mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

山のない暮らし

2021-01-31 09:40:56 | 日記

 今日で1月もおしまい。とうとう埼玉県から一歩も出なかった。去年の昨日(1/30)のこの欄には、奥日光へ行って泊るでスノーシューを愉しんできたことが、記されている。正月と合わせると、奥日光で6日を過ごした。じつは今年も宿を予約していたのだが、12月の「首都圏の緊急事態宣言」で足止めを食らった。今年になって、栃木県もその列に加えられ、ますます行きにくくなった。
 結局今月は2度、県内の日帰りの山に行っただけである。それはそれなりに面白かったのだが、あとはお目当ての日が雨とあって、出足が鈍ってしまった。その代わりと言ってはヘンだが、毎日ご近所を歩くようになった。ただただ歩いているとどんどん忘れてしまう。記録をとると、そのために歩こうとする要素も加勢するのだろうか、おお、今日も行かなくちゃあと、手がけていることをさておいて、抵抗なく家を出ている。
 今日の分を除くことになるが、30日間で456,600歩、327km歩いている。一日平均、15200歩、11km。ほぼ平地では2時間余だが、山の時は5~6時間の行動時間である。一番多い日は、26100歩、19km。一番少ないのは、「0」。なぜだったか忘れたが、1月3日。でも、このペースでは、全行程12000kmの四国八十八カ所巡りを40日ほどで済ませることはできない。傘を差して歩いたのは3日、あとは曇りか晴。温かい陽ざしに包まれていた印象が強い。
 歩数を計算するアプリが、距離をどう図っているのか、わからない。まさか歩数に歩幅を掛けて割り出しているのではないであろう。ひと月の総距離を総歩数で割ると71センチほど。だが山を歩いたときのそれを割ると、74センチになる。平地より山の方が歩幅が広いというのが、なんとなくヘンな感じだが、傾斜があるし、滑り降りたりしているから、その分広くなっているのか。GPSがつかんでいると考えている。山の歩数は、平地の二倍以上の負荷があるというのが実感だ。
 こうして、山へ行かず、ご近所を散歩するのが日課になった。コロナウィルス禍のお土産だが、齢相応に身体が衰えていっていることを考えると、身の程に適った過ごし方かもしれない。山を歩いているときのような(道を間違えてるんじゃないか)という緊張感はない。家を出て1時間余は、どこを歩いているか、どこへ向かっているかにかまわず、遠くへ遠くへとすすむ。1時間を過ぎて初めて、戻ることを考える。街中の、どこにいるかわからなくなると、そこからなにがしかの目安になるものを探して、幹線道路に出る。あるいは、慣れ親しんだ見沼田んぼの用水路に出る。
 ひとつ、日々実感することがある。浦和の町は、古い所と新しいところが入り組んでいる。古い住宅街は、道が細く、かつ屈曲している。路地と呼んでいい、道幅2メートルもない道が、家々の壁の間の暗渠の上を通っている。あるいは人の家の庭と区別のつかないところに出て、そこを抜けると4メートル幅の道路に出たりする。古い家屋の広い前庭には大木も灌木も密生していて、その向こうに畑らしき広さがとってあったりして、昔の田舎家のたたずまいだ。
 かと思うと、つい先ほどまで植栽の養生畑であったと思われる広い土地に8メートル幅の車道と4メートルもある歩道が両側にしつらえられた新興住宅地がぽんと出現して、何百メートルか続く。車道も、まっすぐに貫く様な無粋さを退けて、大きく屈曲する。車が速度を落とさざるを得ないように設計しているのであろう。変貌する浦和のペースが、土地所有者の寿命と遺産相続と土地開発業者の意欲とその土地への転入者の数によって定まってきているように感じる。幹線道路とバス便の多寡が影響しているかもしれない。
 山のない暮らしの予行演習のような日々だが、ま、こうして、コロナウィルスにいい機会を与えられたと思って、しばらくは県内禁足生活を送ることにしている。


あさきゆえみしゑひもせず

2021-01-30 06:17:11 | 日記

 今朝、と言っても朝なのか深夜なのかわからないが、夢うつつに二つのことが思い浮かんだ。
 一つは、一昨日のぼたん雪のこと。はじめ白いものがぽつぽつと落ちてきた。それが三つになり、四つになり、やがて無数に白くなって落ちる。「5センチくらいあるね」と後を歩いているカミサンが言う。うん、そんなに大きいかなと思う。そのうち、ぼたっ、ぼたっと地面に落ちて音が立つように思った。だがさほど進まないうちに、大粒のぼたん雪が視界の一面を覆い、みるみる見沼田んぼが白い色どりに覆われていく。その進行形が、面白く感じられた。夢うつつは、そのイメージだ。
 もう一つは、昨日この欄で記した「妙な小説」について。
 はたと気づいた。この小説は、作家が「愛」という幻想をはぎ取ってみた「性」。いや、幻想をはぎ取ってみた「性」は単なる生理作用だが、人というのはそのような機能的な「かんけい」だけで生きていない。その日常のたたずまいの中の「性」を個体に紐づけしているのが「愛という幻想」。それも、機能的に純化して行けば、「記憶」にたどりつく。
 では記憶が「愛」に代われるかとなると、そうはいかない。「記憶」すら、機能的に純化すると、例えばランダムな数字の配列を短時間で覚える技能に変化する。そのココロは、意味がない、ということ。意味が欠落した「愛」(という記憶)は、なんだろう、かたちのないイメージ。
 そこまで到達して、この小説、佐藤正午『5(ご)』(角川書店、2007年)は、人の日頃の暮らしの原点へ辿りつく。暮らしの原点は、「かんけい」。かたちが見えない。せいぜい、永井荷風のいう「芋づる式」か、夏目漱石が『虞美人草』で行ったという「運命は丸い池を作る」イメージを想いうかべて、幻想をはぎとった作家は、自分の記憶の原点へと旅立つ。原点があるわけではないが・・・。
 ひとつ目の雪が覆っている「幻想」が、溶けて流れて、地面が露わになると、たちまちつまらない日常が浮かび上がる。では、なにを動機にして人は生きているのか。イメージにせよ、言葉にせよ、「かんけい」を機能的にみてとるようなことをしていては、実存の意味すらつかめない。でも現代という時代は、機能的な「10」を求めて蠢いている。「5」じゃないかと、ぼんやりとイメージしている感触が、夢うつつに浮かんできた。
 あさきゆえみしゑいもせず。ん。


大隠は朝市に隠る。

2021-01-29 19:28:11 | 日記

 妙な小説だ。佐藤正午『5(ご)』(角川書店、2007年)、図書館の書棚にあるのを手に取った。作家の奔放な性的渉猟と創作と女性たちとの、つかみどころのない悶着。と思って読みすすめていたら、理知的な思念と身体的な反応という、二項対立的にいうと、その二つに引き裂かれた人の特性が対照され、そのいずれに「10」の才能がもたらされても、人との関係はうまくいかず、ほどほどのバランスをとって「5」を与えたまえというメッセージを込めているのかと思いつつ読むが、そう単純に二項対立にしているわけでもない。
 理知的な領野が未来予知的な才覚に顕れるような気配で、終わる。ただひとつ、才覚の「10」をもったものは、市井に身を隠すようにしてクラスのが賢明よという世間知でお話しはおしまいになるが、何だかそんなことを言いたいがために、こんなに延々と綴る必要はない。
 つかみどころがないのは、文通に登場する作家のジョークだったり、皮肉だったり、女に対するからかいの言葉だ。そのかけひきを愉しむために、これだけの文章が必要だったとすると、書き始めたときにどこへ向かうかわからないが、内側から湧き起る想念をどうあしらったらいいか、書いているっ本人もわからないままに書き落とし、書き落とすとすぐに何を書いたかはどうでもよくなり、次へと目が移る。そういう女との関係も、そのままに、捨てるでもなく留めるでもなく、シゼンショウメツするがごとくに移ろっていく。
 最後にぽんと、「大隠」という言葉が出てくる。ある特殊な才覚をもったものは、市井に身を隠せ。「大隠は朝市に隠る」と言いたいのであろう。となると、なんだ、世間的な同調性を忘れずに暮らせよという俗言に身を寄せているのか。「和光同塵」という言葉も、ただそれだけがポンと投げ出されて、捨て置かれる。ある特殊な才覚が、世の中の市営の民として暮らしている人々に、何か恩恵をもたらすということを言いたいのかもしれないが、そういう描写は(これと言って)あるわけでもない。
 妙な小説だ。この作家がどんな方か知らない、ただ、「5」というタイトルに魅かれて手にとったのだが、ヘンなの、と感じて終わった。


見沼田んぼに雪が降る

2021-01-28 17:17:19 | 日記

 今日の埼玉地方の天気予報は、一日曇り。所沢だけが夕方6時ころから雪の予報であった。お弁当をもって家を出た。出るときに師匠が「一応傘も用意して」と言ったので、折り畳み傘をリュックに入れた。見沼自然公園までトモエガモを見に行こうという。芝川の通船堀に出て調整池へ入る。天気は曇り。見沼用水西縁を流れる水の水量が多い。つい先日の雨がこんなにあったのか。それとも、そろそろ農業用水が必要な時期になるのだろうか。
 コガモに混じってオカヨシガモが浮かんでいる。オオバンが群れている。アオジが枝に止まっている。ウグイスが目の前を飛び去る。ヒヨドリ哭きながら飛び交い、ムクドリが電線にとまってお喋りしている。スズメの群れているのが茂みから飛び立つ。
 調整池にミコアイサが6,7羽浮かんだりもぐったりしている。鳥観の人たちの数が少ない。走る人と散歩をする人がちらりほらり。民家園まで行くのに1時間ほども掛ける。師匠の探鳥は、いつも歩度が遅い。見沼用水の東縁に上がって北へ向かう。国昌寺を過ぎ、見沼のトラスト一号地に入る。カワセミが飛ぶ。萱場に小鳥もいるが、何かはわからない。師匠がシメを見つける。マルコの萱で作った竜が、すっかり草臥れている。傍らの萱場の萱は刈り取って使ってくれと言わんばかりに生い茂っている。火をつけて焼き払うと肥料にもなっていいだろうにと思う。
 浦和草加線道路が渋滞している。ちょうど東縁を渡るところで街路灯の設置だか取替工事をしている。ご苦労さんだ。交通整理員が私たちを見て車を停め、通れと手にした信号灯を振る。ありがたい。
 自然公園の東屋に3人ほどのカメラマンがたむろしている。なにかをみているのか、お喋りしているだけなのか、わからない。池の方へ行く。前回来たときには池が凍っていて、そこへ石を投げて遊んでいる子どもたちがいたが、今日は凍っていない。オオバンが陸に上がって何かを啄ばんでいる。カルガモがぽかりぽかりと浮いている。鳥たちは、いずれも池の端の方に寄っている。
 トモエガモを探す。葦の草叢に一羽、それらしきのがいる。大きさは以前見たトモエガモのそれだが、顔をみないと私にはわからない。と、傍らから何かが飛び込んできて、トモエらしきカモは驚いて飛び立ち、大きく旋回して東の方へ行ってしまった。オナガガモとヒドリガモが私たちの方へ寄ってくる。ふだんならここで餌付けをするヒトがいる。傍らに「エサをやらないでください」と書いた看板が掛けられている。
 ベンチに腰掛けてお昼にする。12時半を過ぎている。陸に上がったオナガガモやヒドリガモは私たちのベンチの脇を通り過ぎて、池から離れた芝地の方へ向かい、そこで何かを啄ばんでいる。いつもなら人が多くて、そこまで上がってはこない。だがお弁当を広げていると、ぎゃおぎゃおと声をたてたかと思おうと、一斉に池に向かって飛び込んでいく。上空を見上げる。ワシかタカ来たのか。それともネコかイヌが来たのか。振り向いてみるが、それらしき姿も見えない。
 食べ終わるころ、雨が落ちてくる。「傘が当たったね」と師匠。降りはだんだん本降りになる。風がないから折り畳み傘でいいが、気温がどんどん下がってくる感触がする。手袋に入れた指の先が冷たい。シジュウカラとコガラの混群がいる。
 おっ、椅子に座り、手をさしのべて掌から餌をやっている人がいる。飛んできているのは、ヤマガラ。3羽も、入れ替わり立ち代わり、その人の手に乗って餌をもらっている。この方も、ずいぶん時間をかけてここまでにしたのだろうね。雨が落ちて来たので、彼も引き上げていった。
 帰る足取りが、ついつい早くなる。東縁沿いの道をにやってくる車が少ないのが、たすかる。ときどき立ち止まって飛び交う鳥を観るが、師匠は「最短距離で帰ろう」という。でも草臥れてきているのか、足取りは重い。
 調整池の脇を抜けるころ、落ちる雨に白いものが混じる。雪だ。そのうち落ちてくる白いものが多くなる。ぼたん雪になったねと、後を歩く師匠が言う。調整池を過ぎて、大間木のサッカー場や野球場やゲートボール場を過ぎるころには、雪で前が見えなくなるほど、一面が雪になった。地面に落ちたのが、初めの家はすぐに溶けていたが、そのうち白くとどまる時間が長くなる。草付きの上に落ちた雪はそのまま積もる気配さえ湛えている。
 服に落ちた雪が解けずに、しばらく残る。家に着くころには、本降りになっていた。濡れたズボンをとりかえ、着ていた羽毛服も吊るし、靴下もとりかえる。身体が暖かくなる。庭も、白くなっている。これは積もると思っていたが、今見ると、庭は黒っぽくなり、空から落ちる雪片も、もうぼたん雪ではなく、細かい雪片になってきた。ひょっとすると、これは積もるぞ。ちょっと楽しみ。


意外な街中の大きな森

2021-01-27 10:19:38 | 日記

 昨日(1/26)、鳥観の師匠の案内で「秋葉の森公園」へ行った。何処にあるんだろう。ネットで調べるとさいたま市の西区とある。川越線の指扇駅の北1㌔ほど。車のnaviにいれると「秋葉の森サッカー場」があった。住所が西区とあるから間違いない。「35分」と所用時間が出ている。何だ近いじゃないか。naviの案内にしたがって走る。清河寺で斜め左へ曲がりあと何百メートルかになって、細い田舎道になる。左へ曲がれと指示が出るが、その角に「行き止まり」と書いてある。でも行ってみようと車を入れると「目的地に着きました。」と案内が終了してしまった。周りは萱の原。おいおい、これじゃ困るよ。角まで引き返し、直進するが「サッカー場」らしきところはない。師匠は、駐車場があった、トイレもあった、公園の管理事務所もあったと、何年か前に駅から歩いてやってきて、探鳥したときの記憶をたどるが、それらしき場所に出会わない。
 もう一度、navi履歴の「秋葉の森サッカー場」を目的地に指定すると、なんと3・5キロ先へ案内を開始しはじめる。えっ、えっ、いいのかよとnaviを疑いはじめる。だが車は、先ほどの終了地点を反時計回りに回り込むように走り、ポンと秋葉神社の鳥居近くに出た。その前で左折して進むと、広い駐車場があり、サッカー場が二面ある「秋葉の森公園」に着いた。何だか狐につままれたような気分だ。
 さいたま市営公園。サッカー場の一面はカバーをかけて芝生の養生をしている。案内板に「予約法」を記している。結構人気の練習場なのかもしれない。そう言えばネットで調べたとき、近くに大宮アルディージャの本拠地があったようだった。その向こうに、南北に細長く葦原と森が広がっているのが、「秋葉の森公園」のようだ。
 まず、南端の方へ向かう。ツグミに出会う。ヒヨドリがたくさん飛び交う。母子連れが遊具で遊んでいる。家族連れがお弁当を下げて歩いている。葦原の鳥を観ていると、向こうからやって来た人が師匠の鳥友らしい。しばらく何か話を交わしている。野鳥の会がこのところ開催できないから、こうやって私的に鳥観をして、互いにメールなどで情報交換をする。シロハラがいた。クイナやヒクイナがいるとかワシタカがいたが、なにかわかったかとか、ルリビタキがどこそこにいたということらしい。
 裏側から公園の敷地を出て細い農道をすすむと、竹林の向こうに葦原が広がっている。そうだ、秋葉神社ってのは火除けの神様ではなかったか。住宅地に広い葦原があり、森が残されているのは、かつての農村地帯にあった広い萱場の火除けのためであったのかもしれない。大宮台地の森や萱場が住宅地に変わっていく、その進行形が、今のここの姿なのだろう。シロハラやホオジロがいた。クイナのらしき声も聴いた。シジュウカラやメジロ、コガラが木々の枝や地面の枯れ草に群れている。シメもみた。イカルの鳴き声がする。高い木の先端近くに3羽いたが、飛び去ってしまった。
 サッカー場の方へ戻り、北へ向かう前に芝地のテーブル付きベンチでお昼にする。100mほど離れたテーブルで探鳥の人たちがお昼にしている。20mほどのところに7人の若い家族と友だち連れが賑やかにおしゃべりしながらお昼を愉しんでいる。コロナなど知ったことかという勢いだ。
 北の方へ向かう。高台の森の西側に湿地が広がり、そこも広い萱場になっている。コサギが飛び立つ。鳥影は少ない。湿地の中央によどむ水場近くの萱ににカワセミが止まっている。空は曇り空だが、背中の羽根が緑色にきれいだ。ヤマガラが2羽いた。アオサギが飛ぶ。シメが高い木にいる。犬を抱いた人がやってきて通り過ぎる。あとで分かったが湿原の入口に「自然保護区ですので、ペットを連れて入らないでください」と書いてあった。「だから抱いてはいる人がいるんだね」と師匠。ははあ、橋を渡る一休さんみたいな人がいるんだ。
 戻るときに、ここにルリビタキがいたんだよねという水路を覗いた。師匠がタシギを見つけた。くらい水路の影から流れの方へ踏み出してきて、何かを啄ばんでいる。双眼鏡でよく見える。と、引っ込む。また出るのを待つ。待っていると師匠が、ルリビがいるよとすぐ近くの下を指している。いた、いた。裸眼でみる方が容易いほどの近くの下の水路にルリビタキの雌が、水浴びをしたいのだろうか、落ち着きどころを探すようにぴょんぴょんと飛び回っている。カメラにも収めた。これほど近くで、こんなに長い時間ルリビタキをみたのははじめてのように思った。
 これで今日の鳥観の目的は達した。滞在時間は約3時間。いそいそと買い物もして帰った。わずか8000歩ほどしか歩いていない。