mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

心のありか

2016-01-31 20:38:14 | 日記
 
 今日の朝日新聞の「折々のことば」で鷲田清一は、ミシェル・セールの「意識はしばしば感覚のひだのなかに身を潜めている。」を取り上げて、次のように解説している。
 
《祈るときは合わせた二つの掌のあいだに、悔しくて歯ぎしりするときには歯と歯のあいだに、悔いて顔をしかめるときは眉間、あるいは瞼のあいだに、魂はある。このように魂は体のいろんな場所に散在すると、現代フランスの思想家は言う。脳の科学とは違い、魂にじかに響いてくる魅力的な思考だ。では他人の皮膚と触れあうときには? 「五感」(米山親能訳)から。》
 
 私は「心」と呼ぶ。私の「こころ」とは「関係の認知感覚」をいう。人と人、人と物、人と環境がかかわるときの「肌触り」こそ、魂の反応だと思う。だから「こころ」は皮膚の表面にあると考えてきた。それを反芻するとき、「意識」というと思っている。つまり、フランスの思想家のいう「意識」と鷲田清一のいう「魂」と私のいう「こころ」とが、同じものなのか違うのか、ズレがあるのか位相を異にするのか、そんなことをぼんやりと思いめぐらしている。
 
 そうして、たぶん、位相を異にすることではあるが、観ている視点がそれぞれに違うから、異なる表現になっているのではないかと、内心で得心しようとしているのに気づく。観ている視点とはみている地点でもある。
 
 でもこれが新鮮な響きを持つのは、意識も魂も心も人間の脳が司る作用だとみる近代脳科学の唯一神性に対する反逆が通底しているからだ。脳が統括して人間の精神性が保持されているというのではなく、身体のあらゆる皮膚の表面が感覚していると――そこに魂があり、こころがあるというのは、人間の具体的な身体が全体としてモノゴトを受け止め、反応しているという心身の一元性を表明していることなのである。そういう意味では、西欧近代の精神と身体の二元論に対するはっきりとした決別を意味している。
 
 正―邪、善―悪、真―偽、美―醜、聖―俗という二元対峙の論展開にほんとうにぼちぼち決別しませんかという「こころの叫び」に思われる。
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オランダの奇跡は日本のかすかな希望

2016-01-30 08:28:34 | 日記
 
 水無田気流『「居場所」のない男、「時間」がない女』(日本経済出版社、2015年)を読む。タイトルからすると、かつて流行りの心理学ものにみえるが、著者は1970年生まれの社会学者。私の子どもの年齢である。ジェンダーの問題や家族の問題に取り組んできている。タイトルは、売らんかなの編集者がつけたものであろう。地味な社会学的な考察がつづいて飽きかけたころ、「第3部 時空のゆがみを超えるために」にたどり着いた。「第1章 不寛容な日本の私」が「ベビーカー論争」をめぐって面白い視点を提起している。
 
 最初の「ベビーカー論争」は1973年にあったそうだが、このときは、電車などにベビーカーを持ち込むことは禁止になっていたそうだ。ところが、バリアフリー化推進や子育て応援を背景に、1999年に公共交通機関にベビーカーを折りたたまずに持ち込むことができるようになった。しかし社会の「視線は厳しい」と水無田気流は、2012年に産経新聞を起点にはじまった「ベビーカー論争」に焦点を当てる。当時72歳の西舘好子が「公共心が欠けている」と子育てママを非難する。それに対して27歳の日菜あこが「応戦」しているのをとりあげて「この問題は、母親像をめぐる世代間ギャップ」と水無田はみる。その上で社会学的見地からの分析的視覚の論評として、澁谷知美の「子どもを生んですみませんと思わせる社会」を取り上げ、「都市の商業地域は実質的に子どもを大きく排除する構図を持っていた」と解析して、「公共性の概念」の曖昧さと、そこから生じる誤解と軋轢を示すものだと論じている。
 
 水無田気流は、《そもそも「公共性」とは、誰もが利用可能という「公開性」と、皆が同じルールを共有すべしという「共通性」、これら相矛盾する原理を内包する概念である》と前置きして、《……ルールをはみ出す身体的条件を有する者は、公開性のもとに利用しても、共通性の観点から排除の憂き目に遭う。さらに交通弱者の中でもベビーカー使用者がことさら批判されるのは、現在の日本で子育て中の親は「弱者と認定されない弱者」であるという事実による》と、妊娠・出産・子育ては当人や保護者の責任の下に管理されるべきとの見解が社会的に覆っているから(社会的な保護の対象には含めていない)と解析している。
 
 ふと思い出すのだが、エマニュエル・トッドが『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる――日本人への警告』のなかでドイツを〈(自己利益を優先して)ユーロのいいとこどりをしている〉と批判して、フランス人は「普遍」的に考えるから、それができないと指摘していた。つまり「普遍理念」を骨の髄に叩き込んでいるフランス人は、移民であっても「普遍的な権利」をもっているとまず受け止めるというのだ。さしずめ日本人は、「状況倫理」的にものを考えるから、自分の都合で邪魔になるものをすぐに排除してしまう、というのであろう。水無田気流も、《多くの人は、理念は寛容なつもりで、その実感情は不寛容なのである》と、愚痴をこぼしている。これはしかし、近代的な知意識人にもふつうにみられる姿ではなかろうか。
 
 《……公共性や寛容性が個人のマナーや道徳心の問題に落とし込まれ、小競り合いを繰り返しているような社会の体質を改善しなければ……》いつまでたっても、方向は見えてこないとして、次の章で「これを解決するための方法」を検討している。
 
 彼女が検討しているのが「オランダモデル」である。90年代初頭のオランダで行われて「オランダの奇跡」と呼ばれた「革新的な労働制度改革」である。
 
1)労働側が賃金抑制に合意、
2)使用者側が雇用の拡大と時短を行う、
3)減税の推進と社会保障の大幅見直し、
 この3点の合意が成立した。
 
 全体像をひと言で言えば、「ワーク・シェアリング」が実現したのだ。日本でもバブルがはじけ、失業の増加が社会問題になっていた90年代前半のころ、ほぼ同じような内容の「ワーク・シェアリング」を私も「提案」したが、一笑に付された思い出がある。「人の欲望に箍ははめられない。時短をすれば、ダブル・ワークをするようになる」というのであった。どうしてオランダでは「奇跡」が起こったのか。水無田気流は「合意形成を容易にした背景」として「オランダ独特の柱状化社会」を取り上げている。
 
《……70年代までのオランダの社会は、大きくプロテスタント、カトリックの宗派別、社会主義、リベラルの政治信条別、計4つの「柱状(=社会集団)」に分かれて国家を形成してきた。どの集団もそれぞれが、教育機関、労働組合、社会福祉、スポーツや文化団体、政党、新聞、放送局、小売店などの組織を内包している》
 
 これらの4つの社会集団が、利害の集約機関としても機能しているし、協議に際しても代表機関的な社会組織として機能している、といえるそうだ。つまり水無田気流は「危機を可視化する文化」がオランダにあると見たわけである(その後の変化はだいぶあるようだが)。その通りであろう。だが、これを知っただけで、ああ、日本ではだめだと分かる。中央集権的に(オランダの8倍ほどの多数の人々が)長い歴史過程を組んできた末に、(交換過程に押されるようにして)個々人がアトム的に存在するようになっている日本社会では、意思集約の小集団が地方行政においてさえも機能しないと思える。
 
《現代の日本社会は「時間」に弱い。すぐに効果の出るもの、最適化したものを最も善きものとして考え、それ以外を非効率、無駄と判断してしまう。だが人はいつかは年をとり、身体も無理が利かなくなっていく。》
 
 と、「危機状況」にあることを訴えているのだが、これもまた、理念的というか、道徳的な訴えに終わっているように思える。「自然史過程の不可逆性」と昨日、記した。それさえも、何十年かを視野に入れて見通すことができるようになれば、くぐり抜けたケースがあるとオランダの奇跡を汲みとることが出来そうだ。希望を失うことはない、ぼちぼちやっていこう、と。
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自然史過程と選択のモンダイ

2016-01-29 09:03:48 | 日記
 
 昨日、久しぶりに面白い話をし/聞いて、3時間余を過ごしてきた。私より8歳若い、まだ現役で仕事をしている市井の現象学者Kさん。浦和駅で落ち合う約束をしていたが、東口PARCOの書店の売り場で出会うことになった。早めに到着した彼が、やはり早めに出かけていた私を見つけた。柳の下の泥鰌みたいなものか。互いに溜まるところが似通っている。静かな喫茶店でもと考えたが、あいにく東口に思いつかない。ふと、PARCO9階のコミュニティセンターを思い出し、そちらに向かう。広いフロアに、10人余が座れるテーブルと椅子が会議できるように配置されたブロックが、程よい間隔をとって20~30箇所配置され、すでにどちらも人であふれている。空席を見つけるが、「予約14:00~17:00」とあったりして、ほどなく人が来る気配。窓際の片隅にひとブロックみつけて、角っこに座り話し込む。1年半ぶりか。
 
 いきなり時世をどう見ているかが、話題になる。どうこう言っても時代は成熟してきているとKさん。知も欲望だと付け加える。なるほど知的好奇心も欲望の形である。だが、それを一概に称賛するわけにもいくまい、と私。吉本隆明が、自然史過程は不可逆的だ、戻すわけにはいかない、と言っていたことを取り上げて、欲望の進展を逆回しにはできない、とKさんは展開する。たしかに、その理屈を通して、吉本隆明は流行のファッションで着飾ることも、原発も容認した。その根底に「大衆の原像」があった。
 
  福島原発のことを考えも、コトが起これば30年間は人が住めなくなるようなことは、まだ取り扱うには早すぎるのではないか。それでも、エネルギーの必要から運転せざるを得ないというのであれば、その必要とする地域が原発を設置すればよい、関東圏の必要のために、福島や新潟に原発を設置するというのは、「大衆の原像」でないのではないか、と私。つまり東京圏が地方を植民地のように考えているからではないのか。
 
 それは「効率のモンダイ」とKさん。そうだよね。効率は資本主義の絶対命題だね。でもそれは、どの次元で「効率」を切りとるかを考えねばならないのではないか。つまり「自然史過程は不可逆」でも、それを承知したうえで、「選択」する知恵が求められている。しかも私の立論の根拠には、関東圏と福島・新潟という地方とが同じ平面に位置していないという前提がある。Kさんが「効率のモンダイ」というとき彼には、その前提が一体性にある。資本家社会は「(交換を介在させて)一体化する」ことを前提にしているから、Kさんの前提は(事態がうまく運んでいるときには)疑問を挟ませない。だが、フクシマは、それが一体ではないことを切り裂いて見せた。それと同じように、普天間―辺野古の問題は沖縄と日本が一体ではないことを切り裂いて見せた。それを中央政府とか関東圏の論理で繕うわけにはいくまいと、私。地方分権の問題とナショナリズム/パトリオティズムの現在的在処が浮かび上がる。
 
 地方分権の問題で、Kさんは橋下徹に対して大阪の共産党も自民党も一緒になって反対したことが「ひょっとして希望ではないか」という。旧来の利権を崩すインパクトを持っている、と。彼は橋下徹に地方分権の希望を託すことができるか、と考えているのだ。だがそうではないと、私。あれは大阪市民の「元日本経済の中心地―今凋落する周辺意識」がもたらしたもの、いいところ(関東大震災が起これば大阪が中心になって復興を進めることができるという)日本の二極中心軸を構想しているだけと私はみる。つまり、自分たちのことは基本的に自分たちで取り仕切る庶民のエートスを起ち上げることに繋がらないように感じている。それは橋下徹の上意下達の支配構造が、(庶民の)自律の志向を逆立していると思えるからである。
 
 日本の「ナショナリズム」も、いまや在処は希薄になっている、目下は、パトリオティズムによって支えられている、と私。ナショナリズムは沈潜しているだけとKさん。機をみて湧き起ってくる、と。私はそれが湧き起っても、戦闘には至らないとみる。なぜか。殺されるのが怖いからではない。殺すことができない感性になってしまっているからだと、己を振り返って思う。ナイフをもって人を刺し殺すことが怖い。それが戦後の「憲法九条」の成果であった。Kさんは、殺す縁がないからみている。たしかに平時の感性と戦時の感性とは異なるに違いない。だが、もしそうだとすると、戦時の感性とは何かを見極めなくてはならないと思う。協和の感覚は、平時のみに通用するとっちゃん坊やのセンスであったのか。戦時の闘争感覚は、「排外」的に凝集性を結実するのだろうか。
 
 話はポンポンと飛ぶ。いくら飛んでも、一向にかまわない。久々の空中浮遊のようだ。
 
 Kさんはアダム・スミスの自由放任論がよくできた資本主義論だと評価する。当時のキリスト教倫理の浸透していた社会を前提にして構成されたモデルであったように、資本家社会の論理が(国民国家的というだけでない地域社会の)ナショナリティ(における人々の紐帯秩序)を不可欠の要素としている。それをマルクスが「上部構造」として「下部構造」に従って形成されるとしたことが、上下として劣優の関係に置き換えてしまったから、人為(の政治)が自然史過程(としての経済)によって自ずから形成されるとみて、間違ったのではないか。ウォルト・ロストーの指摘によって、社会主義というのは遅れた国の近代化のショート・ルートとみたことが、資本家社会も社会主義社会も近代合理主義の究極形態を構想していたとみてとれた。
 
 そんなことも話しながら、ふと気づいて、ワインを飲みことにして場を変えた。Kさんも65歳。飲み交わして歓談するのは半年ぶりともいう。ときどきこうした知性に触れてひと時を過ごすのも、いいものだと思いながら、ずいぶん明るくなった夕日の沈んだ後の空を眺めながら、ほろ酔い加減で帰路をとったのであった。
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ひだるさに浸るしかあるまい

2016-01-28 09:41:25 | 日記
 
 このところ、一つことに集中することができなくなっている。本を読んでいても、すぐに飽きてしまって、気移りする。これまでもそういうことがなくはなかったが、そういうときには、作業的な仕事――坦々とキーボードに打ち込む作業とか、計数処理的な作業――をしていると気分が浄化されて、ふたたびひとつことをつづけることができていた。あるいは散歩に出て1,2時間歩いてくると気分が転換できるように思った。そういう気晴らしが簡単にできないような身になりつつあるのかもしれない。困ったことだ。
 
 思い当たる原因の一つは、深酒。といっても、大酒を飲むわけではない。少し長時間、おしゃべりしながら飲むから、ふだんよりは多く飲んでいるに違いない。土曜日に3時間ほどの「新年会」を過ごした。もっぱらワインを頂戴したから悪酔いはしていないのだが、日曜日は何もする気がなく、ごろごろと本を読んで過ごした。珍しいことに月曜日もお酒を飲む気持ちにならなくて、二日間の禁酒になった。そして一昨日、火曜日にまた別の「新年会」があった。10か月ぶりに顔を合わせる気の置けない人たちと5時間ほどを飲んで過ごした。この時は2対8くらいに割ったお湯割りの焼酎を、もっぱら頂戴した。暖かく薄めると甘味が増して、ソフトドリンクを飲んでいるような気分になる。この日も、電車の乗り換えをいつもながらのようにして帰宅したのだが、何時ころにどこをどう通ったかを覚えていない。はやばやと風呂に入って寝入ったのは確か。カミサンが4時半に起きて6時前の電車に乗って出かけるのを、ぼんやり眼で見送るのがやっと。昨日一日は、これまた本を読む気にもならなくて、一度買い物に出ただけでゴロゴロと映画を観て過ごした。
 
 そうそうお酒も、毎日のように飲む気にならなくなってきた。ある種の習慣性の飲酒になっていたのであろうが、ほぼ毎日「晩酌」をしていた。お酒を飲まないのは、山に入っているときくらい。それなのに、(まあ、今日はいいか)とお酒を割愛することが起こるようになった。おいしくなくなったともいえる。以前に比べると、酒量が少なくなっていることもあって、わりとおいしいお酒を飲むように心がけている。だから、(おいしくなくなった)というのは、(たぶん)私の体調が受け付けなくなってきたのだろう。もう四十数年も昔に、(うまくないのに何を喫ってるんだ)と感じて、すんなりとタバコを止めてしまったことを思い出す。あれと同じように、お酒もまたそう感じるようになるとは、思いもしなかった。いや、そうなってしまったと、まだ決めつけてはいない。でも、生涯お酒を飲み暮らして肝不全で亡くなった父親の歳まで、あと7ヶ月。身体というのがそういうふうにできているのかもしれない。
 
 悪酔いはしていない。身がひだるい。日本では「身」と呼んで、心身の全体的な調子の総称にしていたと、何かの本で読んだことがある。西欧風に精神と身体を分節して、前者を後者の上位におき、前者が後者をねじ伏せるように「人格」をつくりあげていくのと違い、「身」の全体性は、個々人の感じている体調と社会のエートスとして感じとる「身の置き所」や「身じまい」の自然合一を自然(じねん)としていたから、心身が分裂するとらえ方が希薄で、どちらかというと、「本音」と「建て前」のように融通無碍というか、どちらに内心の重心が移っているかくらいに、端境がぼやけていた。だから「嘘」と「実」もまた、取り換え可能なほどに、「正/邪」で割り切ることをしないいい加減さを文化として持ってきたのではなかったか。
 
 古希を過ぎて何年も経つのだから、いまさら自然(じねん)を捻じ曲げて気取っても仕方がない。己の欲するところに従って則を越えずともいう。欲するところが暴走しそうなほど(お付き合いが)「習慣化して」いても、「おいしくなくなる」という感性に従うことを良しとする自然(じねん)の作動を、受け止めるしかあるまい。身がひだるいときには、ひだるさに浸るしかあるまい、と。
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36会 Seminarと新年会 無事開催されました

2016-01-25 11:58:46 | 日記
 
 23日(土)今冬最大の寒気が覆い、雪が舞うという予報の中、第18回Seminarが行われました。前日、「雪がちらつくが積もるほどではない」とか「積もっても1~2センチ」という予報。「滑りにくい靴でお出かけください」と直前案内。それでも一人から「帰りが心配だから」と、参加取り消しの知らせがありました。
 
 今回の講師は名古屋から駆けつけます。待たせては悪いと早めに会場に出向いたが、すでに講師は到着しています。「早いですね」と挨拶をすると、明るい東京の街を見下ろす17階のおおきなガラス窓を背にシルエットが、「だってほかに行くとこがないもの」とのたまう。遠方のスカイ・ツリーが際立ち、その右側に東京タワーが並び立つように見えていました。
 
 参加予定者が集まり、さっそく「香魚の話」がはじまりました。その「ご報告」は、後日また、掲載します。
 話は弾んで、「長良川の鵜飼」は一見の価値があると講師の力説に、ぜひとも観に行こうではないかということになりました。講師の話すところによると、時期的には9月初旬~10月初めころがいいらしいが、10月は寒くなるから9月初旬をお勧め、と。ちょうど昨年の、草津の歌うSeminarとかさなります。草津の時期をずらしてでも、「長良川の鵜飼」を実現させたいとの意向。たぶんに「衝動的な」趣がないではないが、思い立ったが吉日。いつまでも元気で出かけられるわけではないし、チャンスは前髪をつかめともいわれます。
 
 講師の講師から次のようなメールも着ております。
 
 😃🎶会合に参加出来てしあわせでした。香魚の事は話し始めると切りはありません。食べ方について未だ話し足りないことが残ったなと感じています。/先程T君と電話で話した際9月が楽しみだと。もし実現するのなら、早目の手配が必要なので、次回の36会で正式な話題にしてください。/寒い🌁⛄🌁名古屋です。お互い自愛しましょう🍶
 
 2月中に、実施期日などを策定して3月Seminarでお諮りして、募集したいと思います。ご意見などをお寄せください。「草津の歌うSeminar」のこと(実施時期など)も含めて、事務局まで頂戴したいと思います。
 
 さて、Seminarが終わった後、「36会新年会」が行われました。貸し切りの「キッチン トコトコ」。地味な木製の看板に小さく「TOKOTOKO」と彫り込まれていて、探すのに手間がかかりましたが、カウンター席とテーブル席に着き、「スパークリング・ワイン」で幹事が音頭をとって乾杯。3時間ほど愉しく過ごしました。外へ出ると雪も止んでいて、ご機嫌で帰途に就いた次第です。
 
 お疲れ様でした、と36会のみなさんにメール送信をした。
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