ブログに遊ぶ

ときめきの日々を過ごしたい

雁木道りの今と昔

2014-11-28 05:50:05 | Weblog

雁木通り午後の日射しの眩しけり

                                             

 左りの写真は、昨日の街歩きの折、「高橋まゆみ人形館」のある表通りの仏壇とお寺さんが連なる街の雁木道りです。逆光で撮ってみましたが、雁木道りに刺す日射しが眩しいように撮れた。 

 

 

     いにしえの雁木通学元気な児

 

 

 

 

 

右の写真は同じ冬でも雪が積もった正月ごろの雁木道りだと思いますが、温暖化により昨今の雪の量と大きく違い、大雪だった。この頃は今のように除雪という概念が無く道路にたまった雪と、家根から降ろす雪とで、街の道路は雁木通りよりかなり高くなった。昭和49年の写真ですので、今から40年前の冬は車など通ることは夢の夢だった。現在は雪道をブルによる除雪と、地下からくみ上げた水を消雪パイプを通うして雪を消すようになった。また、市内のほとんどの幹線道路は新しい道路工事により、コンクリートの下に保温の利く鉄パイプを網の目のように逸らせ、深く掘った冬の外気より暖かい水を汲み上げ、パイプを通し、どんな大雪でもセンサーを働かせて雪が降るつど消してしまうと言う餓鬼的な技術により冬中ほとんど雪がたまらなくなった。従って今の雁木道りの役目は雪や雨の当たらない歩道の役となっている。 今は、克雪といって雪を克服するという言葉が出来、あれほど住民を困らせた雪を「雪と遊ぼう」などとキャッチフレーズが出るようになった。

 

 

 

                                                             

 

昭和49年/飯山市街の雁木道り「松原孝一」氏の写真集より


最新の画像もっと見る

5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (めぐんです)
2014-11-28 10:44:29
ご無沙汰しました。
先日の地震は如何でしたか?
マーヤンさんの所は大丈夫かしらと
思いながらニュースを観ました。

寒い所では、道路に消雪パイプなる物が
張り巡らせてあるとは、全く知りませんでした。
珍しいお話にいつも驚いています。


返信する
いい写真ですね~。 (ハナミズキ(前ばーば71))
2014-11-28 18:42:27
 雪国の子らしい、見るからに赤いほっぺが想像される微笑ましい写真ですね。

 この子らは現在、何歳くらいでしょう。

 消雪パイプによる散水道路、ロードヒーティングによる無雪道路、一番多いのは除雪車によるもの・・。克雪方法の進歩で、道踏み風景も見られなくなりましたね。
返信する
間違えてしまいました。 (ユキツバキ(前コスモス))
2014-11-28 22:39:51
 プロフイル名・・「ユキツバキ」です。
返信する
めぐんさんへ (マーヤン)
2014-11-29 15:19:21
こちらこそ御無沙汰です。地震の御心配ありがとうございます。幸いに私共飯山は震度4でした。それでも一瞬怖い思いをしました。北信濃と言っても南の方です。スキーのメッカ白馬村初めその周辺、が大きな被害でした。私が小さいころは二階から出入りした記憶があるほどの大雪で、消雪などと言う言葉もなかったほどです。今は、雪が降っても市内の幹線どうろは春のようです。かえって長野市初め南に行くと、20cm位の雪で大慌てです。普段雪が少ないので除雪体制が出来ていないからでしょうね。早々、今年の冬、雪の少ない地域で交通麻痺を起して国道が大混乱しましたね。あの位の雪では私共の方は全然おどろきません。
返信する
ユキツバキさんへ (マーヤン)
2014-11-29 15:31:43
良いブログ名ですね。「ユキツバキ」さんが御提案なされた市の花、思い出が深いことでしょう。だんだん除雪状態がようくなり、去年、中学時代の同級生で「集団就職」で東京へ行った同級生が訪ねてきてくれまして、彼は久しぶりの飯山でしたので、雪の無い飯山に、驚いていました。
返信する

コメントを投稿