8月のメディカル・ミステリーです。
She had a loud, nonstop crunching noise in her head that doctors couldn’t quiet
彼女の頭の中ではバリバリという大きな雑音がしたが医師らはそれを静めることができなかった
By Sandra G. Boodman,
Maryjane Behforouz(メアリージュン・ベファローズ)さんは頭の中の雑音を気にしないように努めたが、いつも失敗に終わり、気分はますます落ち込んでいった。ほとんどひっきりなしに起こるこのカチカチいう音、あるいは時にバリバリいう音は真夜中にそれによって目が覚めるほど大きかったが、その原因は誰にもわかりそうになかった。
インディアナポリス郊外に住む Behforouz さん(48歳)は、それを止めるために思いつくことはすべて試していた。
彼女は3人の耳鼻咽喉科医を受診し、耳の中にステロイドの痛い注射を受け、鍼治療を試し、食事を変更したが、持続する雑音を消し去るにはいずれも無駄な努力に終わっていた。医師たちは力になってくれそうになかったため、治療できる専門家を見つけ出すことに重点を置いてウェブを探した。
眼科医の彼女の夫は共感してくれていたが、“誰かが爪と爪でカチカチ音をさせて、それをメガホンで増幅させたように”Behforouz さんに聞こえる原因をどのように説明したらいいのか分からず困惑した。
しかし一年以上経って Behforouz さんが見つけ出した専門家によってその原因が特定され、症状が解消されてはじめて「毎日それをコントロールするのにどれほどのエネルギーを要していたか」を彼女は実感した。
'Driving me crazy' “私をイライラさせる”
3人の専門医が彼女に片方の耳に症状を起こしている原因を特定できなかったため、Maryjane Behforouz さんはインターネットに目を向けたが、そのことが最終的に驚くべき原因にたどりつく第一歩となった。
Behforouz さんは、症状が始まった時のことを鮮明に覚えている。
2015年7月、自宅近くを運転していた時、左耳の奥に痒みを感じた。それはまるで何かが鼓膜を流れているような感じだった。その症状は、水泳後に耳に水が残ったか、最近の風邪の名残りだろうと彼女は考えた。
Behforouz さんは指先で耳の穴をふさぎ、数回連続的に強く圧迫して圧をかけて水を排出し痒みを取り除こうとした。するとほとんどその直後から左側の聴力が低下したように感じた。
10日後、Behforouz さんは耳鼻咽喉科(ENT)を受診した。軽度の聴力低下があると診断され、鼻のスプレーと抗生物質が処方された。風邪が細菌感染を引き起こし聴力を低下させている可能性があると彼は彼女に説明した。
しかしその薬が効かなかったので、さらに専門的な診療ができる同業者に Behforouz さんを紹介した。この ENT は彼女に聴力低下の家族歴がないか尋ねた(家族歴はなかった)。そして Behforouz さんには、内耳の神経細胞の障害で起こる感音性難聴があると告げた。
成人における感音性難聴の原因としては、加齢あるいは騒音暴露がある;このような聴力低下は永続性だが、補聴器を装着することで緩和できる。Behforouz さんの場合、原因は特発性(idiopathic:原因不明を意味する医学用語)とみられた。その医師が彼女に説明したところによると、考えられる要因として、非特異的な自己免疫疾患、あるいは内耳の異常であるメニエール病(Meniere's disease)があるとのことだったが、Behforouz さんにはメニエール病に特徴的なめまいは見られなかった。
その ENT は鼓室内ステイロイド注入療法を勧めた。これは中耳に薬剤を注入するものである;彼女のケースにおける目標は、炎症を抑制し聴力低下を軽減させることである。この治療は通常、メニエール病あるいは一部の感音性難聴の患者に行われる。Behforouz さんはこの治療に同意した。
しかし彼女には新たに2つの症状が起こっていた:耳鳴(tinnitus)と呼ばれる高いピッチで鳴り響く音と大きなカチカチという雑音である。Behforouz さんはこの耳鳴の方には対処できることに気づいた。扇風機のホワイトノイズ(周波数成分の大きさが同じノイズ)を用いると寝ている間はその音を消すことができたのである。
しかしカチカチ音の方は“まさしく私をイライラさせた”と彼女は思い起こす。普通の会話をしたり音楽を聴くことできなくなり、常に気が散らされていたという。
Behforouz さんは、あるティーチング・ホスピタルで3人目となる ENT を受診した。しかし彼はこれまでの2人の医師と同意見であり、できることはあまりないと彼女に告げた。
On her own 自分自身が頼り
その段階で、事実上、自分自身にかかっていると感じたと Behforouz さんは言う。彼女はインターネットに目を向けた。10年近く前に彼女が恐ろしい事実に直面した時、インターネットが貴重な頼みの綱となったことがあった。
2007年、Behforouz さんは自身が BRCA1遺伝子を受け継いでいることを知った。この遺伝子は乳癌および卵巣癌の生涯リスクをかなり高める。この変異を持つ女性の約72%は80歳までに乳癌を発症(平均的リスクの女性で12%)し、44%は卵巣癌を発症する(同1 %)。
Behforouz さんはこの遺伝子について調べることに没頭し、そういった変異を受け継いだ女性の治療を専門とするエキスパートを探した。それによって彼女はボストンの Dana-Farber Cancer Institute(ダナ・ファーバー癌研究所)にたどりつくことができ、Behforouz さんは30歳代で子宮全摘術と両側卵巣の摘出術を受けた。医師によれば、これは侵襲的ではあるが、癌を予防する有効な手段であるという。
さらに Behforouz さんは、自身が慎重に選んだ専門医がいるニューヨークの病院で予防的両側乳房切除術と再建術を受けた。同じ遺伝子を持っていた女優のアンジェリーナ・ジョリー(Angelina Jolie)も数年前に同様の手術を受けている。
そして再び、Behforouz さんは検索によってボストンの別の専門病院に行き着いた:マサチューセッツ眼耳病院(Massachusetts Eye and Ear)である。「私のカチカチ音や聴力低下の原因について納得のいく説明が必ずあるはずだと思い続けていました」と彼女は言う。彼女はその病院のウェブサイトを詳しく調べ、専門医たちの略歴をチェックした。「彼らが発表した論文を見ようとしていたのです」と彼女は言い、突然発症の感音性難聴に取り組んできた医師に注目した。
彼女は一人の医師に的を絞った:ハーバード医科大学(Harvard Medical School)の耳鼻咽喉科の准教授 Konstantina Stankovic(コンスタンティナ・スタンコビッチ)氏である。彼女はハーバードで医学学位を、マサチューセッツ工科大学で耳科神経科学の学位を取得していた。「彼女の研修歴や研究歴から、彼女なら私に起こっていることが分かるのではないかと思いました」と Behforouz さんは言う。スタッフが稀な症例の診察に慣れている大きな紹介センターである Mass Eye and Ear の医師なら、彼女の症状に似たケースに遭遇しているかもしれないと彼女は期待した。
Behforouz さんは長女のカレッジ・ツアーを兼ねて2016年9月にボストン滞在を予定した。彼女は Stankovic 氏の診察室に電話をかけ診察予約をした。
What the patient is saying 患者が話していること
「それが恐らく何であるかを実際に私に教えてくれたのは彼女の話だったのです」Behforouz さんと最初に会ったときのことを Stankovic 氏はそう思い起こす。
それまで彼女が受診したそれぞれの医師との間でやってきたように、Behforouz さんは“役に立ちそうもない長い話”を詳細に話した。
耳科学および神経耳科学部門の部長である Stankovic 氏には、彼女の症状が特発性とは思えなかった;彼女は、Behforouz さんが、ツチ骨(槌骨、malleus)と呼ばれる中耳の小さな弱い骨を何かの拍子で骨折しているのではないかと考えた。
Behforouz さんのこれまでの聴力検査のデータを調べた Stankovic 氏はそれらの結果が間違って解釈されていることに気付いた。Behforouz さんは神経の障害である感音性難聴ではなく、音が伝達される経路の障害である伝音性難聴だった。伝音性難聴の一部のタイプでは手術によって回復する可能性があるためその違いは重要である。
音の中耳への適切な伝達が阻害されるツチ骨骨折は稀であり、過小診断されることがあると Stankovic 氏は言う。彼女によると、Mass Eye and Ear の研究者らはこの骨折があった13症例を調査し、“全員が同じ話をしていた”という:すなわち、医師が“指での操作(digital manipulation)”と呼ぶ行為の後の突然の聴力低下である。
「湿り気は完全な圧の密閉をもたらします」と Stankovic 氏は言う。そして加わった力が体内で最も小さな骨である耳の中の骨の骨折をもたらす可能性がある。Behforouz 氏にはさらなる危険因子があった:骨が菲薄化する疾患、すなわち骨粗鬆症である。
最初の診察に入って5分で Stankovic 氏が、彼女に起こっているとみられる病気を告げた時、「椅子から転げ落ちそうになりました」とBehforouz さんは言う。
「彼女は実際に私の話を聞いてくれましたし、彼女の経歴ははるかに完璧でした」Behforouz さんは思い起こす。聴力検査はより詳細で丁寧なものだったと彼女は言い、それらを“これまでと全く異なる経験”だったと表現する。
Stankovic 氏は Behforouz さんに、症状は手術的に改善できる可能性はあるが、軽症の聴力低下は良くならないし、悪化することさえあり得ると告げた。
しかし Behforouz さんは賭けてみることを厭わなかった。
一ヶ月後、彼女はボストンを再び訪れた。Stankovic 氏は1時間ほどの手術で、骨セメントを用いて骨折を修復した。しかし Stankovic 氏が驚いたことに、実際に折れていた骨はツチ骨ではなく、別の小さな骨・キヌタ骨(砧骨、incus)だった。
Behforouz さんは、手術の結果に喜んだという。彼女の聴力低下と耳鳴はほとんど変わらなかったが、カチカチ音は即座に停止した。さらに右耳の聴力も障害されるのではないかと恐れていた進行性の疾患によって左耳の症状が引き起こされたわけではなかったことに Behforouz さんは安堵した。
「これは十分に診断可能だと思います」と Stankovic 氏は言う。彼女は、そのカチカチ音は、音への反応の際、折れた骨の二つの欠片が同調しないで振動することによって生じていたと説明する。「その可能性を考えておきさえすればいいのです。重要なことは、ちゃんと患者に耳を傾けなければならないということです」
小学館『日本大百科全書』より
中耳外傷には鼓膜穿孔、鼓膜裂傷、耳小骨骨折・離断、
顔面神経・鼓索神経障害、内耳窓破裂、外リンパ瘻、
髄液漏などがある。
その原因としては、直達的外力によるものは耳掃除、
異物など外耳道経由のものと、
間接的外力によるものは平手打ちなど気圧による外傷、
頭蓋骨の打撲・骨折などが挙げられる。
日本では耳かきや綿棒で耳掃除をする習慣があり、
これによる鼓膜損傷や耳小骨の損傷が多く見られるが、
欧米諸国では耳掃除をする習慣がないことから
耳かきによる直接損傷はまれである。
従って、欧米では鼓膜・耳小骨損傷の頻度は低く
耳小骨の骨折は、本症例のように外耳道に指先を
突っ込むことで生ずる外耳道の急激な圧変化によって
起こるようなケースに限られるのかもしれない。
とにもかくにも不用意に耳に指を突っ込むことだけは
避けた方が良さそうだ。