今回はちょっと贅沢に鮨屋のカウンターに陣取ってみた。鮨屋では酒ではなくお茶を所望すべしという輩もいるが、宝の山に入って飲まぬ手はないぞよ。程のいい酒は鮨の味も引き立てるのだ。
さてここ「鮨原正」は注目の店。店前には何処からか甘いアップルパイの香りが流れていた。何故ぢゃ。カウンター8席、主人石川氏はキリリと男前である。麦酒を頼みゆるゆると始める。
まずは、気前よくブツッと切って出てきた煮アワビにガブリ寄り。タコも心地よい歯ごたえ。硬く身がしまってしまわない方法を聞くと、塩を使わず40分揉み解すのだという。とても真似できぬ。一塩した鯛は持ち味が引き出され、柔らかい。この辺で酒に。酒は奥播磨、磯自慢、松の司の3種。順に連れと往復以上いってしまう。〆鯖は松前昆布を重ねて切る。大トロは山葵で。まだ呑むと見るや、バチコをサッと炙って出して来た。ナマコの卵巣を何度も重ねては干し、丁度三味線のバチのようになるのでこの名がある。珍重なる酒肴なので姿のまま食するのは初めて、確かに酒を呼ぶわい。でもこれでじっくりと燗酒を、と悠長こいてる暇なく、テンポでむしゃむしゃと食ってしまった。ヨ~ッベンベン!殿様気分やぁ。
鮨の部に突入。春子、小肌(九州産)、づけ、車海老、煮蛤、細魚、煮穴子、玉子焼、かんぺう巻を所望。どれも軽やかで魚は飛び切り、酢飯は甘くなく、手で崩れず口の中でパラリとほどける理想型。銀座あたりで食しているのとまったく遜色のない、ハイレベルな鮨であった。いや、東京の職人の方が威張ったりするからなぁ。小笹の穴子の雉焼きの話をしてると、「それやりたいと思ってます」と店主。隣あった鮨通も「ここまで来たか…」と感慨深げ、本当に20年前では考えられぬ。今や東京も大阪もないことを強く感じた。お代はこれを東京でやるととんでもない額になるだろう。真っ当な額といえる。すこぶる気持ちのいい店だった。
ぽいっと店を出ると、よよ、そこら一帯はホテル街。こちら食欲、あちら色欲。そそくさとミナミに、仕上げのワインを飲みに消えることにした。
「鮨 原正」 大阪市天王寺区上汐3-8-9
主人にいらん気をつかわず、
同行二人と肝胆を照らし、
羽化登仙の境に入る
滑走路のような気がします。。
鮨原正は、まさに。。
粋な坊主を還俗させて小肌の鮨をば売らせたい~でしたかな。うろ覚えばかりで。
ちょいと主人は粋でいなせがいいに決まってます。いい職人は板の上に立つ役者みたいに見えるものです。小笹の主人岡田周三さんなんて、老松を背負う役者みたいに見えた。もちろん基本は客と職人はトントン。しかしね、威張る必要はないがその空間は主人が掌握してしかるべきだと思う。名店はみんなそうだもの。
だから、かつての寿し芳なんてのは役者不足だった。客の言うことは聞くんだけどね、だけど、客が増長して酒飲んでスパスパ煙草吸いながら食ってんだもん。そいいう客はつまみ出す前に店から摘み出さなきゃ。
追っかけ行って参ります。
立ち飲みツアー転じて原正ツアーとは
ロシア人もビックリ!!
訊いたかもしれんけど、忘れた。
たしかに立ち飲み対応の財布の中身しかなかったので、ちょっとビビりながら行ったけど、なんとかなりました。
ここの良いところは若い職人にありがちな
気負いを感じないところ。「どうだ!」ちゅうような寿司屋はしんどいやん。
早い時間だったので、予約無しでもなんとか座れたけど、たどりつくまでが、わかりくい場所だったせいもあり、ホテル街を二人でウロウロ。
店のお客さんは二人連れのカップルがが多かったかな~。主人いわく「鮨屋って、そういう使われ方多いんですよね」とのこと。
でも旨いもん食べて、「幸せ~」ってのは年代・性別・国籍?関係ないから、まあいいっかあ。
店にいた全員がHAPPYでしたので、確かに『良い』店でした。
「原正」の名前の由来は、主人の叔父さんが東京で店を開いていたころに、ロシア語からもじったものみたいです・・・。