通でがんす

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白牡丹酒造 酒まつり2013

2013年10月05日 | 広島の話題
「来月、10月12日(土)、13日(日)の2日間、JR西条駅周辺で酒まつりがあります」

「今日は、広島の酒都(しゅと)・西条(さいじょう)にある酒造会社のうちのひとつ、白牡丹酒造(はくぼたんしゅぞう)を紹介しようと思うんじゃ」







広島県で屈指の歴史を誇る酒造。
石田三成に仕えた智将、島左近の子孫が1675年に開いたと伝えられる。
手造りの基本を守りつつ、他の蔵に先駆けてコンピュータを導入し、オートメーション化を図ってきた。
後切れの良い上品な味わいが特長。
胃弱で知られる文豪・夏目漱石も「白牡丹」だけは愛飲していたという。

(「ぶらり西条 酒の友マップ」社団法人東広島市観光協会)






「創業が1675年(延宝(えんぽう)3年)いうけぇ、今から338年も前になるんじゃの」

「豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)の家臣じゃった石田三成(いしだ みつなり)は知っとるけど、島左近(しま さこん)って誰?」

「その三成に、「三顧の礼(さんこのれい。上に立つ人が格下の者に対して、三度出向いてお願いをすること)」をもって迎えられたのが、島じゃったそうな」

「へぇ。立派な方じゃったんじゃね」

「秀吉の死後、三成が西軍、徳川家康(とくがわ いえやす)が東軍に分かれて戦った、関ヶ原の戦い(せきがはらのたたかい)で、島は目覚しい奮戦をしたそうじゃが、その最後は分かっとらんのじゃ」

「というと?」

「島の最後は、

○ 銃に撃たれて死んだ
○ 行方不明
○ 西国に落ち延びた

と、諸説あるそうじゃ」

「その島の子孫が、西条で創業しとってんよね」

「白牡丹の創業古書によると…」



慶長五年九月 関ガ原の戦に、島左近勝猛、西軍の謀士の長たりしも、戦に破れ、長男新吉戦死す。
次男彦太郎忠正母と共に京都に在りしが、関ケ原の悲報を聞き、西走して安芸国西条に足を止む。
彦太郎忠正の孫、六郎兵衛晴正、延宝三年(西暦1675年)酒造業を創む

(「ここに古き歴史の証あり」白牡丹株式会社ホームページ)




「整理すると…。関ヶ原の戦いのあと、島左近の次男・忠正は安芸の国(あきのくに。現:広島県西部)西条まで落ち延びた。そして、その忠正の孫・晴正が、関ヶ原の戦いから75年後の1675年、酒造業を始め今の白牡丹酒造ができた、ということじゃの」

「あの夏目漱石(なつめ そうせき)も、白牡丹のファンじゃったん?」

「夏目漱石は胃腸が弱かったそうじゃが、その彼をして「白牡丹の酒なら飲める」といわせるほどの、やさしい味わいの酒じゃそうな」





↓白牡丹酒造については、こちら↓

日本酒白牡丹ホームページ





↓酒まつり2013については、こちら↓

酒まつり公式サイト






撮影日:2013年9月8日
撮影場所:JR広島駅






「今日は、JR西条駅周辺で行われる酒まつりに関連して、白牡丹酒造について話をさせてもらいました」

「ほいじゃあ、またの」

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