或る「享楽的日記」伝

ごく普通の中年サラリーマンが、起業に向けた資格受験や、音楽、絵画などの趣味の日々を淡々と綴ります。

フォーライフ(24)

2006-07-09 06:12:28 | 020 小説「フォーライフ」
◆探偵物語
佐藤はその日、まだ夜が明けないうちに目を覚ました。頭がぼーっとしている。昨晩も目が冴えてなかなか寝つけなかった。今日は奈緒美の夫を尾行していく日。たっての頼みということは分かっているが、どうも気乗りがしない。会社には、親戚関係の用事で断れないと、すぐにもバレそうな嘘をついてきた。仕事好きで有給休暇をほとんど取っていないから、こういうことでもないと取れないし、その意味じゃ良かったけどと思いながら、身支度を急いだ。

出張が多く京都には土地勘がある。神戸から自分の車で京都へ。事前に奈緒美に詳細な地図を書いてもらい、彼女のマンション横の指定された場所に停車。着いたことはメールで知らせてある。確かにここからだと、遠目に玄関が見えるし、周りに車が多いから怪しまれない。

しばらく車の中でうとうとしていると、携帯電話が鳴った。佐藤はドキドキしながら受話器を取った。

「今日はありがとう、もうすぐ二人で玄関に出るからね」「分かった、それで?」「夫が駐車場の方へ行ったら、すぐ佐藤さんの所へ行くから、後を追っかけて欲しいの」「了解だよ」

佐藤は俄然力が湧いてきた。面白いもので、奈緒美の声を聞くと途端に元気になる自分が分かる。目が冴えてきたところで、玄関に男女の姿が見えた。

あれが奈緒美さんの亭主か、なんかギョウカイっぽいなあ、画廊経営とかしてると、あんな風になるのかなあ、あれは浮気をするタイプ、間違いない。そう思うのもつかの間、奈緒美がこっちに向かって駆けてきた。助手席のドアを開けてすばやく乗ると、キリっとした表情でこっちを向いた。

「佐藤さん、おはよう」「ああっ、おはよう」「あの角を左に曲がったら、その先が駐車場だから、その手前まで行って待ってましょう」「分かったよ、任せといて・・・」

車が見えた。あせるな。近づき過ぎてはいけない。昔よくTVで見た、松田優作のヒットシリーズ「探偵物語」の主人公の姿が頭をよぎる。佐藤は自分が探偵になったような錯覚に陥っていた。俺は工藤ちゃん、いや佐藤ちゃんだ。ハンドルを握る手に汗がにじんできた。味わったことがない緊張感の中で、なんとも言えない快感が体の奥底から湧いてきた。

◆東寺
広之から、美和子と一緒に山陰へ旅行すると電話があった後、片瀬は真由美にそのことを伝えた。案の定、真由美は二人を尾行したいと言い出した。店なんて、臨時休業にすれば何でもないと。雇われママなんて、気軽なもんだなあと思いながら、JR京都駅で待ち合わせすることに。真由美の変態としか思えない考え方に、知らず知らずのうちに馴染んでいる。

当日の朝早く、神戸から来た真由美をJR京都駅でピックアップ。せっかく京都に来たんだからと、観光気分満々の真由美を連れて東寺へ。広之が京都南ICから名神高速に乗ると聞いていたので、途中で立ち寄るには都合が良かった。この寺の正式な寺名は教王護国寺。平安時代に、羅生門の東に建立されたのでこう呼ばれている。空海が唐より帰朝後、真言宗の道場としたことで有名。南大門から一直線に並ぶ伽藍は荘厳で、中でも五重塔は京都のイメージにまでなっている。

二人は広い境内を足早に散歩した後、車に戻り伏見方面へ急いだ。広之が来る予定の時刻のおよそ30分前、ICの入口近くのコンビニに到着。美和子に顔を見られないよう、裏の駐車場で待つことに。

「ねえ、なんかワクワクするね」「俺は、ワクワクじゃなくて、ドキドキだよ」「あら、片瀬さんにドキドキは似合わないよ、ドキドキはトキドキにしてね」「お前なあ、ダジャレ言ってる場合じゃないだろう」「そう言いながら、けっこう楽しんでるくせして」

複雑な気持ちが交錯する中、隣りの真由美はやけに嬉しそうだ。その横顔は、まさに悪魔に見えた。

「なんかね、ゴシップとドライブの両方がいっぺんに楽しめるなんて、なかなかないよね、こんなの」「・・・」「そう言えば、京都で会うの初めてだよね、片瀬さんの車に乗るのも初めてだし」「これは俺の車じゃないよ、会社のを借りてきたんだ、お前と会うのは、神戸だけで十分だよ、こっちじゃいつ知り合いに見られるか気が気じゃないからな」「へえー、意外に肝っ玉小さいんだ」

そう話している時に、片瀬の携帯電話が鳴った。広之から、駐車場についたとの連絡が。片瀬は車のエンジンをかけ、コンビニの横の通路まで移動。しばらくすると、買物を済ませた広之と美和子が店の中から出てきた。片瀬にとっては見慣れた顔だが、一緒の姿を見るのは初めて。夢でも見ているような錯覚を憶えた。

「なんかキレイな人ね、奥さんて」「・・・」「幸せそうな顔してるね、二人とも」「そうかあ?」「やらせにしちゃ、雰囲気良すぎるんじゃない?」「・・・」「あれはできてるよ、間違いなく」「そうさせたからな」「違うわよ、やらせじゃなくてホンモノってことよ」「お前なあ、俺を怒らせたいのか?」

じきに広之と美和子が乗った車が動き始め、片瀬は後を追う。その時、自分達と同じように後を追う、もう1台の車には気づかなかった。3台の車は名神高速に入り西に向かった。空に垂れ込めていた雲が薄れ、澄んだ晴れ間が拡がりはじめた。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
全然 (ダイアン)
2006-07-09 21:27:20
関係ないんだけど、

鳥取の堺港に来週行くかもしれないんです。

近いですか?
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なんかローカルじゃない? (ハンコック)
2006-07-10 07:14:37
堺じゃなくて、境だよ。でもローカルだなあ。

広島からだと、車で2~3時間ぐらいかなあ。

けっこう遠いよ。車以外に交通期間がないし。



今はイカが旬なので食べたらいいかも。

ゲゲゲの鬼太郎で有名かも、境港は。

楽しんできてね。

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