中共との決別
この国の経済界、学者も含めて所謂知識層と呼ばれる人たちの価値観は、偏に豊かな生活を送れることであるらしい。あれだけ中共が無謀な行動をし、中共の要人が無礼な暴言を吐こうが、誰一人正面切って異議を発する者はいない。二言目には中国とは輸出も輸入も一番多い関係だから、中国抜きにして豊かな生活が送れません。従って「好き嫌いは別にして、かの国を理解する必要がある」と宣う。
この21世紀は過去の悲惨な戦争の反省から、「法と秩序」を国家間で共有することで、国際連合があり、自由貿易も国家間の信用の下に成り立っている筈である。
中共は違う。未だに軍事力と経済力を楯に弱小国、弱小民族を従わせようとしている。人権問題などで、北京オリンピックの前くらいまでは、ヨーロッパ諸国は中国に異議を挟み、西洋の人権活動家は積極的に中国を批判していた。
ところが、経済的にEUの力が落ち、米国の力も落ちて、中共ばかり膨張している現代では、自国経済の中共依存が高まり、中共批判は封印された。今やその中共を正面から批判するのはトランプ大統領くらいとなっていた。コロナがあり、ヨーロッパ諸国もようやく中共への嫌悪感を露わにし始めたが、経済的縛りには抗しえないのが現実のようだ。日本政府や日本の財界も未だに人権など建前主義で、米中の狭間でうまく立ち回ろうとしている感がある。
確かに過去の日米経済戦争の実績から米国も油断はならないとする向きはある。しかしわが国にとって米国は唯一の同盟国なのだ。腹を括ってここは一緒に中共に立ち向かう必要がある。オーストラリアは先陣を切って中共批判で、「牛肉を買わない」など脅しを掛けられていたが、牛肉需要は自由主義諸国にも十分あるわけで、「なら売ってやらないよ」で良いのだ。
兎に角中共との交易は最小限にする必要がある。それで日本の経済力が削がれても、独裁国家に支配されるよりましである。とは考えない人も多くいる。豊かに暮らせれば国家の体制などどうでもよい。いちいち国の政治に文句言ってもしようがない。「独裁者が居ればその方に任せましょうという」という輩で、現在の中国本土にはそのような人間が溢れている。西洋人に虐げられた歴史があり、それも分からぬことではない。
しかし、立ち返って、人間の幸せは経済が一番ではない筈だ。勿論「お金」国家の経済は非常に重要ではあるけれど、それはあくまで、人生にとっても国家にとっても手段であって究極の目的ではないことをあらためて知るべきであろう。政治家も財界人も、国家のリーダー層は哲学を取り戻すべきなのである。