mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

恐るべきお気楽

2015-08-29 09:10:00 | 日記

 オーストラリアに行くと知人に知らせたら、「アラン・ムーアヘッドの恐るべき空白をたどるのか」と返信があった。そう言えばどこかで聞いたことがあったが、はて、何であったか。検索してみる。

 

 今から150年以上も前の1860年、オーストラリアの南東端、メルボルンから北へ向けて探検に出た8人がいた。未開の大陸を縦断して、大きくくぼんだカーペンタリア湾へ向かうを目指す探検隊。地図で言えば、大陸の東三分の一の人跡未踏の地を縦断した。彼らはついに到達したのだが、その帰途暑さに苦しみ、4人のうち1人が死にはしたものの残る3人が到着したときには、ベースキャンプはすでに引き払われた後。ついに1人が生き残って終わったというものでした。ドキュメント・ライターのアラン・ムーアヘッドが『恐るべき空白』(ハヤカワ文庫、1979年)に記したことによって、広く知られるようになった、と分かる。

 

 その、ロバート・オハラ・バーク探検隊のルートと並行するように、大陸の中央部を南へ進む。バーク隊が踏み込む24年前、1936年にチャールズ・ダーウィンが上陸した北部のダーウィンから中央部ウルルのエアーズ・ロックまでの縦断。おおよそ1600kmの探鳥の旅。入口のシドニーで行き帰りに4泊もするが、それ以外はダーウィンから南行する道路におおよそ沿って走り、14泊。マイクロバスに揺られ、気ままに降り立って鳥をみて歩くという、贅沢な道行。こちらからの一行は12人、現地鳥ガイドやドライバーをふくめて同行する案内人は4人。ちょっと多いのがどうしてなのかわからないが、こちらの主催者がむかし訪れたときのガイドというわけなので、私はまかせっきりの、お気楽な旅である。今日の夕方から行ってきます。

 

 私の関心は、鳥よりもオーストラリアという大陸の地誌にある。気候風土、アボリジニーという先住民、そこへの英帝国の侵入と植民地形成。そのころすでに日本は幕末と明治維新という近代化途上にあった。しかも山をふくめて開墾しつくさんばかりの限界に来ていたから、近代か以外に道がなかった日本と異なり、手つかずの未踏の地に満ちていたオーストラリアである。いまどのように開拓されつくしているのか。その原動力であった白人至上主義が、その後どう変形していっているのかどうか。とすると、アラン・ムーアヘッドの『恐るべき空白』を読んでいないのは、気にかかる。今日、図書館にでも足を運んで、もっていかなければなるまい。

 

 昨日は、午後から荷造り。事前の注意で、オーストラリアの入国に際しては「持病薬」に英文の説明書が必要という。どういうこと? と思ったので豪州観光局のホームページを覗いてみると、「you must have a prescription, or written authorisation」と書いてある。「地球の歩き方」でも「英文の説明書を」とある。持っていないと「審査」が面倒になり時間がかかるというのだ。そこで、調剤してもらっている薬局で「英文の説明書」を頼むと、快く作成してくれた。一安心。ところが、実際に行ってきた人に言わせると、「そんなことはなかったよ」という。無駄だったかもしれないが、行ってみなければわからない。なにしろ、トヨタの上級役員に任命されて来日した人も、「薬物疑惑」を掛けられ、職を辞任し、放免されたという出来事もあった。近頃どの国も神経質になっているのかもしれない。処方箋がない薬もある。海外旅行に行くとき持参する「下痢止め」とか「汚水の清浄剤」とか「入れ歯の洗浄剤」の「説明」は、自前でしなければならない。「下痢止め」はともかく、「汚水の清浄剤」がどうして必要かと問われると、どう説明すればいいのだろうか。入れ歯って英語でどういうのだろうと、辞書を引いたりする。

 

 荷造りはわりと簡単に終わった。カミサンもあれこれ用意しているが、重複するのはごく一部だから、それぞれに荷を仕分けしてパッキングする。連泊が幾度かあるから、洗濯することもできるだろう。何より山ではないから、自分で調理する必要がない。「靴についている泥などもうるさいらしい」とカミサン情報。ウォーキング・シューズの裏側を丁寧に洗う。干していると雨が降ってきた。今日出かける時の予報も雨。干すことはなかったか。

 

 何だか、小学生が初めて遠足に行くときのような気分だ。解放されるというほど日常に拘束されているわけではないが、非日常に羽を伸ばしに行くのは間違いない。ふと目に止めた本、谷村志穂『時のない島――オーストラリア、ノーザン・テリトリーの旅』(TOKYO・FM出版、1995年)では、シドニーで乗り換えるとき「ほんとうにダーウィンに行くのか」と問われた、とある。1992年のことだから、23年前。日本人にとっては「未開の地」だったというわけか。はてさて、毒蛇や毒蜘蛛、ワニもいるというアボジニナル・ランドを縦断する旅で、なにに出逢うか。

 

 行ってきます。今度このブログでアップするのは9月19日。日本ではまだ暑い日々が続くことと思います。お体に気をつけてお過ごしください。ではでは。

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荒れる神を鎮める生き方

2015-08-28 09:14:55 | 日記

 宮部みゆき『荒神』(朝日新聞出版、2014年)。新聞連載小説。挿絵がまろやかなやわらかさを醸し出していて魅力的であったが、文章は読んでいなかった。1年余にわたって根気よく、物語りを胸中に保ちながら読みすすめることは、とても、できなかった。こうして単行本で読んでみると、タイトルの「荒神」が気にかかり、(作者が意図したかどうかはわからないが)それが主旋律として読める。

 

 宮部の設定する「荒神」は、領地争いの脅威を避けたいという「(弱い側の)呪術的願いが結晶したもの」という設定だが、いま国会で話題の「安保法案」に重ねて考えてみると、これも面白い読み解き方ができる。「呪術的願いの結晶=荒神」は、力の作動のモメントを制御することはできない。力には力を、となる。より一層強い力を「願う」。それはより強い反撃力となってこちらに降りかかっても来る。一度発動された「力」を鎮めるためには「贄」も必要となる。犠牲になるのは、坦々とした日常の暮らしである。日常において非日常を想定するのは、交換的な相対済ましによるか階級的な分業に拠るか。それほどに次元の異なる論理回路の差異を超えなければならない。宮部の作品では後者の身分制度を前提としているが、安倍のそれは「何」をもって差異を超えようとしているのか。「贄」とするのは何なのか。そう、思いは走る。

 

 この作品のベースに流れるのは、「力関係」を武力に頼るのか「人間関係力=社会関係力」に頼るのかという気風である。これも、今の「情況」を映していて読み取り方の自在さをもっている。さすが宮部みゆき、語り手の達者である。むろん、同列には論じられない。この物語には、綱吉という将軍の超越的他者がある。今はアメリカの帝国的優越性が消えつつあり、代わって中国という覇権国家がとってかわろうとしている。幕末のような状況なのである。この物語において争い合う両藩とも、確固たる綱吉の視線を意識しないではいられない。それをも物語りに組み込んで、落としどころを構成しているから、なお面白い。「落としどころ」とはいうが、白黒の決着をつけない、藪の中。これも宮部の社会観を体していて、好感が持てる。

 

 だが私は「荒神」をアップ・ツー・デートに読まなかった。「領地争いの脅威を避けたいという(弱い側の)呪術的願い」というのを、ルサンチマンとみた。ルサンチマンは、「恨み、つらみ、嫉妬、憎悪、怨念、恐怖」と平明に分節することができるが、いずれも(弱い立場に立つときの)人が社会的に存在する場面で持ち来っている原初的な感情・感性である。言うまでもなくその裏側には、強い立場の人が内心に持つ「誇り、矜持、義務、優越、安心、安全」が、底流している。前者は自らが築いた「神の力」は後者に向かって作用すると「呪術的に願う」が、現実にはそのように都合よく働くとは言えない。つまりルサンチマンが結晶したものとしての[神の力]は、誰に向かって、いつ、どのように作動するかわからないという不確定性を有している。私たちはたいてい自分に都合がいいように、ものごとを考える。自分がつくった「ちから」が自分に向かうはずがないと前提する。いや、前提するというほど意識的であれば、いくらかでも救いがある。たいていはそれを前提していることに気づかないで、コトをすすめてしまう。そこに人の業(ごう)や性(さが)があると私は思う(ちなみに、法治国家における憲法の優越性というのは、無意識に前提していることに気づかないではいられない社会的保障装置なのだが、いまやそれも怪しいというわけである)。

 

 ルサンチマンは、バイブルにも記されているように原初的な人間の「原罪」である。人の世が続く限り取り去ることができないこととなると、私たちは「荒神」の荒れ模様にどう向き合ったらいいのか。平穏な日常の鎮としての「神」をまつるのは、「神の力」の現れを願っているのではなく、その「力」を鎮めつづけようと願っているとは言えまいか。もしひとたび「力」が現れてしまうと、それは「我が神」であろうとも、我らの護りに働くとは言えないと、宮部は提示しているのではないか。神信心とは、神の力の頼るのではなく、「神の瞋り」に触れないように、己を慎ましくして生きることではないかと思わせる。宮部の作品中では、山人や農民の生き方として表現されている生き方がもっている「関係的謙虚」である。それは単に、国と国との「かんけい」だけでなく、ことに今の時代では、人と人との「かんけい」においても同じように言えることではないか。その意味で、今の私たちがどのような社会関係を築きながら「かんけい」を保持しているか、一つひとつの場面で問われていると、さらに本書を敷衍することができる。面白かった。 

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跳躍していた想念が瞑想になる

2015-08-27 20:20:17 | 日記

 先日もとりあげた『八月の六日間』では、登場する主人公が山を歩きながら胸中にもたらされる仕事のこと、同僚との関係のこと、自分の伴侶のようにかかわっていた男のことなどを、内省的にとりあげている場面が、旋律をつくるように描かれている。そう言えば『草枕』にも「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角かどが立つ。情に棹さおさせば流される。意地を通とおせば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」とあった。とかく山を登っているときというのは、いろいろな想念が経めぐるものだ。

 

 不思議なことに、私もそうだが(山に限らず)歩くという行為はなぜか内省的な視線を起ち上げる。この感触は何だろうか。歩くという身体性の持つワケがあるのであろうと考えている。若いころは、日ごろの憤懣が噴き出るように頭の中を経めぐり、同じことが繰り返し、ぐるぐると想い起こる。そしてある時、ふと、そういう自分に嫌気がさし、考えるのを止めようと思うが、なかなかやめることができない。そうして下山してみると、胸中を経めぐっていたことの(自己中心的な)つまらなさが、はっきりと見て取れる。つまり断続的に自己の内部に向かう視線は、当初は、必ずしも自省的というわけではなく、端から自己中心的なのだ。それが歩く行為の積み重ねに伴って、内省に向かうように思う。歩くという行為そのものが、「外部」と向き合うことになる。それが山路を歩くような困難をともなえば伴うほど、その困難の根源である自己の身体性と向き合うことである。自己中心的であるのなら、「なんでこんなところに来たのだ」と自分に腹を立てることになる。そういう時間が持続すると、いやでも応でも自分と向き合うしかない。

 

 もちろん単独行のときがいい。他の同行者がいると、そちらとの関係が気を紛らわせてしまうから、思索の方向が自分に向かわない。もっともすぐに内省的に視線が向かうわけではない。「外部」に比して「自己」がいかにもちっぽけだと感じるところに至って初めて、自己を対象としてみる「超越的視線」を自分の思考の中に組み込むことができるようになる。

 

 そのようにして、道中の想念の様子を振り返ってみると、いつしか、自省的な視線が組み込まれている。それはしかし体系的ということではない。さまざまなプロットがポツ、ポツと浮かんでは消え、浮かんでは消えして、何か大切なことを考えていたという印象は残るが、何を考えていたのか分からなかったり、忘れてしまうようになる。こだわらないと言おうか。ぴょんぴょんと思考が跳ね回っている。川喜田二郎ならば、歩きながらカードに何かを書き記したかもしれないが、こちとらそんな余裕はない。何より歩くために歩いているわけであるから、カードなど持ち歩かないし、立ち止まって書き記そうとするようなことは酔狂もいいところである。

 

 いつのころか、ほとんど無念無想といってもいい状態になって歩いている自分に気づいた。眠っているわけではない。足元の岩場や木の根をしっかりとみて踏みしめながら、しかしその余のことは何も考えていないような状態に陥る。気がつくと2時間経っているということが、そのうちときどき起るようになった。ある時は、単独行ではなく、若い人を連れていたのに彼のことを忘れ、坦々と歩いていて、「そろそろ休みませんか」と言われてハッと気づいたとき、すでに2時間が経っていた。私はそれをクライミング・ハイと名づけて「山歩きの瞑想」として大切にした。そのころには、自省もなければ、雑念の妄想に悩まされることもなくなった。ただただ山歩きに集中している自分が好ましく思われたのである。

 

 ピークハンターとでもいうような若いころの山歩きと違って、リタイアしてからの山歩きは、逍遥という風情になった。目的の地は持つが、何時にどこに着くかを大雑把に想定するだけで、コースタイムに縛られたりもしなくなった。気分が良ければ、山頂で寝転がって時間を過ごすし、調子が悪くてくたびれてしまえば、途中で引き返しもする。山にいること自体が、つまり山歩きの瞑想が愉しみで、山に来ているようになった。そろそろ仙人の境地に達するのかなと思う。

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世界と我が身(3)――目線のデノミ

2015-08-26 10:13:21 | 日記

 「世界と我が身(2)」で(とりあえず、終わり)としておきながら、すぐに翻意。ごめん。

 

 片山杜秀が今日(8/26)の朝日新聞の「文化・文芸」欄で「今月の注目作」を取り上げ、面白い指摘をしている。タイトルは「小説の限界」と打ち、サブ・タイトルを「複雑な時代にどう紡ぐ」と見出しをつける。三輪太郎「憂国者たち」(「群像」9月号所収)と川上未映子「苺ジャムから苺をひけば」(「新潮」9月号所収)の2作を対照させて、世界をどうとらえようとしているのかに分け入っている。

 

 三輪の作品は、三島由紀夫の作品と生涯の評価をめぐる対立を軸に「小説で世界を総体的に認識する」ことができるかを問うている、と。そうして片山は、

 

 《『憂国者たち』はまさに日本の今をつかまえている。文学の機能不全。混乱した現実を前にしての社会全般の判断力低下。……この国の危機を思い知るのに格好な時局認識に満ちた、小説についての小説だ。小説に死刑宣告する小説だ。》

 

 と結論する。その上で、

 

 《いったいこんな時代に、なおもどんな小説が紡がれうるのか。》

 

 と自問して、川上の小説の「アプローチ」に目を留め、以下のように視点を転ずる。

 

 《作家は高みから世界を明察しえない。でも大人びて作家らしく振る舞おうとすれば、如何に不条理な世界でも総体的に認識したくなる。観念や理想で再編したくなる。……そこから逃れるためには言わば作家の目線のデノミが必要だ。視点を切り下げる。話者は12歳の子供。》

 

 川上の作品が12歳の子どもの目線から構成されていることをテコに「作家は子どもに化けることで居丈高な文学者目線からも、もっともらしい小説否定の虚無主義からも逃れられる。子どもならわからないことだらけでも何も恥ずかしくない。そして子どもこそ、身近な世界をさかしら気にならずに疑い続けられる。そこから全世界に疑問符を広げる。そして苦しむ。大人になれる道を探す。」と展開し、それを「希望の道がここにひとつある」とする。

 

 大筋において同意しながらも、う~ん、この展開に片山の思念がもっている「社会的に一般的な前提」に対する疑念がいくつも浮かび上がる。まず最初の大きな「疑念」は、作家というのが世界を総体としてとらえ高みから明察している(べきである)とする前提である。むろん世の中のメディアや権威が、このような常識を持っていることや、それを前提に振る舞う作家たちがいることを知らないわけではない。そうして何時も感じるのだが、何を根拠に彼らは自分たちがそういう位置を得ていると考えるのかが(私には)わからないのだ。

 

 そもそも「世界を総体的に認識する」というのは、どういうことか。人間観や社会観や宇宙観をふくめて「世界」を認識するということが、普遍的に語れるのか。誰がどこからいつ「世界」を認識しているのかと問うだけで、限定が立ちふさがる。むろん小説は、直ちに普遍を語るわけではないから、個別性を描きとりながら「世界の総体を語る」方向へと向かう。だがそれ自体は、断片であり、途上である。またそれを読む者が、どこにいていつ何を読み取るかと考えると、「郵便的誤配」もふくめて、「世界の総体」は語ることができない。

 

 「世界」は、書かれた作品があり読み取る読者がいて、その間の魂の交通の合間に垣間見える瞬間であって、見てとった時それはすでに別のものに変容しているという格好のものなのではないか。つまり「世界」というのを実体的にとらえることはできないのであって、実態的に、つまり「かんけい」的に認知できるにすぎないのではないか。もしそれを「総体的に」認識しようとすれば、遠近法的な視線の消失点において表現するしかない。「色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是」と。これを「虚無主義」とみるのは、「世界を総体的に認識する」主体がどこか超越的に実在すると仮構するからであって、一個の人間にみえる世界は、我が立ち位置からしか見えないのだ。だから遠近法的消失点が「普遍的真理」になる。「人は誰でも死ぬ」と。だが、「死ぬことが人生」なのではない。死ぬまでの存在と関係的実在の総体が人生である。「かんけい」的に見て取ると、見えた(感じた)と思う瞬間に(形を変えて)消えてしまうということも「関係的実在」にほかならない。

 

 じつは川上の据えた「子供の目線」というのが、上記「色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是」に至る出立点である。「わからないことだらけでも何も恥ずかしくない」のは「子ども」だけではない。大人だって恥ずかしくはない。それを「恥ずかしい」と思うのは我が無知を知らないからだ。「受想行識(人のあらゆる感覚や認識)」もまた、「色即是空 空即是色」だと、いわば、感性・認識の根底に立って初めて、「世界」を感じることができる。つまり、片山の逡巡を解きほぐすのは、彼自身がどれほどに自らの輪郭を描きとって「世界」をみているかから、はじめなければならないのではないか。

 

 言うまでもないが、彼の今日の論考にいちゃもんをつけているのではない。彼の傾きがあったからこそ、思い浮かんだ私の「輪郭」に、思いをいたしているところなのである。

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世界と我が身(2)――星の子どもたちの奇跡

2015-08-25 08:11:11 | 日記

 ハイデッガーの後援を得たのは、「学ぶ」ことに関するダイナミズムである。

 

《「初めから自分の手元にあるものをつかみ取ること」あるいは「初めから自分がもっているものを獲得すること」こそが「学び」の本質なのではないか》

 

 とハイデッガーは論じている(と森田真生は紹介する)。つまり、個別性と言われる「経験則」がベースにあって「学ぶ」という普遍性への道が開かれる。学ぶ人が知らない何かを与えられるのではない。そうみることによって、「経験則」という身体性と「普遍性」という世界性との接点が見えてくる。学ぶということは自己の輪郭を描き出すことだと言える。誰がものごとを認識しているかを決して失念していない。

 

 それは繋がってはいるが、順接しているとは限らない。(思考している人の)視点を考えると、むしろ、学ぶ人の内面と逆立する「世界」へ旅立つともいえる。その旅立ちには「飛翔」ともいえる跳躍がある。それは確固不動の自我を前提にしたら、じつは成り立たないと私たちは論じてきた。(自分の)外部の感触がじつは自分の内部の輪郭であったという覚醒が「わかる」という実感なのだが、そこには大きな視点の転換がある。自らを世界に位置づけてみてとることが同時に行われているのである。それは、自己と異なる他者の視線を組み込んだ自己認識である。それを媒介する要素には、自己を対象化する「他者の視線」が補助線としてひかれなければならないのだが、これが自己中心的な社会関係で育った子どもたちの教育においてはまことに困難であった。「どうして学ばなければならないか」と問い返す子どもたちを「わからせて」次のステップへ誘うことは、ほとんど不可能に近い。自己を対象化することには自己批評性が不可欠だからである。

 

 教師という仕事を生業とするということは、そういう意味では、生徒の自己充足的な精神性に対して槍を投げ込む役割を果たすという覚悟が必要であった。彼らと「いい関係」を保つことによって彼らの「学ぶ意欲」を引き出すという論議をしばしば耳にしたが、「いい関係」を保つことの中には、「教える側」の身体性が批評性よりも同調・共鳴性を優先する心理的な働きが作用する。つまり大人の世界に違和感なく誘おうとする余計な身体性が働いてしまう。これはおそらく、私たち大人も生育中に持ってきた社会関係のありようが、自ずから構成してきた身体性なのであろう。何事につけ、もめたくないのだ。それが、「他者の視線」の優越性を削ぎ、自己を対象とする批評的自己言及の厳しさを回避させてしまう。これは「学び」ではなく、「教化/訓育」である。そこから生徒は「従順」を学び取るかもしれないが、「自らの内面の発見・吟味」には至らない。そういう見極めの上に、私たちは教育論を立論してきた。それが世の中の風潮に逆らい、齟齬を来たし、それゆえにマスメディアに(反面教師として)採用されたこともあったが、全体としてはあまり受け容れられた様子はなかった。

 

 さて話を本筋に戻す。森田真生がハイデッガーを援用して解きほぐそうとした「学び」の人間観・世界観は、(1)福岡伸一『動的平衡ダイアローグ――世界観のパラダイムシフト』 によって、「実存」のとらえ方に転轍される。福岡は「実存」そのものを問題にしているわけではない。だが、彼がとらえる生物学からの生命観は、「実存」が「関係的存在」であることをあきらかにする。それを福岡は「動的平衡」と表現する。つまり、「実体」としてとらえるのではなく、「かんけい」的にとらえよとする「転換」を図っている。次のような指摘がある。

 

 《例えば、因果律の考え方もその一つです。複雑系のような比較的新しい議論も、チョウが羽ばたくとはるか離れた場所で嵐が起こるというように、基本的には因果律を認めています。でも、実際そこにあるのは動的な平衡状態によるある種の同時性だけで、チョウが羽ばたいて嵐が起こることもあれば、起こらないこともある。自然をパターン化して捉え過ぎると、東日本大震災のように「想定外」のことも起きます。その意味でも、この世界のすべてがアルゴリズム的に記述できるという考え方は、そろそろ見直さないといけないと思うんです。》

 

 ここで「自然をパターン化して捉え過ぎる」と言われていることは、簡単に「普遍性」に巻き込まれてはいけないと注意を促しているのである。つまり、「普遍性」はつねに「個別性」とのやりとり(フィードバック)の上に成立していることであり、言語矛盾のように思われるかもしれないが、「普遍性の身体性」を見失うなと指摘しているのだ。上記文中の「アルゴリズム的に記述できるという考え方」は、いわば「パターン化して捉えることの集積」を意味している。今の(デジタル)時代は、すべてがこれで成り立っていると言ってもいいほどであるが、それを「見直さないといけない」というのは、もう少し次元を変えた視点を持とうという提案だと言える。

 

 (ちなみに、このブログの2015年5月5日は、森田真生の上記所論を取り上げて、電子チップにハードウェアを進化させるある課題を与えて作業をやらせたところ、100個ある論理ブロックのうち37個しか用いず、しかもそのうちの5つは、他の論理ブロックといっさい繋がっていなかったという話を紹介した。すなわち、デジタルの進化作業を行っていた電子チップも、「論理」ではなく、使えるものをうまく使って進化するというアナログ的な「経験則」的な用法を採用していた、というのである。人間の考える「論理」の狭隘さを表しているのか、「つながらない論理ブロック」をノイズとして排除する人間の論理の方に間違いがあると指摘しているのか。まだまだ不分明な世界が広がっていると思わせる。)

 

 「自然をパターン化して捉え過ぎる」とは、人が物語りをつくってしまうと逆にそれに縛られてしまうことを指している。(2)ミチオ・カク『フューチャー・オブ・マインド――心の未来を科学する』が、それをほぐして、次のように指摘する。

 

 《コペルニクスの原理によれば、われわれは星々のあいだをあてどなく漂う、微々たる宇宙のかけらに過ぎない。……この原理は、宇宙は声明に適合しているというものである。……しかし、生命の存在を可能にするには、明らかに宇宙に存在する力が絶妙に調整されていなければならない。……例えば、核力がもう少し強かったら、太陽は何十億年も前に燃え尽きたはずだから、DNAが出現する暇はなかっただろう。逆に核力がもう少し弱ければ、太陽はそもそも転化されず、やはりわれわれは存在していまい。同様に重力がもっと強かったら……。このような微調整は、身体の一個一個の原子にまで及んでいる。物理学では、われわれは星屑でできている、身の回りにある原子はすべてすべて恒星の熱で作られた、などと言われる。われわれは文字通り星の子どもなのだ。/しかし、水素を燃やして、我々の身体を構成するもっと重い元素をつくりだす核反応は、きわめて複雑なので、いくつもの段階で失敗していた可能性がある。もしそうなら、われわれの身体を構成する重い元素はできず、DNAや生命をかたちづくる原子が存在することはなかっただろう。/言い換えれば、生命は貴重であり、奇跡なのだ。》

 

 この後半の記述は、丁寧に生命の誕生の条件をたどっている。そうしてそれを「奇跡」と表現するところに、「個別性」と「普遍性」の跳躍を寿ぐ心もちを感じる。もしそれを[神の仕業]と言ってしまうと、大自然ではなく、神の偉大さに収斂してしまう。「奇跡」と呼ぶことによって大自然に対する畏敬と感謝の念を込めて己の存在をとらえている感触が込められる。私はそれを良しとしたい。

 

 今回の合宿は、私たちの歩いている地点が、まだまだ地平線すらみていないところにいることを感じさせる。でもそれでいいのだ。いつでも、高みに達したと思ったら、その向こうに開ける地平はさらに広大に広がっていることがわかる。そのバトンが手渡されてさえいれば、いつまでも私たちは歩いて行ける。文字や画像などのエクリチュールとそのメディアが、バトンを受け継いでくれている、そんな「奇跡」を思わせて愉快であった。(とりあえず、終わり)

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