(書評)寺尾紗穂(音楽家・エッセイスト
『分解者たち 見沼田んぼのほとりを生きる』
猪瀬浩平〈著〉 森田友希〈写真〉
■多様な人々の共生に地域耕す力
障がいのある兄を持つ1978年生まれの著者は、
埼玉の見沼田んぼの福祉農園に一家で関わる中で育った。
彼は自らの土地感覚を踏まえつつ、首都圏開発の周縁に位置し、下水処理施設やごみ焼却場、
朝鮮学校といったものが集められてきた見沼田んぼと周辺地域の歴史を掘り起こし、
その意ログイン前の続き味を咀嚼(そしゃく)していく。
タイトルにもある「分解者たち」というキーワードが表すように、居場所のない、
見向きもされないものたちが、ダンゴムシやミミズが土を豊かにするように、
少しずつ地域を生きやすい場所に変えてきたその軌跡は、静かに力強い。
76年越谷市役所の職員から起こった、障がい者との共生を目指す運動は、
「わらじの会」となり現在まで継続しているが、
その初期の過程ではそれまで家の一室に閉じ込められてきた障がい者たちの「過去」が見いだされた。
「寒いとき綿くりやってたんだ」という当事者の語りは、農業が機械化していく70年代までは、
障がい者が農閑期の手間仕事の重要な労働力であったことを明らかにする。
相模ダムと津久井やまゆり園の歴史に触れる章もある。
ダム建設の日本人・朝鮮人・中国人犠牲者の追悼会では2017年、
津久井やまゆり園事件の犠牲者も同時に追悼された。
共にその場に参加した際、障がいのある兄が叫んだことについて著者は不安と不満を読み取り、思い巡らす。
私達(たち)は自ら叫ぶことを忘れて言葉のみを空しく並べ、それ以外の表現を排除してはいないか。
かつてその土地に響いた叫び、本当は今も人知れず響いている叫びに耳を澄ますことを忘れてはいないか。
健常者と障がい者、日本人と朝鮮人、定住者と野宿者。
いくつもの差異を無化していく営みの可能性を、著者は多様な者がうごめく見沼田んぼに見いだす。
論文の硬さとエッセイの軟らかさをあわせ持つ本書は、
読み終えた本の重さがそのまま筆者の未来への祈りのように感じられた。
評・寺尾紗穂(音楽家・エッセイスト)