波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

白百合を愛した男    第83回

2011-04-08 10:49:30 | Weblog
エレベーターを降りると、薄暗い廊下のようなところを歩く。その突き当たりに黒いドアに金色にあしらった看板の前に出た。軽くノックするとすっとドアが開き蝶ネクタイをした男が一礼をしている。三人が入ってゆくと「早い御着きだったわね。」と声がした。
見ると、先ほどまで割烹着にエプロンだった女将が、ブルーのロングドレスに髪をアップ
にして、立っていた。まるで人が変わったかのような早代わりである。あっけにとられながら、席へ案内される。まだ9時前とあって客もほとんどいない。そんな中奥のボックスシートに腰を下ろすと、えらいさんは何故かホッとした様子で表情が緩んだ。どうやら此処がお気に入りらしい。しかし、昼間眉間にしわを寄せながら、ぶつぶつと若い者に文句を言いながら書類に目をやり、社内の廊下をもたもたと歩いている人が、夜になるとどうしてこんな行動を取るのだろうか。確かに自分達も、夜の社外行動が無いわけではない。
しかし、それらには列記とした大義名分があった。それは大事なユーザーの招待であったり、会議の打ち上げであったり、慰労会であったり、お祝いとかである。
しかし、この流れは全く違う。単なる内輪のプライベートな行動で、何処から見ても、何の意義も考えられるものは無かった。むしろそれが煩わしいので、避けているのかもしれない。始めてこんな所(高級クラブ)へ連れて来られて、何の目的で、何をすればよいのか見当もつかず、ただぼんやりを坐っていると、「いらっしゃいませ」と笑顔で挨拶をしながら、客の間に一人ずつ、ホステスが坐った。程なくピアノの演奏が流れ、何となく
それらしい雰囲気が漂ってきた。デーブルには高級ブランデーが置かれ、グラスに注がれ、乾杯が始まる。えらいさんはそのグラスには手をつけず、ウーロン茶を手にしている。客が同伴で入ってきて、ボツボツと席は埋まり、カウンター前のホステスの動きも忙しくなる。そろそろこの店の時間になっているのだろう。何人かの客がピアノに合わせて歌っている。何時もカラオケやギターと違った雰囲気である。
えらいさんは隣に坐っているホステスと、何か楽しそうに話している。時々ママが顔を出し、何か欲しいものが無いかと聞いている。お供のわたしたちは所在無さに、ただ虚しく時間が過ぎるのを見守るしかないのだが、心の底で、「自分達は何のために、何をしているのだろう」とそのことだけがずっと消えず、ひたすら顔色を伺うのみであった。
やがて気が付くとラストの時間になっていた、ママが挨拶代わりに「そっとお休み」の歌を歌いながらお礼を言っている、客は三々五々消えていた。「いつもの所へ車を呼べ」と命令した。

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