或る「享楽的日記」伝

ごく普通の中年サラリーマンが、起業に向けた資格受験や、音楽、絵画などの趣味の日々を淡々と綴ります。

フォーライフ(23)

2006-07-09 06:10:05 | 020 小説「フォーライフ」
◆皆生温泉
広之は朝から気持ちが高ぶっている。片瀬には電話で事前に行くことを伝え、了解をもらっている。。友人の妻とのお忍び旅行。今までに経験したことがない、普通ではあり得ないシチュエーションだが、その新鮮さが彼を熱くしていた。目的地は山陰にある皆生温泉。鳥取県の西部に位置し、日本海に面している。雑誌で見つけて、いつか行ってみたいと思っていた所。

周囲に特別な観光名所があるという訳ではないが、近くに山陰最大の漁港、境港(さかいみなと)があり、新鮮な魚介類が集まることで有名。それとこの周辺は、隠れファンがいるぐらいの酒どころだと、ガイドブックに載っていた。造り酒屋をぶらりと見学して、早めに旅館に入り、貸切露天風呂でゆっくりしようと考えていた。

妻には、神戸の得意先と接待がてら泊りでゴルフに出かけてくると伝えてある。そのために、昨晩わざわざ倉庫からゴルフクラブを引っぱり出し、妻の前で入念な手入れをした。ちょっとやり過ぎた感もある。当日の朝、妻がマンションの玄関まで見送ってくれた。自分も友人と遊びに出かけるからと、化粧も着替えもキチンと済ませて。こんなことは珍しい。

「いってらっしゃい、気をつけてね」「ああ、まあ仕事みたいなもんだからね、何かお土産買ってくるよ」「何か食べ物がいいなあ」「分かったよ、名産品でも探すからね」

いつになく機嫌がいい妻の笑顔に何の疑問も持たず、手を振りながら歩いて駐車場へ。ゴルフバッグをトランクに積み、広之は美和子をピックアップするため、JR京都駅の新幹線口から程近い、新・都ホテルに向かった。平日の午前中にしては道路はそれ程混雑していない。30分程でホテルに到着し、裏手に車を止め、携帯電話で美和子を呼び出した。

「今ロビーにいるの、何処にいるの?」「うん、正面玄関を出たら左の方へ歩いてくれる?信号がある最初の角を左に曲がったところで待ってるから」「えっとえっと、こっちの方ね、・・・、角に着いたけど、左の方ね、あっ見えたわ」「こっちも見えたよ・・・」

それにしても便利な世の中になったものだと、広之は車の中でバックミラーを見ながら苦笑した。昔は人目を忍ぶのに、どんなに苦労したことか。場所、時間、連絡方法等々。それが今は、人目につかないビルの裏手で受話器片手にラクラクと。浮気を隠す革命だな、と思った。ただこの時、浮気をバラす革命でもあったことには気づかなかった。

車のCDからは、広之が今日のために特別に持ってきたCD、ブラジルのシンガーソングライター、イヴァン・リンスへのトリビュートアルバム「Love Affair」が流れてきた。“Love affair”って、確か浮気っていう意味だったよなと、わざとらしく思い出した。

A Love AffairA Love Affair

◆B’z
貴美子はようやく実現した植田との小旅行が嬉しくてたまらない。待ち合わせ場所は、阪急三宮駅の近くで、生田神社の裏手。目立たない路地でピックアップしてもらい、植田のBMWに乗り込むと、ニコニコしながらすぐに話かけた。

「ねえ、今日の予定はどうなってたっけ?」「どうって、お前が決めるって言ってたじゃないか」「あれーっ、そうだっけ?高速に乗るんだよね」「そうだよ、でもダイレクトに湯郷温泉に行くの?近くになんか観光名所でもあるの?宿へ直接行くんじゃ時間的に早すぎるよな」「えーとねえ、温泉に行く前に寄りたい所があるんだ」「何処だよ?」「あはは、津・山・市」「津山市?知らないなあ、温泉の近く?」「そうだよ、たぶんすぐ近く」

植田は、貴美子がもじもじしているのを見て、この女にもこういう所があるんだと可愛く思った。

「それで、そこに何があるんだよ?」「これ言うと馬鹿にされるかなあ」「いいよ、お前のそういうところ、慣れてるから」「そんな言い方しなくていいじゃない、あのね、稲葉浩志の実家があるの」「稲葉浩志?誰だよ、そいつ?稲葉国光と森山浩志なら知ってるけど」「知ってると思うよ、J-POPの人気ロックユニット、B’zのヴォーカル」「あー、アイツかあ、最初からそう言えばいいのに、でも実家を見たいなんて、お前って高校生並みのミーハーだなあ」

植田はそう笑いながら答えた。いかにも貴美子らしい。信号待ちで地図を確認すると、確かに湯郷温泉から近い。このまま中国自動車道に乗り、津山ICで降りて実家見物でもして、のんびり県道を通って湯郷温泉に行けば、夕方のいい時間になる。

「だけど、実家って何かあるのかよ、まさか本人はいないだろうし」「それがね、けっこう・・・」

貴美子は、稲葉の実家が化粧品店で、息子の影響でかなり有名になり、最近じゃ津山市の観光名所にもなっている。 そこでは、両親の親切で、彼の幼い頃のアルバムを見たり、本人着用のジャンパーを着て記念写真を撮ったりできる。さらに市の観光センターに行けば、「稲葉浩志君のメモリアルロードマップ」という地図までもらえることを、得意そうに話した。

植田は、そのついていけない熱っぽさに呆れ果てながら、まあハッキリした目的があるってことはいいことだとヘンに納得した。車は新神戸トンネルに入り、箕谷ICから北神バイパスへ。しばらくすると中国自動車道の神戸三田ICの看板が見えてきた。

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9 コメント

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きゃっ・・ (emii)
2006-07-09 07:41:22
津山っ!!出ましたっ!!

私も行って見たいデスわ、マジ。

ママさんの顔はいろんなところの写真で

拝見しましたけど、

稲葉さんとのDNA接点は見つけられず

パパ似なのかなぁとか思ったりしてw

アタシみたいね人ね、貴美子さんて・・w

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やっぱりね。 (ハンコック)
2006-07-10 07:08:07
emiiさんも津山詣でをしたいんだ。

でも、すごい田舎だよ、たぶん。

大昔に1回行ったことがあるだけだけど。



実はね、僕、稲葉に似てるって言われたことあるよ。

あんまり期待してもらっちゃ困るけど。(笑)



貴美子に似てるのかあ、なんかイメージ湧いてきたなあ。

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期待します! (emii)
2006-07-10 13:13:50
稲葉さん似なん???????

期待します、します~!!w

いつか、顔見せてくださいねん♪
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稲葉さん似 (ワルツ)
2006-07-10 21:53:42
だなんて、かっこいい。

息子さんも、じゃあお父さん似なのね。



時々じゃなくて、とてもドキドキする展開。

何だか次回(25)がこわいですー(*^。^*)

植田と貴美子さんだけが津山から湯郷温泉だなんて、意味深ね。
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すいませーん。 (ハンコック)
2006-07-11 06:51:45
なんか反響の大きさにビックリ。

やっぱり有名人に似てるなんて発言するもんじゃないなあ。

顔の一部、パーツ的に、しかも若い頃なんで、期待しないで下さいね。



emiiさん

顔見せはねえ、どうやるか考えてみますね。

1日限定掲載とか・・・。でもしない方がいいだろうなあ。



ワルツさん

次回はねえ、今から考えますよ。

最後はやっぱりこわーくした方がいいのかなあ。

それと確かに植田と貴美子は津山からなんだけど、

そんな含みは考えてなかったからなあ。

なんか、ややプレッシャー感じてきました。(笑)

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稲葉浩志つながりで… (とど)
2007-06-22 08:32:51
大昔の記事をTBさせていただきました。
実は、私の記事に出てくる稲葉なおと氏は、稲葉浩志のいとこ。
文庫の最後に載っている解説も、彼が書いています。

フォーライフ、懐かしいですね。私にとっては、この話でも誰がどうなっているのかちんぷんかんぷんでした(笑)。読書に関していえば、全く持久力がないんですよねぇ、私。ワルツさんとかは、先が読めてたみたいだけど…。

「ねじまき鳥クロニクル」、やっぱり私には無理だな(さっさと諦めちゃう・苦笑)。
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いや懐かしい。 (ハンコック)
2007-06-23 07:39:29
フォーライフねえ。ちょうど1年前なんだね。よく書いていたと自分でも感心するけど。社労士がお試し受験だったので気分的に楽だったかなあ。確かにストーリーは複雑だったかも。でそれは前半の話で後半はスッキリさせるつもり。ラストシーンなんかは情景が目に浮かぶくらいはっきりイメージがあるから、後は書くだけなんだけど。いつになるやら。

TBありがとう。稲葉なおとが稲葉浩志のいとことは知らなかったなあ。ある時期ホテルについてはずいぶん調べて勉強したけど、最近はそういう勝負もしてないし。なんてグチってちゃいけないね。
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稲葉なおとさんと言えば (トレモロ)
2007-07-04 20:26:45
この写真↓を見ると、稲葉なおとさんも、なんとなく、稲葉さんに似てるような・・・・
http://www.momotown.net/designer/inaba.html
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こんな顔をしてるんですね。 (ハンコック)
2007-07-05 06:46:03
髪型がまるで違うから比べにくいけど、目元とか眉毛が似ていると言われればそのような。今ちょうど図書館で彼の「まだ見ぬホテルへ」を借りて読んでいるところなんですよ。
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