2023年4月のメディカル・ミステリーです。
The cause of a young runner’s intense leg pain wasn’t what it seemed
若いランナーの強い足の痛みの原因は考えられていたものとは違っていた
A frightening aborted run led to the discovery that previous surgeries had missed the root of the problem
ランニングを中断せざるを得なかったゾッとするようなできごとが、過去の手術では問題の根本的原因が見落とされていたことの発見につながった
By Sandra G. Boodman,
(Cam Cottrill for The Washington Post)
長い一日だった。Cathryn Roeck(キャスリン・レック)さんはストレス解消のお決まりの日課――仕事の後のランニング――に向かった。自分自身を表現する代名詞として “they and them” (女性男性のどちらにも分類されない性別)を用いている Roeck さんは 2021年10月、心地よい夕闇に向けて出発、自宅から約1マイル半(約2.4km)に差し掛かった時、突然両下腿の後ろ側に強い圧迫を感じた。
「あれほどの痛みを感じたことはありませんでした」ミネソタ州 Rochester(ロチェスター)に住む現在27歳の Roeck さんは思い起こす。「両足が燃えるような感じでした」
Roeck さんはスピードを歩く速さに落としたが、足を持ち上げるのが難しく、両足にしびれがみられた。高まるパニックを抑えようとしたが、自宅の誰にも電話で連絡がとれなかったため、Roeck さんの家に車で来ていた仕事仲間に電話をし、現在は Roeck さんの妻となっているガールフレンドに伝えてもらうと、彼女は大急ぎで駆けつけ Roeck さんを車に乗せた。
自宅に戻ると Roeck さんはソファーに横たわり、両足を高くしてアイスパックで包んだが、痛みと挫折感で涙を流した。2年前に受けた下肢の痛みを和らげるための辛い手術はなぜ失敗したの?と Roeck さんは疑問に思った。知らないうちにひどい痛みを起こすような何かをしてしまったのだろうか?と。しかし翌日には Roeck さんは苦もなく歩くことができ、わずかな筋肉痛がみられただけであり、自分が大げさに反応していただけだったのだろうかと考えた。
数ヶ月後、Mayo Clinic(メイヨクリニック)で臨床研究のコーディネーターをしているRoeck さんは驚くべき真実を知った:過去の手術は不必要なものだったのだ。というのも、問題の根本的原因が見逃されていたのである。Roeck さんのケースでは、別の手術が必要となることを意味していた。
「私は腹が立ちました」と Roeck さんは言う。疑うことなく最初の手術を黙諾したことを後悔している。その手術は回復に数ヶ月を要し、両足にそれぞれ5インチ(約13cm)の手術痕が残っていたのである。
「自分があまりに solution-focused(解決志向)で、大局的な広い視野で見ていなかったし、『これ以外に何か可能性はありませんか?』と問うことをしなかったと思います」と Roeck さんは言う。
Possible shin splints shin splint(脛骨過労性骨膜炎)の疑い
Roeck さんの最初の症状は、ウィスコンシン州の高校のクロスカントリーチーム在籍中に出現した下肢に痛みだった。両足の向こうずねからふくらはぎの後ろ側に放散する痛みは当初は間欠的だったが、Roeck さんが大学3年生になるころには非常に痛みが強くなり、競技のシーズンを終えることが不可能となった。
「それは大変重度の shin splints(脛骨過労性骨膜炎:筋肉、腱、および脛骨を覆う組織の炎症が原因)、あるいは stress fracture(疲労骨折)かもしれないと思いました」と Roeck さんは思い起こす。「私は約1マイル半走ると足を引きずっていました」走っていると Roeck さんの下腿は腫れ、青紫色の色合いを帯びるようになり、時には左足を引きずる状態となった。しかししばらく休むと痛みはすぐに弱まり、色調も正常に戻った。Roeck さんはその症状を無視しようと努めた。
「私たちはあまり頻回に医師を受診しない家族でした」と自身の家族について Roeck さんは言う。約30分休むと痛みが消失していたためこの症状には受診のメリットはないように思われた。「もしこれがひどくなれば明日にでも行ってみよう、といつも考えていました。しかし翌朝には良くなっていたのです」
Roeck さんにとってランニングはスポーツ以上のものだった。11歳以降、後には薬物治療も必要となっていたうつ病や不安神経症と戦うための健康増進法の不可欠な部分だった。
Roeck さんの両親が離婚したとき、ランニングは「起こっていることすべてを考えないようにしてくれました。ヘッドフォンをつけ30分から45分間、世界を忘れることができたのです」
2018年大学4年生のとき、Roeck さんはトライアスロンのトレーニングを始めた。これは4分の1マイル(約1,600m)の水泳、12マイル(約19km)の自転車、そして5km のランニングからなっていた。
ランニングが問題だということがたちまち明らかになった。Roeck さんの足の痛みはより頻回で重度となり、完走することができなかった。Roeck さんは physician assistant(準医師資格者)を受診、そこからスポーツ医学を専門とするプライマリケア医に紹介された。
その医師は Roeck さんに、その症状は次の3つのうちのどれかである可能性が最も高いと説明した:一つは shin splints、次にstress fractureと呼ばれる繰り返される酷使によって生じた骨の小さなひび、そして三つ目は chronic exertional compartment syndrome(慢性運動性コンパートメント症候群)と呼ばれるやや頻度の低い疾患である。
下腿は、その中を神経、筋、および血管が走行する、fascia(筋膜)と呼ばれる膜で覆われた4つの compartment(分画)からなっているが、筋膜が十分に広がらない人がいる。繰り返す活動は血流を減少させ、神経や筋への酸素の分配が妨げられ、筋肉内の圧が上昇し徐々に筋が障害されていく。
しばしば外傷によって引き起こされる医学的緊急事態である acute compartment syndrome(急性コンパートメント症候群)と違って、慢性コンパートメント症候群はしばしば overexercising(過度な運動)が原因となり休むことで回復可能である。
X線検査では stress fracture の徴候はみられなかった。Roeck さんのスポーツドクターは理学療法を処方した。Roeck さんは、片足立ちでバランスをとるときなどふくらはぎの筋肉を使うたびに、足がズキズキと痛みしびれを感じることに気づいた。3ヶ月後、理学療法士は、Roeck さんに改善はみられず、足のしびれからは慢性コンパートメント症候群が示唆されると話した。
数週間後、Roeck さんは compartment pressure testing(コンパートメント内圧測定検査)を受けた。これは筋肉を麻酔し、装置に接続されている針を刺入してトレッドミル上でのランニング前後のコンパートメント内の圧を測定する検査である。圧の上昇は慢性コンパートメント症候群の可能性を示唆する。この疾患は、安静、異なる筋肉を使うクロス・トレーニング、あるいは他の非外科的な方法により治療される。そしてもう一つの選択肢は fasciotomy(筋膜切開)である。これは神経や筋を覆う筋膜を切開して上昇した圧を軽減させる手術である。
Roeck さんによると医師が麻酔の必要はないと言ったため、内圧測定検査は麻酔なしで行われたが非常に痛いものだった。検査では境界域のコンパートメント症候群が示された;圧はわずかしか上昇していなかったのである。Roeck さんは以前自動車事故後に肩を手術してもらった整形外科医に紹介された。
「彼はこう言いました。『もし症状があるのであれば手術することは可能です』と」2019年2月のその整形外科医との面談について Roeck さんはそう思い起こす。手術しなければランニングは痛みを起こし続けるだろうとその医師は説明した。
Roeck さんは走り続けたい思いが強かった。約2週間後、その医師は左足の4つのコンパートメント全てに手術を行った。3ヶ月後、同じ手術が Roeck さんの右足にも行われた。
回復には数ヶ月かかった。Roeck さんは左下腿にひどい腫れがあり、2019年7月には突然の足関節の硬直があり転倒した。11月、その整形外科医は3度目の治療を行い、右足関節のサッカーによる古いけがで生じていた瘢痕組織を掻爬した。
その6週間後、約1年ぶりに Roeck さんは短い距離を痛みなく走った。問題は解決したかに思われた。
(Courtesy Cathryn Bottem)
Cathryn Roeck さん(左)とその妻 Kaely Roeck(ケイリー・ロック)さん。Cathryn Roek さんは稀な疾患に対して2度の辛い下肢の手術を受けた。「あれほどまでに長く痛みを深刻に考えないまま限界点に達するまで突き進むようなことをしなければ良かったと思っています」とCathryn roeck さんは言う。
The pain returns 痛みが再発する
しかし症状が緩和していた期間は比較的短かった。2021年夏、Roeck さんはミネソタに転居し、新たに5km のランニングのトレーニングを始めたところふくらはぎの痛みが再発した。さらに Roeck さんは仕事で立っている間に下腿の痛みを経験するようになった。
「多分それは shin splits だと思いました」と Roeck さんは思い起こす。
その2,3ヶ月後に起こったあの2021 年 10 月のできごとは Roeck さんがそれまで経験したどんな症状よりひどいものだった。Roeck さんは Mayo の新たなプライマリケア医を受診、その医師は彼女をスポーツ医学の専門医に紹介した。
2021年の受診時、その専門医は以前の検査と手術記録を見直し、もう一度 compartment pressure testing(今回は麻酔が行われた)を行うとともに、Roeck さんの下腿と足関節の動脈の評価を行った。
その結果は稀な疾患―― functional popliteal artery entrapment syndrome(PAES, 機能的膝窩動脈捕捉症候群)――を示唆していた。最初のコンパートメント圧測定の結果が境界域だったことからその専門医は Roeck さんを筋膜切開手術の対象にすべきではなかったと説明した。そのスポーツ専門医はさらなる精査のため Roeck さんを血管外科医の Jill Colglazier(ジル・コルグラジア)氏に紹介した。
「私は入り交じった感情で一杯になりました」と Roeck さんは言う。「なぜ最初の段階で治らなかったのかについて答えが得られました。しかし、それはもう一度最初からやり直さなければならないということを意味していました」
慢性コンパートメント症候群と PAES は、区別するのが困難な、類似した、しばしば重複する症状を引き起こす。しかし重要な違いが存在する:PAES は静脈や動脈を障害する血管疾患であり、コンパートメント症候群とは異なる手術を必要とする。稀なケースではコンパートメント症候群と PAES の両方を持つ患者も存在する。
PAES は、膝の後ろ側を走り、下腿に血液を送る popliteal artery(膝窩動脈)がふくらはぎの筋肉によって圧迫され、運動中に血流の低下と痛みを引き起こす。(安静は過度に発達した筋肉の萎縮をもたらし動脈への圧迫を解除する)。圧迫されている動脈への繰り返される傷害は狭窄と呼ばれる動脈の径の狭小化をもたらす可能性がある。重篤なケースでは永続的な神経や筋の損傷が生じ、非常にまれな例では下肢切断が必要となることにある。
もし痛みが日常的な活動、あるいは運動時の活動に支障を来す場合には捕捉されている動脈を解除し圧迫を阻止する手術が行われる。
本疾患は10代、20代の運動選手で特に短時間に筋肉を作る強度のトレーニングを行っているランナーや自転車選手に最も多くみられる。異常なふくらはぎの筋肉を持って生まれた例(それらは機能性ではなく先天性と分類される)もあるが、多くの他のケースは後天性である。彼らは識別できる解剖学的異常がないことから診断がより困難となっている。
外科医らによると、サッカーやランニング、特に短距離走への参加によってふくらはぎ筋肉を肥大させる十代女性の間で症例が増えてきているという。
誤診は稀ではないと専門家らは記載している。Colglazier 氏によると誤った手術(コンパートメント症候群に対する筋膜切開がしばしば)を受けている Roeck さんのような患者を日常的にみるという。多くは彼らに対して多分野にわたる総合的精査が行われていないためである。
「このような患者が下肢の痛みを持つには色々な状況や多くの理由があるのです」と Colglazier 氏は言う。「我々は今、薬剤や手術に関してあまりに専門細分化が進んでいることから、集まって話し合うことが重要なのです」。以前から Mayo では下腿に痛みがある患者にはスポーツ医学、整形外科、および血管外科を含めた評価を受けさせることが求められている。
Colglazier 氏は 2022年2月に Roeck さんと面談した。彼らは走り続けたいという Roeck さんの強い要望と、さらなる手術を受けたいという積極的な気持ちをめぐって話し合いを持った。
「一部の人にとっては、これは非常に大切なことなのです」と Colglazier 氏は言う。また Roeck さんは立っている時にも痛みを感じていたと彼女は指摘する。
「これが彼女の問題となっていることを全面的に確かめたかったのです」と Colglazier 氏は言い、血管撮影を行った。外科医がその手を母趾球に置いて Roeck さんに可能な限り(足で)強く抑えるように言うと、両側で閉塞を確認することができ PAES の診断が確定した。
2022年4月、Roeck さんは右足の手術を受け、その一ヶ月後左足の手術が行われた。全身麻酔下に行われた手術中、外科医はふくらはぎの内側、あるいは膝の裏側を切開、異常な圧迫を解除し、動脈に余裕を持たせた。
回復は Roeck さんが予測したより困難で、8ヶ月の理学療法を要した。Roeck さんは休まずに約2マイルのランニングを開始し、ウオーキングや自転車も組み入れている。
「あれほどまでに長く痛みを深刻に考えないまま限界点に達するまで突き進むようなことをしなければ良かったと思っています」と Roeck さんは言う。疑問があれば質問し、疑いの目をもって医学的情報を評価することを経験から学んだ。
「これは実に長い旅でした。今その旅の先にいることを喜んでいます」と Roeck さんは言う。
popliteal artery entrapment syndrome(PAES, 膝窩動脈捕捉症候群)は
膝窩部(膝の裏側)の解剖学的異常による捕捉の繰り返しによって
膝窩動脈の内皮傷害を生じ、最終的に同動脈の閉塞、
下肢の虚血障害を引き起こす疾患群である。
本症候群の詳細については
日本循環器学会 / 日本血管外科学会合同ガイドライン2022 年改訂版
末梢動脈疾患ガイドライン(pp. 116-118)をご参照いただきたい。
病態
膝窩動静脈は膝窩部で腓腹筋(ふくらはぎの筋肉)の間を通過するが、
時に腓腹筋の付着部の異常や異常な筋腹によってこの動静脈が捕捉、
あるいは圧迫されて PAES を発症する。
下肢の運動による膝窩動脈のある程度の圧迫は一般人口の30~50%に
見られるとの報告もある。PAES では本動脈の捕捉の繰り返しによって
内皮傷害が生じ、最終的には閉塞して下肢の虚血性障害が引き起こされる。
脛骨神経の圧迫による症状を伴うこともある。
膝窩静脈も捕捉されることもあり、その場合、静脈うっ滞や下腿腫脹をきたし、
さらに進行すると弁不全や静脈血栓症に至る。
若年者やスポーツ選手に間歇性跛行(一定の距離を歩くとふくらはぎなどに
疼く様な痛みやしびれ・疲労感が出現して歩行が次第に困難になる症状)が
みられる場合には本症候群を念頭に置く必要がある。
臨床像
30歳以下で腓腹部痛または足部痛を主訴とする間歇性跛行の40%が
本症に起因するとされている。男女比は4:1で発症は突然である。
多くは間歇性跛行で発症するが、安静時痛や潰瘍が10%前後に認められる。
足関節部の脈拍の消失を60%、低下を10%に認め、15%前後では正常に
触知するが、この場合でも足関節の他動的背屈や能動的底屈によって
消失する。
症例の 27~67%が両側性である。
診断
ドプラ血流計、超音波、造影CT、MRI、血管撮影等により、
膝窩動脈の狭窄や閉塞を確認する。
鑑別診断には、膠原病、閉塞性動脈硬化症、バージャー病、
膝窩動脈瘤、膝窩動脈外膜嚢腫などが挙げられる。
治療
本症は若年者に多く、長期的には狭窄後拡張からの塞栓症や
限局性閉塞による下肢虚血症状をきたすことから、
症状があり本症と診断し得た場合には積極的に手術を勧めるとの意見が多く、
また良好な手術成績が報告されている。
発症早期、あるいは無症状の段階であれば基本的には筋腹や線維束
の切離ないしは可及的切除のみで良好な結果が得られるが、
術前画像検査で狭窄がなくても内膜変性を生じていることがあり、
その場合には術後早期に狭窄をきたす可能性がある。
手術療法には、症例に応じて
①腓腹筋内側頭あるいは異常筋腹や線維束の切離・可及的切除
②自家静脈置換術、
③バイパス術
などが選択される。
若いアスリートが繰り返す足の痛みを訴えたときには、
慎重に対応する必要がありそうだ。