MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

謎の腹痛、謎に包まれた原因

2020-10-30 20:55:19 | 健康・病気

10月のメディカル・ミステリーです。

 

10月24日付 Washington Post 電子版

 

Stomach pain was ruining her life. Then a scan provided a life-changing clue.

彼女の生活は腹痛で台無しにされていた。しかしある検査によって人生を変える手がかりが得られた。

 

By Sandra G. Boodman,

 悪化していく痛みと6年間闘ってきた Olivia I. Bland(オリビア・I・ブランド)さんは、病気で欠勤したり、運動教室を休んだり、友人たちとのディナーをドタキャンしたりする理由を人に説明することをやめた。

 「トイレに行きたいのだと人に話すことが恥ずかしく、うんざりしていたのです」現在37歳になる、Albuquerque(ニューメキシコ州アルバカーキ)の会計士は言う。2012年から2018年にかけて、彼女はかかりつけ医を受診し、ひどい腹痛のときには緊急ケア・センターや緊急室を8回訪れた。Bland さんはさらに、激しい倦怠感とともに、夕方には解熱する微熱に見舞われた。「私は午後9時30分に2杯のコーヒーを飲み干し、10時までにはぐっすりと寝付くことができたのですが」と彼女は思い起こすが、その10時間後、目を覚ますと再びぐったりとしていたという。

 彼女のかかりつけの内科医は“バランスの取れた食事をする”よう助言した。あるリウマチ専門医は何も問題を見出すことができないあげく、二度と彼女を診察したくないと彼女に告げた。

 

アルバカーキに住む 37歳の Olivia Bland さんは6年間、増悪する腹痛に苦しめられたが、その痛みには驚くべき原因が潜んでいた。彼女は2019年に手術を受け成功した。

 

 しかし2018年7月、Bland さんの最近行われたCT検査を見直したある放射線科医が、それまで見逃されていたとみられる2つの問題箇所に気づいた。しかし効果的な治療法への苦難の道はさらに一年ほど続く。

 「毎日目を覚ますと痛みのことを考えています」最近、Blandさんはそう語り、それが消失したことに驚きを隠さない。「今それがどれくらい前と違っているか、言葉では表現できません」

 

Doubled over 身体を捻じ曲げて

 

 Blandさんの消化器系は長らく繊細だった。18歳のとき、彼女は irritable bowel syndrome(過敏性腸症候群)と診断された。これは下痢や腹部膨満などの症状を含む包括的診断名である。しかし、最初の子が生まれて2年後の 2012年に始まった下腹部の痛みはそれまでとは違っていた。それは、鈍い痛みと、虫垂炎でないかと心配になるほどの鋭い痛みとの間で変化した。通常は彼女は痛みに対してあまり多く注意を払わなない人間だった:彼女は痛みの閾値が高く、鎮痛薬を使用することなく2度の出産ができたほどである。

 かかりつけの内科医は腹部CT検査を行ったが正常だった。そのうち腹痛は消失した。しかし2人目の子供が生まれて1年後の2014年までに、痛みが再び毎月起こるようになり、数日から一週間の範囲で持続した。市販の鎮痛薬を最大量内服しても効果はなく、Blandさんは緊急ケアセンターやERを受診したが、毎回医師らには原因がわからなかった。

 2017年3月、Blandさんはかかりつけの内科医を受診したが、その医師は素っ気なく「女性には皆、腹痛があるものよ」と言って胃酸逆流を治療する薬を処方したと、Bland さんは言う。Blandさんが、この痛みは逆流ではないと反論すると、その医師は彼女に、「バランスの良い食事をしなさい」と言い捨てて部屋を出て行ったという。

 次に彼女が相談したのは、最初の子供の分娩を担当した看護助産師だった。彼女は endometrial ablation(子宮内膜アブレーション)を勧めた。これは、通常、過多月経の治療に行われる手技で、その看護師によると、ひどい腹痛のある女性でこの治療が有効であった人がいたという。Blandさんはこの治療を予定したが、効果が得られない可能性があることを心配してキャンセルした。

 11月、かつて炎症や疼痛を引き起こす自己免疫疾患である lupus(ループス)の疑いで受診したことがあったリウマチ専門医を再度受診してみた。彼女は自身の疲れやすさを証明するために診察に夫の Jeff(ジェフ)を連れて行った。Blandさんはさらに、活動性の低下を起こしうる甲状腺機能低下が検査で明らかになるのではないかと強く思った;両親と妹が甲状腺疾患で治療を受けていたからである。

 Blandさんにはループスも甲状腺機能低下もないことをそのリウマチ専門医から告げられると彼女は泣き出した。

 「彼は私を見てこう言いました。『血液検査が正常だったから泣いているの?』」そう、彼女は思い起こす。「自分がどんなにおかしく見えたのかわかっていましたが、やはり検査が陰性だったという結果に対応できなかったのです」

 彼からの抗うつ薬の提案を断ったところ、経過に変化がない限りもはや彼女を診察しないとその医師は告げた。

 しかし、それらの症状はさらに頻回に起こり始めており、Blandさんの家庭生活に影響が及んでいた。「誕生日、母の日、そしてクリスマスごとに、夫は、私の欲しいものを聞いてくれていましたが、私は泣き崩れて『私はただ寝たいだけ、それだけ!24時間寝ていたいの!』と言いました」

 Charade のゲーム(ジェスチャー・ゲーム)のさなか、私の幼い息子は、小さな歩幅で前かがみになって歩くキャラクターを表現した。不正解の答えがひとしきり寄せられたあと、7歳のその子は興奮して口を滑らせてしまった。「ママ、です!」Blandさんは涙を必死でこらえていたのを思い出す。「私はまさに最悪の気分でした。私は子供たちからそんな風に見られていたということですから」

 2018年、別の協力的な内科医が大腸内視鏡検査を依頼し、celiac disease(セリアック病)の検査をオーダーした。この病気は、グルテンを摂取することによって引き起こされる、よくみられる自己免疫疾患である。さらに潰瘍を起こす細菌である H pylori(ヘリコバクターピロリ)の検査も行った。しかしすべて正常だった。Bland さんによると、そのころから自身の精神的健康に疑問を持ち始めたという。

 「私は他人からの注目を必要としていたの?実は私はいいかげんな人間だった?私は、他のみんなが考えているような人間なのではないかと思い始めていました。すなわち、自分の子供たちと遊ぼうとしない嫌な人間、心気症患者なのではないかと」

 2018年7月、痛みが背部に移動したため Bland さんは腎結石ではないかと考えた。彼女の内科医が尿検査を行うと尿中に血液が検出された。その医師は彼女の腹部と骨盤部のCT検査をオーダーした。Blandさんは過去に同じ検査を受けていたが、今回の検査は彼女の人生を変えるものとなる。

 

'Sign me up!' 「私を予定に入れて!」

 

 そのCT検査で、時に相互に関連することのある2つの病態が Blandさんに存在するように見えた:pelvic congestion syndrome(骨盤内うっ血症候群)と、さらにまれな nutcracker syndrome(ナットクラッカー症候群=くるみ割り症候群)である。Pelvic congestion syndrome症候群は、怒張した静脈が卵巣周囲に発生するもので、しばしば妊娠中あるいは妊娠後に発症する。これらの静脈は拡張し、血液がうっ滞し著しい痛みを生ずる。

 Pelvic congestion は nutcracker syndrome が存在する可能性を示唆する。この病態は左腎臓によって濾過された血液を運ぶ左腎静脈が圧迫され血流が障害される。Nutcracker syndrome は男性にもみられることがあるが、しばしば何ら症状を起こさないこともある。しかし、一部のケースでは、50年以上前に初めて記載されたあまりよくわかっていない loin pain hematuria syndrome(腰痛血尿症候群)と呼ばれる血尿とひどい腹痛を引き起こす病態に移行することがある。

 「『これはこれまでで最善のニュース』みたいな感じでした」と Bland さんは思い起こす。6年経って彼女はようやく答えを得たのである。彼女が狂っていたのではなかったのだ。

 彼女の内科医は婦人科医に紹介したがどのように治療すべきかわからなかった。そのため、この診断を下したインターベンショナル・ラジオロジスト(カテーテル治療放射線科医)を受診した。彼は塞栓術、すなわち、血液がうっ滞するのを防止するために卵巣静脈にコイルを留置する手技を含む治療法を提案した。しかし、この治療法では彼女の nutcracker syndrome の症状を悪化させる可能性があると彼は警告した。

 Blandさんは当初怯むことはなかった。「もし、ただちに自分の小指を切り落とす必要があり、それで痛みがなくなると言われたら、それをするでしょう!」彼にそう話したことを覚えている。「私を予定に入れてください!」

 しかし治療の予定を決めて間もなく彼女は二の足を踏んだ。彼女の家族の反対があった。さらにその放射線科医が脳での塞栓術しか行ったことがなかったのである。さらに nutcracker syndrome 患者の支援グループのウェブサイト上にあった明確な警告を目にした彼女はこの治療をキャンセルした。

 オンラインで彼女は nutcracker syndromeあるいは loin pain hematuia syndrome によって引き起こされた痛みを治療するために、自己腎移植手術を受けた女性を知った。大手術となる自己腎移植は、問題を起こしている腎臓と、腎臓から膀胱へ尿を運ぶ管である尿管を一旦摘除し、反対側にそれを移動させるものである。本手術では臓器拒絶反応のリスクはない。麻酔薬の注射など、より低侵襲な治療選択が使い尽くされた患者には適している。

 そんな時、ある名前が何度も思い浮かんだ:ウィスコンシン州 Madison にある the University of Wisconsin(UW, ウィスコンシン大学)の草分け的な移植外科医 Hans Sollinger(ハンス・ソリンジャー)氏である。

 2018年9月、Blandさんは Sollinger氏に連絡を取った。彼はその後引退し、現在は名誉教授となっている。UWの移植コーディネーターとの接見や、彼女の記録の検証が行われた後、Blandさんは prerequisite test(前もって必要なテスト)を受ける必要があると告げられた。この検査は、Sollinger 氏と彼の仲間たちが、どのような患者が移植によって利益を受けられるかを決定するために開発したものである。

 この検査には尿管への局所麻酔薬の注入が含まれる。これにより少なくとも12時間無痛状態が続く患者は移植手術の対象とみなされる。Sollinger氏のeメールによると、腰痛血尿症候群は繰り返す spasm(痙縮)によって痛みが生ずる、すなわち尿管に由来すると考えられており、その痛みを彼は『持続的に腎結石が通過しているような状態』と例えている。

 Blandさんはニューメキシコ州の3人の外科医に電話をかけたが、いずれもこの検査を行うことを拒んだ。しかも、彼女はさらに大きな障害に直面した:彼女の保険が州外での治療をカバーしなかったのだ。また、彼女を支える夫はフェイスブック上の根拠のない情報に基づいて手術に突き進む彼女を心配し反対した。

 一ヶ月後、この夫婦は Sollinger 氏の部下の一人だった移植外科医 Robert RedfieldⅢ(ロバート・レッドフィールドⅢ)と電話で話した。(Redfield 氏は最近 University of Pennsylvania [ペンシルベニア大学] の

 「私たちは彼に多くの質問をしました」と Bland さんは言う。「それから彼は夫と話したいと言いました。彼は『彼女をあきらめないでください、そしてあなたたちの結婚生活もあきらめないで。私たちは彼女の力になることができます』」

 「それは大きな形勢変化でした」と彼女は言う。数か月後、自由に保険申し込みできる期間となったため、Bland さんの夫は州外での治療をカバーするプランに彼らの保険を切り替えた。

 

Game change 形勢変化

 

 Redfield 氏によると、結婚生活やその他の人間関係がぎくしゃくする移植候補の患者の配偶者としばしば話をするという。「患者が、ずっと続いてきた症状のために、重大な心理的影響がもたらされるのはめずらしいことではありません」と彼は言う。Bland さんの痛みは「確かに彼女の quality of life(QOL:生活の質)に重大な影響を及ぼしていました」

 Redfield 氏によると、過去4年間で Wisconsin チームは200人の患者を診断し、約80例に自己腎移植を行ったという。「おそらく患者の80パーセントで痛みの完全に近い解消が得られています」と彼は言う。

 麻薬に頼っている人たちもいる。彼らの中には Dilaudid(ジラウジッド、一般名ヒドロモルフォン)の持続注射を受けている十代の若者もいた。移植術後、彼女の痛みは消失し、麻薬の必要もなくなったと Redfield 氏は言う。

 「問題となるのは、果たして移植手術で彼らのQOLを向上させることができるか?そしてリスク・ベネフィットの比率が手術を正当化できるのか?」そう彼は問いつつ、いまだ研究が十分でないことから腰痛血尿症候群については不確定要素にあふれている点を指摘する。「その病態生理学について学ばなければならないことがまだまだたくさんあります」

 2019年5月、Blandさんは術前検査を受けるため Madison に飛んだ。彼女の痛みは24時間以上消失した:次の日、彼女の36歳の誕生日に Redfield 氏から彼女が移植手術の対象者になると告げられた。

 「それはこれまでで最高の誕生日プレゼントでした」と彼女は思い起こす。彼女の保険会社は当初、この手術をカバーするのを拒否したが、UV Health からの要請によって方針を転換した。

 2019年7月に予定された Bland さんの手術までの2ヶ月間はほとんど耐えがたいものだった。80%の時間は動くことができず、「Redfield 医師が私に電話をかけてきて、やっぱり私は手術の対象者にはならないと考えていると言うのではないか」と不安だったという。

 Redfield氏によって行われた7時間の手術の後、6日間入院し、その後11日間は近隣の移植患者のための宿泊施設で過ごした。完全回復までは約9ヶ月を要した。その後 Bland さんの腹痛、極度の疲労、および発熱は消失し再発はみられていない。

 「Redfield 医師と彼のチームにどれほど感謝しているか言葉にすることができません。彼らが私を救ってくれたのです」そう Bland さんは言う。

 

 

今回の病気には複雑な病態が絡み合っているようなので

本文中に出てきた疾患について一つずつ簡単に解説する。

 

pelvic congestion syndrome(骨盤内うっ血症候群)

MSDマニュアルより

 

骨盤内うっ血症候群は慢性骨盤痛の一般的な原因である。

静脈瘤および静脈不全は卵巣静脈でよくみられるが、

しばしば無症候性である。

一部の女性で症状がみられるが、その機序は不明である。

妊娠後に骨盤痛が生じることが多い。

痛みはその後の妊娠のたびに悪化する傾向がある。

典型的には痛みは鈍痛だが,鋭い痛みやまたは拍動性のこともある。

1日の終わり(長時間座位または立位をとった後)に悪化し、

横になることで緩和する。

痛みは性交によっても悪化する。

腰痛や下肢の痛み、異常な月経出血を伴うことがしばしばある。

診断には痛みが6ヶ月を超えて存在することと

診察時の卵巣圧痛が重要。

超音波検査が行われるが臥位では静脈瘤が描出されないことがある。

骨盤内静脈瘤を確定するために静脈造影、CT、MRIが行われる。

骨盤痛が高度で,かつ原因が同定されない場合は,腹腔鏡検査を行う。

非ステロイド系抗炎症薬で対応するが、無効で痛みが強い場合には

塞栓術や硬化療法を考慮する。

 

 

nutcracker syndrome(ナットクラッカー症候群、くるみ割り症候群)

時事メディカルより

左側の腎臓からの血液は左腎静脈を介して下大静脈に合流するが、

この左腎静脈は腹部大動脈と上腸間膜動脈の間に挟まれるように

走行しているため、内臓脂肪が少ない人や血管の位置の個人差によって

圧迫を受け血液が流れにくくなることがある。

これにより腎臓側の静脈の圧が上昇し、左腎臓の細い血管が破れると

血尿となる。蛋白尿がみられたり腰の痛みが生ずることがある。

 

 

 

 

loin pain hematuria syndromeLHPS, 腰痛血尿症候群)

論文:Clin Kidney J. 2016 Feb; 9(1): 128–134 より

LHPSは1967年に初めて報告された稀な疼痛疾患で

いまだその病態は十分に解明されていない。

この症候群は、肉眼的あるいは顕微鏡的血尿を伴う

間欠的あるいは持続的な強い側腹部痛が一側あるいは両側に

みられるのが特徴である。

LPHSの発症頻度は約 0.012%ときわめてまれである。

患者の大半は若い女性であり、70%を占めるとの報告もある。

多くは30歳までに症状が出現する。

自然経過については十分な記載はないが自然寛解もあると

考えられている。

また LPHS自体が二次的な腎障害を起こしたり、

死亡率を上昇させたりすることはないことが知られている。

しかし繰り返す痛みは患者に深刻な不快を起こし、

日常生活活動に多くの制限をもたらしうる。

LHPSは基本的に除外診断で診断され、

これまでいくつかの診断基準が提唱されているものの、

いまだコンセンサスの得られた有効な診断基準はない。

LPHSの病態生理学に関していくつかの機序が提唱されているが、

実際に病因が特定されていない状況のため

治療は対症的なものとなっている。

LHPSに対する治療法は、消炎鎮痛薬による鎮痛、

麻薬による鎮痛、さらには自己腎移植など様々である。

その中でも自己腎移植は有望な結果をもたらしているようだが、

LPHSの治療としては保存的手段がまずは用いられるべきである。

本文中にあったように、

外科的治療のリスクとベネフィットは慎重に検討され、

保存的代替治療と厳格に比較されるべきであり、

それぞれの患者が個別に評価されなければならない。

この先、本症候群の確実な病態生理学、診断法、治療法を

決定するためには、より多くの基礎科学研究と

対照比較臨床研究が行われる必要がある。

 

 

いずれの疾患も、明確な原因が明らかになっていない謎の多い

病態のようである。

当然診断も難しくなるとみられるが、

患者の苦痛を少しでも早く取り除いてあげる治療が望まれる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする