く~にゃん雑記帳

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<大和神社・ちゃんちゃん祭り> 古都奈良の〝祭り初め〟 200人余の大行列!

2013年04月02日 | 祭り

【山の辺の道・中山のお旅所まで「ドンドン」「チャンチャン」と】

 「祭り初めはちゃんちゃん祭り、祭り納めはおん祭り」。奈良では古くからこういわれてきた。その「ちゃんちゃん祭り」が1日行われた。天理市の大和(おおやまと)神社を出発した大行列は約1時間かけて、小高い所にあるお旅所・大和稚宮(おおやまとわかみや)神社へ。鉦鼓(しょうこ)の「チャンチャン」の響きが、菜の花の咲くのどかな山里に春到来を告げた。

 

 大和神社は「旧官幣大社」の社格を持ち、一時は伊勢神宮に次ぐ広大な社領を有していたという。戦艦大和には祭神の分霊が祀られていた。戦後は大和が撃沈された4月7日(昭和20年)に毎年、犠牲となった英霊の慰霊祭が行われる。境内の一角には「戦艦大和 ゆかりの神社」の石碑が立ち、戦艦大和の模型などを飾った展示室も設けられていた。

 長い参道脇には数十店の露店が並び、行列が出発する1時間前の午後1時頃になると見物人も急増。その露店を頭人児(とうにんご)と呼ばれる稚児2人が回って、年季の入った〝龍頭〟の口をカタカタ開け閉めしていた。商売繁盛を祈願しているようで、露天商も手慣れた様子で売り物の菓子などを包んで渡していた。

 

 

 祭りを支えるのは9つの町(頭屋)の氏子たち。行列の参加者は200人余で長さは200mを超えた。鉦鼓や太鼓、天狗の面を着けた猿田彦を先頭に錦旗、小幣、神輿、各町内の旗などが続く。かわいいポニーを含め馬も6頭参加していた。神社を出た行列は集落内の「上ツ道」を南に進み、神輿は途中の「腰掛け石」で一休み。その後、国道を渡って田園の中の長い坂道を上ってお旅所に向かった。

 お旅所は「中山大塚古墳」のすぐそばにあり、到着すると各町ごとに旗を立て会食が始まった。酒やビールが酌み交わされ次第ににぎやかに。一方、隣の神前では神職や各町の責任者が参列し、厳かにお旅所祭が執り行われた。その奥では馬たちがしきりに草を食んでいた。

 

 立て看板「大和神社御旅所の由来」によると、「橘花神事のちゃんちゃん祭りに天皇(または勅使)が参列、1400年前に始まる。その以前橘花祭りは今から約2000年前に始まる」。実に長い伝統を誇る祭りだが、ここでも人手不足に直面しているようだ。「最近は若手がだんだん少なくなってきて……」。行列の途中、年配の氏子の1人がこうこぼしていた。

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