或る「享楽的日記」伝

ごく普通の中年サラリーマンが、起業に向けた資格受験や、音楽、絵画などの趣味の日々を淡々と綴ります。

森有正先生のこと

2009-08-28 06:20:48 | 010 書籍
少し前に記事にしたのがNHK広島制作のTVドラマ「火の魚」。このドラマの原作は室生犀星で、調べているうちに、登場人物の老作家と若い女性編集者の折身とち子が、どうも室生本人と当時筑摩書房に勤めていた栃折久美子らしいことが分かって。おりみとちこ、折美栃子、栃折久美子、うーん、なるほどね。やけにベタな仕掛けで、モデルが誰だかもろ分かりじゃん。

さらに調べると、栃折久美子は有名な装丁家で、彼女が製作した金魚の魚拓が実際に存在し、しかもそれが室生の晩年の作品「蜜のあはれ」(1959年)の初版の表紙に使われていた。なにやらこの辺りのつながりからムズムズと好奇心が湧いてきたのは確か。ドラマで折身とち子役を演じた尾野真千子のイメージが脳裏に焼きついていて、そのせいもかなりあるけど。

その栃折久美子が書いたエッセイのひとつが「森有正先生のこと」(2003年)。コピーは”ひとつの季節、ひとつの恋。装幀家として出会ってから、森有正の死にいたるまでの十年間。謎に満ちた「森有正という人」の虜になった日々を甦らせる、著者ならではのレクイエム”。なんかねえ、どうも男と女の妖しい関係の匂いが感じられたので、図書館で借りてすぐに読んでみた。

1967年当時に39歳だった彼女が著名な哲学者であった56歳の森に出会ってからの約10年間が綴られているのだけど、書いたのは彼の死後で74歳になってから。彼女はパリに住む森に憧れ、森も彼女に思いを寄せたけど、彼女は装丁という自己の道を進むために、あえて距離を置き始めた。このカミングアウト的エッセイは、かなり意味深。当時のスケジュール帳等をベースにしているのだろうけど、時刻や会話の内容が妙にリアル。逆に描写はプラトニックに終始している。

印象的だったのが彼女の名前つながり?の栃の木の話。「ああ、この木、これはマロニエです」「いいえ先生、これがいつだったかお話しした、東京ではめずらしいトチの木の並木なんです」。つやつやした葉がたくさんついていた。同じトチノキ科だから葉だけ見ていると見分けがつかないくらい似ているが、秋に実を見ればすぐ分かる。「植物の名をまちがえるということは、本当にショックですね。そういうことの上に立っていろいろあるわけですからガタガタになります」。なかなか面白い関係。

そういえば5月のパリはマロニエが咲いていたなあ。確かめたくなったのが彼女達のルックス。でもね、後悔した、調べなきゃ良かった。なんか夢から醒めたような。ドラマのイメージをそのまま抱いていた自分に誤りが。勝手な思い込みはいけませんね。

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