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田舎暮らし雑感2019(13)

2019-11-13 16:20:46 | 日記・エッセイ・コラム
2019年の実家での独居老人暮らしも残り1週間になった。2003年に早期退職後、自宅を母の自宅介護と長期滞在できるよう改築し、徐々に田舎暮らしの時間を増やして来た。その数年後母は脳梗塞で入院、リハビリ入院を経て介護施設に入居し、3年前に死んだ。

この数年は春から秋にかけて東京と田舎を行き来し、年の半分を田舎で過ごすようになった。3年前に母が死んでからも相続した実家と不動産等の管理の為に引き続き田舎に滞在しているが、費用削減の為往来を減らし継続して滞在し、独居老人の食事など生活費を切り詰めてやって来た。

帰京すると質素な独り暮らしと家族の豊かな(?:ケチな田舎暮らしに比べ)暮らしにカルチャーギャップを感じる。帰京日程が迫ってくると何時までこのような二重生活が続けられるか考えこむようになった。とすれば、元気でいる間にやれることを出来るだけやらねばという思いだ。

その中でも優先順位の高かったのは、江戸時代からの「いわくつきの不動産」の処分で、来春にも終了する見込みとなったのは良かった。詳しい事情を知らない都会育ちの息子にはすっきりした形で相続させたかった。幸い買い手の方も私と同じ年代で、元気な間にスッキリさせたいと考えていた。

両者に共通するのは資産を保有する父親が早くに亡くなり、他家から嫁いだ母親に全てを任されてしまったことだ。子育てと現在の資産管理だけでも大変、ましてや歴史を遡ってファミリーヒストリーなんぞと言われても優先度は低い、引き継げなかったとしても母親の責任など問えない。

私は祖父と父親が早死にしたので家族の歴史は聞けなかった。曾祖父の時代に残された文書と昔を知る住職から聞いた知識等々だけ、何分の一かは息子達に引き継げるかも知れない。残された時間を費やして出来るだけ自分は何者なのか調べて引き継ぎたいと思う。

実は、そんな境地になったのは残された時間が余り無いと感じた時で、私が子供達の年代の時に父に聞きたいなぞと思ったことはなかった。幼い頃に田舎で父と住んだので何気なく雰囲気を感じていただけだ。大人達は、祖父と父を無視して曾祖父の名前を出し彼の跡取息子と言われてた。

子供や孫が興味を持ってくれる為には、私が出来るだけ生き延びて実家に興味を持ちたまに田舎を訪れることだ。今年の夏は経験したことのない多雨で家のあちこちにカビが生え、都会暮らしの長男家族が折角来てくれたのに嫌な思いをさせた。昔からの出入りの建設会社に実家を見て貰い、湿気で傷んだ部分の改修提案を受け、そのまま了解して来春施工の予定だ。

改修にはほかの目的もある。家内と相談し小学3、4年生の子供を田舎に旅行させ母親と過ごしたことを孫も経験させたらと思う。勿論、子供夫婦の考えは私達とは違うかもしれないし、受入れ側が気が利かないジーサンの私の問題もある。なので、今回は最低限の改修に留めた。

この齢になって食事は自炊だと聞いて大抵の人は驚く。味は二の次で、生きていく為の栄養摂取だと割り切り、最低コストと時間短縮で料理する。そう目標を明確にすればそれなりに達成感も出て来て苦にならない。家内の勧めで冷凍食品を利用、味はレストラン並みでバリエーションも増えた。

9月に前歯が欠け治療を始めて以来、次々と虫歯が見つかった。西日本豪雨以来治療をお願いしている若先生は、私の帰京日程に合わせて約2ヵ月で6ヶ所の治療をやって本当に貰い助かった。お蔭で看護婦さん全員と仲良くなれ別れを惜しんだ。スーパーのレジ係りや散歩仲間の主婦、ご近所のお婆さんともお別れの挨拶を済ませた。女性だけじゃない、先週は恒例の庭師にも挨拶。■
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