ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

禁煙エリアと携帯電源

2005年07月17日 | 感じたこと

 本当に、日本社会のモラルは何処にあるのだろうかと思うほど、社会的に決めたルールなんて、どこ吹く風の如く、破ったり従わなくても平気な大人たちがたくさんいるのである。

 きようも駅のベンチで、次の快速電車を待つために10分ほど座っていたのだが、隣のおっさんがベンチの前のプラットホームに禁煙ゾーンと、わざわざ書いてあるのに、密かに煙草を吸っているではないか、おまけに後からやって来た、そのおっさんの知人と思われる人も、ちょっと目配せしながら「ここは禁煙とちゃうん?」てなアイコンタクトでコミュニケートしながら、煙草に火をつけたのである。

 こちらと来たら、ちょっとの時間ではあるが、わざわざ禁煙ゾーンと大きく書かれたベンチの前に目をやりながら、大きくため息をつくしか出来なかったのであるが、電車のホームから見える壁には、「子供達が見ている大人の姿!」と大きく掲示されているのだが、まったく気にも留めていない様子であった。

 私達非喫煙者の権利を守る時代にやっとなって、最近は喫煙者にとっては過ごし難い世の中だとは思うが、公共的な場所を中心に、しっかりと明記された禁煙マークやゾーン表示にも、見て見ぬふりなのか、「赤信号皆で渡れば怖くない」的発想なのか、全く迷惑なことである。

 まだ喫煙者の、こうしたマナー違反は、その場から立ち退くことが可能な場合は、煙の害や煙たさを避けて移動すれば済む場合もあるが、ちょうど2年ほど前の、議会の研修の旅行の際には、全く憤りすら感じた事象に出くわしたことがあるのである。

 市の議会事務局職員が同行するのだが、本人が喫煙嗜好者のために、西武鉄道の特急に乗車の際に、6両編成の1両だけ喫煙車なのに、わざわざ参加者の喫煙の有無も確かめずに、全員を喫煙車両の指定席を取っていたため、発車前の車内は、喫煙者たちの煙でもうもうと煙っており、座るどころではなく、踵を返して隣の車両に移動したのである。

 彼の脳裏には、自分が喫煙することしか浮かばず、非喫煙者の迷惑や間接喫煙の害など、全く配慮や思いを巡らすことすら出来ないのである。こんな人が公務員として市役所で仕事をしているのだから、社会的弱者と言われる人たちの福祉やサービスが、行き届かないのは当たり前だと思ってしまうのである。

 また最近ひどい状態なのが、公共交通機関である電車内での、携帯電話の使用である。さすがに車内で話す人は少なくなったとは言え、ある車内では向かい側も含めて座席に座る若者から中年まで、二人に一人は携帯の電源をONにしたままと思われる状態で、メールや情報サイトの検索かゲームに夢中なのである。

 JRと私鉄の携帯に対する「注意喚起とお願い」に違いはあるが、何れにせよ心臓ペースメーカーをつけた障害者には、たまったものではない。私の知人の老夫婦が30分ほどの私鉄の車内で、ある時肩にもたれかかってくる青年があり、居眠りかと思ったら、「電波で気分が悪いのです」とペースメーカーの不調による「しんどさ」を訴えられたそうなのである。

 そこでご婦人の方が、車内の携帯電話を持って、操作している人たちに、勇気を持って、〔スミマセンが、こちらの方がペースメーカーを装着されていて、しんどくなられているので携帯の電源を切って下さい」と訴えられて、何人かの人が対応されたが、再度言われるまでは、まだ数人の電源が入ったままだったそうであった。

 その時以来、彼女は自分が心臓障害を持っているつもりで、車内の携帯使用者には、必ず注意をさせていただくのだとおっしゃっていて、「年寄りだから、逆切れされて大丈夫だよ」とちょっとした勇気で、少しでも心臓障害者だけではなく、快適な車内空間で迷惑な行為を排除する努力をされていることに、敬意を感じているのだが、なかなか注意喚起はし難い場合が多いものである。

 いずれにせよ、大人の社会的マナーの欠如は、禁煙や携帯使用だけではないが、まず公共的な場所での、最低限の公衆マナーとしての、この二つのルールの徹底と注意喚起が必要である。

 「子どもが見ている大人のマナー」をわきまえて、迷惑行為の少ない社会に近づけたいものである。
コメント (1)
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