晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

古代の生活を想像する(1) 1/18

2010-01-18 | 歴史・民俗

 2010.1.18(月) 
 先日から本ブログの歴史・民俗記事にコメントを頂いて嬉しい思いで一杯である。古代の上林に興味を持って調べはじめ、いろんな書物を読みあさりしているところである。「上林メタルバレイ説」の仮説を書き始めていて、その稚拙な説を少しずつ本ブログで発表しているところだが、誰も賛同も批判もしてくれないとなんともせいの無い状況となっている。必死で考えた仮説にも反応がなければ、言いたい放題で、言ったことになんの責任も持たない最近の政治家のような状況となる。やはりいろんな人が、「そりゃあちがうで」「なんでそうなるねん」と問いかけていただくと、真剣に取り組むこととなるし、なにも反応がないと適当に好き放題言うとこなんて気持になる。それと今ひとつ、絶対に協力者というのは必要だということだ。現地の情報を集める、資料を探す、科学的根拠を探すためその方法を探るなどなど一人では絶対に出来ないことが沢山ある。そして今ひとつ、自分では気付かなかった何かを、気付かせてくれるのは他人である。例えば今回コメントにあるように、出来上がった産物を何に使い、どこへどのように輸送したかなんてのはまるで考えつかなかったし、放っておけばいつまでも気がつかなかっただろう。
 上林の古代を調べ始めて、やはり気になるのは君尾山光明寺と日下部、弓削、日置氏のいわゆる部民である。君尾山光明寺は聖徳太子の開創といわれ、仁王門は府北部唯一の国宝である。都から遠く離れたこの未開の地になぜこの寺院が建てられたか、これは綾部市最大の歴史上の謎でもあり、そのことが上林のルーツを探る最大のキーポイントだと思う。これは想像は出来ても解明することはほとんど不可能だと思う。わたしはもちろん、仮説を持っているが、今のところ仮説というより想像、下手をすると妄想で、公にする勇気は無い。部民についても歴史の教科書にも、各地の史誌にも載っていることだけど、その実体というか本当に知りたいことは解らない。古代というもの自体がそのようなものなんだろうか。つづく

【作業日誌 1/18】
Dog Rund(ドッグランど)のオープン看板造り
薪割り

きょうのじょん:サリーちゃんが来た。興奮して、ドアが壊れるんじゃないかの、上を下への大騒ぎ。ところが当のサリーちゃん、「田舎もんの犬なんか興味ないワン」てんで、ピッピッとオシッコして帰っちゃったんだって。いやー情けないねえ。片想いというのはかくも情けないものなのか。Img_37381いつまでも未練たらしくオシッコ臭いでんじゃねえよ。


後ろ姿が寂しいのであるぞ。

コメント (1)
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