波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

パンドラ事務所   第八話  その1

2014-04-18 16:16:22 | Weblog
一人暮らしをしていると他人や家族に気を使うことがないが、何かし忘れをしているような錯覚をおぼえて落ち着かないことがある。青山は密かに一日をどうやって大事に過ごすことが出来るかと言う思いを忘れないように考えていた。それは自分の存在感であり、生かされているものの使命感とも思って「タイムスケジュール」のようなマニュアルに沿って行動するようにしていた。それには炊事、洗濯、掃除、花の手入れ、自己体操などもある。週に一度の買い物を兼ねた散歩は出来るだけ天気の良い時をねらっている。もちろん事務所の生活も欠かせないのだが、こちらは自己都合でどうにでもなるので気が楽である。
しかしこのリズムが突然の来訪者で壊れてしまうことがある。その日も一本の電話が入り、そこからその日のスケジュールはすっかり変わってしまった。
「青山さん、今お話ししても良いかしら」遠慮がちではあるが、こちらの都合も聞かないでドンドン話しそうな勢いである。「悪いけど出来るだけ早く会いたいんだけど、家まで来てもらえないかしら」といきなり強引な要求である。「どうしたの。何があったの」というと「来て貰ったらゆっくり話すから時間を都合して私の家まで来てくれないかしら」電話の主は80歳はとうに過ぎている婆さんである。ある会合で知り合い、妙にウマが合い、何となく気楽に話している内に偶に電話がかかってきて、近況を話す中になっていたが、それ以上でもなければ普段は忘れていたのだが‥‥今回の電話での呼び出しでどうしたものかとためらったが、一人暮らしの婆さんの頼みとあって、むげに断ることも出来なかった。
「じゃあちょっと片付け物をすませたら、午後から出かけますよ。おうちはどこですか」というと武蔵野線を所沢へ向かっていくつか行った駅と指定された。
初めて乗る電車でもあり、好奇心も手伝って行ってみることにする。
家に着くと「上がって、上がって」とせかされて居間へ案内された。テーブルにはお茶の用意がしてあり、こぎれいに掃除もできてお茶菓子まで添えてある。
「暫くですね。こちらで一人暮らしですか。優雅ですね。元気にしてましたか。」
「普段は一人ですけど、息子と娘が適当に来てくれるので、安気にしています。この頃は足が不自由になって歩くのはしんどいですけど、まだ杖は使っていませんよ」と話はとどまらないで続きそうである。「確かご出身は新潟でしたよね。」「新発田ですよ」と言う。「新発田」と聞いて青山は遠く忘れかけていた会社時代の記憶が急によみがえってきた。