勝福寺 Gikoohの日替わり法話

山寺の住職、Gikoohが日々感じたことを綴っております。
(プロフィール用の落款は天野こうゆう僧正さま彫刻)

日記

2011-05-29 22:13:32 | Weblog
台風2号は午後3時頃に温帯低気圧へと勢力を弱めた。今夜の総社はまだ大雨が降っているが、明日は天気が一旦回復するらしい。関東・東北方面の方々はこれから大雨にご注意を。

Gikoohのここ数日は護摩供や檀務で多用になっていた。先週28日(土)は息子の運動会が開催される予定だったが雨天で順延となり、30日(月)が振替休日に。長期休暇以外の平日の休みは貴重なので、何処かへ出掛けるかも知れない。人生は限られた時間だが、子供時代の時間は更に限られているので、様々な経験をさせたいと思っている。

四国遍路、家じゅうで食事、電子レンジ…、これは書きたい内容のキーワードだけど、どうも眠たいので、またそのうちに。
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日記

2011-05-26 21:35:34 | Weblog
如常の1日。中国地方は今日から梅雨入りをしたらしい。暦では6月11日が入梅なので2週間以上早いことになる。梅雨はいいが、もう少しで収穫を迎える玉葱やじゃが芋は大丈夫だろうか。天候不順という言葉は聞きなれつつあるが、畑の農作物には少なからずの影響を受けるので気候は暦通りに移り変わって欲しい。

Gikoohは週末から週明けにあけて多用になる。それでは今夜はこの辺で。
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日記

2011-05-24 21:45:03 | Weblog
如常の1日。今夜はPCを開く時間が遅くなったので、この辺で。
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最終話 六波羅蜜

2011-05-22 21:48:30 | Weblog
Gikoohの父方の祖母は、ここ久代で産婆をしていた。生命の出産という神秘的な現場に多く立ち会ってきた職柄と、生後間もない我が子を亡くした経験から祖母は篤信家でもあり、自宅近くの小高い丘にある神変大菩薩(役行者)やお不動様をお祀りしている5坪程の御堂に籠ってよく拝んでいたという。

そんな祖母には四男二女を授かり、長男は生後すぐに他界、三男が家督を継ぎ、次男と四男は祖母の影響を受けて在家から仏門に入った。四男がGikoohの父に当たる。父も15歳で高野山に上がるまで御堂に参る機会は多かったと思う。

父が遷化してしばらく後に、Gikoohは父や先祖の菩提を弔いたいと思っていた頃に、鉤や索で引き寄せられるように御堂を訪ねた。当時、縁を頂いて来たからにはと1000日間続けてお参りすることを決意した。1000日間の間には、研修等でやむを得ず参れないこともあったが、結局平成19年から3年間毎日通った。3年間で一応の区切りは付けたけれども、現在も尚、週に1~2度は通っている。自分の拝む姿勢を自分自身が客観的に感じならが、ここで何かしら力のようなもの受けているような気がしている。

前置きが長くなったが、昨日は御堂へ子供達を連れてお参りに出掛けたら、丁度農作業中だった御堂の地主様から子供達へともぎたての「さくらんぼ」を沢山頂いた。瑪瑙のようにキラキラ光るさくらんぼに子供達は喜び、美味しく戴いた。今日は偶然だったけれど、このような出来事によって子供の感性は磨かれていく。特に、信仰を通して得るご縁は大切にしたいと思う。子供は親の影響を受けて成長する。成長するまでの時間は等しく、Gikoohは得意分野である神仏の世界や伝統文化に積極的に触れさせ、感性を育てる一助としたいと思っている。

さて、六波羅蜜の第六番目は「智慧」。人間の場合は知恵と書くことが常だが、仏様の場合は難しい漢字の智慧と書く。意味は、正しい智慧を持つことを指す。

正しさの価値は人によって差異があるかも知れない。大切なことは、それがどの部分から出た正しさなのかということであり、知恵と智慧とでは雲泥の差がある。

六波羅蜜の徳目を修行して身に着けた智慧は本当に正しいものだと思われるから、この智慧で社会と向き合うことが望ましい。1人でも多くの人に六波羅蜜を実践して頂きたいと願う。

この世での彼岸を目指して、そしてあの世の彼岸を目指して、今から精進を。
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毎月21日はお大師様のご縁日

2011-05-21 22:32:21 | Weblog
今日はお大師様のご縁日。勝福寺にはお大師様の御影を3幅所蔵し、この画もその1幅。お姿と表情が繊細に描かれ、拝する毎に有難く感じる。

今日は午前中に満中陰の法事があった。平素より温かなお心遣いを頂くお宅で、故人様とも何度もお顔を合わせ、よくお話もさせて頂いていた。真言宗では死後に弥勒菩薩の都率浄土へ往生することになっているから、諸仏様やお大師様に後々のことを所作とお経でもって祈念させて頂いた。今日はお大師様のご縁日なので、お大師様の「お経」についてのお言葉を1つ紹介したい。

「経というのは貫き継いで散らばらぬという意味であるが、意義深い言葉を以て縦糸となし、奥深い心の働きを横糸となし、基準となる立派な行いを織り込んで、仏の浄土の錦を織り為したものである」

私達も平素から行為を律し、真実の言葉を話し、心の清浄に努めてお経は唱えなければならない。

六波羅蜜の「智慧」については、夜も更けたので、明晩書こうと思う。檀務の都合で明後日に以降になるかも知れない。

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中休み

2011-05-20 22:04:27 | Weblog
色々と寺務をしていたら遅い時間になってしまった。六波羅蜜の続きは、明日以降に。
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第8話 六波羅蜜

2011-05-19 22:14:31 | Weblog
朝5時半…お勤め。7時…朝食。8時~10時…掃除。10時~4時…来客、寺務、雑用。4時半~6時…お勤め。9時…施餓鬼供養。これはここ2か月程のGikoohの日課だ。今は、在家勤行次第を新たに作ろうと計画しているので、日中に少しずつ編集を進めている。勝福寺では5年前の平成18年に、仏画を専門に扱う美術商の社長から仏画(掛軸4本)と経本用の線画を奉納頂いている。これらは、満中陰までの期間と、各戸の法事で掛けているから檀家さんに見て頂く機会は多い。社長は他に、真言宗の密教辞典等にも仏画を提供されるなど、篤信家であり、尚且つ活動の場はとても広い。その仏画は今度制作する在家勤行次第に載せるので、完成すれば良いものになると思っている。

さて、六波羅蜜の第五番目は「禅定」。心を鎮め、精神を統一させることをいう。落ち着いた心は正しい思いを養わせ、それは正しい行動へと繋がる。

心を鎮める方法は人によってそれぞれだと思う。けれどもその方法によっては一時の快楽に留まってしまうかも知れない。パソコンや携帯、車やレジャーなどに心の癒しを求めても、一時は快楽かも知れないがそれが本当の幸せへ結びつくのか疑問がある。話を広げれば、原発だって純粋に考えれば目先のことだけで、これらから先のことを考えれば不安以外の何物でもない。形あるものは必ず壊れる…、これは世の真理だ。日本は物質面で豊かになったかも知れないが、今のように精神面が崩れるくらいなら、よほど昔の質素な生活の方が安心して住むことが出来る。日本中の原発、世界中の原発がなくなることを祈っている。太陽光発電など、代替エネルギーはいくらでもあろう。

話が脱線してしまったので元に戻す。

Gikoohの心を鎮める方法は、花を生け、香を焚き、お茶を飲むことだ。自然を供とし、花が身近にあることで心は必ず感化される。香は(Gikoohは香木系)部屋の空気を清浄にさせる。お茶は心身ともにゆとりを感じさせてくれる。こういった素朴な楽しみをGikoohは勧めたい。こういった生活が身に付くと、心が安定して、尚且つ自然体でいられるから何かの場面において間違った判断をすることもなく、何かの場面において応用出来ることが多い。

禅定。心を鎮め、心を落ち着けることはとても大切だ。忙しい毎日を送ってしまうと、心の余裕はなくなり、人生の意義さえ失いかねない。限られた人生なので、無駄な生き方をしてはならない。
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第7話 六波羅蜜

2011-05-17 21:29:04 | Weblog
今日の総社は、昼過ぎから一時的に強い雨が降るなど不安定な空模様だったが、清々しい気候が続いている。

さて、六波羅蜜の第四番目は「精進」。精進と聞けば精進料理とか、「○○に精進します」など私達の日常生活に馴染んだ仏教用語だ。

本来は「精魂を込めてひたすら歩む」という意で、それが転じて民間の在家仏教徒には、魚虫鳥獣の肉類を食べない菜食中心の精進料理という発想が生まれた。

弛まず努力というのは、両極端に偏らない努力を指す。例えば琵琶は糸が張り過ぎていても、弛み過ぎていても綺麗な音は出ない。人間も目標を持って歩むことは大切だが、両極端に偏らず常に心に余裕を持つことが大切かと思われる。

線香のように、急ぐことなく止まることなく丁度いい努力をしたいものだ。
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第6話 六波羅蜜

2011-05-15 21:44:43 | Weblog
毎年、大型連休が明けると裏山の草刈りを始める。一遍には出来ないから、少しずつ度々10月頃まで作務をする予定だ。今日は草刈り、草取り、火鉢の灰掃除と色々捗った。

さて、六波羅蜜の第三番目「忍辱」(にんにく)のお話。

忍辱とは耐え忍ぶ、辛抱するという意で、本来はあらゆる屈辱や迫害に耐え忍ぶことを言う。これも第二の持戒同様に意味は深く、その場面によって忍辱を行える人、行えない人とでは魂の重さに差違が生じる。

自分の思うようにならない場合、辛抱出来ずに興奮する人も現実に少なくない。Gikoohが多くの人と出逢い、接していく中で、賢者と思える人はまず怒ったところを見たことがない。辛抱出来ないというのは、結局自分自身が未熟である所以であるから、忍辱も六羅蜜の大切な徳目と肝に銘じ、その場面に遭遇した時に思い出して欲しい。

次回は第四の「精進」について。
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ちょっと休みます

2011-05-13 21:58:33 | Weblog
13日・14日は日替わりを休みます。
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