波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

波紋      第41回

2008-11-17 12:24:18 | Weblog
松山は営業販売の担当として、いつの間にか大きな責任を持たされていることを知り、重い荷物のような重圧を感じていた。小林は相変わらず、親会社のD社との連絡係が主な仕事の湯で、現場は任せっぱなしであった。
その小林の様子が最近になっておかしいことに気がついた。夜のお付き合いが減ってきたのである。いつもなら五時ごろになると、そわそわと電話の来るのを待っているか、あらかじめ集合場所が決められていると、「予定があるから」とそそくさと出て行くのに、「お先に」と声を掛けて、帰っていく。
身体でも悪いのか、何か家庭に問題でもあるのかと、小さい所帯なので、どうしても気になる。風間女史にそっと聞いてみると、「所長の奥さんが具合が悪いらしいの、子供さんに任せられないので、お家のことをしているみたい。」「病気かい。」「そうらしいわ、それも普通の病気じゃないらしいの。」「何、」「あんまり大きい声でいえないんだけど、アルツハイマーみたいらしいわ。」「そりゃあ、大変じゃない。入院しているの。」「それが入院しても、駄目なので、昼間は家政婦さんで介護してもらって、夜は所長が面倒見ているらしいの。」「それじゃあ、所長も大変だろうな。でも、病気じゃ、遊んでも入られないよな。」
松山は自分の家のことを思い、家族が健康であることをおもい改めて、ほっと胸をなでおろしていた。
半年に一回の予算作成時期が迫っていた。松山はこの時期が一番憂鬱である。会議では必ず、その実績と予算の数字の誤差について検証があり、その原因の説明でつるし上げを食うことになる。「言い訳」はたいていの場合、みんなが聞いているようで、聞いていない。当に冷たいものである。「松山君。筈だったとか、想定外だったとか、これだけ違うんじゃ、予算なんか、意味無いよ。」そんな時、松山は立場の違いとはいえ、悲しくなる。もっとも、実際にお客と接していない人たちにこの気持ちはわかってもらえるとも思わないが、現実の厳しさに考えさせられるのだ。
「今度の予算が出来たら、一度シンガポールへ行って来い。」「えー。私がですか。」突然の思いがけない本坂社長の声に松山は驚いた。全く予想していなかったし、そんな機会があるとは思ってもいなかった。「やっぱり。売る人間が作っているところをちゃんと知ってなきゃ元気も出ないだろう。小林と一緒に良くみてくるんだな。」その目は暖かく、言葉は乱暴だが、励ましの愛情があった。