経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

スローガンを政策にした官僚たちのアベノミクス

2018年03月18日 | 経済
 「経済を良くするために、大胆な金融緩和が必要」と叫ぶだけなら誰でもできるが、それを「2%の物価目標、2年で達成、2倍の資金供給と国債期間」という方策、すなわち、「どうすれば」へと落とし込むには専門的な能力がいる。軽部健介さんの『官僚たちのアベノミクス』は、政治スローガンがどのように異次元緩和という政策へと形成されていったのか、その過程をつぶさに描いている。その効用は別として。

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 5年経った今からすると、円高を是正したという意味で、異次元緩和の第一弾までは成功だったと言えるだろう。むろん、それなしで実現されたのかもしれないが、少なくとも時宜には合っていたし、輸入物価高による消費冷却という弊害が目立つ、第二弾以降の金融緩和と分けて評価すべきだろう。また、マクロ経済の安定化という点で、日銀による国債の大量購入は、時代を画すものになると思われる。

 異次元緩和は、目標を達成できなかったが、その可能性がまったくなかったわけではない。円安が輸出急増に結びついていた場合だ。ただし、消費増税をしてもなおとなると、米国との摩擦によって、早期の政策転嫁を迫られ、結局は瓦解する展開になっただろう。消費増税の見送りは、「リフレ派」の範疇をはみ出るもので、金融緩和に加えて財政もとなれば、筆者のようなオールド・ケインジアンと変わるところがない。

 その財政は、アベノミクス三本の矢で「機動的な」と銘打たれたように、初めから「一時的な」ものと理解されており、軽部さんの著書の中でも、うかがい知ることができる。実際、財政出動が行われていたのは2013年に限られ、補正後の歳出予算は、未だこれを超えていない。他方、増税と税収の伸びがあり、緊縮財政で収支は大きく改善した。これが景気回復の実感の無さ、生活の苦しさにむすびついているわけである。

 そして、三本目の矢である成長戦略は、雑多な産業政策の寄せ集めでしかなく、マクロ的な効用は、期待する方が無理だった。唯一、マクロでカウントし得る法人減税は、1兆を費やした割には、内部留保が膨らむばかりで、設備投資や賃金の増加に力を発揮したと評する者は、ほとんどいない。しょせん、設備や人材への投資は、輸出や内需を見てなされるのであり、緊縮で需要を抜いていては、利益率の「砂糖」をまぶしても虚しいのだ。

(図)



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 異次元緩和の大きな特徴は、日銀による国債の大量購入である。また、その表裏をなすものとして、公的年金の積立金を運用するGPIFの国債の保有から株式や外債の拡大への転換がなされた。軽部さんの著書も、アジェンダとなった経緯を記している。論点としては、財政規律と安全運用の確保が重要となる。すなわち、将来のインフレや金利急騰を招かないか、積立金の価値や利回りを損なわないかである。

 日銀による国債の大量保有は金融緩和の結果であるが、マクロ経済の安定化のために、重要な役割を果たすように思える。財政規律を緩めるとの声が専らとしても、民間が保有するよりは、遥かに安定度は増す。要は、これに慢心せず、穏健な財政を行えるかであり、マネジメントは別の方法でも可能だ。むしろ、企業の投資行動に不合理さがあれば、必須の政策と、将来、位置づけられるかもしれない。

 また、GPIFが運用の重心を国債から株式・外債へと移したことも、中期的に成功を収めている。金融緩和によって、株高と円安が実現し、これが維持されているわけだから、負けようのない戦略的組合せとも言えよう。裏返せば、いずれ金融緩和が終わる中で、株高と円安が維持できるかがカギとなる。その際、実体経済が好調なら心配はない。企業収益が株価を支え、好調な内需が輸入を増やし、貿易黒字を膨らませなければ、レートを保ちやすいからだ。

 危いのは、内需が弱いのに消費増税を行う緊縮財政を敢行し、収益を直撃したり、黒字を米国に責められたりすることだ。こうなると、金融緩和ではとてもカバーできない。結局のところ、放漫でも、緊縮でもない、穏健な財政が貫けるかになる。成長には需要管理が決定的に重要という「正解」を誰も理解していない中で、現実感を持って「正解」を選び出していかなければならない。それが本当の課題だ。

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 「大胆な金融緩和」というスローガンから、現実的な方策が探られ、円高是正に加え、望外の国債安定化も実現した。このように、いつも政策化が上手く紡ぎ出されるわけではない。アベノミクスは、景気回復を第一とする世論を背景に、エリートやインテリが嫌う消費増税の延期を二度も押し切ることで、現在の成長を手中にできたのも事実だ。権力のチェック&バランスは、かくも難しい。そして、次の消費増税に向けては、まるで無計画だった前回とは異なり、経済財政諮問会議が需要管理に取り組むようである。果たして現実的な方策に結実するのであろうか。オープンな議論に期待したい。


(今日までの日経)
 重老齢社会が来る。だれが政策をつくるのか・桃井裕理。ヤマト全運転手 正社員に、3000人転換 事務職も3年で無期に。長寿生かし成長力・前田佐恵子。企業の稼ぐ力、米欧に迫る ROE、17年度 初の10%。

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