局評価課

 

概 要


 平成23年7月26日に開催された食品安全委員会放射性物質の食品健康影響評価に関するワーキンググループ(第9回)において、放射性物質の食品健康影響評価を行い、その審議結果(案)が取りまとめられ、本案については、広く国民の皆様から御意見・情報を募った上で、食品安全委員会に報告することとなりました。
 つきましては、本審議結果(案)[PDF:1,407KB] について、御意見・情報を募集いたします。御意見・情報については、科学的な根拠となるものや出典等についてもお知らせいただければ幸いです。(電話による御意見・情報の提出は御遠慮下さい。)
 なお、お寄せいただいた御意見・情報に対して個別の回答は致しかねますこと、また、お寄せいただいた御意見・情報については公開させていただくことがありますので、その旨御了承願います。

 

意見・情報の提出方法


 電子メール、ファックス又は郵送いずれかの方法で下記の事項を記入の上、提出してください。


【記入事項】

(1) 放射性物質の食品健康影響評価に関する審議結果(案)についての御意見・情報の募集について
 
(2) 氏名(法人の場合は会社名・部署名等)、(3)職業、(4)住所、(5)電話番号、(6)御意見・情報
 
 


【宛先】


     内閣府食品安全委員会事務局評価課内
「放射性物質の食品健康影響評価」意見募集担当宛


     ○  電子メールの場合 : 食品安全委員会ホームページの下記URLより送信可能です。
https://form.cao.go.jp/shokuhin/opinion-0316.html
 
○  ファックスの場合 : 03-3584-7391
 
○  郵送の場合 : 〒107-6122 東京都港区赤坂5-2-20 赤坂パークビル22階
 
 


 なお、電子メール、ファックスでお送りいただく場合には、表題を「放射性物質食品健康影響評価に関する審議結果(案)についての御意見・情報の募集について」としていただきますよう、また、郵送の場合は、封筒表面に同じく朱書きいただきますようお願いします。


【締め切り】 平成23年8月27日(土) 17:00必着


【提出上の注意】

     ○ 御提出いただく御意見・情報は、日本語に限らせていただきます。
 
     ○ 個人は、氏名・職業・住所・電話番号を、法人は法人名・所在地・電話番号を記載して下さい。なお、これらは、必要に応じ当方からお問い合わせをさせていただく場合や意見・情報がどのような立場からのものかを確認するためにお尋ねしております。
 
     ○ 電子メールにより提出いただく場合、文字化けを防ぐため、半角カタカナ、丸数字、特殊文字は使用しないでください。
 
 


**********************************
http://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20110726sfc

会議資料詳細
第392回 食品安全委員会
開催日:
2011(平成23)年7月26日
開催者:
食品安全委員会
内容:
(1)放射性物質の食品健康影響評価について
(2)その他


添付資料ファイル:

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

毎日新聞世論調査:原発時間をかけ削減74%今すぐ廃止11%減らす必要なし13%

2011-08-21 22:46:59 | 築地を守る、築地市場現在地再整備
 時事通信、共同通信の世論調査でも似たような結果だったと思います。

 時事通信世論調査:http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/830cc2a5c0dffb9599799f2c2b922765
 共同通信世論調査:http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/ff0b522b907c98b46afd1a6d8344e4f3
 

 今後の原子力発電所のあり方について回答「時間をかけて減らすべきだ」74%
                    「今すぐ廃止すべきだ」11%
                    「減らす必要ない」13%
 すなわち、
 原発削減志向は、85%(74+11)

******毎日新聞(2011/08/21)******
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110822k0000m010088000c.html

毎日世論調査:原発「時間かけて削減すべきだ」74%

 毎日新聞は20、21両日、全国世論調査を実施した。今後の原子力発電所のあり方について「時間をかけて減らすべきだ」との回答が74%に上り、「今すぐ廃止すべきだ」(11%)を大きく上回った。社会保障や東日本大震災の復興財源を消費税などの増税でまかなうことには「反対」が56%で、「賛成」(41%)を上回った。菅直人首相の後継を決める民主党代表選ではエネルギー政策や増税の是非が主な争点になる見通しで、調査結果は選挙戦の動向にも影響しそうだ。一方、菅内閣支持率は7月の前回調査を4ポイント下回る15%で、不支持率は63%。内閣支持率は09年9月の民主党政権発足後、最低を記録した。

 菅首相は東京電力福島第1原発事故発生後、「脱・原発依存」を提唱。しかし、今回の調査で7割強が段階的な原発削減を求めており、「脱原発」に向け性急な政策転換には慎重な民意が鮮明になった。再生可能エネルギー推進策が不透明で、全国規模で広がった電力不足など社会・経済活動への不安が根強いことが背景にあるとみられる。原発を「減らす必要はない」は13%だった。

 原発事故に関連し、放射性物質による食品汚染への認識を聞いたところ、「不安を感じる」との回答が「大いに」(27%)、「ある程度」(44%)を合わせ計71%に達した。不安を「あまり感じない」は23%、「全く感じない」は4%だった。

 11年度の赤字国債発行を認める特例公債法案を成立させる前提として、民主党が子ども手当など09年衆院選マニフェストの主要政策を見直すことで自民、公明両党と合意したことについては「賛成」が69%で、「反対」(27%)を大きく上回った。賛成と答えた人は、民主支持層でも68%に達した。

 野党が参院で過半数を占める「ねじれ国会」を抱え、新政権の運営は引き続き、野党との協力関係が焦点となる。今回の調査で、自民党など野党の対応を聞いたところ、「新政権と政策ごとに協力する」という「部分連合」への支持が70%と最多。民主党と内閣を作る「大連立」を望む回答は17%にとどまった。

 民主党の支持率は前回と同じ13%。自民党の支持率は6ポイント増の22%で、自民党政権末期の09年の水準まで回復した。「支持政党はない」と答えた無党派層は49%で5ポイント減少した。【中田卓二】

    ◇

 東日本大震災の被害が大きかった岩手、宮城、福島3県の一部地域は、調査対象に含まれておりません。

毎日新聞 2011年8月21日 21時54分(最終更新 8月21日 22時42分)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

RussiaToday8/17報道:福島第一・地面から水蒸気が噴き出している

2011-08-21 22:24:37 | 防災・減災

たまたま、みつけた画像です。

このような報道がなされたというひとつの参考として、こちらでも掲載を致します。



福島第一・地面から水蒸気が噴き出している

RussiaToday(日本語訳がつけられています。)

http://www.youtube.com/watch?v=4bD7SuXVpc4





 広島市立大学 ロバート・ジェイコブズ准教授が解説をしています。

 核兵器と関連した歴史学の専門家が、原子力発電事故の解説をしていることで、専門性の点で信頼性が下がるかもしれません。



******広島市立大学 ホームページより*****

http://www.hiroshima-cu.ac.jp/modules/peace_j/content0036.html

氏名:ロバート・A・ジェイコブズ(Robert A. Jacobs)
職:准教授
生年月日:1960年1月21日
専門分野:歴史学(核兵器の文化と戦争史、米国の冷戦史と文化、科学技術の文化史)
出生地:米国
Email:jacobs@peace.hiroshima-cu.ac.jp

学歴

1993年 米国ミネソタ大学ミネアポリス校卒業学士号取得
1995年 米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校大学院修士課程修了修士号取得(歴史学)
2004年 米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校大学院博士課程修了博士号取得(歴史学)

職歴

1994年~1995年 米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校講義助手、試験監督官
1995年~1998年 米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校研究員助手
2005年10月~2009年12月 広島市立大学広島平和研究所講師
2010年1月~ 広島市立大学広島平和研究所准教授

研究業績
著書

The Dragon's Tail: Americans Face the Atomic Age (Amherst, MA: University of Massachusetts Press, 2010).

編著書

Filling the Hole in the Nuclear Future: Art and Popular Culture Respond to the Bomb (Lanham, MD: Lexington Books, 2010).

書籍の章

"The Manhattan Project and the American Narrative of the Bombings of Hiroshima and Nagasaki," in Carol Rinnart et al. eds., Hiroshima and Peace (Hiroshima: Keisuisha Publishing, 2010), pp. 29-40.
"Nuclear Culture in Cold War America: Events and Impacts," in Carol Rinnart et al. eds., Hiroshima and Peace (Hiroshima: Keisuisha Publishing, 2010), pp. 83-94.
"Dodging Dystopia: The Role of Nuclear Narratives in Averting Global Thermonuclear Warfare," in Antony Adolf ed., Nonkilling History: Shaping Policy with Lessons from the Past (Honolulu: The Center for Global Nonviolence, 2010), pp. 219-236.
"Target Earth: The Origins of the Image of the Whole Earth in the Ashes of Hiroshima and Nagasaki," in Robert Jacobs ed., Filling the Hole in the Nuclear Future: Art and Popular Culture Respond to the Bomb(Lanham, MD: Lexington Books, 2010), pp. 187-205.

学術誌論文(査読付)

"The Psychological Bomb: The Relationship of the American Social Scientists to Nuclear Weapons in the Early Cold War," in Peace and Change 35:3 (July 2010), pp. 434-463.
"Atomic Kid: Duck and Cover and Atomic Alert Teach American Children How to Survive Atomic Attack," in Film and History 40:1 Visions of Science and Technology in Film Special Issue (Spring 2010), pp. 25-44.
"Reconstructing the Perpetrator's Soul By Reconstructing the Victim's Body: The Portrayal of the 'Hiroshima Maidens' by the Mainstream American Media," in Intersections: Gender and Sexuality in Asia and the Pacific 24 (June 2010): http://intersections.anu.edu.au/issue24/jacobs.htm
"'There Are No Civilians, We Are All At War': Nuclear War Shelter and Survival Narratives During the Early Cold War," in The Journal of American Culture 30:4 (December 2007), pp. 401-416.
"Good Bomb/Bad Bomb: Talking About Atomic Tests in Nevada," in Interdisciplinary Humanities 24:1 (Spring 2007), pp. 65-82.
"Strategic Fallout: Dirty and Clean Weapons in the Cold War," in Thematica 2, Illinois, U.S.A., 1995, pp. 25-56.

その他論文

"Perspective Essay: Atomic Bomb / Energy as Destructive Force," in Pop Culture Schools Database (Santa Barbara: ABC-Clio), forthcoming 2011
"Backyard Bomb Shelters," in Alfred J. Andrea ed., World History Encyclopedia, Vol. 21 (Santa Barbara: ABC-Clio), forthcoming 2011.
"Destruction vs. The Peaceful Atom," in Alfred J. Andrea ed., World History Encyclopedia, Vol. 21 (Santa Barbara: ABC-Clio), forthcoming 2011.
"Anti-Nuclear Weaponry Protests," Alfred J. Andrea ed., World History Encyclopedia, Vol. 21 (Santa Barbara: ABC-Clio), forthcoming 2011.
"No-Nukes Protests," in Alfred J. Andrea ed., World History Encyclopedia, Vol. 21 (Santa Barbara: ABC-Clio), forthcoming 2011.
"Your Child's Teeth Contain Strontium-90," Alfred J. Andrea ed., World History Encyclopedia, Vol. 21 (Santa Barbara: ABC-Clio), forthcoming 2011.
"24 Hours After Hiroshima: National Geographic Channel Takes Up the Bomb," in The Asia-Pacific Journal, 47-2-10, November 22, 2010: http://japanfocus.org/-Robert-Jacobs/3446
"Hiroshima," in Ray Hutchinson ed., Encyclopedia of Urban Studies, (Thousand Oaks, CA: Sage Publications), 2009, pp. 357-8.
"President-elect Obama and US Nuclear Policy," The Chugoku Shimbun Newspaper, November 9, 2008, p. 4.
"The Origins of the Image of the Whole Earth in the Hiroshima Bombing," in Hiroshima Research News11:3 Hiroshima Peace Institute, March 2009, p. 6.
"The Origins of the Dirty Bomb: The U.S. Military and Radiological Weapons," in Hiroshima Research News, Vol.10, No.3, Hiroshima Peace Institute, March 2008, p. 6.
"Facing the Future in Iraq By Facing the Past," in Hiroshima Research News Vol. 8 No. 3, Hiroshima Peace Institute, March 2006, p. 3.

会議報告

"Architectures of Annihilation: The Logic of Building 'Japanese Houses' at the Nevada Test Site," presented to the Cold War Cultures Conference at the University of Texas, Austin, TX, September 2010.
"Nuclear Doomsday and the Origins of the Whole Earth," presented to the Society for Social Studies of Science Conference at Tokyo University, Tokyo, Japan, August 2010.
"Neighbors As Enemies: Narratives of Community Violence in Fallout Shelters and During Nuclear War in Early Cold War America," presented to the Nordic Association of American Studies Conference at the University of Copenhagen, Copenhagen, Denmark, May 2009.
"Target Earth: Cartoon Images of Globalism in the Ashes of Hiroshima," presented to the British Association of American Studies Conference at the University of Nottingham, Nottingham, UK, April 2009.
"Atomic Familiars: Animal Guides to the Radioactive Landscape in Early Cold War America," presented to the Cultural Studies Association of Australasia Conference, Western Australia School of Mines, Kalgoorlie, Australia, December 2008.
"Reconstructing the Perpetrator's Soul By Reconstructing the Victim's Body: The Hiroshima Maidens in the American Mind," presented to the Interrogating Trauma: Arts & Media Responses to Collective Suffering Conference, Murdoch University, Perth, Australia, December 2008.
"Alone in the Flash: Duck and Cover and Atomic Alert," presented to the Film and History Conference, Chicago, IL, October 2008.
"Curing the Bomb: Social Scientists Analyze the Roots of Human Violence After Hiroshima," presented at the International Society for Universal Dialogue's Seventh World Congress in Hiroshima, Japan, June 2007.
"Radiation As a Cultural Talisman in Cold War Popular Culture," presented at the Popular Culture Association/American Culture Association Joint National Conference, Boston, MA, April 2007.
"Good Bomb/Bad Bomb: American Nuclear Narratives During the Atmospheric Testing Era," presented at the International Committee for the History of Technology Conference, Leicester, United Kingdom, August 2006.
"Narratives of Survival Under Atomic Attack," presented at the Southwest Popular Culture Association Conference, Albuquerque, NM, February 2006.
"Sharing the Horizon with the Atomic Bomb," presented at the History of Science Society Conference, San Diego, CA, November 1997.
"The Atomic Egg: Nuclear Tests and the Radioactive Generation of Monsters and Aliens in Fifties Sci-Fi," presented at the Atomic Age Opens Conference, Bowling Green, OH, July 1995.
"The Atomic Café as Activist Art and Politics," presented at the Atomic Age Opens Conference at Bowling Green State University, Bowling Green, Ohio, July 1995.
"Genetic Fallout: Geneticists and the AEC," presented at the Mephistos Conference on Science Studies, Indiana University, Bloomington, Indiana, April 1995.

講演業績

"US Nuclear Testing in the Pacific in Global Perspective," presented to the Nuclear Institute of the College of the Marshall Islands, Majuro, Marshall Islands, January 2011.
"Project Ichiban: Completing the ABCC Dose Reconstruction at the Nevada Test Site," presented as an invited speaker at Tokyo Institute of Technology, January 2011.
"American Nuclear Weapons," presented to the Peace Seminar at Hiroshima Jogakuin University in Hiroshima, Japan, August 2010.
"Americans and Nuclear Weapons at a Time of Declining Empire," presented as a panelist at the International Symposium, "What Should We do to Advance Nuclear Abolition?: Reflections on the 2010 NPT Review Conference," at the Hiroshima Peace Museum, Hiroshima, Japan, July 2010.
"Atomic Films: Documentaries and Propaganda Films of the 1950s," presented as part of the Hiroshima Peace Film Festival, Hiroshima Peace Museum, Japan, November 2009.
"The US Presidential Election and Nuclear Policy in Historical Perspective," presented during the Hiroshima Peace Institute Tenth Lecture Series for the Citizens of Hiroshima, Hiroshima, Japan, November 2008.
"Atomic Bombs in America," presented to the Peace Seminar at Hiroshima Jogakuin University, Hiroshima, Japan, August 2008.
"Survival in Ten Easy Graphics: An Iconographic Analysis of Civil Defense Pamphlet Art," presented to the Faculty in Art at Ritsumeikan University, Kyoto, Japan, December 2007.
"Lessons From Hiroshima," presented to the Japan-America Student Conference, Aster Plaza, Hiroshima, Japan, August 2007.
"American Hibakusha," presented to the Rotary Peace Forum, International Christian University, Tokyo, Japan, October 2006.
"What Do Americans Think About the Bombing of Hiroshima and Nagasaki and Why," presented to a Hiroshima Peace Institute Research Forum, Hiroshima Peace Institute, Hiroshima, Japan, September 2006.
"Nuclear War Movies and Survivors in American Culture," presented during the Hiroshima Peace Institute Fifth Lecture Series for the Citizens of Hiroshima, Hiroshima, Japan, June 2006.
"The Alchemical Narrative: Nuclear Weapons and Social Transformation," presented to the Cold War Science and Technology Colloquium at Carnegie-Mellon University, Pittsburg, PA, February 2000.

研究助成・奨学金

2008~2010 日本文部科学省科学研究費補助金(基盤研究C) 
「米国の放射能兵器開発と原爆傷害調査委員会(ABCC)収集情報の利用に関する分析」
2008~2011 広島市立大学特定研究費 
「広島・長崎への原爆投下の伝承記述に関する日米比較研究」
1995~1998 米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校奨学金
1994~1995 米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校優秀講師(生徒による選出)
1991 ミネソタ大学奨学金

学会活動・地域貢献

2009~ 査読委員、University of Massachusette Press
2008~ 実行委員、ヒロシマ平和映画祭
2006~ 編集委員、H-Peace Listserv、H-NET
2006~ 書評編集委員、H-Peace Listserv、H-NET
2006~ 登録派遣講師、Historians Against the War
2006~ 担当講師、「ヒロシマと平和」(広島市立大学夏期集中コース)
2008 査読委員、広島国際研究
2007 顧問、日米学生会議

所属学会

アメリカ文化学会 会員
アメリカ史学会 会員
平和史協会 会員
アメリカ大衆文化学会 会員
アメリカ技術史学会 会員
Society for Social Studies of Science(科学技術社会論の国際学会)会員

以上

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石巻市教委が証言メモ約30枚廃棄 74人死亡・不明の大川小

2011-08-21 21:48:26 | 防災・減災
 検証の為の資料として、役立てるべきものを破棄していたのであれば、とても残念な話です。

****毎日新聞(2011/8/21)******
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110822k0000m040076000c.html

東日本大震災:石巻市教委が大川小の被災聴取メモ廃棄

 東日本大震災の津波で全校児童の約7割が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校について報告書をまとめた同市教委が、教諭や児童ら計27人に当時の状況を聞き取った約30枚のメモをすべて廃棄していたことが21日、わかった。市教委の担当者は「重要な部分は報告書に反映させた。しかし大きな悲劇だったことを考えると、聴取内容を録音するなどして残すべきだったかもしれない」と話している。

 大川小は北上川沿いにあり、約4キロ先の河口からさかのぼってきた津波で被災。計108人の児童のうち74人が死亡・行方不明になった。当時学校にいた教職員11人のうち10人が死亡・行方不明になり、学校に避難していた地域の住民も犠牲になった。

 市教委は震災後間もなく、生き残った男性教員や児童らから聞き取り調査を順次実施。5月下旬、約30ページの被災の報告書「大川小事故報告並びに聞き取り調査記録」としてまとめ、これをもとに6月4日、保護者への説明会を開いた。

 市教委は報告書作成にあたり、3月25日に職員2人が約30分間、男性教員から当時の様子を聞き取ってA4判の紙1~2枚に書き込んだが、そのメモを4月中旬に廃棄した。児童らからは4月下旬から順次聞き始め、その際のメモを5月中旬に処分したという。

 当時、大川小6年生だった女児を亡くした女性(45)は、市教委の対応について「どうしてメモを処分してしまったのか。遺族は真実を知りたいと願っているのに、市教委はしっかり検証する気がなかったのではないかと思ってしまう」と話した。

【高橋宗男、百武信幸】


 
****産経新聞(2011/08/21)*******
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110821/edc11082116420000-n1.htm

石巻市教委が証言メモ廃棄 74人死亡・不明の大川小
2011.8.21 16:40
 津波で74人の児童が死亡・行方不明となった宮城県石巻市の大川小学校の被災状況を調べるため、市教委が、生き残った教諭や児童ら計27人から聞き取り調査をした際の証言メモ約30枚をすべて廃棄していたことが21日、分かった。

 市教委は震災後、当時学校にいた教諭の中で唯一生き残った男性教諭と、児童24人、大川小の女性職員、広報車で地域一帯に避難を呼びかけた市職員の男性から聞き取り調査をした。書き取ったメモを基に約30ページの報告書をまとめた後、メモは5月ごろに廃棄した。

 市教委の担当者は「手書きメモの内容は、ほぼ全量を報告書に反映させている」と説明。メモ廃棄については「あくまで下書きだが、今となっては申し訳なく思っている」と話している。

 市教委は6月4日、保護者向けの説明会を開き、報告書の内容を伝えている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「寺田寅彦を読み直す」と東京新聞8/21社説は言う。『津波と人間』もぜひ。

2011-08-21 16:31:34 | 防災・減災

寺田寅彦を題材に社説が書かれておりましたので、こちらでも見ておきます。

 東京新聞8/21は、寺田寅彦を読み直すと言っています。

 寺田寅彦氏を読み直す場合、以前にもご紹介させていただきましたが、『津波と人間』http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/99658ba16cf2d7d8100a7f001aa2a9e7をまず、読み直すのがひとつ大切であると考えます。
 今度こそ「千年に一度」の津波に備えた日本でありたいものです。



 合わせて、昭和45年(1970年)6月に記録文学者吉村昭氏により書かれた『三陸海岸大津波』も読み返したいもののひとつです。ブログ:http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/31d0a04acf400f27ccab525a40a5e2b4


******東京新聞(2011/08/21)******
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011082102000036.html

【社説】

週のはじめに考える 寺田寅彦を読み直す

2011年8月21日

 「天災は忘れたころにやってくる」。そう言った明治生まれの物理学者寺田寅彦が震災後、再読されています。人間と科学の関係の問い直しなのです。 
 想定外といわれた巨大地震と津波。人災の指摘もある原発事故。かつて、人知には落とし穴のようなものがあると繰り返し書いていたのが、夏目漱石の弟子だった寅彦でした。
 高知出身。熊本の五高(現熊本大)でのちの師となる漱石に英語を、ローマ字論で有名な田丸卓郎から物理を学ぶ。二人の師からは勉学だけでなく、学問の楽しみ、また人間として幅広い感化を受けたことでしょう。

◆龍ケ崎地震に遭って
 東京帝大に進み、物理のほか気象や海洋学へも興味を広げています。漱石の小説、「吾輩は猫である」に出てくる理学士寒月君は彼をモデルとしています。心象に残る人柄だったのでしょう。
 彼に「断水の日」という短文があります(岩波書店「寺田寅彦全集」所収)。
 大正十年十二月八日、茨城県南部を震源として起きた地震(龍ケ崎地震)の直後書かれました。マグニチュードは推定7。震源近くで家屋損壊や道路亀裂があり、東京の寅彦の家では水道が止まったのでした。
 こんなふうに書き出します。
 「…晩にかなり強い地震があった。それは私が東京に住まうようになって以来覚えないくらい強いものであった」
 関東大震災の二年前で、東京の人々はさぞ驚いたことと想像されます。水道は断水。寅彦は幸い隣家の井戸を借りるのですが、あいにく雨がひどく水道工事が一向に進まない。断水は続く。
 寅彦はこう書きます。…住民の不便や不満は分かるが、不眠不休の工事の人の心持ちを考えるとそれも気の毒でならない。

◆原爆という罪を知る
 次いで、こう唱えます。…この程度の地震で水道が壊れ、そう言えばわが家の客間の電灯のスイッチは材料が粗悪で故障している、日本の科学水準の遅れと低さをよく認識すべきだ。
 英国帰りの漱石同様、日本に厳しい。しかし、科学者として事実認識が正確であるにすぎないとも言えます。ほめすぎかもしれないが、人に優しく事実に厳しい。つまり常識と良識の人なのです。
 何事でもそうですが、科学者が人間的に豊かであってほしいことはいうまでもありません。
 歴史的な例を挙げましょう。原爆のことです。その開発は物理学の成果であり悲劇でした。初実験に成功したオッペンハイマーは戦後、米国の工科大学の講義で胸中をこう述べました。
 「俗でなく、ユーモアなしで誇張もなく、ありのままの感覚として物理学者は罪を知ったのです。そしてそれはなくすことのできない知見なのです」
 彼は米国の水爆計画に反対し公職追放されます。科学者の良心に殉じたのです。アインシュタインをはじめ、原爆にかかわった物理学者たちの痛恨悔悟はあまりに有名ですが、彼らは良心をひたすら取り戻そうとしたのです。
 原発事故では、こんなことを考えてみました。
 米国スリーマイル島事故は作業員の過誤が原因とされたが、作業員に言わせると<電算機のデータは紙に印字されて出てきた。しかし異常が多くて印字が追いつかない。飛ばして印刷しても、今何が起きているか分からなかった>。
 もしそうなら、親切なシステムがあだになったようなものです。設計者はメルトダウンが起きるほどの異常多発時の印字速度をどれほど想像していたか。
 チェルノブイリ事故もソ連政府は作業員のミスを原因としたが、原子炉の設計不備をいう学者もいました。異常時に核反応は抑制へ進むべきなのに、逆に高まる可能性があったというのです。設計に盲点はなかったのでしょうか。

◆身の丈を知る科学者
 福島第一原発事故の場合、国策の名の下、いわゆる原子力ムラが失敗可能性をことごとく無視してきた結果だともいえます。科学の新たな知見は一体どれほど検討されたのか。その内部にいた科学者たちは良識と常識をどれほど持ち合わせ、またどれほど忘れていたのか。酷かもしれないが、事故の核心の一部にはやはり科学者個人の関わり方の問題があったのではないか。なぜなら、それなくしては科学者の責任も誇りもないではありませんか。
 話を寅彦に戻すと、断水に対し彼は井戸を掘ると決めます。当時の科学水準から導いた結論。たかが一本の井戸ですが、当時おごりはじめた日本文明に鋭くうがたれた井戸だったのかもしれません。身の丈を知った科学者寅彦。そこを今、読み直したいのです。

*****東京新聞以上*****

 

******転載******

http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/4668_13510.html

津浪と人間


寺田寅彦

 昭和八年三月三日の早朝に、東北日本の太平洋岸に津浪が襲来して、沿岸の小都市村落を片端から薙(な)ぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。明治二十九年六月十五日の同地方に起ったいわゆる「三陸大津浪」とほぼ同様な自然現象が、約満三十七年後の今日再び繰返されたのである。
 同じような現象は、歴史に残っているだけでも、過去において何遍となく繰返されている。歴史に記録されていないものがおそらくそれ以上に多数にあったであろうと思われる。現在の地震学上から判断される限り、同じ事は未来においても何度となく繰返されるであろうということである。
 こんなに度々繰返される自然現象ならば、当該地方の住民は、とうの昔に何かしら相当な対策を考えてこれに備え、災害を未然に防ぐことが出来ていてもよさそうに思われる。これは、この際誰しもそう思うことであろうが、それが実際はなかなかそうならないというのがこの人間界の人間的自然現象であるように見える。
 学者の立場からは通例次のように云われるらしい。「この地方に数年あるいは数十年ごとに津浪の起るのは既定の事実である。それだのにこれに備うる事もせず、また強い地震の後には津浪の来る恐れがあるというくらいの見やすい道理もわきまえずに、うかうかしているというのはそもそも不用意千万なことである。」
 しかしまた、罹災者(りさいしゃ)の側に云わせれば、また次のような申し分がある。「それほど分かっている事なら、何故津浪の前に間に合うように警告を与えてくれないのか。正確な時日に予報出来ないまでも、もうそろそろ危ないと思ったら、もう少し前にそう云ってくれてもいいではないか、今まで黙っていて、災害のあった後に急にそんなことを云うのはひどい。」
 すると、学者の方では「それはもう十年も二十年も前にとうに警告を与えてあるのに、それに注意しないからいけない」という。するとまた、罹災民は「二十年も前のことなどこのせち辛い世の中でとても覚えてはいられない」という。これはどちらの云い分にも道理がある。つまり、これが人間界の「現象」なのである。
 災害直後時を移さず政府各方面の官吏、各新聞記者、各方面の学者が駆付けて詳細な調査をする。そうして周到な津浪災害予防案が考究され、発表され、その実行が奨励されるであろう。
 さて、それから更に三十七年経ったとする。その時には、今度の津浪を調べた役人、学者、新聞記者は大抵もう故人となっているか、さもなくとも世間からは隠退している。そうして、今回の津浪の時に働き盛り分別盛りであった当該地方の人々も同様である。そうして災害当時まだ物心のつくか付かぬであった人達が、その今から三十七年後の地方の中堅人士となっているのである。三十七年と云えば大して長くも聞こえないが、日数にすれば一万三千五百五日である。その間に朝日夕日は一万三千五百五回ずつ平和な浜辺の平均水準線に近い波打際を照らすのである。津浪に懲りて、はじめは高い処だけに住居を移していても、五年たち、十年たち、十五年二十年とたつ間には、やはりいつともなく低い処を求めて人口は移って行くであろう。そうして運命の一万数千日の終りの日が忍びやかに近づくのである。鉄砲の音に驚いて立った海猫が、いつの間にかまた寄って来るのと本質的の区別はないのである。
 これが、二年、三年、あるいは五年に一回はきっと十数メートルの高波が襲って来るのであったら、津浪はもう天変でも地異でもなくなるであろう。
 風雪というものを知らない国があったとする、年中気温が摂氏二十五度を下がる事がなかったとする。それがおおよそ百年に一遍くらいちょっとした吹雪(ふぶき)があったとすると、それはその国には非常な天災であって、この災害はおそらく我邦の津浪に劣らぬものとなるであろう。何故かと云えば、風のない国の家屋は大抵少しの風にも吹き飛ばされるように出来ているであろうし、冬の用意のない国の人は、雪が降れば凍(こご)えるに相違ないからである。それほど極端な場合を考えなくてもよい。いわゆる颱風(たいふう)なるものが三十年五十年、すなわち日本家屋の保存期限と同じ程度の年数をへだてて襲来するのだったら結果は同様であろう。
 夜というものが二十四時間ごとに繰返されるからよいが、約五十年に一度、しかも不定期に突然に夜が廻り合せてくるのであったら、その時に如何なる事柄が起るであろうか。おそらく名状の出来ない混乱が生じるであろう。そうしてやはり人命財産の著しい損失が起らないとは限らない。
 さて、個人が頼りにならないとすれば、政府の法令によって永久的の対策を設けることは出来ないものかと考えてみる。ところが、国は永続しても政府の役人は百年の後には必ず入れ代わっている。役人が代わる間には法令も時々は代わる恐れがある。その法令が、無事な一万何千日間の生活に甚だ不便なものである場合は猶更(なおさら)そうである。政党内閣などというものの世の中だと猶更そうである。
 災害記念碑を立てて永久的警告を残してはどうかという説もあるであろう。しかし、はじめは人目に付きやすい処に立ててあるのが、道路改修、市区改正等の行われる度にあちらこちらと移されて、おしまいにはどこの山蔭の竹藪の中に埋もれないとも限らない。そういう時に若干の老人が昔の例を引いてやかましく云っても、例えば「市会議員」などというようなものは、そんなことは相手にしないであろう。そうしてその碑石が八重葎(やえむぐら)に埋もれた頃に、時分はよしと次の津浪がそろそろ準備されるであろう。
 昔の日本人は子孫のことを多少でも考えない人は少なかったようである。それは実際いくらか考えばえがする世の中であったからかもしれない。それでこそ例えば津浪を戒める碑を建てておいても相当な利き目があったのであるが、これから先の日本ではそれがどうであるか甚だ心細いような気がする。二千年来伝わった日本人の魂でさえも、打砕いて夷狄(いてき)の犬に喰わせようという人も少なくない世の中である。一代前の云い置きなどを歯牙(しが)にかける人はありそうもない。
 しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟(ひっきょう)「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。
 それだからこそ、二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は大正十二年の地震で焼払われたのである。
 こういう災害を防ぐには、人間の寿命を十倍か百倍に延ばすか、ただしは地震津浪の週期を十分の一か百分の一に縮めるかすればよい。そうすれば災害はもはや災害でなく五風十雨の亜類となってしまうであろう。しかしそれが出来ない相談であるとすれば、残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。
 科学が今日のように発達したのは過去の伝統の基礎の上に時代時代の経験を丹念に克明に築き上げた結果である。それだからこそ、颱風が吹いても地震が揺(ゆす)ってもびくとも動かぬ殿堂が出来たのである。二千年の歴史によって代表された経験的基礎を無視して他所(よそ)から借り集めた風土に合わぬ材料で建てた仮小屋のような新しい哲学などはよくよく吟味しないと甚だ危ないものである。それにもかかわらず、うかうかとそういうものに頼って脚下の安全なものを棄てようとする、それと同じ心理が、正しく地震や津浪の災害を招致する、というよりはむしろ、地震や津浪から災害を製造する原動力になるのである。
 津浪の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰返されるであろう。その時にはまた日本の多くの大都市が大規模な地震の活動によって将棋倒しに倒される「非常時」が到来するはずである。それはいつだかは分からないが、来ることは来るというだけは確かである。今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。
 それだから、今度の三陸の津浪は、日本全国民にとっても人ごとではないのである。
 しかし、少数の学者や自分のような苦労症の人間がいくら骨を折って警告を与えてみたところで、国民一般も政府の当局者も決して問題にはしない、というのが、一つの事実であり、これが人間界の自然方則であるように見える。自然の方則は人間の力では枉(ま)げられない。この点では人間も昆虫も全く同じ境界(きょうがい)にある。それで吾々も昆虫と同様明日の事など心配せずに、その日その日を享楽して行って、一朝天災に襲われれば綺麗にあきらめる。そうして滅亡するか復興するかはただその時の偶然の運命に任せるということにする外はないという棄(す)て鉢(ばち)の哲学も可能である。
 しかし、昆虫はおそらく明日に関する知識はもっていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。この点はたしかに人間と昆虫とでちがうようである。それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。この水準を高めるには何よりも先ず、普通教育で、もっと立入った地震津浪の知識を授ける必要がある。英独仏などの科学国の普通教育の教材にはそんなものはないと云う人があるかもしれないが、それは彼地には大地震大津浪が稀なためである。熱帯の住民が裸体(はだか)で暮しているからと云って寒い国の人がその真似をする謂(い)われはないのである。それで日本のような、世界的に有名な地震国の小学校では少なくも毎年一回ずつ一時間や二時間くらい地震津浪に関する特別講演があっても決して不思議はないであろうと思われる。地震津浪の災害を予防するのはやはり学校で教える「愛国」の精神の具体的な発現方法の中でも最も手近で最も有効なものの一つであろうと思われるのである。

(追記) 三陸災害地を視察して帰った人の話を聞いた。ある地方では明治二十九年の災害記念碑を建てたが、それが今では二つに折れて倒れたままになってころがっており、碑文などは全く読めないそうである。またある地方では同様な碑を、山腹道路の傍で通行人の最もよく眼につく処に建てておいたが、その後新道が別に出来たために記念碑のある旧道は淋(さび)れてしまっているそうである。それからもう一つ意外な話は、地震があってから津浪の到着するまでに通例数十分かかるという平凡な科学的事実を知っている人が彼地方に非常に稀だということである。前の津浪に遭った人でも大抵そんなことは知らないそうである。

(昭和八年五月『鉄塔』)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

被災地での医療の再構築のありかた、医師人材確保をいかにするべきか

2011-08-21 08:01:35 | 医療

どのようにするのがよいのか、たいへん気がかりになっていること、被災地での医療の再構築のありかた。
 以前も書きました。ブログ:http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/c491be49207b482378aca0d63833e736

 読売新聞社説がとりあげていたので、こちらでも見ておきます。

 人材確保。

 「少なくとも月単位で同じ医師が対応できるよう、腰をすえた支援が必要だろう。」と社説にはあるが、これでは、全国の開業医による協力がなかなかむずかしい。
 患者側にたってみれば、同じ医師であるのが好ましいが、腰をすえるということは、もともとの場所からいなくなるということで、もとの場所のいままでの患者さんを放り出すことを意味する。

*被災者健康支援連絡協議会→ブログhttp://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/f4bad0bf4c2389c2bf828686f08510e9

 今も、急場ではないのだろうか。

 いままで通りの一週間交代でつなぎ、被災した診療所が復活すれば、そこを去る。もしくは、特定の曜日に同じ医師が支援に入るやりかた。
 もともとそこにおられた医師が復活されるまでをなんとかつなぐ支援が必要なのではないだろうか。

 冬場のインフルエンザ流行など医療需要が高まる時期までに、個々の地域の特性に合わせた医療体制を築き上げねばならない。


 まずは、各々の市町村で医師が足りているのか、医療ニーズが充足されているのか前段階の調査が必要。
 これら情報を整理したサイトをご存知でしたら教えてください。

 もしくは、皆様がボランティアで入られている地区の医療ニーズはいかがでしょうか?
 個々の地区の状態で構いませんので、例えば、この地区は小児科医が足りていないとか、医師がまったくいないとか、ご存知でしたら教えていただけませんでしょうか。
 情報を整理し、現地にフィードバックしていければと考えます。

 情報;小坂和輝宛て kazuki.kosaka@e-kosaka.jp

 
 
 ひとつ具体的に書きます。
 来週、8/28第21回日本外来小児科学会年次集会http://plaza.umin.ac.jp/sagpj21/が開催され、東日本大震災の現場での医療の報告のセッションがあり、受講したいと考えています。
 その際、ここでいただいた医療ニーズの結果を、現地の小児科医師にフィードバックできればと考えています。

 以前、仙台で7/31開催された東日本外来小児科学研究会http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/2ef3e3ec88c0ff8e2b1763db89be6c03では、
「  パネルディスカッション 13:15~14:50
「東日本大震災を忘れない」
東日本大震災を振り返り、何を学び、どう生かしていくのかを参加の皆様とともに考えたいと思います。
パネリスト
1. 「東日本大震災・大津波による岩手県被災地への小児科支援」
      岩手県小児科医会 山口淑子先生(岩手)
2. 「仙台市医師会における医療支援(仮題)」
      仙台市医師会 永井幸夫先生(宮城)
3. 「3月11日東日本大震災に遭遇して」
       佐々木小児科 佐々木文秀先生(宮城)
4. 「震災時の子育て支援-情報発信の重要性-」
      かわむらこどもクリニック 川村和久先生(宮城)
5. 「いち小児科医から見た震災と原発事故以降の福島県の現状」
      いちかわクリニック 市川陽子先生(福島)     」
このようなパネルディスカションがありました。
 そのときは、いま、東北への医療支援のニーズは特にない、もしくはニーズをつかみきれていないというご回答でした。

 このたびの外来小児科学会では、
「 座長:播磨 良一先生(はりま小児科)、永井 幸夫先生(永井小児科医院)

  9:00~10:30 神戸国際会議場1F メインホール

福島空港でのDMAT活動と南三陸町での救護班活動
    古家 信介先生(医)(国立病院機構香川小児病院小児科)
東日本大震災における、医療派遣報告
    柴野 貴之先生(医)(重井医学研究所附属病院小児科)
東日本大震災に鳥取県医師会JMATとしての医療支援に参加して
    岡空 輝夫先生(医)(岡空小児科医院)
大規模避難所・さいたまスーパーアリーナでの医療救護所運営の経験
    峯 真人先生(医)(峯小児科)
東日本大震災における当学会員の被災状況調査
    谷村 聡先生(医)(日本外来小児科学会総務委員会)
東日本大震災における小児科医の役割と情報発信の重要性
    川村 和久先生(医)(かわむらこどもクリニック)
震災後のインフルエンザウイルスモニタリング
    鈴木 陽先生(医)(東北大学医学系研究科微生物学分野)
阪神大震災の遺児・孤児への心のケアハウス「浜風の家」の今回の東日本大震 災への対応事業と今後の大震災発生時の対応新基準と
    京極 正典先生(医)(京極小児科クリニック)     」
という形で開催されます。
 有意義な情報交換を期待致しております。
 

******読売新聞(2011/08/21)******
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20110820-OYT1T00975.htm
 

被災地の医療 医師不足を克服する再生策を(8月21日付・読売社説)

 被災地の医療被害は甚大だ。日本全体の医療改革も念頭に置きながら、再構築していかなければならない。

 東日本大震災では、岩手、宮城、福島3県の380病院中、300病院が損壊した。うち10病院は全壊である。診療所も全壊約170を含め、2000か所以上が損壊した。

 被災県には、全国から多数の医療支援チームが駆けつけ、地元の医療関係者とともに診療活動にあたってきた。

 こうした支援は1週間ほどで交代を繰り返す緊急的なもので、先月までに、各地のチームはほとんど撤収している。

 地域の医療体制を速やかに作り直す必要がある。

 厚生労働省は、医療支援チームが常駐していた地域などに仮設診療所を建設する方針だ。そのための建設補助金13億6000万円を第1次補正予算に盛り込んだ。

 問題は人材の確保である。

 被災県は元々、医師不足が深刻な地域だ。少なくとも月単位で同じ医師が対応できるよう、腰をすえた支援が必要だろう。

 日本医師会など医療・介護関係の約30団体で作る被災者健康支援連絡協議会は、「医療者派遣システム」をスタートさせた。被災地からの要請で、全国の病院や医師会などが人材を送る仕組みだ。

 すでに、徳島県の医師が2か月間の予定で宮城県の病院に赴くなど、実績を上げている。

 このシステムが十分に機能し、将来も持続するならば、被災地以外の地域にも心強いものになるだろう。医師不足は地域によって深刻度に差はあれ、全国共通の問題であるし、突発的な医療空白はどこでも生じうるからだ。

 行政と地元大学、医師会などが協力して医療機関や人材を計画的に配置し、地域医療を効率化する視点も重要である。被災地が医師不足にあえぐ地域のまま「復旧」するのでは意味がない。

 宮城県では、東北大学が、沿岸部の医療体制を津波被害を免れた病院を中心として大胆に集中・再編する構想を示した。

 岩手県でも、岩手医科大学が、インターネットを利用して基幹病院と診療所や福祉施設が連携する「遠隔医療システム」の先進地をめざすプランを提唱している。

 大震災を機に、こうした様々な医療改革案が打ち出され、具体化への取り組みが始まっている。

 政府には、特区など法整備や財政措置で、被災地の医療再生を後押ししてもらいたい。

(2011年8月21日01時21分 読売新聞)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

8/19、うれしかったこと。10年ぶりの麦飯いとうの「冷しゃぶ定食」

2011-08-21 03:05:28 | 仲間・先生

8/19、うれしかったこと。

東京女子医科大学に学位(医学博士)取得の証明書をもらう用事で訪れました。

1996年~2001年まで、お世話になった大学病院。

大学病院の配置が大きく変わっていました。

かつてお世話になった心研こと「日本心臓血圧研究所」

 

おひるの時間であったので、久々に角をまがってみました。

今もありました。「麦飯いとう」

ほぼ10年ぶり。

魚料理がおいしいのに、当時よく頼んだのが、「冷しゃぶ定食」

かつてのように、今回も、「冷しゃぶ定食」を注文。

店のおかみさんも、なんとなく覚えていてくださったようでした。

マスターの場所には、息子さんがおられました。

顔の面影で、息子さんだとぴんときました。

時間が経てば、悲しいこともありますが、

10年ぶりでも、味が変わらず、おいしくいただきました。

また、立ち寄らせていただきます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

障がい者施策の進みを注目していきましょう。8/19第二回障害者専門部会 

2011-08-21 02:19:38 | 医療

 中央区保健医療福祉計画推進委員会の障害者部会第二回会合が8/19開催され傍聴。

 多岐にわたって、障害者施策についてはなされました。

 追って議事録が出されると思いますが、こちらで、出された話題をあげてみます。

 手元に配布資料などなく書いており、微細なところまで書ききれていない点はご容赦願います。

 

*虐待防止

 児童虐待、高齢者虐待の法律はおのおのあったが、18~64歳の虐待防止の法律がなかったところ、このたび整備された。

 

*発達障害

 今、学校においても問題が表面化しつつある。

 障害者専門部会でも、その内容を理解する必要があり、資料を出していく。

 

*専任教育相談員(臨床心理士等)の派遣 14名の相談員

 小学校週一回、中学校週一回、幼稚園保育園月二回

*特別支援教育アドバイザー 13名のアドバイザー

 小学校年3回、中学校年3回、幼稚園年2回、特別支援学級年3回

 

*就労支援において、好きなときにきて、好きなときに帰ってよいという働きの場を準備する

 引きこもり防止

 

*福祉センターの成人部、25名定員中24名通う

 

*レインボー明石に入所されているかたの高齢化

 働く場や居場所が必要

 

*知的障害者グループホーム「花だよりE」(仮称)

 入居定員7名、24年2月開設予定

 株式会社が運営

 

*第二期の自立支援協議会が今、動いている。

 三つの分科会、

 就労支援部会:離職防止

 サービス部会:成育手帳、三障害で使えるもの今年度中に

 地域移行部会:精神おける地域移行。知的や身体の場をつかることができないか

 

*個別相談支援体制の充実

 障害者自立支援法の改正(H22 12月)

 H24度から設置可能

 「基幹相談支援センター」の整備

 相談の一本化は可能か

 地域活動センターと別個か

 誰が入るか

 

*定期的に施設の開設者が顔を合わすことができる場

 

*災害時要援護者名簿 

 

*障害者の介護保険 

 介護+自立支援

 

などなど

 

 出された主な話題を列挙いたしました。

 聞きながら、感じたことを順不同で書きます。

 

1)障がい者支援を、ひとりの子をずっと見て行く、ひとつの相談窓口を開設できないか。

2)発達障害の子の対応を障がい者支援の施策の中に、うまく取り込んで行かねばならない。

 まずは、早期発見、早期対応。

 特に小学校に上がるまでに、対応を。

3)成育手帳を、ぜひ、有効に機能するものを作って行きたい。

 そのためには、医師、教師、ソーシャルワーカー、ケアマネージャーなど様々な職種によるチェックを。

4)今後、「基幹相談支援センター」の整備が話題にあがるが、ひとつには、「おとしより相談センター(地域包括支援センター)」の機能充実で対応できないだろうか。

 また、「基幹相談支援センター」は、「地域活動センター」とともに整備し、施設運営者が定期的に顔を合わせる場も設ける。

 この「基幹相談支援センター」が中心となって、障がいのある子を、切れ目なく見て行く。相談もこの窓口に一本化し、中心となって対応。

 「地域活動センター」では、たまり場機能ももたせる。

5)「入院中の精神障害者の地域移行の為の実態調査」平成21年実施の分析と、課題抽出を。

6)盆踊りなど地域の行事に楽しんで参加して行けるサポートを。

7)障がい者が介護保険を受ける場合、サービスの低下を来さぬように自立支援の制度で個々のケースに合わせ補完して行く対応を。

8)災害の場合の、要援護者名簿の整理と援護体制の整備を早急に。

 →ブログ:http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/b6171585346221b0cfb3f61cf27e4c1c

********今後の会の流れ******

推進委員会 10/17

 ↓

第三回障害者専門部会 11/7

 ↓

第三回推進委員会 12/6

 ↓

パブリックコメント

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

災害時への備え、大至急、要援護者名簿の整理と援護体制の整備を

2011-08-20 23:00:00 | 防災・減災

 本日8/20、所属する臨港消防団第二分団の定例会議が行われました。

 災害時要援護者名簿を把握し、災害時にその名簿に従って消防団が援護に入る体制が整える必要性を述べました。

 そのことに関しては、以前も、要援護者名簿を出していただけるように区と折衝したらしいが、個人情報保護の関係で、出されないということで終わっているようでした。

 昨日8/19の中央区保健医療福祉推進委員会障害者専門部会においても、町会代表者から、災害時の要援護者名簿が回ってこず、災害時の要援護者を町会員も把握することができないということが話題に上っていました。

 先日、障害者団体の代表の方と、東日本大震災を経験してのことで話し合いをもちましたが、ひとつの重要なテーマとして、災害時の要援護者名簿のことがありました。

ブログ→http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/91ac0bbb5ac27c8a308fe661e380c3b4

 

 現在、中央区では、あらためて要援護者名簿の整理をしているところです。

 →中央区ホームページ(下記参照)

 

 要援護者名簿が実際に災害時に有効に使うことができるように体制整備が急がれます。

 災害が起きてから、名簿を出すのであれば間に合いません。

 携帯電話も通じず、名簿にそって援護者を派遣する体制を災害時に指示を出すことも、きっと難渋することでしょう。

 前もって、民生委員や消防団、町会防災担当者らが、要援護者を把握し、それぞれが援護に入っていくことが有効に機能する第一歩だと考えます。

 また、個人情報保護との関係が、どうしても出て参りますので、この部分に関しては、取り扱いの手順や法的な整理を、中央区情報公開・個人情報保護審議会http://www.city.chuo.lg.jp/kusei/kuseiomizika/huzokukikan/zyohosingikai/index.htmlが答申を出す形で行っておく必要があるのではないかと考えます。

 早急なる整備をどうかよろしくお願い申し上げます。

 

*****中央区ホームページより******

http://www.city.chuo.lg.jp/koho/230721/01_04/index.html

 

災害時たすけあい名簿 登録制度のご案内

災害時に一人で避難できないなど、地域の手助けを希望する方は「たすけあい名簿」登録制度をご利用ください。

対象
65歳以上でひとり暮らしの方、要介護状態の方、身体に障害のある方、精神に障害のある方、知的障害のある方、難病の方など

◎対象の方には8月中旬に申込書を郵送します。
◎名簿の使用は、災害時の地域でのたすけあいに限定し、区内の警察署、消防署、防災区民組織(未組織の場合は町会)および民生委員に配布し、日頃から災害に備えます。

内容の変更について
すでに登録されている方で緊急連絡先などに変更がある方は8月中旬に送付する申込書を記入してください。

◎詳しくはお問合せください。

【問合せ先】 
高齢者福祉課高齢者福祉係
電話 03-3546-5353
ファクス 03-3248-1322

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

8/2日本原子力学会『福島第一原子力発電所事故と原子力安全に関するシンポジウム 』

2011-08-19 17:53:54 | 築地を守る、築地市場現在地再整備

 日本原子力学会のあり方がマスコミでも取り上げられています。

 こちらでも、見ておきます。

*****毎日新聞(2011/08/03)******
http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20110803ddlk08040112000c.html

原子力シンポ:東海村で開催 村長、パネリスト批判も 原発事故から議論ずれ /茨城

 東京電力福島第1原子力発電所事故と原子力安全を考えるシンポジウム(日本原子力学会主催)が2日、東海村で開かれた。大学教授ら専門家によるパネルディスカッションが行われたが、議論は核テロ対策やリスク論など、原発事故と直接関係のない方向へ。村上達也村長が「住民や国民を守ることに視点を置くべきではないか」と声を荒らげる一幕があった。

 この日は、定員の倍に当たる約400人の一般村民らが出席。原子炉工学の専門家らによるパネルディスカッションで、発言を求められた村上村長は「原発事故から議論をスタートすべきなのに、自分の専門から議論をしている」とパネリストを批判。さらに「住民を守る視点がないと、原発なんて運転できない」と発言すると、会場からは大きな拍手が上がった。

 村上村長は冒頭のあいさつでも「地震多発列島に原発を抱えていたこと自体、正気のさたではない」と強調。「脱原発の思想、理念を国民全体で考えるべきだ」と述べた。【大久保陽一】

*****以上*****

 実際に行われたシンポジウムは以下。

******日本原子力学会ホームページより*****
http://www.aesj.or.jp/information/fnpp201103/chousacom/gb/tokaisymp20110802/tokaisympindex.html

福島第一原子力発電所事故と原子力安全に関するシンポジウム

日時: 2011年8月2日(火)13:30‐17:30(13:00開場)(終了)
場所: テクノ交流会リコッティ
     茨城県那珂郡東海村舟石川駅東3‐1‐1
主催: 一般社団法人日本原子力学会「原子力安全」調査専門委員会技術分析分科会
後援: 茨城県東海村

<当日発表資料>

地域からの問題提起・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 東海村 村上達也、前田 豊
 村上様資料  前田様資料
福島第一原子力発電所事故の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・東京工業大学 二ノ方 壽
事故収束への道、教訓と対策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・東京大学 岡本孝司
リスクとは何か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大阪大学 山口 彰
放射線影響・防護・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ JAEA/J-PARCセンター 柴田徳思
パネルディスカション「原子力安全をどう考えていくべきか」
      コーディネータ 岡本孝司、パネリスト 前田 豊、二ノ方 壽、山口 彰、柴田徳思、三瓶正三(原子力防災研究会)
 三瓶様資料

*****以上******

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする