勝福寺 Gikoohの日替わり法話

山寺の住職、Gikoohが日々感じたことを綴っております。
(プロフィール用の落款は天野こうゆう僧正さま彫刻)

人類みな、大地の子

2022-04-30 22:13:17 | Weblog

18日以降、久々の日替わりブログの更新となった。Gikoohの故郷の倉敷安楽院で4月15日~21日までの期間開かれた「弘法大師正御影供」も無事に全ての行事を終え、その後は勝福寺の所用で多用となっていたけれど、ようやく時間にゆとりが持てるようになった。

でも、国内外では心配な出来事が立て続いており、各地で起こっている諸現象が気掛かりだ。毎朝夕の勤行で、辛苦に遭遇されている方々の心の傷が少しでも癒えるように手を合わせる日々だ。敵も味方も宗教も超えて、人は皆、連綿と祖先から生命を受け継いで父母を縁としてこの世に生を受けた大地の子だ。どうか、平和な世でありますように…。

※大地の子…以前にNHKのドラマで、山崎豊子の小説作品『大地の子』を拝見していた時期、「私は大地の子」という表現に物凄く感激したのを思い出して、本日替わりブログで使わせて頂いた。

今日の写真は、安楽院の正御影供行事の一場面。時間の都合上全ての行事に参加することは叶わなかったけれど、期間内に開催された橋本真人先生の二回の法話は参加させて頂いた。一回目は19日の夜に、そして二回目は20日の朝に法話会があった。橋本先生はGikoohの高校時代の恩師でもあり、勝福寺の特別法話会等、過去に三度御来寺頂いたことがある。先生ご自身の体験から滲み出るお話はとても学びがあり、特に御影供の元となったお話は心に沁みて感激した。橋本先生のお話はyoutubeでも検索出来るので、是非ご覧を。

 

画面左は夜の法話。右は朝の法話。

なお、橋本先生のお話はもう少し続きがあるので、またの機会に。明日からは5月だ。健康に留意して頑張る。

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倉敷・安楽院で修行中の「弘法大師正御影供」のこと

2022-04-18 22:13:33 | Weblog

先月の日替わりブログで、Gikoohの生家、倉敷・安楽院の10年に一度の大行事「正御影供」を紹介させて頂いた。今まさに4月12日~21日までの期間、弘法大師(お大師さま)を供養する「正御影供大法会」がご修行されている。

真言宗をお開きになられた弘法大師(お大師さま)が高野山において御入定されたのは承和2年(835)3月21日。以降、真言宗では毎月の御入定日を月並御影供、正当日の3月21日を正御影供と称して、御尊像の前で供養の法会を行うことになっている。

生家の安楽院が所属する地域「児島南結集10ヶ寺」はお大師さまへの信仰心一層篤く、輪番制で寺を巡り、旧暦3月21日(新暦の4月21日)の正当日を結願として、約1週間の期間、正御影供大法会をご修行している。本当に素晴らしい伝統行事だと思う。

4月15日(金)の開白に続いて、法会の中ほどの昨日17日(日)は中廻向・土砂加持法要が勤修された。この土砂加持については6日の当ブログで少し述べているので参照されたい。

ところで、正御影供のお勤めの際の僧侶の衣装は、配役にもよるけれど多くは衲衣と呼ばれる袈裟を纏ってお大師さまに礼節を尽くす。更にこの日は、稚児行列もあって法会に花を添えた。

先ず、町内に居を構える安楽院檀頭総代様宅が会所となり、仏前において寺院方の廻向読経が行われ、厳かに本日の行事は始まる。会所を出発して約30分かけて町内を練り歩いて安楽院へ向かう。進列は、稚児、巫女(花持ち)、舞踊、法螺貝、金棒引き、僧侶など約三百名の大行列となり、Gikoohは引頭(イントウ)といってリンを鳴らしながら先頭を歩く役目だった。

やがて安楽院に到着。大勢の人に見守られる中、ゆっくりと歩を進める。10年に一度の大法会だけど、前回と比べればお子さんの参加人数は減少傾向にあるらしい。それでも約90人の子ども達に加えてと親御さんが行列する光景は、それは見事なものだった。

   

この後、粛々と土砂加持法要が勤修された。

   

Gikoohはすべての行事に参加することは出来ないけれど、参加させて頂いた行事のことは、またupしたいと思う。

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4月8日はお花まつり。お釈迦さまのご生誕日。

2022-04-09 15:52:54 | Weblog

春爛漫、昨日4月8日は仏教を開いたお釈迦さまのご生誕日だった。紀元前566年(衆聖点記説)4月8日、インドはヒマラヤの麓、ルンビニー園でご生誕あそばされた。

古来から4月8日はお花まつり(灌仏会)といって、花御堂に色彩色々のお花を飾って、そこに誕生仏(お釈迦さま)を安置して、甘茶を灌(注)いでお祝いするのが慣例だ。

 

日本において、今やクリスマスやハロウィンは今や国民行事になっているけれど、お花まつりは知名度が低く、年配の方ならともかく、若い世代の人は知らない人も多い。けれども、かつて聖徳太子が国の安寧を心から願って仏教の御教えで国を統治したように、我が国民にとって仏教はかげがえのない宗教であることを心に留めておいて欲しい。

今日は『高野山真言宗檀信徒必携』の「お花まつりのお話」より引用して、お花まつりに関心を寄せて頂ければ有難いと思う。

「4月8日は、お釈迦さまのお誕生日であります。お釈迦さまは、今から2500年前、花咲き匂うルンビニーの里でお生ま    れになりました。

昔から4月8日をお花まつりといって、色とりどりの春の花で飾った花御堂を作り、誕生仏をお祀りして甘茶を注いでお祝いをいたします。小さな国ながら釈迦族を統治するカピラ城の皇太子としてお生まれになったのでありますが、お生まれになるとすぐ、七歩お歩きになり、右手は天を指し、左手は地を指して「天上天下唯我独尊」とお叫びになったと伝えられています。このお言葉は、今もって多くの人たちに誤って使われ、また誤った解釈をされています。「この世の中で自分ほどえらい者はいないんだ。我こそ天下国家を統治する指導者である。」との独り善がりの言葉として使用されていますが、これは全く誤りであります。

 

天上天下ということは自分の上、自分の下、すなわち全宇宙ということであります。全宇宙のいのちと恵みを一身に受けて、一人の人間として生まれて来た素晴らしさ、尊さをお叫びになったのであります。これはお釈迦さまだけのことではなく、私たち一人ひとりの人間は、人間として唯一無二の心と身体を持って生まれ出たことの喜びの声であったのであります。憐れにも獣として生まれ出たものは、その身体を整えることも、心を律し、言葉を正しくすることも知らないで一生を終えるのであります。

生まれながらにして私たち一人ひとり、尊い身体、言葉、心を持って生まれて来ているのでありますから、生まれながらにして一人の仏として生まれて来ているとの自覚が仏教の基本であります。仏教では仏と人の区別差別をしない、これが仏教であり、その心は東洋の心として総ての東洋思想の根本となっているのであります。

さらに、お釈迦さまが7歩、歩かれたということは、生まれながらにして地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の人の心の迷いというべき六道輪廻の世界をただぐるぐると迷い歩くだけでなく、これを既に一歩踏み出されて、真実の人の人たる道を歩こうとされる心とお姿を表しています。

29歳で、お城を出られたお釈迦さまは六年間、山に籠って人の道、仏の道を求められ35歳の12月8日、遂に仏さまと成られました。4月8日のお花まつりは釈尊の御誕生をお祝いするとともに、人間生命の讃歌を謳う聖日というべきでありましょう」。

さて、勝福寺では御供え頂いた生花で花御堂を飾り、御本尊様や境内のお地蔵様などにも同時に供花させて頂いた。花御堂のアレジメントは家内の担当だけど、これだけ多様な種類があると、内容に深みも増すので本当に有難い。

  

 

毎年お花まつりの開催時期は、入学式や新学期が始まっており、参加人数も控えだけど、それでも約30名ほどのお参りを頂いた。お花まつりの流布のために、日曜の開催とか日程の変更も検討したことがあるが、現時点では4月8日のご聖日という方針で結論に至っている。しかし来年は、より多くの方々に足を運んで欲しいので、Gikoohの頭のキャンバスには一つの案を描いている。もし具現化させる時は本ブログで案内させて頂く予定だ。

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お花まつりの御供え

2022-04-07 21:34:29 | Weblog

午前中は法事があり、倉敷方面へ出掛けて来た。桜の花の盛りは過ぎたとはいえ、まだまだ春爛漫の好季のなか、故人様の良い追善になったと思う。

さて、明日4月8日は灌仏会(花まつり)、お釈迦さまのご生誕日だ。今日は花まつりの御供えにと、沢山の生花を頂戴した。有難い。花御堂や本堂を始め、境内のお地蔵様にも御供えさせて頂こう。

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結集寺院の土砂加持法会に出仕

2022-04-06 22:24:06 | Weblog

今日は結集寺院の中本寺(グループの中心の存在)に、縁の僧侶が集い、「土砂加持法会」が勤修されGikoohも出仕させて頂いた。

この土砂加持法会というのは、『密教辞典』から抜粋するが、「土砂(清浄な砂)を加持する法会で、その本軌である不空羂索経・28には、光明真言を108遍唱えて土砂を加持し、この土砂を屍骸・墓・塔その他、あらゆるものの上に散ずれば、その亡者が地獄・餓鬼・畜生・修羅にあって苦しんでいても、大灌頂光明真言加持土砂の功力によって光明を得、諸の罪報を除き、苦身を捨てて西方極楽国土に赴き、蓮華の上に化生し、菩提を成ずる、と説く」とある。

この法会の正念場は、光明真言で土砂を加持することだけど、それに加えて声明や読経も法会を支えている。今日、Gikoohが用いた次第は、修行のため京都の仁和寺に身を置いていた頃に使っていたものだけど、当時の修行仲間の名前も書いてある。手入れが行き届いたこの次第は、今となっては宝物だ。

(目には見えないけれど)、Gikoohは光明真言の功力がGikoohの観想する場所へ届けられるように、右手に樒、左手で念珠を繰りながら真言を唱え、土砂の上に梵字を重ねた。

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理趣経十七尊曼荼羅

2022-04-05 22:16:13 | Weblog

Gikoohは『弘法大師空海と出会う』(岩波新書)のなかで、弘法大師(お大師さま)が両部曼荼羅以外にも多様な曼荼羅を制作されていることを知り、以前にも増して曼荼羅の御仏の世界に深い関心を寄せるようになった。

書籍のなかに「弘仁十二(821)九月七日には、入唐に際して苦楽をともにし、同九(818)年に逝去した、もと遣唐大使の藤原葛野麻呂の冥福を祈り、金剛九会曼荼羅の理趣会に相当する『理趣経』の十七尊曼荼羅を制作している。その曼荼羅は、葛野麻呂の遺品であった紫綾の文服をキャンバスとして、そこに金銀の糸で諸尊を刺繍した、特別なものであった」とあり、繍仏で理趣経十七尊曼荼羅を制作したことは『性霊集』からも知ることが出来る。現在、お大師さまの制作されたこの繍仏曼荼羅は残念ながら現存していない。

今日の画像は、それではないものの、刺繍で復元を試みた理趣経十七尊曼荼羅だ。御仏たちの崇高な智恵と慈悲の光を金糸と銀糸で表現している。

今、世界情勢は次第に不安定と化し、戦争の行われている国では多くの尊い生命が犠牲になり、とても心配だ。Gikoohも朝と夕方のお勤めの際には、とにかく平和を祈っている。

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新年度スタート

2022-04-01 21:37:07 | Weblog

4日ぶりの日替わりになった。この間勝福寺では護摩供、葬儀、法事、僧侶の勉強会、そして幼馴染の友人の来寺と行事続きだったけれど、今日は少し落ち着いた時間を過ごすことが出来た。どの行事もかけがえのない大切な瞬間。、一方で世界の不穏な動向が常々気掛かりで、祈りの誠を捧げる生活に何ら変わりはない。ただただ泰平の世を願う。

新年度がスタートした。今日から新たな環境で生活をスタートする人も多かろう。何かと緊張する場面もあると思うけれど、常に自然体で素直に、謙虚に、前進する気持ちを心掛けてさえいれば足元は明るく照らされるものだ。

境内の桜は間もなく満開を迎える。写真は今日撮影したものだけど、だんだんと見事になって来た。

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