波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

泡粒の行方    第49回

2016-03-03 11:09:09 | Weblog
毎日が楽しく新鮮だった。何も考えずひたすら仕事に熱中し忙しいこともいやなことも忘れていた。結婚して子供も二人できていた。特に二人目に男の子が出来たときはうれしかった。なぜか親からどうしても男の孫がほしいと言われていた。それは兄の子が二人とも女の子で次男の欽二に男の子が出来ないと跡継ぎが射なくなることを恐れていたらしい。
欽二は真面目にどうしたら男の子が生まれるかを考えていた。本屋の立ち読みで見た「食事療法とセックスの持ち方」で80%の確立とあるのを信じて実行することにした。そして生まれた男の子であっただけに特別だったかもしれない。何しろ全てに親の指示(特に母親)がきびしかったのが影響していたのかもしれない。
しかしそれも仕事の忙しさと夜の付き合いの時間に追われて何時しか妻に任せきりにして子供と遊ぶことや学校のことなど全ての家事から遠ざかっていた。
子供の頃親に連れられて日曜学校へ行き、成人式に洗礼(信仰告白)をして教会へ熱心に通っていたこともすっかり忘れていた。自分で何でも思うようになり束縛から解放された状態は何でも好きなことができると言う聖書にある「放蕩息子」の状態だったのである。
家庭があり、仕事がありながら東京の真ん中でいるうちに罪の中に染まっていたのである。
仕事の途中で銀座にある交通会館へ行くことがあった。此処には旅券発行の手続きをするところもあり昼の休憩時間には便利で食事をしたり本屋へ立ち寄ったりしていた。
ある日のこと其のあたりをぶらぶらしていると一人の女性に出会った。どこかで見たことがあるような気がしてみていると、向こうから「あら!」声をかけられた。
小学校時代の幼友達であった。すっかりおばさんだったが子供の頃の面影が残っていた。
「染谷さんじゃないか」とお互いにやっと思い出していた。偶然とは言え不思議な思いである。
学童集団疎開のとき男子生徒と女子は別れ別れになり、その後は戦災でちりちりばらばらで分かれて以来である。