mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

ヒトが生きられる陽ざし

2024-05-31 10:33:58 | 日記
 一昨日であったか、お昼のあとソファに座ってTVをつけたら「マディソン郡の橋」というアメリカ映画が始まったばかり。ああ、聞いたことがあるタイトルと思いながら見る。クリント・イーストウッドの監督じゃあないか。それなら何かあるかなと私の心裡の好奇心が蠢く。
 途中、帰宅したカミサンが、珍しく私がTV映画を見ているのを覗いて、「ああ、それ、不倫の話よ」「アカデミー賞をもらってる」と言って台所仕事に、向かった。つまんないからヤメロと言いたかったのか、わたし知ってるって言いたかっただけなのか。そいつはわからない。
 母親の死後、その母親が浮気をした事を知って動揺する、すでに家庭持ちの娘と息子。聞きたくないという息子、なにがあったの、どうして(そんな気配も感じさせなかったのに)、と疑問を持ちつつ、母親の書き遺した記録から、娘が説き明かしていく恰好でストーリーは展開する。
 後に子どもたちは二人とも、ヒトが生きるということに絶対的な核があるわけではなく、それが暮らしの中で培われる「関係」によって現在形に紡がれてくるものであること、でも「ヒトが生きる核」は「なにかがある」と感知する。その子どもの変容が、この映画の監督が伝えたいことだと、そこはかとなく感じられる。言葉にするとそれは、「愛」であったり、「性愛」であったりするが、いやそもそも、それらが何であるのかとも問いかける。ヒトが誰と向き合い、誰との関係で(いまここで関係を)紡いでいるかによって、多面的であり、多様多彩になり、それも移り変わる。
 その移ろいの中に人は生き、しかしその移ろいをどこかに固定し心持ちの安定を得、かつ移ろうことを求める心を引きとどめる「しがらみ」に身の実在の充実感と不自由を感じる。あるときは「愛」を感じさせる関係にもなり、あるときには「しがらみ」として身の動きを封じる働きもする。何ともメンドクサイ関係をヒトはそちこちにつくって世界としてきた。それはある哲学者の言葉を借用すれば、絶対矛盾的自己同一を生きるヒトの習いということにもなろう。
 そんなことを思っていて、ふと、先日(2024-05-15)のこのブログ記事「テツガクって文学なんだ」を思い出した。読み返す。
《世の中はつねにもがもななぎさこぐあまの小舟の綱手かなしも》と詠んだ歌を手がかりに、源実朝の心裡を探り、ヒトの「生きる核」に触れようとする哲学論考を扱っている。
 そのライター・永井玲衣は、さらに伊藤桂一の「微風」という詩を介在させて展開している。その詩を、この映画「マディソン郡の橋」が思い起こさせた。長いが、再掲する。

   掌に受ける
   早春の
   陽ざしほどの生きがいでも
   人は生きられる
   素朴な
   微風のように
   私は生きたいと願う
   あなたを失う日がきたとしても
   誰をうらみもすまい
   微風となって渡ってゆける樹木の岸を
   さよなら
   さよなら
   と こっそり泣いて行くだけ

 永井玲衣は、こう反転する。
《むしろ実朝は「綱手」ほどの生きがいでも自分はいきられるんだ、って素朴に思ったんじゃないか》
 読み返したとき、ああ、これだ。これはクリント・イーストウッドの映画に込めた思いを見事に浮き彫りにしていると思った。
 実朝の思いに寄せてしまうと、「愛」などは消えて、小舟の綱手ほどの立場をわたしは得ているに過ぎないと、社会的システムとそこでの立場の齎す「しがらみ」に置かれたこの身を愛おしく哀しいものとみている。「達観」というか「悟脱」というか、生きるという実存の哀切さを見て取っている。
 ふ~~んと映画の物語をわが身の裡に反芻しながら、ひょっとすると、主人公である農場の主婦も、その思いを遺書と共に残し、その浮気の相手も鬼籍に入って後に「陽ざしほどの生きがい」「微風のように」生きる生き方を、示すことができたと映画は展開する。彼岸からはじめて「生きる」ということがどういう意味を持つかを見て取ることができる。そうクリント・イーストウッドが人生を見る基点を提示しているとも思った。
 「不倫の話よ」といってしまえば、それはそれだけに終わる。だが、「愛ってなあに」「性愛ってなあに」「家族ってなあに」「子どもにとって母親の性愛ってなあに」と自問していけば、わが身の裡の響きと相俟って、自答がそう簡単に始末できない意味を含んでいると感じられる。
 「不倫」と呼ぶにしても、自問は展開する。「倫理」は何を護ることなのか。人という個体は「倫理」によって自由になれるのか。いや、倫理と自由を価値的に優劣に於いて考えることはできるのか。
 いやはや、面白いねえ。こういう風にオモシロイといっていられるのは、すでにわが身が、三途の川の川岸に立つほどの齢を重ねているからよ。それは彼岸からの視線を組み込んで融けあいつつあるからかもしれない。ふふふ。

爽やか五月の最後の日

2024-05-30 06:01:25 | 日記
 台風が来ているという。先週高野山へ行った3日間は幸運にも晴れであった。行く前も帰ってからも、雨。
 昨日は晴れ。湿度も低く軽く風もあった。陽ざしを受けて歩いていても、ああ、こういうのを五月晴れっていうのだろうなあと歩度も軽くなる。
 その晴れが今日も続くが、西日本には台風が来ている。明日関東に最接近し、その後は雨が続く予報。そうか、いよいよ梅雨入りか。そう思ったら、違った。何でも寒気が降りてきているので、台風も列島に入れず太平洋上を北東へと遠ざかるという。
 じゃあ、一昨日の線状降水帯の大雨はなんだったんだ。
 あれはね、と誰かが解説してくれたわけじゃないが、異常気象のおまけなのよ。その、百年にいっぺんのおまけがね、毎年つづくってのが、「異常」。異常が平常になったのが、人新世。自業自得よと、身の裡の何かが声を上げている。
 ふ~~ん。
 そうだ、今日は赤城に行こう、と師匠が言う。
 自然公園のパスポートを手に入れてから3ヶ月。このところ月に一回のペースで訪れている。師匠の鳥と植物案内付き。でも不肖の弟子はいつまでも弟子にさえならず、門前の小僧。自然公園を歩くのが面白いと感じている。何しろ、鳥も花も木も、圧倒的に密生して、「異常」前の空気へわが身を誘い込んでくれる。たらたらとうろつくのでさえ、わが身をリフレッシュしてくれるよう。
 ま、パソコンの前に座って日々、よしなしごとを綴っているコギトを、「ふるさと-まがい」へ解き放つってことか。いかにも人新世の埒外のヒトが、反抗的な気分に乗って憂さ晴らししているよう。
 だけど、自然公園も、人為の自然。どこまでも人新世の業は付き纏っている。
 ははは。ごめんなさいね。
 えっ? 誰に謝ってんの?
 うん、誰ってわけじゃなく、自分にかな。いや、相反するモメントを抱えて、でも無意識が働くわが身の思うがままに動いているワタシの、どうしようもなさに謝っているのかな。
 じゃあ、誰が謝ってんの?
 そうそう、そう問いかけると、我が意識が無意識に謝っているって図柄かな。「我が」「我が」といっているけど、コギトは近代が発見した実存する私。ワタシは無意識にわが身に堆積して受け継いできた人類史の一筋の末裔。近代の一人のコギトが、自省的に何かを口にするとき、結局、更に末裔の一人のワタシに対してごめんねと謝るしかない。何処で間違ったんだろうという問いかけ方もあるけど、そう問うと、何か間違いでない道があったように、すでに想定してしまっている。そういう想定自体が、そもそものズレを惹き起こした起点じゃないかと、いま、ここのコギトは思う。
 ふふふ。ま、そんなことをおもいつつ、おっ、そろそろ出かける時間だ。
 では。

おもしろい、藪の中のワタシ

2024-05-29 08:04:06 | 日記
 筋道の通った夢を見た。COVID-19パンデミックのような社会状況(だろうと思うが、ぼんやりとそういう雰囲気)を生きる一人の人物(ではあるが男か女かは覚えていない)の生き方を取り上げて、学生が論文を書いている。学生ではあるが、高校生か大学生かわからない。書いている学生が夢を見ているワタシなのだが、コンテストに応募しようとしているのか、教師の提出した「宿題」に応じているのかはわからない。
 ただ、社会状況が移ろうので、どこで(論文の)切りをつけていいのか定かでない。ああ、こういうのを始末に困るって言うのかと、どこかで思っている。そう思っているワタシは、でも、論文を書いている学生ではない。宿題を求めた教師でもない。でもその論文を読んでいる。そして、そこは見切りをつけるんだよとサジェストしてやりたい気分を、どこかにもっている。
 その「見切り」をつけるっていうとき、パンデミックの社会状況を見切るんだ。でもそれが、外に流れていくデキゴトにストップモーションを掛けるのではなく、じつは自分に見切りをつけることなんだ。そう、サジェストしてやりたいと感じている。移ろう社会状況というのは、見切ることができないワタシの胸中であって、ワタシ自身がそれをすっぱりと切り分けることができないんだよ。しかしワタシが見切ることができないにもワケがあるから、それがなぜなのか、何を目安にして切り分ければいいのかは、そこを腑分けしなくてはならないね。そこがムツカシイねと、学生に言っているのか夢見ている私に言っているのかわからない。
 すると、学生を呼んで、教授らしい人物が話をしている。この論文はおもしろい。取り扱っているテーマもしっかりもしている。でも、主題が拡散して、このままでは描こうとする人物の功績が浮き彫りにならない。論文の前半の3分の2に絞るようにして、後の3分の1を切り離すように書き直しなさいと(いう趣旨のことを)説明している。
 学生は、迷妄が一つ開け、自分が書こうとしている論文の焦点がわかったかのように頷いている。この説明しているのが、ワタシなのかどうかもわからなかったが、最後にその人が「困ったら、この人に相談しなさい」と指さして言ったので、「この人」というのが、傍らにいたワタシなのだとわかった。ワタシは大学院生なのだろうか。助手なのだろうか。
 ・・・と、起きてから反芻してみると、そのような筋道の通った夢を見た。
 書こうとしているものが「拡散する」のは、ワタシの身の習い。いつも感じていていること。そうか、いつか論文を書いてみたいと思っていることの欲求の表出か。
 書き留めていることが「拡散する」っていうのは、切り分けられていない、つまり何もかも一緒くた。現象していることを、そのままに受け止めて、受け止めた感触だけを書き記し、ではそれが「どういうことであるか」を論理的に突き詰めるところにまでもっていっていない。見切るというのは自分を見切ることだよ。切り分けるというのは、自分を切り分けることだよ。そういう修練を積んだ専門家が、この夢に登場する教授らしき人であって、それを受け入れたいが、どうしていいかワカラナイ。学生であるワタシと、それの相談にあずかる院生かも知れないワタシが、今私のなかに共存しているってコトか。
 そうやって夢の解析をしていて、ふと、おもしろいことに気づいた。
 ユメでは、主体がどんどん入れ替わる。学生であったものが、コンテストの審査員であり、指導教官であり、助手か院生であるというふうに、夢見る主題を、まるで藪の中の殺人を探るように、読み取る立ち位置に応じて変幻自在。それが全部、ワタシなのだ。
 ということは、つまり私の主体は、それだけ多面的であり多様なのだ。でも現実の私は一つの立ち位置しかもっていない。にもかかわらず、多面的であるというのは、私が見て取り、読み取る現実社会のさまざまは、すべてワタシの所業としてわが身の無意識に取り込まれている。
 実はワタシは、この世のデキゴトの、ユメも虚構も含めて私が感じたことすべての主体を、併せ持っている。その主体は、イマ・ココでの現実存在としては一つしかないけれども、思考としてはいろいろな立場に身を置いて考え、それらを総合してリアル・ワタシの志向として、振る舞い口にし、あるいは書き記している。その根拠は、実は大半が我が人生八十余年の無意識から繰り出されているにもかかわらず、そのほとんどを意識して取り出し解析することなく、ジブンとして表出している。
 それをときどきユメの中で、調整して、無意識のバランスをとっているのではないか。そう、今朝の夢を読み解いている。
 その夢の中で、まだ何かを主題にしてまとめようとする気脈が流れていることを感じとって、うんうん、そうそう、それが枯渇しないかぎり、ワタシはまだ、生きていくんだ。そういう、わが身の裡側からのメッセージに感じて、うれしくなっている。
 これって、ひょっとしたら、「お遍路満願報告」をしたことへの弘法大師のお告げというか、ご返事なんじゃないか。
 ははは、まるでオカルト。
 うん、でも、そういえば「密教」って言ったよな。うんうん、それでいいのだ。

高野山への旅(3)極意の発祥地――女人堂巡り

2024-05-28 08:26:33 | 日記
 高野山3日目。ぐっすりと寝た。目が覚めたのは朝5時過ぎ。24時間温泉なので、風呂にゆく。誰もいない静かな湯船にゆったりと浸かって、身体のチェックをする。ちょっと太腿に筋肉痛があるかな。
 カミサンは朝の勤行に出かけていった。勤行にはずいぶん外国人がいたそうだ。お坊さんも、ナマステとかボンジュールとか言って、お接待していたという。
 朝食を済ませ、半分ほど荷物をフロントに預けて、8時頃出発。今日は、宿に近い不動坂口女人堂跡からスタートして、7ヶ所ある女人堂跡を経巡る。
 昨日、町石道を上がってきて大門から奥之院御廟まで歩いた。それが、高野山の中心街。女人堂跡のルートは、その中心部の周縁を巡る、謂わば高野山の外周コース。かつて女人禁制であったために、高野山への上り口7ヶ所に女性のお籠もり堂を建ててあった。彼女らはここまで来て祈りを捧げたという。その御籠堂「跡」7ヶ所を巡る周回路がルートになっている。ほとんど山道。もちろん今は高野山のハイキングコースになっている。一度、奥之院に近づいてから、その裏側に回り、高野三山を上るルートが、紹介されている。高野山中心部の標高は750mほど。三山の一番標高の高い楊柳山は1008mというから、ま、ちょっとした丘である。
 出発点の不動坂口にだけ女人堂がのこる。車道を渡ったところに小さな木製の標識が立てられている。中央に現在地「女人堂」と記し、左に「←転軸山」、右に「弁天嶽→」とある簡素なルート表示。「高野山女人道」とルート名を表記して、①と番号が振ってある。これが一回りすると16km、57番まである。この標識に「Nyoninmichi」とアルファベットもつけてあるので、「にょにんみち」と読むのだとわかった。
 人気はほとんどない。二人の先行者に近づき、ペアの外人トレイルランナーが追い越していっただけ。奥之院までの4時間ほどの間に二度、車道を歩く。静かな散歩であった。
 道はよく践まれていて歩きやすい。先程のトレイルランナーも、これなら走るのに登山道ほどの危険も不都合もない。高野七口と呼ばれた山への入口でもあったというから、女人だけでなく、参詣人も僧侶も荷運びもここを通過したのであろう。
 スタートして2時間ほどの轆轤峠(ろくろとうげ)の下は国道のトンネルが抜けている。でも音が聞こえるわけでもなく、深い樹林に囲まれて山の林道を歩いている気分だ。カミサンは花や草木をみながら進む。下り斜面も急でなければ不安定ではない。ま、この程度は歩けると、百名山踏破の自信を思い起こしているのであろう。
 大峰口女人堂跡を通過したのは11時頃。「高野七口女人道」と、番号のない小さな標識に、火の用心と付け足している。そうだね、一旦火災になると山頂台地の盆地のようなところは、全焼してしまう。そういえば昨日歩いた奥之院への参道沿いの墓所には「火消し」の纏を模した墓石があったと思い出す。
 1200年を超える時代を経て、これだけの街を維持するには、ただ単に信仰の力と言うだけでない生活力と知恵が必要だなあと思って、そうだ、そこにこそ空海の極意があったと、思い起こした。密教と呼ぶが、四国お遍路を歩いた私の経験的感触は、普通の庶民には思いも寄らない宇宙と大自然の節理を捉え、水脈を掘り当て、病をいやし、土地の改良や開墾などの土木工事をも設計施工する八面六臂の活躍をしたのが、空海であった。その摩訶不思議と思われる「知恵」を密教と呼んで、秘伝としたのではなかったか。まさしく、極意の発祥地がここだと思い当たった。
 高野山の「東口」と表示のある木製の、古びて文字はにじみ木地は色変わりした表札があった。そこには、こう記してある。
《大和口又は大峰口ともよばれ吉野より大峰山、洞川、天川を通り高野山へとつながる修験道の道で弘法大師がはじめて高野山へ入ったのもこの道です》
 いやそうか、これは空海も高野山に初お目見えの入口なんだ。そう思うと、このルートを歩いて良かったと、なぜか信仰心のない私もうれしくなった。
 11時半、奥之院の駐車場に出た。お昼にして、草臥れ具合を聞いて、午後の行程を考えよう。レストランに入る。ずいぶん沢山のメニュがある。カミサンはグリーンカレーがお好み。じゃあ私も、滅多に口にしないデミグラソースのハンバーグにしよう。おいしかった。量もずいぶん多かった。満腹。何となくこれで、歩き続ける気力が重くなったかな。
 カミサンは、奥之院御廟をもう一度みたいという。高野三山を省けば、ここから最後の女人堂跡までのショートカットルートがとれる。じゃあ、そうしましょうと、ふたたび奥之院御廟へ向かう。カミサンが、シロアリの供養塔を見つけた。誰が設置したの? みるとシロアリ駆除業者の団体のようだ。そうだよね、それくらいしなくては、ヒトがいかにも敵視する正統性がみつからない。
 御廟から一の橋への道を辿り、途中から中之橋霊園へ向かう。そこから車道を歩いて転軸山公園前バス停から黒河口女人堂跡への道を辿る。疲れが出て来たのか、カミサンの歩度が遅くなる。住宅街を抜け、ふたたび切り通しを抜ける。おっと思うと、高野町役場ではないか。とぼとぼ歩いているうちに、黒河口女人堂跡を通り過ぎてしまった。後から付いてくるカミサンの様子をみると、もう引き返そうというわけにはいかない。ま、いいか。
 ここから宿まではすぐであった。宿で荷物を受け取る。荷造りをしようとするカミサンに、それはバス停でやろうとうながして、近くのバス停に向かう。停留所の時刻表を見ると14時36分。やっ、1分前に行ってしまったぞ、と後ろから来るカミサンに振り返って言うと。「来た!」と手を挙げて指さす。向こうの角を曲がってバスがやってきた。いいねえ、こういうのって。
 バスは女人堂からは高野山駅までノンストップ。何でもこの道は南海電鉄が整備し、バスに乗らなければ通行できないという。たしかにクネクネと曲がり、右側は山、左側は崖、人家はない。こうして駅に着くと、すぐにケーブルカーの出発時間。難波駅までのチケットを買い乗り込む。五分ほどで極楽橋駅に着く。橋本行きが待っている。この電車が、九度山駅で15分の停車をしたのであった。
 電車は順調に難波まで運び、地下鉄の「なんば」までずいぶん歩いて乗り換え。そこから新大阪駅までは一本で行った。ここも地下の賑わう商店街を長い距離を歩いて通り抜け、乗り換える。始発の新幹線は18分ほどの待ち合わせ。夕食の駅弁とビールを買う。喉が渇いていることを、このとき自覚した。
 電車が発車してから食した夕食は、ビールも含め、どうしてこんなにおいしいのだろうと思うほど、満ち足りていた。ゆっくりと食し、何と米原に着く手前までの、豊かなあなご飯とビール。隣のカミサンも小ぶりの缶を開けてご満悦の様子であった。
 もちろんこれが、高野山を満喫した成就感によるものだとはわかっていた。何しろ歩くだけで、1日目約9km、12500歩、2日目約24km、32600歩、3日目約22km、29000歩。歩きに歩いた。四国お遍路を通して私が感じとった「さとり」は、「歩くしか能がない」であったから、もう歩いたことが生きている証し。それを高野山でも堪能したのである。まさしく「満願叶った」と言っていい。
 ありがとう空海さん。信仰心がなく、ごめんね。でもね、あなたのことは、十分以上に尊敬申し上げていますよ。同じ香川県の生まれ。それだけで、誇らしくもわがコトそのもののように自慢している。
 そう、思うともなく感じながら、無事に帰着したのでした。

フィッシング?

2024-05-27 07:03:11 | 日記
 昨日(5/26)5年ぶりに団地の管理組合の総会があった。いや、毎年行われていたのだが、2020年の総会からは「コロナ禍」のせいで、三密を避けるため、書面での遣り取りにしたり、現理事と次期理事という役員だけが出席し、その他の組合員は書面で質疑を行うという便宜を採っていたから、一応全員が出席する(ことの可能な)総会は、5年ぶりということになった。
 概ね居住者の4割程度が出席し、4割が委任状を提出し、1割余が書面で決議への賛否を表明するという恰好。ま、昔の賑わいが戻ってきた。顔触れはずいぶん変わった。そういえばこの間、何人も知り合いが亡くなっている。世代交代も進んでいるように感じる。でも、若い人が多くなったと思うのは、自分の顔が見えないからかも知れない。
 いつものように自治会総会を先に済ませ、管理組合総会を続けてやる。自治会の方は欠席して管理組合の方だけに顔を出す方もいた。議案書の裏側に記された居住者名簿を見ると、7戸が空き家になっている。不動産会社の所有という意味なのか、所有者が不在という意味なのかはわからない。加えて、賃貸に出している居室もあるから、そこの方々も組合員ではない。
 今回は、理事役員になる資格要件を緩める規約修正が提案されている。「居住者」と制限している規約を削除して「所有者」が何らかの形で理事役員を担えるようにしようという。高齢化が進んで、身体や頭が思うように働かず、理事役員を務めることができない。ワケあって人に貸して近くの実家に住んでいる人。9~10年ごとに回ってくる理事役員が5年ほどになっている階段もあり、悲鳴が上がる。これがコロナ禍の前、私が理事長を務めたころの状態であった。その後、どうなっているのか気配をみてこようというくらいの気分で、私は出席した。
 案に相違して、別の「提案」で遣り取りが混雑し、会場の借用時刻ぎりぎりまで長引いてしまった。その遣り取りが、寝ていて思い起こされ、何だか心持ちが落ち着かない。何が引っかかっているのだろう。まだ朝4時というのに起きだして、こうしてパソコンに向かっている。
 別の提案というのは「電子承認システムの導入」をするというもの。えっ、話が大きくなっている。5年ほど前に出てきた話は、管理事務所で現金の取り扱いをなくそうってことであった。それがいつの間にか、出納業務の全体に及んでいる。電子承認システムというのは、業務委託先がM銀行と提携して「e承認サービス」を行うというもの。
 それに対して質問が出された。
「M銀行に行う口座開設」というのは、現在管理組合がもっているB銀行の12口座を移すということか。
 理事長は直接それに答えることなく、「業務委託先の方が来ていますから、そちらから説明してもらいます」と応じ、委託先の社員が「全部移すことになる」と答えた。
 たぶん質問者は、銀行関係に勤めていた方ではないかと思うが、M銀行に12口座を開設できるのかと食いついた。それに対し、委託先社員は「一括口座になります」と応じて、遣り取りは暗礁に乗り上げた。
 実はこの総会の十日ほど前に「業務委託先の重点事項説明会」というのがあった。これは毎年行われている「説明会」と私は思っていて、出席しなかった。理事長は「それに出席していないで、ここでそれを言われても困る」と憤懣をぶつけた。
 だが、現在の口座の口数が12もあるというのは、それなりにワケのあったことであろう。それが変更されるということを抜きにして、こんな提案ができるのか。現在のB銀行の口座をそのままにしてM銀行に口座を新設して「e承認サービス」に踏み込むのなら、それはそれで構わない。
 そう思ったので私は「現管理口座の変更は、この提案には含まれていないということですね」と念を押すと、理事長は「それは次期理事会が考えること」と応え、資産管理口座の変更については念頭にないようであった。また、今年度の事業提案に、この口座移設の条項は入っていなかった。念を押すと理事長は「はい、入れていません」と返答があった。もう私等は知らんよということか。
 この遣り取りの何が、ワタシの胸中にわだかまりを遺したのか。
(1)「説明会」に出席していないことをもって、質問したことに(理事長が)憤懣をぶつけるのは、筋違い。「総会」における理事会の提案なのだから、理事(長)が責任を持って応答すべきである。それを委託業務先の社員に答えさせて済ませようというのは、自主管理の精神に反する。
(2)もし委託先社員の説明のように、B銀行の12口座がM銀行の1口座にまとめられるのであれば、それによって発生する「問題」がないことを「提案」に含めていなくてはならないのではないか。どんな問題があるとワタシは感じているのだろうか。業務委託先の便宜と管理組合の必要とがぶつかったときは、当然委託先の方が、その困難に対応するべきである。たとえ「e承認サービス」に踏み込むことを(管理組合が)承認したからといっても、管理組合の必要が解消されないために、移行が行えないことはありうる。そうなっても、管理組合の責任ではない。委託業者の方から、知恵を絞った提案がなされるのを期待したい。
(3)B銀行の口座が12に分かれているのは、資産管理の状況を把握するのに必要だから。共用部分の「管理費」、「共用部分の団地修繕積立金」「各棟別修繕積立金」、駐車場や駐輪場、専用庭、集会所使用料、駐車場敷金と、細かく分かれるのは、その項目にしたがって財務状況を識別して会計し、また監査しているからだ。例えば「会計監査」。会計理事が帳簿をつけ、それと口座通帳とを照合して「間違いありません」というとき、じつは、B銀行の「権威/信用」が裏付けている。もしそれをM銀行の一括口座にしてしまうと、どこが「監査」の「信用」を裏付けをしてくれるのだろうか。
(4)そもそも、「e承認サービス」になると会計理事が無用ということにならないか。業務委託先の「報告」してくる「会計」状況を、目を通して承認するとしても、(デジタル)請求書と照合し、理事長の承認を経て出金を確認するわけだから、「会計理事」が不要になる。ということは、委託業務先の「(会計)報告」に全面的に依存することにならないか。さらに「監査」が、同じ委託先の「(デジタル書面の?)報告」だけとあっては、事実上監査していないのと同じではないか。M銀行がどのように「信用」を付与してくれるのか、わからない。まさか業務委託先の「信用」保証ってワケじゃないだろうね。
(5)もう一つ気になるのは、業務委託先(のシステム)にこのように依存してしまうと、業務委託先を代えることもできなくなるのではないか。これまでにも似たようなことがあった。大規模修繕に際して「長期修繕計画案」をこの業務委託先に頼んだところ、ずいぶんと高い費用がかかるとあった。あまりに高いので、建築関係理事と修繕委員会が奔走して別の業者に見積もってもらったところ、各段に安く上がったことがあった。この業務委託先がかつての公団関係の団地に関して独占的な業務管理業者であることもあって、専横が罷り通っているのであろうと、この業者のことを見積もったことがあった。
(6)つまり、「窓口業務で現金を扱わないようにしたい」というデジタル時代の風潮に乗った提案に食いついたのをきっかけにして、委託業者がまるごと資産管理を請け負うことになり、システムを利用することを餌に、永久的に我が団地の管理を飲み込んでしまおうって魂胆ではないかとワタシは邪推している。
    *
 総会を終えて帰宅したとき、カミサンが「ずいぶんおそかったねえ」と驚いたような声をかけた。う~ん、何ともうまく説明できないのよねと思ったが、ちょうど大相撲の千秋楽の終盤。大の里と阿炎の取り組みをみていて、すっかり忘れていた。
 夕食を終え、風呂から出てTVをつけたら、鰹の一本釣りをしている場面。船縁に並んだ漁師が、長い竿をぽ~んと放り込み、すぐに力を入れて引き上げる。釣り糸の先に鰹がついて遠心力でぽ~んと後ろへ落ち、鰹が針から取れてゴロゴロと貯蔵庫へ流れ落ちてゆく。へえ、すごい。こりゃあ餌じゃなくて、引っかけてんだねと思っていた。そしたら別の場面では、餌を撒いて鰹を寄せようとしているのだが、小魚の群れに気をとられてか、鰹が寄ってこないと船長がぼやいている。えっ、餌を撒いてるんだ。じゃあ、あの一本釣りは何なのだ。そう考えるともなく思っていて、ふと今日の総会のことが浮かんだ。
 そうだ、「窓口から現金を排除する」という餌を撒いて、「e承認サービス」という針で引っ掛ける。後者の針はシステムだから、食いついたらそう簡単に外すわけには行かない。易々と、その後の手続きと流れに乗って、当団地の業務管理委託はこの管理会社に固定され、会計から何から何まですべて丸抱えになる。他方当方は高齢化が進んで、自主管理の組合業務がだんだん難しくなっている。ま、いいか。お任せで済むなら、少々高く付いても、その方が面倒がなくていい。そういうこちらの事情とも相俟って、我が管理組合・鰹はものの見事に釣り上げられてしまう。
 あっ、文字通りフィッシングじゃないか。理事長が12口座のことを次期理事会の決めることとして、丸投げしたようにみえたのは、気づかないからじゃないんだ。システムに乗っかれば、それはそれで、後はなるようにしかならないと見て取っているからだ。それに気づかないで、「現口座をかえることは(提案に)入っていない」と確認してヨシとするなんてえのは、デジタルの世の中を知らない素人もいいところか。
 バカだなあと、振り返って臍を噛んでいる。