8月のメディカル・ミステリーです。
She’s furious at the doctors who failed to diagnose the ailment she endured for years
彼女の突き刺すような背中の痛みは尋常ではなかった。そしてほとんど知られていないその原因も…
彼女は何年も耐えてきた病気を診断できなかった医師たちに対して憤りを感じている
By Sandra G. Boodman
フィラデルフィアの専門医がHeidi Gribble Camp さんの背中の深部の場所をやさしく指で押さえると彼女は悲鳴を上げた。しかしそれは苦痛と高揚感の両方を表したものだった。Camp さんが正しかったことの証明は大部分彼女の粘り強さによって支えられた。2006年、初めての妊娠初期の彼女の激しい腹痛の訴えは主治医に無視された。それは子宮外妊娠破裂によってほとんど死にかけるほど出血するまでそうだった。危うく命を落とすほどのその出血の直後、突然意識障害に陥り、肺や腹部に大きな血栓が発見されさらなる緊急手術を要した。
「私は彼に言いました。『あなたはその痛みを見つけてくれました。今日は私の人生で最良の日です!』 Hospital of the University of Pennsylvania での6月18日の治療の際、そう話したことを思い起こす。8年以上も苦しめられたその突き刺すような痛みを、この低侵襲外科的治療の専門医、インターベンショナル・ラジオロジスト(血管内治療放射線科医)によって正確に指摘され再現できたという事実は最高の正当性の確証だった。Camp さんが痛みを誇張していたわけではなく、一連の医師に疑いを持たれていたことには特定できる身体的原因が存在していたことが明らかとなったのである。
焼けつくような背部痛の最初の症状がそうであったように、何ヶ月もかかる回復を繰り返していた。しかし、Camp さんが、引退した元プロ野球選手で最近引退した夫とともに転々としていたフロリダやトロントや北バージニアの医師たちは苦痛の原因はわからないと彼女に告げた。彼女が通常の痛みを劇的に表現しているとほのめかすものもいた;暗示していたということが後になって判明した本当の原因について彼女が行っていた質問を拒絶するものもいた。
答えの解明には、数ヶ月前の、医師である友人による偶然の関与を要した。もしそれがなかったならば Camp さんの診断はさらに遅れ、深刻な被害や突然死のリスクに彼女がさらされる可能性があった。
「Heidi はこの病気の典型的患者です」そう言うのは彼女を治療したペンシルベニアのインターベンショナル・ラジオロジーの部長 Scott O. Trerotola 氏である。「インターベンショナル・ラジオロジスト以外の間では(それについての)認識は比較的薄いのです」何年もの間にCamp さんが受診した心臓内科医、婦人科医、救急医、あるいは整形外科医などの他の専門医はおそらくそのような事例に精通していなかったのだろうと彼は言う。これに対して、Trerotola 氏や彼のチームはこれまで150例以上の患者を治療してきた。
夫 Shawn さんや彼らの子供たちと写真に写る Heidi Gribble Camp さんにとって、長年の苦痛を終わらせるには友人の関与が必要だった。
Bleeding out 出血
Camp さんには常に痛みに対する強い耐性があった;大学のエリート・アスリートとしてそういったものを乗り越えることには慣れていた。以前、一部リーグでプレーしていたバージニアの James Madison University(JMU)で腕を骨折しながら自分で運転して ER に行ったこともある。
しかし、第一学年のときに得た教訓が、その後彼女の拠り所となる試金石となった。というのも、子供のころから Camp さんは診断されていない間欠的な消耗性の腹痛に悩んでいた。彼女が JMU に入学してようやくその原因が医師によって発見され、問題のあった胆嚢が切除された;それにより痛みは消失した。「そんな経験があったことから、医学的な問題を起こしているものが何かさえ解明できればそれを解決できると思うようになったのです」と彼女は言う。
Camp さんは別の理由からも慢性の痛みに敏感だった:母親がスキーリフトで重傷を負い何度も再建手術を要していた。Camp さんは、そんな痛みがもたらす過重な負担に苦しむ彼女を見ながら育ったので母親のような経験を繰り返したくないと思っていたのである。
2006年、彼女の夫でピッチャーの Shawn Camp 氏が Tampa Bay Rays のテストを受けていたフロリダに転居してまもなくのこと、彼女の妊娠が発覚した。やがて彼女にひどい腹痛発作が出現したが、主治医や身内の人たちは初めて子供を持つ母親の神経過敏と片付けた。
ある日、妊娠2ヶ月のとき彼女が痛みで身体をよじらせていたが、夫は出かけており家には彼女一人だった。歩くこともできず彼女は意識を失う前に電話まで這っていって911をダイアルした。救命士がドアを壊して入ると、バスルームに倒れている彼女を発見したが、血圧が危険なほど低かった。ただちに手術ということになった。右の卵管が破裂しており子宮外妊娠破裂と診断されたのである。
一日後、病院のベッドで反応なく横たわっている彼女を家族が発見した。緊急蘇生が行われ、外科医らは肺に大きな血栓を認めたためヘパリンを投与した。これは血栓の形成を予防するために血液をサラサラにする薬である。
しかし数日後、激しい腹痛と動悸を訴えたため~それらを看護師たちは妊娠途絶をめぐる不安によるものと考えていた~施行された CTで彼女の腹部に2つのソフトボールの大きさの血栓が見つかった。ヘパリンだけでは有効性が得られなかったため外科医は Günther tulip filter(ギュンター・チューリップ・フィルター)を留置した。この小さな金属製のデバイスは IVC filter(下大静脈フィルター)とも呼ばれ、ちょっと傘のような形をしている。これは両下肢から心臓に血液を戻す人体内で最大の静脈である下大静脈に留置される。このフィルターは大きな血栓を捕捉するように作られており、血栓が飛ぶと致死的となりうる肺や心臓への迷入を予防する。
このデバイスが留置されてまもなく、「2度もほとんど死にかけていたのがウソのように起きて歩き回っていました」と Camp さんは思い起こす。
外傷外科医は、このデバイスは一時的なデバイスとして考案されてはいるが取り除く必要はないと Camp さんに説明した;彼女の産婦人科医も同意見で、今後の妊娠で血栓に関連した問題を予防してくれるだろうと言った。
An ulcer or a cyst? 潰瘍、それとも嚢胞?
2006年に最初の背中の痛みが起こったが、Camp さんはトレーニングをやり過ぎていたのかもしれないと考えた。しかし痛みが続くため、彼女は緊急室に治療を求めた;この問題は彼女の右側の卵巣に認められる嚢胞によるものか、あるいは術後の瘢痕組織による可能性があると医師は彼女に告げた。
数週間後、その痛みは消失した。2007年、彼女は平穏無事な妊娠により息子を産んだ。しかし彼女がトロントに住むようになっていた2008年に痛みが再発した。今回は、医師は仙腸関節機能障害と診断したが、これは過度の運動の結果としてしばしば起こる腰背部の痛みである。間もなくその痛みは再び消失した。
2012年、彼女の家族の近くで夏を過ごすことにしていたため北バージニアに戻った Camp さんは心臓内科医を受診した。動悸と顔が紅潮する症状があったためである。しかし特に問題となることは認められなかった。2010年に2人目の子供が生まれており、もはや子作りをやめていたためフィルターを除去すべきかどうかその心臓内科医に尋ねた。超音波検査を行ったあと、それを取り除くことはきわめてリスクが高く、またこのデバイスが問題を起こすことはないと彼は彼女に説明した。
2013年5月、Camp さんに、激しい背中の痛みに加えて、周期的な嘔気や嘔吐の症状が始まった。それらの症状と、予期しない10ポンド(約4.5kg)の体重減少のためかかりつけの内科医を受診した。彼は彼女の症状はストレスによるものと考えた:彼女は2人の子供とともに転居を繰り返していたし、夫はしばしば遠征に出ていた。しかしそのうちその痛みは治まった。
だが、2014年1月までに痛みがぶり返した、そしてそれはこれまでにも増して悪かった。「実際食べることができなかったので私はエンシュアを飲んでいました」と Camp さんは思い起こす。症状からの唯一の解放は加温パッドの上に横たわることで得られた。彼女は整形外科医に治療を求めた。例のフィルターの場所近くの脊椎に骨棘を認めたが、そのことを彼は不可解に思った;骨棘というものは通常摩耗によって引き起こされる骨の突出であるため若年者ではあまり一般的でないからだ。彼は彼女を別の整形外科医に紹介、そこでコルチゾンの注射を受けたが効果はなかった。
Camp さんによると、その年の4月には2006年に最初に発見されていた彼女の右の卵巣の嚢胞がライムの実の大きさまで増大していることを彼女の婦人科医が発見したという。「本当に安堵しました」と Camp さんは思い出す。「これが痛みの原因だと思ったからです」しかしその婦人科医は異議を唱え、その位の嚢胞は無害であり通常は痛みを起こさないと言った。
涙ながらに彼に手術をお願いしたと Camp さんは言う。「その痛みはあまりに強く死にたいとまで思っていたからです」と彼女は思い起こす。「私はこう言いました。『あなたは手術をするべきです』。しぶしぶ彼はこの嚢胞と卵巣と卵管を摘出した。しかし麻酔が切れたとき、痛みが軽減していないことに Camp さんは気付いた。「『ああ何てこと、これってどういうことなの?』と思いました」
彼女の症状の悪化を心配した友人の強い勧めで3人目の整形外科医を受診することにした。そこでもX線写真で背中の痛みの原因と考えられるものが示された:フィルター近くの下部脊椎に骨棘が形成されていたのである。その整形外科医は、このフィルターが除去できるかどうか心臓外科医に相談するよう助言した。むずかしくリスクの高い治療であるため下大静脈フィルターは除去しないとその外科医の診療所から告げられたため Camp さんはインターネットを調べ上げたところ、全く異なる部門の専門医が求められることがわかった:すなわちインターベンショナル・ラジオロジストである。最も専門的な技術を持つ専門医の中にペンシルベニアや Stanford University Medical Center の人たちがいることを早速見つけた。彼女は Stanford に電話をかけると検討のため彼女の診療記録とCT画像を送るよう言われた。
それから彼女は CTスキャンの予約をとるのに友人である医師で Tampa 地区の腎臓の専門医 Michael Brucculeri 氏に頼った。Tampa には学生時代に彼女一家が住んでいたことがある。Brucculeri 氏は Camp さんの病状について危機感を募らせていた。
しかし、6月4日に行われたCTスキャンは地元の放射線科医によってフィルターが関与している徴候はなく正常と読影された。そんな説明にきわめてショックを受けた Camp さんは Brucculeri 氏に電話したという。その夜、自宅まで画像の入ったCDを持ってくるように彼は彼女に告げ、彼がそれを再検討することとなった。彼が見たものはほとんど正常とはいえなかったという:フィルターの何本かの脚が下大静脈を突き破っていた;一本は小腸の上部である十二指腸に接しており、その状況から Camp さんの嘔気が説明できる可能性がある。例の骨棘はフィルターの壊れた部品によって椎体に生ずる持続的な接触によって生じているように思われた。
Blucculeri 氏はただちに e メールに添付した画像を何人かの同僚に送ったが、その中に地元のインターベンショナル・ラジオロジストもいた。全員が彼と同意見だったと彼は言う。壊れたフィルターが Camp さんの背部や腹部の痛みの原因となっている可能性があり、とにもかくにもそれを取り除くべきであるとそのインターベンショナル・ラジオロジストは言った。彼は、自身がトレーニングを受けたペンシルベニアに行くよう Camp さんに勧めた。
その翌日、Brucculeri 氏は、今回のCTを正常と読影していた Tampa の放射線科医に電話した。討論のあと、その放射線科医は破損したフィルターの記載を追加して報告書を修正した。しかし、異常なしと指摘した彼のオリジナルの報告書はすでに Stanford に送付されていた。
「すべての自動車整備士がそうであるように、すべての医師が同じように作られているわけではありません」と Brucculeri 氏は言う。「彼がなぜそれを見逃したのかはわかりません。おそらく彼は何かに気を取られていたのでしょう」
Two FDA warnings FDA の2回の警告
下大静脈フィルターをめぐる問題は新しいわけではない。彼女のフィルターが留置されて4年後の2010年、フィルターが迷入したり破損したりした患者で 900例以上の合併症や死亡例があり、一部心臓に致命的に穿通した事例があることを受けて、米国食品医薬品局(FDA)は、もし血栓のリスクが低くなった場合にはこのデバイスを除去すべきであると通告した。通告は2014年5月にも繰り返し出された;このデバイスが留置されてからの時間が長いほど有害事象のリスクが増大することが研究者らによって確認されている。
「もはやそれが必要でないならそのフィルターは取り出すべきです」と Trerotola 氏は言う。彼は複雑なフィルター回収治療を専門としており、その成功率は95%である。ただしデバイスが激しい痛みの原因となっている Camp さんのような例はめずらしい。
ペンシルベニアでの6月18日の治療前の数週間、彼女は“パニック状態だった”という。「私はこう考え続けていました:『もし破片が心臓に飛んだらどうなるの?』」そこで彼女は安全策を取っていた:もしペンシルベニアの治療が失敗したら、一週間後に Stanford に飛ぶ予定にしていたのである。
軽い鎮静下に Camp さんの頸部の静脈から行われた 20分の外来治療は成功した;そのフィルターが取り出されるやいなや彼女の痛みは消失したのである。
Camp さんは自分の正しさが立証されたと感じている一方、怒りを感じてもいる:それは、症状を見逃した医師に対してと、痛みのひどさを疑った医師たちに対してである。もし医師である彼女の友人が関わってくれていなかったら何が起こっていただろうかと彼女は思う。「彼女は仮病を使う人物として見限られていたように思います」と Brucculeri 氏は言う。頻繁に転居していたことから彼女のケースを総体的に見てくれることのできたプライマリケア医が Camp さんにはいなかった。「つまるところ患者自身が患者の最善の支持者とならなければならないということです」
下大静脈フィルターは、
下肢の深部静脈血栓症の患者で血栓が心臓を通過して
肺動脈に流入し肺塞栓が起こるのを予防する目的で留置される。
特に抗凝固薬が使えない患者や、
凝固薬を用いていても塞栓症のリスクが高い患者で
この治療手技が選択される。
この下大静脈フィルターについて、2010年、
米国においてフィルターの移動・破損、およびそれに伴う塞栓、
下大静脈の穿孔などが報告されたことから
FDA が注意喚起を行った。
これを受けて本邦でも同年暮、
フィルターの長期留置に伴い破損等のリスクがあること、
長期留置の際は定期的なフィルターの状況の確認が
必要であること、
フィルター留置の必要性がなくなった患者に対しては
抜去を検討すべきこと、などを警告として記載するよう、
添付文書の改訂指示が出されている
フィルターが破損した場合、
心臓に達した破損部で心臓に穴があく心タンポナーデや
近接する十二指腸に穿孔を来たした重大なケースも
報告されている。
破損の頻度は10%を越えるということなので、
フィルターが留置された患者には
厳重な経過観察が重要というわけである。