mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

一つひとつの、つれづれ草の片づけ

2019-06-25 09:55:54 | 日記
 
 5月に管理組合の理事長を解任してもらって、いそいそとモンゴルの旅へ出かけ、その旅の記録をやっと一昨日(6/23)書き終えた。その都度アップした連載9回をひとまとめにして、二段組みにしたら20ページ余になった。400字詰め原稿用紙にすると80枚を少し超える。それを印刷して校正している。ついでにカミサンに目を通してもらって意見を加えてもらおうとしたら、読んだ後、旅のコーディネートをしてくれたngsさんに送った? と聞くから、「いや、まだ」と応えただけ。手直しのことを訊ねると、いやこれはこれでいいよ(あなたのおしゃべりなんだから)と応じて、それっきり。今朝、白馬に向かった。
 
 カミサンがそちらを読んでいる間に、私は、先月解任された管理組合理事長の合間に書き綴ったことごとを、ひとまとめにしようと考えた。ブログの素原稿のファイルから抜き出して、「団地というコミュニティ」と題してひと綴りにする。

 するとこれが、81ページになる。400字詰めの原稿用紙に直すと、320枚余。2018年2月の初めから2019年5月の26日まで。おおよそ1年4カ月の記録である。

 その期間に私がブログに書いたものの総量でいうと、どれくらいになるか。調べてみると、その期間に書いたブログのページ総数は535ページ。そのうちの81ページだから、15.1%にしかならない。むろんそれには、理事会に提示した「議案書」や「討議資料」は含まれない。あるいは、傍聴した「前理事会」などの理事向けの「報告」なども入っていない。

 ブログに乗せる関係もあって、ちょっとステップアウトして、管理組合理事会とか理事長仕事とか、その相互の関わり合いなどを外から見て、社会学風にというか、文化人類学的にというか、醒めてみている視線で書き記している。そういうわけだから、これはこれで、ちょっとした新書版くらいの分量にはなる。これも、暇に任せて校正し、プリントアウトして一冊にまとめ、遺品の書架に飾っておこうか。
 
 モンゴルへの旅は、今回で3回。これまでの分を全部まとめてみてもいいかもしれない。そんなことを考えながら、遺品棚を考えている。
 だれが読むの? とカミサンは冷たい。
 いいんだよ、私の自画像なんだから、私自身が描いていたってことで。
 
 生きた証なんて気取ってみても、「証」がだれにとって何のために必要かというと、だれも必要としていないことは、すぐにわかる。私の生きた証なんてものは、もうとっくに子どもや孫という存在として伝わっている。いまさら、名を残そうなんて考えてはいないし、残せる名もない。
 
 思えば古来稀になって、もう七年になろうとしている。人生百年などと恐ろしい話を、目下の政界は大まじめに言っているが、元気なうちにころりと逝くのが一番、世のため、人のため。何より自分のため。
 
 あとに何も残さないようにするってのも、いわば、ひとつの意思だ。それさえも捨てて、すべてを成り行きに任せる。何ともちゃらんぽらんの、いい加減な男がいたんだねえ。それもそれで悪くなかったようだねえ、とみてもらうのが、本意ではあるが、そのように目に止まること自体が、人為的な匂いがして、いやらしい。いや、生きていること自体、いやらしいことなんじゃないか。
 
 自然体というと聞こえはいいが、自然体は臭い。放っておくと、腐るし、ハエがたかる。「わたし」自身は旅立った後だから、その見栄えがどうであるかさえ、どうでもいいように思う。
 
 ははは。そんなことを想いうかべながら、つれづれ草の片づけをしているのであります。
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探鳥の奥行きの深さ(3)政治とも絡まる鳥の奥義

2019-06-23 11:52:21 | 日記
 
 フルフ川のキャンプ場を出発した私たちは、バンディングを見に行くというのに、それとは違う方向へ車はすすみ、珍しくある針葉樹の森の方を抜けて、小高い丘を迂回していきました。聞くと、このキャンプ場のオーナーの爺さんが、その先にノガンがいたと情報をもたらしてくれたのだとか。ツグソーさんの人脈は、この辺りでも生きているようでした。4羽、2組のノガンが、草原に降り立ち、飛び去るのをばっちり観ることができました。
 
 草原を車で走っているとき、かたわらから慌てて飛び立つ小鳥をいくつも見ました。子育て中ということもあって、私たちの目線をそちらに引き付けるかのように激しく囀りながら飛び上がるモンゴリアン・ラーク(コウテンシ)もいました。「近くに巣があるんじゃないか」と探していたucdさんが草叢の小さな巣を見つけました。卵が三つ。抱卵中だったのですね。「あまり長く(私たちが)邪魔をすると、巣を放棄することもある」と誰かが話し、立ち去ったのですが。
 
 草原にみかけるのは小鳥ばかりではありません。ソウゲンワシ、オオノスリもクロハゲワシも、木々がないところですから(飛んでいるの以外は)、草に降りています。アネハヅルやマナヅル、オオチドリも(はじめのうちは)見かけては車を止めて双眼鏡やスコープを覗きました。ハマヒバリ、ヤツガシラ、カササギや各種カラスは、そのうち目もくれなくなりました。
 
 ツグソーさんの研究拠点、スフバートル県のハザラン村の保護研究センターは、舗装国道からさらに60kmも草原の凸凹道を駆け抜けた奥地にありました。5棟のゲルがあり、すぐ脇に風の吹き抜けるコンクリートのたたきを設えた四阿が建っています。尋ねるとBBQ場だと。そういえば、モンゴルのホテルにも、コンクリートのたたきに屋根をかけただけの素通しのバスケット場のよう施設がありました。日曜日などにここでBBQをするためにやってくる人たちがいるのだそうです。肉を食べる文化の欠かせない食事施設というところです。だいぶ離れたところに2棟のトイレ、その向こうではシャワーも浴びられるよと話していましたが(事前にガイドのバヤラさんが、シャワー設備ありませんといっていたので期待もしていませんでしたし)そこそこ寒かったので、だれも使いませんでした。ゲルは(ここだけでなくどこでも)夜、ストーブを焚いてくれました。ことにここ、ハザラン村のゲルでは寝袋を用意してくれ、それが珍しく、また快適であったとucdさんは、すぐにでも手に入れて持ち帰りたい様子でした。あとで分かったのですが、この寝袋はバヤラさんがウランバートルから用意してもっていったもの。実際私たち12人が4つのゲルを使用してしまいましたから、ドライバさんたちが泊まるゲルはなく、彼らは車に寝たということでした。
 
 さすがに保護調査センターのあるところは、ツグソーさんの仕事現場とあって、掌を指すようにお目当ての鳥をみせてくれました。まず、ワシミミズク。2羽の一組の成鳥が岩に止まっているのをみつけ、そのあとで、3羽の巣立ちしたヒナが親鳥とは離れたところの岩壁にてんでに身を隠すようにしているのを見つけてくれました。ucdさんはワシミミズクの羽を拾って土産に持ち帰りました。セイカーハヤブサが巣作りをしていると思われる岩場ものぞきました。
 
 研究センターから少し離れたところにちょっとした小さな町がありました。多分ここがハザラン村と呼ばれているところでしょう。大きな変電所があります。でも何を産業として成り立っている集落なのかは、わからずじまい。飛び散る紙屑と臭いがそこにゴミ捨て場があることを示し、それを見て人の生活を感じとるようでした。そこを通り過ぎて、小さな川の流れがある渓に入り、少しばかりある柳の木々などと岩場を飛び交うたくさんの小鳥やシラコバトなどをみて、さらに奥へと車を走らせました。サケイをみせようとツグソーさんはずいぶん力を使ったようです。じっさい、6羽のサケイが飛ぶのを観た人もいたようですが、しかと確認できません。だが小さな岩の上に姿を現したでコキンメフクロウを、スコープを通してとらえたのは、やはりツグソーさんの指さす先でした。
 
 6日目の昼、研究センターのゲルの脇で鳴き声がします。ツグソーさんが手招きをして、掛けた覆いをめくってみせてくれたのは、5つほどの金籠に入ったタルバガン(マーモット)。20頭ほどが今朝届いたとか。タルバガンをこの地に移殖するために、ウランバートル地区から運んでもらったのだそうです。それが思いのほか早く着いた。腹を空かせて鳴いているから少しでも早く野生に戻してやりたいと、ツグソーさんはこのあと、私たちを60km先の舗装国道まで見送り、ガイドを切り上げました。
 
 そのあと舗装国道を160kmほどを走って、4日目に泊まったウンヅルハーン村のホテルに一泊。その町の近くの川では、若い人たちが水浴びをし泳いでいました。そこでの探鳥も、カラフトムシクイやムジセッカなどを間近に見ることができて、なかなか興味深かったのですが、後で思い起こすと、この辺りからあと、翌日の探鳥と記憶が重なっていて、どこで何がどうであったかが、頭の中で一緒くたになっていることに気づきました。たぶんくたびれて、私の記憶の許容量を超えてしまったのでしょうね。
 
 この村からウランバートルへ戻る7日目の240kmのことは、すでに記しました。交通事故のこと、チンギス・ハーンのお祭りのこと。だが夕食のときに話題になった興味深いことに、二つ触れておきましょう。
 
 ひとつは、チンギス・ハーン記念碑の近くにある少し大きな池をのぞいたとき。オオハクチョウやコチドリ、シベリアハクセキレイなどを見ながら、対岸のシャーマンの踊る姿をみかけたところです。トイレを借りることもあって立ち寄ったのですが、そこでアカツクシガモの成鳥2羽が15羽ほどのヒナを連れて泳いでいるのを2組みました。身体の大きさもさることながら、親鳥と似ても似つかぬ姿のひな鳥が懸命について行こうと泳ぐのは、なかなか可愛くも興味深いものでした。
 
 ところが夕食の後でngsさんが「アカツクシガモの一腹卵数は、いくつかわかる?」と sshさんに訊ねて、そういう「領域」があったのかと気づかされたのです。ngsさんが言うには、種内托卵がある、と。つまり一羽の雌が一度に生み育てるヒナの数以上だと、ほかの雌が托卵している可能性がある。それを種内托卵というそうだ。じつは池でそれを現認したとき、私の双眼鏡では雄雌の区別ができませんでした。近くにいたスコープをもった誰かが、生長が2羽いることのを「あれは雄だね」といったのを聞いて、「へえ、じゃあ託児所だね」と言葉を交わしたのでした。託児所ではなくて、托卵なのか。面白いと思いました。
 
 それまで私は、ホトトギスやカッコウなどの杜鵑類が托卵すると思っていました。「種外托卵」といって、種内托卵と区別するのだそうです。なぜ、種内托卵するのだろうという話が転がって子育てが得意な雌もいれば苦手な雌もいると広がります。しかし、たとえばペンギンがほかのヒナはつつき殺してでも排除するのに、アカツクシガモのように平穏に子育てするようになるには、どのような(種内の)進化が起こっているのだろう、その種内の共同性の佇まいも関係して来るのではないか、と私は興味津々に耳を傾けましたが、アカツクシガモの一腹抱卵数は、そのときはわかりませんでした。帰国して後、6/19にngsさんから次のようなメールが来ました。
 
 「アカツクシガモの一腹卵数が解りました。8個だそうです。岩の隙間、崖の穴などに営巣し、自身の羽毛を敷いた上に産卵し、雌だけが抱卵育雛するようです。抱卵日数は29日位だそうです。/やはり、15羽+の雛を連れていたアカツクシガモは種内托卵によるものだったようです。」
 
 29日も抱卵するというのも、新しい驚きでした。探鳥というのも、奥行きはずいぶんと深いのだとあらためて感嘆しています。ngsさんのメールは、拾った羽根につても及んでいました。
 
 「拾った羽は、何の鳥の羽だったのか、手元の図鑑では解りませんでした。ノスリ、オオノスリかと思ったのですが、外れました。フクロウ類ではなさそうです。しばらく、楽しみが続きます。」
 
 研究センター近くのハザラン村そばの谷でワシミミズクの羽根をucdさんが拾ったのは、私も見ています。そのほかにも何人かが、羽根を拾っていましたが、ngsさんは、それも調べていたのですね。いやいや、頭が下がります。
 
 最後の夕食での、ngsさんとtkさんのやりとりも、興味深いものでした。口火を切ったのは石川動物園でトキの飼育にかかわっているtkさん。日本のトキが絶滅してのち、中国ではトキが生存しているとわかり、増殖技術が日本から中国へ譲渡されたのだそうです。そしてさらにのちに、中国からその御礼として天皇へトキの献上がなされ、日本では再び、トキの増殖をしています。tkさんの問題提起は、そうして日本のトキは滅び、中国から移入していま増やしているが、それは、ニッポニアニッポンを増やしていることになるのか、という疑問でした。(なにがモンダイなの?)とngsさんが、問いかけます。tkさんは、ニッポニアニッポンを残すということになるのか、単にチャイナトキニッポンを残すにすぎないのかと、問うていたように思いました。これも面白い問題提起だと思いました。誰かが「DNAを調べればいいんじゃない?」と口を挟みましたが、年間5000万円の(トキ)借用量を中国に支払っていることに関して、tkさんがわだかまりを持っているのではないかと私は感じました。トキを政治利用する中国への反発が根っこにあるのではないか。
 
 たとえ鳥のことといえども、政治と切り離せない現実。ただ単に、科学とか人類とか探鳥というだけでない政治や文化に関する絡まりが組み込まれている問題提起と受け取りました。現場でやりとりしていると、そうしたモンダイも避けて通れないのだろうと、感じ入った次第です。(終わり)
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毒を以て毒を制す

2019-06-23 09:03:00 | 日記
 
 若竹七海『殺人鬼がもう一人』(光文社、2019年)を読む。図書館に予約していた本が届いた。なぜ予約したのかは、いつもながら、わからない。いや、面白かった。
 
 舞台は、都会近くの錆びれた街。そういえば、判決が出て収監しようと保釈中の被告宅を訪ねた役人たちに刃物を向けて逃走した男が、つかまったと今朝のTVが報道している。なんでも、暴行、傷害、覚せい剤使用など、ずいぶんと乱暴な男だったようだが、その逃走中の推定経路を聞くと、いくつかの隠れ家を持っていたという。持っていたのか、単なる空き家を隠れ家にしたのかは触れていないが、都会近くの錆びれた街には、そういう男もまた、寄り集まってくる。
 
 ふつうに暮らす人でも、いろいろと欲を掻いて無礼千万な振る舞いをすることもあり、警察官も、あの手この手を用いて向き合わねばならない。そう思ってこの本を読んでいると、どんでん返しがやってきて、「やられた」と読み手は思う。それは面白い。その面白さは、普通に暮らす人や警察官や地道な仕事を奉仕的にする人たちの生活規範は、ふつうに真っ当で当たり前と思っているから、生じる。ある種の社会正義がそれなりに存在している時代に身に着けた規範感覚である。いまの高齢者の世代が、おおむね皆さんそうだ。
 
 若竹七海という作者は1963年生まれ。今年の誕生日が来れば56歳になるという若い人。つまり、日本の高度経済成長の入口の時代に生まれ、ジャパン・アズ・ナンバー・ワンの時代に成人し、30歳の手前でバブルが崩壊して、失われた○十年を生きてきた人。世の浮き沈みを、浮いている時からまるごと経験してきた世代。この世代は、社会正義とか人道的といった、社会の共通する規範が揺らぐか薄れるかして育ってきた。社会の価値意識が多様で定まることなく、悪意がなくともやっていることが反社会的であったり、どこに視点を据えてみているかによってものごとの価値評価は変わると、当たり前に受け止めていた世代だ。
 
 つまり高齢者世代が、無礼を叱り、無責任に憤り、ひどい振る舞いに憤懣を漏らすのに対して、そうしたできごとにしゃらっと、自分の立ち位置から自分なりの反撃をする。そして世はこともなしと、素知らぬ顔をするのが、この作品に登場する人々である。それを通快と感じている読み手が、高齢者の裡側にもいる。
 
 毒を以て毒を制する物語。そういってしまえば、それだけのエンタテインメントにすぎなくなるが、その毒が、社会正義をそれなりに抱懐している高齢者世代にも内在すると見てとると、なかなか面白い人間認識になる。そこを外していないから、単なる、上には上がいる物語りではなく、面白うてやがて哀しき……という思いが、身の裡に湧き起ってくるのであろう。
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探鳥の奥行きの深さ(2)鳥と共感性をもつという秘密

2019-06-22 10:58:35 | 日記
 
 もう一人、sshさんと違った達人のたたずまいを見せてくれた方がいました。thさん。ご夫妻で半世紀以上にわたって石川県で活躍なさってきた方。鳥を軸に自然保護活動に取り組み、石川動物園でのトキの保護生育にもたずさわり、啓蒙活動も手広く行っているそうです。

 tkさんは珍しい鳥を観たいという次元を通り越しているように感じました。すでに見るべきほどのことは見つくしてしまったうえで、モンゴルには人文地誌的な関心を向けているようでした。

 たいていはご自分の関心の趣くままに動いています。ガイドの案内などに同調していないようにみえて、気が付くと傍らにいるというふうに、全体の動きを気にかけていて、その佇まいが何とも絶妙な感触を持っていました。白髪の彼が、鳥について語るのを聞いていると、それだけで説得力を持っているように響きます。良い歳を重ねてきているなと感心しました。
 
 今回のモンゴルの探鳥のトピックは四日目。ヘイテイ県ビンデル村のホラ・バンディング基地(KHURKH BIRD BANDING STATION)でのバンディングの見学でした。バンディングというのは、鳥に標識をつける調査です。標識をつけるだけでなく、標識がついている鳥のチェックをして、渡りの経路や時期などから生態をとらえることができるわけです。聞くと、日本ではそれらの情報が山科鳥類研究所に一括される体制が出来上がっているようですが、モンゴルにそのようなシステムがあるかどうかは聞き洩らしてしまいました。
 
 南北を背の高い(なだらかな)山に取り囲まれ、中央に小川の流れがある、盆地様の山のなかです。川の流れに沿って湿原が広がり、樹々も草花も植物は豊かに茂っていて、その周辺に7カ所、霞網を張っています。
 
 高さ2メートルほどの柱を4メートルほどの間隔で立て、撓むように網を張ります。撓んでいるから、網の裾は風下側にゆとりをもってふくらみ、そこに鳥が落ちるとちょうど袋のようにやわらかく受け止める仕掛けです。鳥を傷つけないようにしていると説明がありました。30分ごとに網を見て回り、引っかかった鳥を一つひとつ、大きめの巾着のような袋に入れ、腰からぶら下げてゲルに戻ります。私たちが見ていたときは、7羽を捕獲しました。
 
 設えられたゲルに持ち帰り、一人が一羽ずつ右手の指の間に挟んで毛づくろいをするように撫で、まず鳥の名を指定する。脚に小さな輪っかをつけてラジオペンチのような工具で取り付けます。そのあと、嘴の長さ、身長や尾の長さを測り、羽根の傷み具合をチェックし、ころあいのカプセルに頭から押し込んで体重を計る。別の一人が、その計量をノートに記録していく。計量が終わると、もう一度毛づくろいをするように全身を撫でつけて、人差し指と中指の間に鳥の脚を挟んで姿を、私たちに見せてくれる。そうしてゲルの入口へいって、放してやると鳥は飛び立っていく。その間鳥はおとなしく、安心しきったように身をゆだねている。写真を撮っても構わないというので、何度もシャッターが押されました。
 
 こんな観察ができるのはめったにないこと、と前振りをしてngsさんが「でも写真を公にするのは控えてください」と言葉を挟みます。バンディングをみると、たいていのバーダーは、自分もしてみたいと思うようになる。だが、簡単なようにみえて、鳥を指で挟んで計量するというのは、きわめて難しいこと。鳥にはストレスがかかり、脚を折ったりすることがある、と。その説明を聞きながら私は、珍鳥が出るとずらりと並ぶ、何十人というカメラの砲列を想い起していました。あれもストレスなんじゃないか、と。
 
 捕獲された7羽は、カラフトムシクイ、ヤナギムシクイ2羽、スズメ、ムジセッカとアカマシコの雌。最後のスズメ1羽は計測もしないで、放されてしまいました。朝にも引っかかった個体だそうです。同じ個体がかかっても日が違えば、計測して、体重が増えているか減っているかを、チェックするということです。一度ならず二度までも。うかつな鳥の個体もあるのですね。
 
 これを、渡りの季節に合わせて、4/15~6/15、8/15~10/15の計4ヵ月間、ここで調査しているとのこと。いまは8人のボランティアが手助けをしていて、私たちに見せてくれたボランティアはシンガポールから来た20代の女性。ゲルの入口に置いてある(膝まである)長靴に履き替えて、霞網をひと廻りし、ゲルで計測して記録してもらう。一羽の鳥が同定できなかったのか、ヨーロッパ系のボランティアのところへいって話し込む場面もありました。これほど鳥に接している人でも、同定できないことってあるんだと、探鳥の奥深さを感じました。
 
 この7羽の計測におおよそ28分ほどかかっていました。つまり、すぐに次の巡回タイムが廻って来るのです。聞くと、調査をしている4カ月間に1万5千羽ほどを扱ったといいますから、平均すると1日百数十羽、多いときは一時に十何羽を取り扱うことになり、狭いゲルでは大変です。
 
 この大変な作業をしている方々を観ていると、鳥に向き合う深い愛情を感じます。「愛情」などという言葉を私自身が使うなんて、思いもよりませんでしたが、これ以外の適当な言葉を思いつきません。鳥の生き方に(同じ生き物としての共感性をもって)向き合っているのだと、感じさせられたのです。ニューバードをみようという「異常趣味」ではなく、また単に研究対象としての「親密感」でもなく、そこを通り越して、同じ生物として響き合う感性が揺蕩っていることによって、指の間に挟まれた小鳥たちも安心して身を任せているのではないかと思ったのです。この自然観がすごいなあと感嘆しています。
 
 手狭なゲルに代わってログハウスを建てる計画が進み、ちょうど私たちが訪ねた日に、その完成式をすることになっていて、調査に従事している人たちは大喜びをしていました。「KHURKH BIRD BANDING STATION」とキリル文字とアルファベットで記された銘板が張り付けられたログハウスは、木の香りを漂わせて、誇らしげでした。8畳間ほどの一間と6畳間ほどの二部屋。6畳間にはチェック済の鳥を放つ小窓も設えられています。ガイドのバヤラさんが御礼代わりにと50ドルの寄付をしたので、私たちも何ドルずつか出して、彼らのご苦労にエールを送りました。
 
 学生時代から野鳥にかかわってきたsshさんも、バンディングをしているとのこと。彼の記録の仕方が、見た鳥の名を記すだけでなく、何羽いたかも子細に記録しているのに、驚かされました。鳥を観ることを突き抜けた振る舞いと、冒頭に述べたtkさんも同様です。鳥に向かう関心の深さとその方向性が、一つひとつの振る舞いに体現されているのだと感じ入ったのも、こうした人たちの持つ自然観に思いを寄せたからでした。(つづく)
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探鳥の奥行きの深さ(1)動態視力と目の付け所

2019-06-21 14:14:23 | 日記
 
 さて、モンゴルへは鳥を観に行ったのでした。門前の小僧の私にとっては、鳥を観るよりも地誌的な関心が強く、前2回のモンゴルの南ゴビと東北部と違う、モンゴル東部の特徴をみてくるということに傾いていました。そういうわけで、今回の記述もそちらの方が先んじてしまいました。ですが、鳥を観る方にも大きな収穫がありました。鳥を観る奥行きの深さを感じたことです。
 
 今回の旅の参加者は12人。埼玉からの6人は、何度か一緒に旅をしたこともある顔見知りです。そのほかの6人は、石川県の方々と愛媛県からの方。どなたも、今回の旅をコーディネートしてくれたngsさんの知り合い。旅に際してngsさんは、参加する方々の「自己紹介」をまとめてくれました。送信されたそれを読んだとき、私はngsさんに「錚々たるメンバーですね」とメール。ngsさんも「緊張します」と返信。それほど、石川県などでの活動歴を重ねてきている方々。その予断にたがわず、ある種の達人わざとその佇まいをみせていただきました。と同時に、野鳥をめぐる保護活動の奥行きの深さを垣間見ることになりました。
 
 探鳥の初日(6/4)、宿の周辺の朝探で、埼玉とほかからの参加者の、探鳥に関するギャップを埋めようとするngsさんの尽力がはじまりました。「鳥を観たら、声を上げてください。間違っているかどうかは、とりあえずどうでもいいから、皆さんの目で見て、のちに同定するようにしましょう」といつもの声がかかりました。これは、「間違えたら……」という怯懦を退け、わが身をさらす行為でもあります。でも、そういう「壁」をこえてこそ、ともに探鳥しているという土台が生まれると、考えているのですね。たいていの探鳥家は、控えめですし、慎重です。でもngsさんの呼びかけに応えて、「あっ、あそこに……」と声を上げ指さします。双眼鏡やスコープで観ているところが違いますから、「ねえねえどこ?」と聞かれてもすぐには応えられません。ngsさんは「アムールファルコン」と空を見上げて声を出します。誰かが「アカアシチョウゲンボウ」と応じます。(洋名と和名だな)と、やはり2年前の朝の空にみた鳥のことを思い出して、私は翻訳しています。達人のngsさんにしてすぐに鳥の名が出ないこともあるのでしょうか。「ちかごろ錆びついていましてね…」と語るngsさんのスタンスが、門前の小僧である私には好ましい。
 
 現地鳥ガイドのツグソーさんのことは、このシリーズの3回目にも記しました。驚いたのは、ツグソーさんの眼力。視力が良いということにかけては、較べようがありません。旅ガイドのバヤラさんにいわせると、視力5.0。裸眼で、まるで双眼鏡で観ているような見分けをします。嘴が短いとか、羽の白い筋が二本あるとかないとか、即座にみてとり、これというところを双眼鏡で覗き、傍らにいる参加者のスコープを引き寄せて鳥を入れ、みせてくれます。ただ単に視力がいいだけではありません。動いているものを見定める、動体視力が抜群にいいのです。ぱっと傍らから飛び出して飛び去る鳥も、群れを成して飛来する鳥も見分けることが出来るようです。

 一日目の宿を出発して少しばかりウランバートルのミドリ池で何種ものアジサシなどをみたときがそうでした。アジサシ、クロハラアジサシ、ハジロクロハラアジサシ、ハシグロクロハラアジサシが、水面に降り立つことなく飛び交うのですが、それを一つひとつ見極めています。

 誰かが「あっ、何か飛んだ」としか言えない鳥も、コウテンシとかサバクヒタキとかイナバヒタキと教えてくれます。草原にぽつんと佇むワシタカの類も、クロハゲワシがいる! と誰かが声を上げると、いやあれはソウゲンワシだ、オオノスリだと訂正してくれる。車を止め、降りて双眼鏡やスコープで確認する。ツグソーさんは図鑑をみせ、その特徴のどこが見えているかを指で示す。バヤラさんが間に入って日本語に通訳してくれる。再び双眼鏡を覗くと、たしかにツグソーさんの言う通りだったりします。
 
 一日目は、宿周辺の朝の探鳥で23種、バガノール村のグンガルートへ移動しながらヘルレン川周辺のコンガトット湖などを探鳥して、63種のニューバードをみせてくれました。一日目で86種。これが多いのかどうかはひと口には言えないのですが、夜の鳥合わせのときにngsさんは150種は見せてほしいとバヤラさんに言い、バヤラさんはツグソーさんにそれを伝え、ツグソーさんは苦笑いをしながら、「がんばります」と応じていました。

 しかしこれでツグソーさんは、この日本人バーダーたちは、ニューバードの数を第一目標にしていると受け取ったようでした。以後、ニューバードの名を口にしてはそばにいる人に伝え、指さし、しかしその方が見てとることが出来ず、「参考記録」となるものがいくつかありました。ツグソーさんもハトやスズメやカラスなど、一度出てからのちは、それ自体何種かあるものには目もくれず、ニューバードをみせようとする「おもてなし」に尽力。最終日までに131種。渡り鳥はこちらにやってきて繁殖する時期ということもあって、縄張りを張って育雛していました。ツグソーさんは、どこに何がいることを熟知していますが、逆に日本人探鳥家の見たいものとはズレがあるように感じました。
 
 参加しているバーダーたちの鋭い目にも、際立つものがあります。
 どこであったか、あれはヨーロッパトウネンだろうかミユビシギだろうかと誰かと誰かが話していました。初列風切が尾羽根より長いとか嘴が少し下に向いていると、ことばが繰り出されています。私はかたわらで、えっ、そんなところがみえるの? と、ただただその目の付け所に驚嘆していました。
 
 同じ車で全日程を一緒に過ごし、同じゲルと宿の部屋も一緒にした、石川県から参加のsshさんの探鳥スタイルにも、静かな闘志を感じました。耳の良さ、聞き分けとその方向性の確実さ。動体視力と鳥の見極めの確かさは、日を追うごとに信頼を寄せるものになりました。シジュウカラの腹が黄色いか白いか。ヒタキ類の見立て、猛禽の見分け、同定の着実さが際立っていました。学生のころから野鳥観察にのめり込んでいるというから、まだ門前の小僧からみると、達人というよりも雲上人にみえたものです。ウランバートルに戻ってきて、宿周辺をもう一度探鳥したとき、ルリガラをみつけて教えてくれたのは彼です。鳴き声で方向を定め、当たりをつけてそちらへ目をやり、木の洞を出入りしているルリガラ2羽を拾い出します。ちょうど繁殖時期ということもあって、いろいろな鳥のヒナもみました。あるいは、縄張りに近づくのを退けようとするバトルもあります。sshさんは「埼玉の人たちは、(鳥のいる現場に)あまり近寄らないんだね」と話して、野鳥観察に関する(行儀が良いことを皮肉っているのか?)流儀の違いがあることを教えてくれました。野鳥の保護に関する見立ての違いもあるように感じました。これは後に、野鳥に向ける視線の奥行きの深さと関係していることなのだと、考えさせられることなりました。(つづく)
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