mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

「悪」の凡庸さ

2018-09-21 09:19:09 | 日記
 
 仲正昌樹『悪と全体主義』(NHK出版新書、2018年)を読んでいて、昨日観た映画『検察側の罪人』で感じたことが、より鮮明になる感触を得ました。「ハンナ・アーレントから考える」と副題された本書で、仲正は「エルサレムのアイヒマン」を読み解いて「悪の凡庸さ」についてこう記しています。
 
《アーレントが見たアイヒマンは、自らが「法」と定めたヒトラーの意向に従っただけの、平凡な官僚でした。たまたま与えられた仕事を熱心にこなしていたにすぎず、そこには特筆すべき残忍さも、狂気も、ユダヤ人に対する滾(たぎ)るような憎しみもなかったのです。》
 
 上記の記述を「悪の凡庸さ」と受け止めるには、二つの媒介項をおかねばなりません。
 一つは、ヒトラーは、それまでの世界で最も民主的と評されたワイマール憲法下のドイツで、合法的に誕生した政権であり、かれが絶対権力をもつ総統になったのも、全く合法的だったこと。つまり、遵法精神の旺盛なアイヒマンが従うと定めた「ヒトラーの意向」は、まさに当時のドイツの「法」だったことです。
 もう一つは、アイヒマンがカントの哲学に心酔していたという事実です。と同時に、カントの哲学はハンナ・アーレントの堅固な拠り所でもありました。仲正正樹はカントの「定言命令」を説明して、《市民たちが理性的に合意し受け容れた「法」にしたがうことこそが、市民にとっての自由なのです》と述べている。そして、「法」に規定されているから従うというのではなく、その「法」の精神に則って、「法」の規定以上にその精神に実現に尽力することこそ、市民の義務だと(カントを信奉する)アイヒマンは受けとめていたということです。
 
 つまり、上述の二つの項目を受け容れると、もっとも誠実な市民像が浮かび上がります。またそれは、私たちの日常とほぼ重なってきます。だからこそ、アーレントが「エルサレムのアイヒマン」を発表したとき、喧々囂々たる非難が湧き起り、アーレントは「親しい友人を失った」とも記しているそうです。仲正はその中核に、「自分もユダヤ人の大量虐殺を実行するのと同じ凡庸さをもっている」と畏れたからだと指摘しています。アーレントは、ナチスを憎む(アイヒマンを不法に拉致しエルサレムで裁こうとする)ユダヤ人の思考構造がナチス(の裏返しにすぎない)同様だとみてとったようでしたが、これが被害に遭って収まりのつかない当時のユダヤ人の心情を逆なでしたようでした。
 
 『検察側の罪人』を観ているときの私の胸中に湧き起る(犯罪者への)嫌悪感、近代法的な「時効」という罪科免責の制度では収めがたい嫌悪感の始末感情を(アーレントに)言い当てられたようでしたが、といって、検察側の罪人に共感している私自身を難詰する気持ちは、一向に湧き起ってきませんでした。つまり、私の自然は、ビクともしなかったのです。そうだ、そうですよ。私もアイヒマンですとは、さすがに思いませんでしたが、近代法に守られた「犯罪者」が偶然起こった高齢者ドライバーのひどい運転に巻き込まれてしまうのを、留飲を下げるように観ている私を、じつに諄々と受け止めていたのでした。
 
 凡庸なる「わたし」と、それを感じている「わたし」がせめぎ合っている。それを悪いことではないと思っているのが、今の私なのです。
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世界の違い

2018-09-21 06:02:21 | 日記
 
まるごとの存在を直感する生物的核

  今日(9/20)の朝日新聞「折々のことば」に戸井田道三のことばが取り上げられている。 《わたしには「生きがいを求める」というのがどうもうさんくさい気がします。いのち......
 

 一年前の記述をすっかり忘れていることに気づく。いや、何をいまさらとも思うが、あらためて読み返して、そうか、そうだよねと、2017年fjtmukanに同調している。それにしても、と思うのだが、鷲田が謂う「一つのいのちがここにあること自体が、他のいのちとの共生による一つの達成である」を、「できなくたっていいんだ にんげんだもの」とあいだみつおのようにいってしまうと、まったく違ってしまう。あいだみつおの「せりふ」は、戸井田が謂う「生きがいを求める」思考線上におかれている。つまり、価値的に戸井田がこぼした「うさんくさい気がします」という批評を、あいだは受け入れなければならない。鷲田の「……他のいのちとの共生による一つの達成である」の次元を見失っている。

 こうした次元の違いを感知しないやりとりを、近ごろ感ずることが多い。彼の人の言っていることに違和感を感じて言葉を発しても、受け付けてくれない。私は鷲田次元で言葉を紡いでいても、彼の人はあいだのように受け止めて、さらに言葉をつづける。私自身は、もうそれで、ことばをつづける気持ちを失う。そんなことが、けっこう多くて、私の「表現」の拙さを思い知らされている。

 人間観といってしまうと、なんだかそれも「ちがうよなあ」と身の裡のどこかがぶつぶつ言っているから、もっと子細に踏み込まなければならないのかもしれないが、魂と身体とか、自然観とアイデンティティとか、そんなことのどこかから始めるのは、途方もないことのように思えるし、たぶんその、彼の人の抱懐する「世界」と交錯するのはムリ、と感じられるほど「世界の違い」が横たわっているように思われる。

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何が何に立ち向かっているのか――おまえは誰か

2018-09-19 20:44:42 | 日記
 
 監督・脚本:原田眞人『検察側の罪人』を観た。エンターテインメントを謳いながら、これだけのモンダイをぶち込んで展開してみせるかと思うほど、盛りだくさん。切りとり方によっていかようにも読み取ることのできる仕掛けに、世の中と人間をみる厚みに感心しながら、楽しんだ。と同時に、ああおもしろかった、で終わらない残渣が心裡に残る。それは、「罪人」というのが、じつはおまえではないのかと問うているように思えたからだ。
 
 検察と言えば、当然のように世の正義を体現して振る舞う集団なのだが、国会で嘘八百を述べ、それを正当化する文書類の書き換えを命じたお役人の頂点を、起訴もできない検察の現実をみると、正義などあるものかという方が、真っ当に思える。ところが「殺すときは他人に頼まぬ」と台詞を吐く「検察側の罪人」が視線の先においているのは、法的な罰の起点にある倫理的な非法(生き方に背くこと)の、犯した罪は消えないという「事実」。さらにその視界の先には、兵士たちの置かれている状況を一顧だにせず強行したインパール作戦の亡霊たちが見えており、翻って、今の政治の向かう方向への批判も込められる。それに対して、法的な「正義」を貫こうとする「アウトサイダー」という妙な構図が、映画全体の舞台回しをつとめる。
 
 検察の法的(状況的)「正義」、その前提にある社会的倫理的「正義」、さらにそれをも批判しつつ「近代法的正義」を貫こうとする「正義」、それを笑い飛ばす「悪」の哄笑、それに天罰を加えるかのような「事故」をみていて留飲を下げる観客の「正義」、その脇を、いかにも天罰を仕組んだかのように胸を張るネオナチのような陰謀論者の「正義」の存在と、いろいろな「正義」のありようを並び立てて見せて、観ているもの感性を揺さぶる。
 
 画面を観ていると、真偽とは別に、観客の私は、関係者の振る舞いと言葉という見た目で罪の見立てをし、内心ですでに判決を下している。それを画面の展開は裏切る。裏切られるたびに観客は、「検察側の罪人」に共感し、画面にのめり込む。そして映画が終わったとき、わが身の裡に立ちあがる「罪人」としての自覚に、驚かされるという仕掛けである。
 
 エンタメとして、まず、面白かった。それっきりにしてしまえば、映画館を出たときに、すっかり気分を洗い流して、晴れやかな青空の下を歩くことができる。だが、内心に残響がのこるとき、生きている時代とその社会を何層にも重ねて絡まり合う人間の関係と、そこを生きぬくことそのものがインパール作戦のように累々たる白骨を積み重ね、踏み越えてここに立つ「わが身」に気づく。
 
 検察官の安らぎを覚える場所、別荘が、じつは観客である私たちであり、その庭を掘り返せば、白骨が埋まっていると残響は伝えているようであった。
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「全身高齢者」

2018-09-17 20:08:28 | 日記
 
痛みのかたち

  9/15に「化石人間」と軽口を叩いていたのは、医者の注射によって痛みがやわらげられていたせいでした。その日は割とよく寝られたのですが、昨日は一日、痛みに苦しめられていました......
 

  一年前に「化石化」の痛みで七転八倒したことを思い出した。遠い昔のことのように感じる。この忘却が幸いなのか、バカなことなのか。あの「化石化」も、結局原因が何であったか、わからないままだ。医者は「年をとるとよくあることです」と、高齢化を原因とした。とすると、いつ、なんどき、再来するかわからない。ま、お酒を控えるとか、食べる量をほどほどにするとか、経験則的な勘で、良くないことを押さえる、節度ある生活をすることだろうか。

 今日は、樹木希林が亡くなったことでTVは賑わっている。75歳。私と同じ年だ。「全身癌」を宣言した彼女と同じように、「全身高齢者」として衰退していくことを受け容れるのは構わないが、さすがにそれを「宣言」するわけにはいかない。でも宣言しようとするまいと、全身高齢者の成り行きを受け容れるとなると、化石化の原因だ何だとうろたえることはないではないか。痛いのは、まあ、受け入れがたいことではあるが、高齢化ゆえの通過しなければならない事態となれば、仕方がないではないか。

 TVを観ていると、87歳で羊蹄山に300回も登っているご夫婦がいた。そりゃあすごい、と感心していたら、「今日はここまで」とご自分の力に合わせて、二合目で引き返していた。そうか、その手があったか。

 80歳になった友人から電話があった。その年になると、格段に力が落ちて、山歩きが難しくなった、と。そこで、自慢のカメラを山から花へ、花から人へと向け変えて、今日から写真の個展をやっているという、ご招待の電話であった。そうか、そのように皆さんは適応していっているのだ。私もどこかで、区切りをつけて、わが身の行く末をどう処していくか、考えなければならないような気がした。

 孫からの電話で、「老人の日」だったと知る。遅かりし、だね。

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逸れる視線――見るということは見られるということである

2018-09-17 11:25:41 | 日記
 
 東京都美術館に足を運んだ。院展。斯界の権威の象徴のような展覧会だが、一人お目当ての絵描きがいる。高橋俊子。いくつの方かはわからない。どんな経歴を持っているかもわからない。今年の4月に、三越本店で行われた春の院展の、彼女の作品『生きる』を見た。その印象を次のように綴っている。
 
《第三会場に飾られていた高橋俊子さんの作品は、ちょっと際立っていました。見た瞬間、「おっ」と声が出たものです。院展の作品は全般に、輪郭をほんのりとぼやかし画面全体が靄に包まれたような、印象系の表現が多くなっていました。ですが高橋さんの母子像の、力強い母親の輪郭と深く秘めた決意を感じさせる視線は、抱かれる子どもたちの未来の確かさを保障するもののように思えました。
 全般の「印象系の表現」というのは、(日本だけの傾向かどうかはわかりませんが)自分の意思を明快に突き出すことを控えて、周囲の雰囲気を探るような気配を湛えています。(いまさらながらですが)大衆社会の「他人指向」を思わせます。それに対して高橋俊子さんの作品は、単にしっかりした輪郭というのではなく、内面にひそめる母親の力強さが見事に表現されていて、そうだこういう心もちこそ私たち戦後世代が身体感覚の根柢に持っていた人間観ではないかと思えて、うれしくなりました。葉書にしたものがあれば買い求めようとショップをのぞきましたが見つけることが出来なくて、残念な思いを抱えて帰ってきました。》
 
 秋の院展の作品も、同じモチーフだが、画面ははるかに大きい。祖父母と嫁の大人三人と子ども四人。『生きる・雨季がはじまる』と題されている。縦1メートル半余、横2メートル半はあろうか、屏風絵のような割方。左側にまだ幼い子を負ぶった二十代の嫁が雨の中に立ち、中央に二倍の面積を占めて、蝙蝠傘の下に祖母が眠りこける3歳くらいの男の子を抱いてしゃがむ。その祖母の衣服の端をつかむようにやはりしゃがんだ5歳くらいの女の子が何かを見つめるようなまなざしを向けている。そして右側の屏風には、祖父と7歳くらいの女の子が雨に濡れたまま佇む。雨が降りしきる。だが不思議に、雨が亜熱帯のそれのように温かい。濡れることがいやな感触をもたらしていない。慈雨の季節が来たという喜びさえ醸し出されてきそうな、柔らかな雨だ。細かい表現だが、雨が地面に落ちて跳ね返るときの小さな雨粒が、歌い出しそうに思われるほど、蕭蕭と降り落ちて世界に溶け込んでいる。
 
 因みに、他に雨を描いた好対照の作品があった。太田慶子『雨雫』。大きさは高橋の作品と同じほどのものだが、降りしきる雨を全面ガラス越しに屋内から描きとっている。この太田の雨は、人物が登場しないこともあるが、陽ざしを歓迎する都会生活の人が抱く雨への感触を引き出す。梅雨になったなあという感触だけでなく、よく降るなあと慨嘆するような響きを感じる。一部の雨粒が、ちょっと宙に浮いて跳ねているようにみえたのも、印象に残る。
 
 祖父母も、私の眼には、若く見える。50歳代の後半か。顔つきが南アジアのドラヴィダ族系といおうか、東南アジアの少数民族のようだから年齢はわからないが、俳優の柄本明の横顔に似た祖母の顔艶は若さをとどめている。祖母の視線はまっすぐ横の遠方を凝視している。嫁はやわらかく、その方面に視線を送る。祖父は正面の(つまり、いま絵を見ている私の)少し左上を見つめるようだが、目を合わさないように視線をそらした感触がある。7歳と5歳の女の子が、私をみつめる。この大人たちの視線は、いかにもそれぞれに世を渡ってきた径庭を窺わせる。他の人と視線を合わせないようにすることが、生きる知恵でもあるかのように。だが子どもの視線は、眠っている子は別として、まっすぐに「対象」をとらえる。つまり今、観ている私が見られていると感じさせる力を持っている。そうした感触を描き出すセンスに、私は高橋俊子の絵に向かう、モチベーションとエネルギーを感じる。
 
 何より高橋俊子の描き出す人物の、手と足と、それぞれの指の大きさと子細が、観ている私のなかに(描きとる人物への視線の)慥かさを感じさせ、私自身の人間観の安定感を掬い取ってくれる。これはうれしい。
 
 当日の会場では、その道の専門家が「解説」しながら案内する(何かのグループの)催しがあったのか、後ろからマイクで話し、それについて廻る数十人の人たちがいた。耳に入って、ひとつ気になった解説のことば。
 
「初入選は誰にとってもうれしいものです。だがそれが積み重なって何度も出品するうちに、なんであいつがこんなに優遇されるのだとか、どうして私のはこんな扱いなのかと、思うようになる。画家というのは、妬み嫉みの塊なんです」
 
 そうか、高橋俊子さんもこうした海の中を泳ぎ、いまこうして、このような絵にたどり着き、「生きる」を描いて孤高を誇って来たのかと、彼女の絵を描く人生の径庭へ思いが走った。いつか機会あれば、そんな話も聞いてみたいと、ふと思った。
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